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第七十三話 蝶と契約

「元々この町は、<ガンナー>クラスの転移者プレイヤーが集まる町でした。NPCのショップが銃を扱っていることや、西部劇的な風情がウケたんでしょうねえ。人が人を呼び、というやつです」


 そこはレイブンや、シグレの言っていた通りだ。銃士の集う町だと。

 なんでも初期の頃——今でこそ<ギルド>と、なにより<泰平騎士団>によって極めて落ち着いているシリディーナだが、今から約半年前はそうではなかったらしい。

 半年前、すなわち騒乱期と称される、最初の転移者プレイヤーがこのキメラ世界へ転移させられた混沌の時期。

 転移の初期位置はシリディーナだが、その時期のごたごたで各地に散った者も多いという。


「ですがそんな中、さらに人が訪れるようになった出来事がありました。……それがこの銃、翠蝶紅景すいちょうこうけいです。翡翠の蝶に、紅の光景——特定のスキルで数値を確認したところ、その火力はボーナスウェポンと遜色そんしょくなかったとか」


 一種のステータスとして見せびらかしている面もあるのかもしれない。オムラはインベントリからではなく、腰に下げっぱなしにしていたホルスターの中から一丁の拳銃を引き抜くと、ゆっくりと皆の前に見せた。


(翠蝶に、紅景ね。リボルバー……銃種なんて詳しくないが、なんかのゲームで見たM629だっけ? アレに似てる気がするな)


 光を帯びたコガネムシのような、静かな光沢を湛えた特徴的な緑の姿。ただその色は稀だが、見た目自体は銃としては珍しくない、この町に似合う少々古めかしいものだ。

 しばし見せびらかすと、オムラは出っ張ったお腹をどことなく張りながら、腰に仕舞う。それから話を続けた。


「そしてこの銃は、この町の地下鉱山から採れる特殊な鉱石アイテムである、ガーライト。それを町の一角にいた鍛冶屋のNPCに別の材料とともに加工してもらうことで、初めて誕生する一丁なのです」

「……なるほど」


 要するに、RPGゲームにありがちなおつかいクエストのような感じだ。鉱石の石とか、アイテムをそのNPCに持っていけば作ってもらえて、クエスト報酬として渡されると。

 例によって、FPS漬けのアレンには長らく縁のないものだが。


「ん……ちょっと待った。町の一角にいた、ってことはもしかして今は」

「あ」


 ユウが目ざとくその表現を指摘する。

 そう、『いた』だ。オムラは今過去形を口にした。


「そのNPCっていうのは……どうなったんですか?」

「死にました。……いえ、NPCだから命などないのかもしれませんが、とにかく塵になって、もう戻りません」

「なにがあったんだ、そりゃ」

「翠蝶が有名になるにつれ、転移者プレイヤーはガーライト、ひいては地下鉱山を独占しようと争いました。徒党を組み、いくつかのギルドが乱立しては消滅や合併を繰り返す抗争が続いたのです」


 ため息混じりに言うオムラだが、おそらくはこの<緑蝶会>もその一つなのではないだろうか。隣をちらりと見ると、同じことを思ったのかユウも無言で呆れめいた色を表情に浮かべていた。

 そして、今度はシンリが質問をする。わざわざ挙手までした。


「抗争って、例の早撃ちルールはどうなったんですか?」

「もめごとや勝負は早撃ちで決着をつける……これは抗争による犠牲者を減らすため、最近になって形作られた規定です。ただそれも、その気になれば彼らは躊躇なく破りますが」

「彼ら、ね。その抗争に巻き込まれて、NPCが死んだ?」

「そうです。愚行極まることですが……残念なことに、そのNPCのいる家屋は大通りに面していまして。抗争の銃撃に巻き込まれてしまい、ただのNPCですから銃弾一撃に耐えられるHPすらなかったようで」


 はっきり言えば町ぐるみの因果応報だとアレンは思ったが、話はそこで終わらない。

 そのNPCがいなくなれば、報酬である翠蝶紅景を受け取る手段はなくなり、新たなそれは作られなくなる。そうなれば次に人の目が向く方向は決まっていることだ。


「今度は、今ある翠蝶を求めて争いが始まった……か」

「お察しの通りで。抗争はより激化し、しかも死亡した転移者プレイヤーが所有していたアイテムは消えてなくなります。翠蝶の絶対数も減少していき——」


 アレンは今、マグナの遺品である深紅の道(クリムゾン)のスナイパーライフルを有しているが、これはかなりのレアケースなのだろう。マグナは間違いなく意図的にそれを託す意図があって、だから死亡ゲームオーバーになる前にバベルの床へと、その赤い銃床を手放したのだ。


