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第六十八話 ゴー・ウェスト!

四章開幕です。

更新ペースはほぼ隔日に落ちてしまいましたが、四章は箸休め回というか、あんまり本筋には絡まない章なのでできるだけサクサクとテンポよく進めていきたいと思っています。

「車が……車が欲しい」

「まったく同感だねぇ……まあ、僕無免だけど」

「俺も免許ないですけど、たぶんここなら運転できそうです」

「なんにもないですもんねー……轢く人もいませんし」


 はは、と疲労のみがにじんだ空虚な笑いを返す。

 それからまた沈黙が下りた。ただ四人のざっざ、という砂上を往く足音と、強弱をつけてひっきりなしに吹きすさぶ風。それに混じる、砂粒が地面にぶつかって起こる、ざあーっといった音だけが耳朶を打つ。


「……車が欲しいですね」


 現実逃避のように、シンリが口を切った。その内容は先ほどと変わらない。本日五度目の車トークだった。


「うん」

「そうだな。免許ないけど」

「そうですね。悪路ですけど、大きな障害物もないですし」


 会話のループ。それに乗っかる三者もまた、少しでもこの現実から逃れようとしていたのだった。

 この乾燥した砂や岩地のみが広がる、荒野とも砂漠ともつかぬ無際限の地平から。


——シリディーナを発って、ただただ西へ歩くこと約五時間。目的地はまだ、遥かに遠い。

 遠路はるばる、道なき道を淀んだ目で歩き続ける者たち。乾いたこの地を上空から見れば、四つの点が西へとゆっくり向かっているのがわかっただろう。

 ギルド無所属の三者——プロゲーマー偽幼女アレン、プロゲーマーひょうきん野郎ユウ、ほぼ戦力外シンリ。

 そして<泰平騎士団>副団長にして、白い仮面と紺のフードで顔を隠す謎多き少女、シグレ。

 この四人だった。


「ぶえぇ、喋ってたらまた口に砂入っちまった。ぺっぺっ」

「あう、わたしも目に砂が……もうお面被っちゃおうかな」


 折悪く、特にその日は風が強かった。じゃりじゃりとした口内の感触に顔をしかめながら吐き出そうとするアレン。

 その隣で、シグレは外していたいつもの白い仮面をインベントリから取り出して装着した。普段は腰に留めていたりもするが、今日は使うつもりがなかったのでインベントリにまで仕舞っていたのだ。同時にフードも目深にかぶり直し、砂の乗る風を完全にとはいかないがシャットアウトする。


 一行がなぜこんな過酷な行程を歩いているのか。どうして宿の男メンバーに騎士団の副団長が加わる形で行動しているのか。

 その理由は、一日前に遡る。



「……ボーナスウェポンに勝る銃? そんなスゲーのがあるのか。正直眉唾なんだけど」

「僕も詳しいことはわからない。だけど、そういう噂は最近聞くね。まあ少なくとも代わりになる拳銃は手に入るだろう、あそこなら」


 早朝。もはや馴染み深くなりつつある、<ギルド>のギルドハウス、その団長室。アレンはそこへ足を運び、中にいたジークとレイブンに昨日発見した革命的な事実を伝えたのだった。

——すなわち、魔法紙の量産。

 バベル内、二十一から二十九階層に点在するコピー機を用いることで、魔法紙を手軽に複製することができる裏技。

 普通のオンラインゲームであれば言うまでもなくグリッチ、不正行為もいいところだ。しかしこの世界は単なる遊戯ではなく、人命の懸かった死のゲーム。使えるものはなんであれ使うべきだ。

 

 以前浮遊島の階層にてノゾミから聞いた話によれば、この世界のバグは修正されることがあるという。誰がどうやって、と疑問を感じないでもないが、ノーリスクで量産できるのだからそうなる前に困らないだけ作っておくべきだと考えた。

