第七十二話 スイチョウを求めて
「……い、いや……完敗だ。なんだお前、なんでそんなに……まぐれか?」
「別に。よーいドンの勝負で俺に勝てるやつなんていない」
ようやく状況を呑み込めたのか、恐ろしいものでも見たように血の気が引いた顔で問われ、アレンはそっけなくそう返した。
驕りではなく、本当にそうだった。少なくともこれまで、自分よりも反射速度に長けていると思える人物にはどの世界でも出会ったことがない。現実世界でも、電子の海でも、キメラでも。
「そ、そうか……わかった、何者かは聞かない。俺の負けだ、そのブルホーンはやるよ。それと翠蝶の情報だが——うわっ⁉」
「ほっほ。さっきの一戦、見させてもらいましたよ。いやあ、なんともハリキリボーイがやってきたものです」
「なんだあんたっ、いつの間に……?」
いつの間に近づいてきていたのか、禿頭の男とアレン、その間を遮るようにして見知らぬ者がそのふくよかな体格を差し入れる。
一言でいえば、胡散臭い男だった。
丸々とした顔と体つきで、人の良さそうな笑みを浮かべた丸眼鏡の男性。そのニコニコとした笑みはいかにも人当りが良さそうで、それ故にわざとらしい。
「きゃっ、窓に……!」
「!」
気づいてみればそれだけではない。
静かで人気のなかった街は、あらゆる扉という扉、窓という窓からアレンたちの方へ顔を覗かせている。好奇、興味、侮蔑といった様々な色を両の目に浮かべながら。
堂々と見るならまだしも、ああも陰からこそこそと見物されるのはあまり快いものではない。アレンは眉を寄せながら、ギャラリーを見つめる。するとそれに臆した……というよりは既に勝負の決着はついたからか、覗き見ていた目たちは物陰に戻り引っ込んでいった。
「誰だか知らないが。いきなりなんだ、あんたも俺とやりたいのか?」
「おいガキんちょ、こいつは……」
「まさか、まさかですとも! ただあなたの腕を買っているのです。そして是非とも——我が<緑蝶会>に雇わせていただきたい!」
そう両手を広げて声を上げるふくよかな男へ、後ろで立っていた黒服の男性二人組が歩み寄る。気づかなかったが、男の連れのようだ。
二人はまるで護衛のように無言のまま、しかし警戒を隠そうともせずに周囲に鋭い目を向けている。
「<緑蝶会>……?」
「知ってるのか? シグレ」
「い、いえ。でもギルドみたいですから……わたしがここにいた頃は群雄割拠っていうか、色んなところがあったので、もしかしたら覚えてないだけかもしれないです」
「そうか。ええと、あんた。なんだか勧誘に来てくれたみたいだが、悪いんだけど俺今からこのハ……人から話聞くって約束してんだ。それに金には興味もなくてね」
「今ハゲって言いかけた? なあ」
いきなり現れた、胡乱な男とその護衛二人。怪しさで言えばこの上ない一味に、当然ながらアレンの警戒は強まっていた。
加えて今は、店主から勝者の権利として約束通り話を聞く予定だった。この町に来た目的である、ボーナスウェポンを凌ぐ銃——禿頭の彼によればスイチョウと呼ばれるそれについて。
町の情報をなにも知らないアレンにとっては、今一番欲しいのは手がかりだ。それを聞かなければならない以上、怪しげな男の誘いに乗る暇はない。
「無論。報酬は金銭ではございません。稀代の銃、翠蝶紅景にございます」
「……なに?」
だが、男は無視できない言葉を吐いた。音もなく口角を上げ、怪しく笑みを形作りながら。
スイチョウコウケイ——翠帳紅閨? 稀代の銃と言うからには、口ぶりからしても店主の言うスイチョウの正式名称と思われる。
それを、報酬だとこの男は言った。
甘言だ。そうわかっていても無視はできない。なにせ手がかりをすっ飛ばして、求める目的そのものを差し出すと言っているのだ。
「どうして俺が銃目当てだってわかった」
「ほほ。町の外からここに来る物好きの目的など、皆一様にございます。……もっともそれも、今や手に入れる手段は皆無ですが」