「——結果、この町に残っている翠蝶はたったの三丁。嘆かわしいことです」

「その一つを、オムラさん。あんたが持っていると」

「いえ、二つです。……おい」


 オムラは傍の黒服、タシロへ顎で指示を出す。するとタシロはすぐにカウンターの横の扉から奥へ消え、程なくして戻ってきた。その手に黒色の、小さな箱を抱えて。


「まさか」


 アレンたちは皆、僅かに息を呑んでその箱を注視する。想像する中身は一つだ。

 オムラはにやりと頬を歪めつつその箱を受け取ると、もったいつけた動作で蓋を開く。果たしてその中には、深い緑の色をしたリボルバー銃がその身を横たえていた。

 翠蝶紅景。先程見たそれと同一の銃。顔も知らぬ一体のNPCによって造られ、そして新規に得る手段の失せた武器。そして転移者プレイヤーを抗争の火へ駆り立てた悪魔の誘いでもある。

 だが同時に、この町を訪れた目的だ。アレンも幾多の例外ではなく、その銃に手を伸ばす一人なのだから。


「依頼完遂の暁には、これを。アレン様に差し上げようと考えております」

「……その理由と、依頼の詳細を」

「乱立したギルドは、今や二つに収束しました。我が<緑蝶会>と、最後の一丁を有する者たち——<オドメント>。アレン様にそれを消してもらいたく」

「その<オドメント>ってギルドを潰せと? 殺せってことかよ」

「手段は問いません。もとより保守派のわたくしたちと違い、例のNPCや多くの転移者を殺し、抗争の火を振りまいてきたのは彼らです。それもまた応報と言うものでしょう」


 アレンはもう覚悟を決めている。人を殺す、という覚悟を。

 だがそれは進んで人を殺したいということではない。あくまで自分と、なにより仲間に危害が及ぶのであれば。敵が明確に悪であれば、命を奪うことすら辞さないというだけだ。


「……それを決めるのはあんたでも、ましてや俺でもない。場合によってはそうするかもしれないが、そうしないかもしれない。それでもいいなら」

「ええ、勿論でございます。我ら<緑蝶会>を脅かす彼らのつながりさえ潰えれば、それで」

「やけにあっさりと俺を買うな。言っちゃなんだが、俺は見ての通りの子どもだぞ」


 嘘だ。断じて見ての通りではない。


「?」

「え?」

「⁇」


 案の定パーティメンバー三人は「なに言ってるんだこいつ?」と間の抜けた表情をする。疑問に思われるからやめてほしかった。

 言うまでもなくアレンの精神性は見た目通りではないが、それでも傍から見れば金髪碧眼幼女だ。そんなアレンに対し、このオムラという男はどうにも慇懃いんぎんすぎる。助力を頼む立場と言われればそれまでだが、子ども相手の態度ではあるまい。


「いえいえ、アレン様の実力は先の早撃ち勝負で証明されていますとも! 猛者集う子の町でも一番だと確信しておりますよ、わたくしは!」

「……そうか。まあ、納得した。で、改めて確認するが報酬はその箱にある翠蝶紅景でいいんだな。その、<オドメント>とやらに奪われたり、殺されるなら、ってことか」

「ええ、ハイ。ご理解が早くて助かります。わたくしは見ての通りの惰弱な男です……この町は大半がそうですが、しかし<オドメント>は特に銃にこなれた転移者プレイヤー、FPSやTPSプレイヤーが中心のようで。アレン様でも下手な手心は危険と存じます」


 このままでは遅かれ早かれ、その対抗するギルドである<オドメント>とやらに、有する翠蝶を二丁とも奪われてしまう。そうなれば自身も無事では済むまい。

 そのくらいならば、一丁をアレンに差し出してしまってでも<オドメント>をなんとかしてほしい……と、そういう魂胆なのだろう。


「ああ。大丈夫だ」

「へ? ですが相手はシューティングゲームのプレイヤーたちで——」


 臆面もなくさらっと言い切るアレンに、初めてオムラが表情を変える。念を押すように口を開くのを、アレンはなんでもなさそうに遮った。


「たかが経験者ってだけだろ。だったら束になっても、俺には勝てない」


 所詮は競技経験のない素人ばかり。ならば——プロとして時間のすべてをゲームに費やし、仮想の戦場に心血を注いだ自分が対面で後れを取るはずもない。

 やるやらないは別として、それはこの世界に来た時から決まっていたことだ。相対して銃を構えれば、後に立つのは自分ひとりのみ。

 傍から見れば妄信かもしれない。ただそれでも、驕りの片鱗も見せずに断言するアレンに、オムラや周囲はただ押し黙るほかなかった。

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