 この魔法紙量産を最も必要としているのは言うまでもない。バベル攻略を担う<ギルド>、レイブンたちだ。

 そこで団長室に来てレイブンとジークに会い、実際にユウの魔法紙を量産した数十枚のそれを見せたところで二人は動揺を隠せず驚いた。当然だろう。


 だが、アレンにはそれとは別に懸念を一つ抱えていた。

 武器だ。先日のゲーム内イベント、そこで行われた<エルピス>の首魁アンティルとの戦闘で、以前マグナから受け継いで頼りにしていたメインウェポンの拳銃——アーガスは耐久値の限界を迎えて消滅した。

 なので、要は代わりになる銃が必要なのだ。魔法紙だけで戦うのも量産ができる今、まったくの不可能ではないがやはり銃も欲しい。新たなメインウェポンが必要だった。

 そんなわけで、ついでとばかりに両団長にどこで銃を手に入れるべきか質問したところ、「ボーナスウェポンに勝る銃がある」とレイブンに告げられたのだった。


「あそこ……って、どこだよ」


 微妙に疑心を抱え、アレンは問い直す。

 ボーナスウェポンは、言わば転移者プレイヤーの特権だ。ユニークスキルと並んで、この過酷なゲーム世界を生き抜くために与えられた、数少ない恩恵。

 店売りの武器なんて使っている人間は、ほぼほぼこの世界に存在しない。それほどにボーナスウェポンと他の武器には性能的な隔たりがある。

 それはもう、アレンでも骨身に沁みてわかっているほどの常識だった。


「クラックタウン。知ってるかな、アレンさん」

「ん……? クラック……なんか、ユウがどっかで言ってたような」

「このシリディーナから遠く西に存在する町だ。私も一度だけ足を運んだことがあるが、中々に心を惹かれる風情あるところだったぞ。私の趣味とは少し違ったがな」

「西か……そういえばシリディーナの外、出たことないな」


 転移した時は郊外の森にいたものの、あれ以来ずっとシリディーナの中で過ごしている。もっともバベルに入れば景色は千変万化、町に引きこもっている気はしないのだが。


「ともかくそこに行けば、そのボーナスウェポンより強いって銃が手に入るのか?」

「あくまでウワサだ。そしてウワサというのは、往々にして尾ひれがついて回るもの。でも銃は手に入るだろう、なにしろ——」

「あの町は硝煙漂う無法者の町。FPS・TPSプレイヤーといった銃士が集うところだ。……私は剣と鎧こそが戦場の華だと考えているが、ああいった西部的なのも結構に……いや私はブレないぞ」


 レイブンの言葉をジークが継ぎ、ついでにアイデンティティが揺らいでいた。

 ジークの言う通りなら、そこにはアレンのようなFPSプレイヤーや、TPSといった銃を扱うシューティングゲームのゲーマーが集う。

 現役のFPSプロゲーマーとして、アレンは純粋に興味を惹かれた。そんな場所があったとは。ひょっとすると知り合いなんかもいるかもしれない。


「そんな町なら、銃の入手も簡単ってことか」

「ああ、そもそも店売りでもあるはずだ。僕は行ったことがないからあまり詳しくないが」

「ふむ……。私も長居はしてないのでな、しかしあの町の事情通が一名、我が騎士団には籍を置いている。<ギルド>と合同のバベル攻略の人員を割くことになってしまうが、彼女に協力を仰いでみるというのはどうかな?」



 そして翌日。

 アレンたちはシリディーナ西門にて、詰所近くに集合していた。

 アレン、ユウ、シンリの男三人——うち一人の容姿は幼女なので傍から見ると奇妙な組み合わせだ——がたむろして人を待つ。程なくして現れた待ち人は、アレンらを見ると小走りでぱたぱたと近寄ってきた。