「今となっては、手に入らないと?」
「そうですね、ほぼ不可能です。わたくしの手を取れば、別ですが。ほほほ」
「……」
虎穴に入らずんば。裏があれども、例の銃に近づけるのは確かだろう。
「とりあえず、話は聞こう」
「ありがとうございます。ほほ、では我々<緑蝶会>の根城……ギルドハウスへご案内いたします」
予定は変更、話を聞くはずだった禿頭の店主とは挨拶もそこそこに別れ——最後まで心配そうに眉を寄せていたところから、案外いい人だったのかもしれない——小太りの男に連れられて無人の街を往く。
否、先の様子から無人ではないのだろうが、表に出ている者は軽く見た限りでは誰もいなかった。奥へ行くにつれ、どこかピリピリとした空気を感じ、無意識にアレンたちの口数も減っていく。
「そうだ。自己紹介がまだでしたね、失礼しました。わたくしはオムラと申します。ギルド、<緑蝶会>の会長をしております。お見知りおきを」
そんな中、道すがら歩きながら男——オムラは唐突にそう言った。会長と言うが、まあ団長、ギルドマスターと同義だろう。
「タシロです」
「ノダカです」
隣を歩く、黒服の堅物そうな二人も表情を崩さず軽く頭を下げた。オムラもそうだが、本名そうな響きだった。
二人とも顔は違うが、肌を覆う黒づくめの服装と、どことなく突き刺すような視線は同様だ。好かれてはいないな、と直感的にアレンは思いつつも会釈を返す。
世間話をする関係でもなし、アレンらも適当に自己紹介を終えるとまたも会話はストップする。町の静けさもありどこか重い雰囲気だが、別に気になりもしないし盛り上げてやる義理もない。
それよりも状況の把握にアレンは思考を費やしていた。
(<緑蝶会>……緑の蝶……となればスイチョウは、翠蝶? 翠蝶コウケイ……想像も付かないな)
誘いに敢えて乗ってはいるが、このまま場を理解できずいいようにされるのは御免だ。歩きがてら、脳内で情報を整理していく。
あの禿頭店主の言葉からも、翠蝶とやらがアレンの求める強力な銃なのはまず確かだ。そこに関してオムラの言うことに間違いはない。
そして、オムラは<緑蝶会>にアレンを雇いたいと言った。
メンバーに引き入れよう、というお誘いではないだろう。なにせあの早撃ち勝負を見ての発言だ。
傭兵。あるいは西部らしく用心棒、と言い換えてもいいだろうか。
この静かで緊張感の張り詰めた町は、シグレによれば以前はそうではなかったという。何事か——おそらくは翠蝶を巡っての出来事があり、結果この町は今もただならぬ状況下にある。
詳細は訊かないことには不明だが、そのためにあの銃の腕を見せたアレンを味方に引き込もうとしているのだと、そう考察するのが妥当に思えた。
「狭いところですが、どうぞ中へ」
やがて、町の東奥。大きなデッキが目立つ、一見するとギルドハウスには見えない横長のログハウスにたどり着く。
オムラの後から、所作には出さず若干の警戒をしながらアレンは中へ入った。
「上がらせてもらう」
「お邪魔しまぁす」
オムラは狭いと口にしたが、わかりやすい謙遜だ。板張りの床は広く、酒場も兼ねているのかバーカウンターまである。その逆側、壁際の向かい合うソファにオムラは皆を招いた。
アレンたちはオムラの向かいに座り、タシロとノダカの黒服二名は腰を下ろさずオムラの左右隣りで背筋を伸ばして直立する。
落ち着けどもオムラは口火を切らず、アレンからの質問を待つようにニコニコと笑みを絶やさない。丸眼鏡のレンズ越しに見える細まった瞳が秘めるのは、如何なる思惑か。
「……早速だけど。俺を雇いたい、っていうのはどういう」
「ほっほ、当然の疑問と思います。ただそれにはまず、この町——クラックタンの状勢、そうなるに至ったいきさつを語らねばなりません」
あくまで温和な表情のまま、やや大仰な身振りをする。アレンは一度隣のユウたちを見てから、首肯を返した。




