第七十四話 エンカウント幼女
このクラックタウンに僅か三丁残された美しきリボルバー、翠蝶紅景。その一丁を報酬に、アレンはギルド<緑蝶会>と契約を結んだ。
その後一行はともあれ、今日のところは宿を取ることにする。
そして夕日が乾いた地平に没した、夜半と呼ぶには少し早い頃。二階建ての堅牢な木造ホテルの一室——ちなみにここの支配人はNPCだ——、外のよく見える二階の角部屋に一行は集っていた。
この町に灯りなど皆無と言っていい。平時であればそうでもないのかもしれないが、少なくとも窓の外は暗く、昼間と同じかそれ以上の静寂が幕となって下りている。
「……日も落ちた。じゃあ、動くか」
だが。町の中に灯りは無いが、外から届くものはあった。
月だ。街並みから目を離し空を仰げば、煌々と輝く満月が青白く地を濡らしている。
今夜は、月がよく出ていた。
ゲーム世界であっても月相は変わるし、星座の見え方も日に日に少しずつ変動しているようだった。もちろん部屋の中が仕事場で戦場でもあったアレンなので、別に空の星座など興味もないし一つもわからなかったが。そもそも地球のものと同一とも限らない。
「そだねぇ。あのオムラって会長の話じゃ、町の北——地下鉱山へのトンネル近くに居を構えてるって話だったけど」
「うーん、だけど今思えば結構ざっくりした説明ですね。地下鉱山ってどこにあるんだろ……」
「あ。それならわたしがわかるので、案内しますね」
「おっ、わかるのかシグレ。助かるよ」
夜の機を待ち話し合う理由は一つ。<緑蝶会>と敵対するギルド、<オドメント>。言わばその偵察だった。
夜闇に紛れ、月明りを避けるようにして四者は相も変わらず人気のない街へ躍り出る。
当時と大幅に情勢が違ってしまっていたとはいえ、やはり町を知るシグレに来てもらえたのは幸運だった。彼女に先導してもらい、細い通りを抜けて北に向かう。
「もうすぐトンネルに着くので……きっとこの辺りに——あっ」
突然、シグレは小柄な体を屈め、傍の傾いた木の柵の裏へと身を滑らせる。流れるように遮蔽物の裏を取るその動きは、きっとFPSプレイヤーゆえなのだろう。感心する思いでアレンもそれに続いて身を隠し、ユウとシンリも遅れて柵の裏にしゃがみ込んだ。
「……明かりが漏れてる。なるほど、あそこが」
シグレがいきなりに隠れた理由は、すぐにわかった。
柵の隙間から覗くと、道の向こうにある大きな横長の建物からランプかなにかの明かりと、ついでに男の騒ぎ声がいくつも重なって聞こえる。
「サルーンって言うんだっけ、こういうの。なんか<緑蝶会>も大概だったが、こっちはこっちでよりバーらしい感じだな」
両開きのスイングドアが目立つ、二階建ての四角い木造建築。ただ大きな窓は冷然と閉め切られ、真っ黒いカーテンで覆われ、端から微かに漏れる光以外のものを窺い見ることはできない。
「近くに地下鉱山があるってことは、鉱夫向けの酒場って設定なんじゃない?」
「なるほど。NPCが消えて、鉱山でガーナイトを採っても意味がなくなったんで、<オドメント>が乗っ取っちゃったんですかね」
「わっ、シンリさん冴えてますね。ありそうです、それ」
「……かもな」
その場合、酒場を経営していたNPCはとうに塵にしているのだろう。もとより命ある者と定義するべきではないかもしれない存在だが、それでも進んでやりたいとは思わない。なんとなく、アレンは胸にざらつきを覚えたまま頷いた。
とにかく、あのサルーンが<オドメント>の根城だとして、とりあえずの規模やどんな人間がいるかくらいは探っておきたい。
リーダーの名と、だいたいの人数くらいはオムラに聞いてはいるが、実際に目で確かめておきたかった。なにせ場合によっては殺す。
「窓も閉まってて中はわからないが……あのドアからなら、様子も見えるはずだ。もう少し近づいてみるよ」
「あっ、一人じゃ危険ですアレンさん」
「大丈夫だ。みんなは向こうの角にでも隠れててくれ」
アレンは一人立ち上がると、こそこそと足音を消して建物の方へ近づく。ここも外に人気はまるでない。
中の人数はわからないが、扉に近づくと十数人程度の楽しげな談笑が響いてきた。
(できれば、中を……)
いかにも西部な趣のスイングドアは大人の背丈に合わせてあるので、アレンは若干背伸びをし、つま先立ちになる感じでドアの上から内部を盗み見ようとする。そこへ——
「わっ」
「ん、誰だァ?」
——ちょうど、ドアがパタンと開かれ、アレンはそれに弾き飛ばされた。
常人を卓越した反射神経を有するアレンであっても、予想外だったのとつま先立ちをしていたのが災いし、ぺたりと地面に尻もちをついてしまう。
咄嗟に見上げると、その目に映ったのは睨むのに似た眼光を注ぐ一人の男性。黒い髪をすべて後ろへ流した、オールバックの男だ。
「ご、ごめんなさい」
まさか中から人が出てくるとは——内心で狼狽しつつも咄嗟に謝罪し、立ち上がりながらもアレンは怪我の功名と、横目でちらりと視線を流す。開いたスイングドアの隙間から、その中を窺うため。