「ごめんなさいっ、待たせてしまいましたか?」


 黒い髪を片側で編んで下げた、線の細い小柄の少女。長めの前髪から覗く丸い黒瞳が申し訳なさげに窺ってくるのを、アレンは「いいや」と笑って手を振った。

 アレンも、もちろんユウとシンリも咎める気などないと雰囲気でわかったのか、彼女は頬を緩めてほっとした表情になる。

 まだあどけなさの抜けきらない、可愛らしい顔立ち。それは普段、無機質な白い仮面に覆われている隠匿の花だ。


「むしろ申し訳ないのはこっちの方だ。騎士団もバベル攻略に乗り出すって大変な時期に、俺の個人的な行程に付き合わせてしまうんだからな。……改めて、よろしく頼む。——シグレ」

「そそっ、そんな! 滅相もないです、頭を上げてくださいっ」


 シグレ。前々回のゲーム内イベントの後、<泰平騎士団>のギルドハウスで見かけたのと、先日のイベントでも団長室で少し顔を合わせた相手。

 いかなる理由か普段は白い仮面と紺のフードで顔を隠す彼女とは、まったく面識がなかったわけではない。……ないのだが、かといってゆっくりと話す機会がなかったのも事実。

 彼女には今回、クラックタウンへに同行してもらうことになっていた。


——西部の町、クラックタウン。そこにはボーナスウェポンにも引けを取らぬ、強力な銃が存在する。そういうタレコミだ。

 しかしながら、シリディーナから動くことのできないジークやレイブンはその町の詳細を知らない。ただでさえクラックタウンは銃士、<ガンナー>のクラスが集う異質の地だ。

 そこでシグレに白羽の矢が立つ。なんでも彼女は<泰平騎士団>に入団する以前はしばらくクラックタウンで過ごしていたそうだ。要は道案内や町の勝手を教えてもらおうということだった。


 ただ今は、前回のゲーム内イベントの開催時期が定例より早かったことを重く見た<ギルド>がバベル攻略のペースアップを宣言し、そのために<泰平騎士団>とバベル攻略の面でも提携を結びだした大事なタイミングだ。

 聞けばシグレは、<泰平騎士団>の副団長。

 そんな彼女をこんなタイミングで、アレンの武器調達の旅という極めて個人的な行動に割いてもらうのだ。その埋め合わせとして、リーザとマシロにはシリディーナに残ってシグレの代わりにバベル攻略に参加してもらうことになっていた。


 武器を失くしてしまったという自分の都合で、リーザとマシロに負担を強いる願いをすることになってしまった。そのことをアレンは謝ったが、彼女らは二つ返事でそれを請け負い、笑顔で見送ってくれた。リーザなど、「むしろレベル上げになる」と冗談交じりにはにかんだくらいだ。

 いい仲間を持ったと、アレンは本心から、素直にそう思う。


(ぶっちゃけシンリとも出会って浅いし、実質気ごころ知れてるのはユウだけ……いやユウはユウでよくわからんやつだけども)


 だが、そんな掴みどころのない飄々とした彼の、煮えたぎるような本心も先日垣間見た。

 あれほど元の世界に帰ることを望んでいる彼が、またも未踏地域の探索を後回しにして同行に挙手してくれたのは、アレンもそれなりに感じるところがある話だった。


 ちなみにシンリは戦力的にバベル攻略に参加しても特に貢献できることはなさそうなので、一人宿で待つのも寂しいとこちらに来た。

 ユウはそんなシンリに便乗するように、クラックタウンの特有のアイテムを回収しておきたいのだとコレクター気質なことを言っていたが、本心かどうかは怪しい。

 それにユウは以前——具体的には『恐竜襲撃』の直後、アレンと出会う直前にクラックタウンの手前までは行ったことがあるらしい。ただその時はなんだか銃声がひっきりなしで危険そうだったので引き返したとか。


「えっと、シグレちゃん? こうして話すのは初めてだよね、僕のこと知ってる?」

「は、はい。アサガミユウさん、ですよね。たまに動画見てました」

「おっ、視聴者さんだったんだ! 君みたいな若い子にも見てもらえてるなんて嬉しい限りだよ。……ところで、いつもの仮面はどうしたのかな? もちろん顔を見せてくれる方が嬉しいけど、普段は着けてるみたいだったから」

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