転んでもただでは起きない精神で、とりあえずその計らいは功を奏した。一瞬見えた内装はバーと同様らしく、グラスを呷る者や赤い顔で話す者たちの姿が垣間見えた。
「……子ども? ここはガキの来るところじゃねえって、見りゃバカでもわかんだろ」
そこへ行くと、この男はなんだか中の者らとは雰囲気が違う。纏う空気が。
見た目、服装も小綺麗にしているし、ほのかに赤い頬から多少は飲んでいるようだが酔っている様子もまるでなかった。立ち姿は堂々と、その眼差しは射貫くように真っ直ぐだ。
……おそらく、この男が<オドメント>のリーダー。本名は誰も知らなが、少なくともこの町ではハーレーと名乗っている、というのがオムラからの情報だ。
とにかく、こっそり様子を見るはずがそんな男に見つかってしまうとは、誰の目からでも完全に窮地だろう。今頃物陰では、シンリたちが潜みながらも慌てふためいているに違いない。
しかし。しかしだ。
万が一を考えて、こういったアクシデントへの対処は既にアレンの脳内に存在する。失敗した時のリカバリー、幾重にも枝分かれする状況のその先まで完璧に思考し、策を練る——それこそがプロゲーマーとしてアレンが培ってきたプレイヤースキル。
アレンは躊躇いをおくびにも出さず、しりもちをついたまま口を緩く半開きにし、意図的に目じりを下げた。
「ぁ……あの……わたし、道に迷って……パパとはぐれちゃった……ふぇぇ」
——すなわち、幼女のフリ。本物の童女を装う。
これこそがアレンの導き出した、この場における最善手にして危機を回避するための、たった一つの冴えたやり方……!
「……迷子ォ? 子連れで転移したなんて話は知らねえけどな」
「ふ、ふぇぇ……」
「ンー……そもそもこの町にガキなんざ連れてくるバカいるか? でも現に子どもだしなァ」
「……」
幼子に対する庇護、児童保護の精神。
そういった温かなものとは縁遠い、地に縫い留めるような鋭い眼差し。そのあくまで冷静な反応にアレンはつい目を逸らした。
子どものフリをして見逃してもらう作戦だったがこの男——ハーレーはなにかを考え込んでいる。
アレンは必死にすすり泣く真似をしたが、ハーレーは「よし、決めた」と長い脚を伸ばしてアレンへ一歩近づく。
「なんだか知らんが、まぁ金髪碧眼美少女とくりゃあ需要はドコでにもあらァな。とりあえずひっ捕らえてりゃ金にはなるか……」
「っ⁉ ふ、ふぇぇ~」
「あとなんか鳴き声がわざとらしいんだよなぁ……さっきからこれしか言わないしコイツ……」
結論として。アレンを見逃す気はまるでないようだった。
作戦は普通に失敗した。
アレンは内心で冷や汗をだらだらと垂らしつつ、物陰へちらちらと視線を送る。
「パ、パパ~。どこー? マシロはここだよぉ~……」
そして大げさに、緊張で若干声を裏返らせながら周囲に呼びかける。……咄嗟に偽名を口にしようとすると、ついこの場にいないマシロの名を出してしまった。
そして一瞬の間があり、角の向こうから一人の影が姿を現す。
(——でかした!)
意思を汲み取ったナイスな判断に、心の中で大きくガッツポーズを取る。この正確な判断に気の利いたアドリブ、顔を見ずとも誰かはわかる。
「おいキョロキョロすんなよ、大人しくしてりゃァ痛い目には……」
「あっ、パパ!」
伸ばされたハーレーの手をかわし、アレンはそそくさと影の方へと走る。
影の正体はユウだ。暗がりで見えづらいが、笑顔を浮かべている。抵抗感にかなり引きつった笑顔を。言うまでもなくパパではない。
「——。探したぞ、マシロ! はぐれるなって父さん言っただろ」
「ごめんなさい……」
「さあ、もう日も遅い。早く帰るぞ」
「うん、パパ!」
アレンはぱぁっと笑顔……を装ったユウと同種のそれを向けると、ぎゅっとユウの手を握り浮くような足取りで、シグレたちがいるであろう角の方へ向かう。
そして角を曲がった瞬間に、どちらからともなくパッと手を離した。
「なにがパパだやってられるか……!」
「僕のセリフだけどねそれ? なにいきなりパパ役やらせてくれてんの……⁉」
張り付けた純粋な少女の笑みを跡形もなく消し飛ばし、ただただ疲弊した顔で項垂れるアレン。その隣でユウも彼が見せるのは珍しい、苦々しさだけがありありと浮かんだ表情をする。
実際ユウがアレンの合図を見て父親の演技をしてくれたのには助かったし、ハーレーもいきなりで呆気にとられたのか逃げおおせることができた。
だが、心情的にはもう負けたも同然だ。齢十八にして幼女の真似事に全力で取り組み神経を注ぎ、もうプライドがこれ以上ないくらいに細切れにされている。
「うう……仕方がなかったとはいえ俺はなんてことを……しかもユウをパパ呼ばわりなんて……」
「ア、アレンさん、気持ちはわかるけど落ち着いて! どう考えてもユウさんが父親なのはすっごくヘンですから、あの男も追ってくるかもしれません。今のうちにもう少し離れておくべきですっ」
「……そりゃあアレンちゃんとは髪も目も色が違うから父親としては不自然だし自然になりたくもないんだけど、なんか言い方に棘ない? ねえシンリ君?」




