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第七話 バトル・チュートリアル

「アレンさん、やっぱりボーナスウェポンは銃なんですかっ? アレンさんと言えばAR(アサルトライフル)ですが、ラウンドの状況や味方の構成によっては担ぐSMG(サブマシンガン)も非常にフラッガーとして——」

「あ、俺ボーナスウェポンは持ってないんだよね」

「えっ」

「拾い損ねたんだ。そんなわけで、武器なしってわけ」

「——」


 群衆の見守る中、そうアレンが言うと、男性は息を呑んで言葉を失う。同時に、周囲の喧噪も水を打ったかのようにピタリと止んだ。


「な、ないんですか? ボーナスウェポン」

「ああ。転移してすぐ、魔物に襲われちゃってさ……それどころじゃなかった」


 男性の目が泳ぎ、一歩後ずさる。


「ボーナスウェポンなし?」「それじゃあ戦力にならなくない?」「いくらすごい人でも武器なしじゃなあ」


 野次馬たちは、ひそひそと小声でなにかを口々に話す。なんとなくネガティブな、失望混じりのものであったことは節々から読み取れた。

 それからため息混じりに、興味を失ったと言わんばかりに蜘蛛の子を散らして去っていく。


「そっ、そうなんですか。ええと、がんばってください。応援してます……それじゃ」

「……ああ。ありがと、じゃあな」


 話しかけてきた男性も、どこか苦々しい笑いを張り付け、そんな社交辞令じみた挨拶とともに踵を返して速足に遠のいていった。

 ……ボーナスウェポンがないというのは、そうも重要な事柄だったのか。


「はあ、現金な人たちね」

「この世界に限ったことじゃないさ、そんなもんだよ」


 ひとたび結果を逃せば、その都度批判される。それは多くの期待を背負い、スポンサーを持つからには当然で仕方のないことだ。プロとしてチームに所属している以上、似たような出来事は数えきれないほど経験している。

 今更気にすることでもない……そう思い、アレンはバベルの方へと視線を戻そうとする。が、視界の端で、まだ一人の男が自分を見つめていることに気が付いた。


「よお、災難だったなあ」


 茶に髪を染めた男だ。軽く手を振り、白い歯を見せながら戸惑いなく近づいてくる。

 背は百八十センチ程と高く、小さなリーザや、もっと小さなアレンからすればその顔は見上げるほどだ。

 十代のように若々しくはないが、まだまだ中年という雰囲気でもない。スポーツ選手のように体格もよく、派手に着込んだコートの上からでも盛り上がった筋肉は見て取れた。


「だ、誰? ……アレン?」


 庇うように、リーザが一歩前へ出る。だが、アレンはそれを断るように自身から男の方へと近寄った。


「……マグナさん! マグナさんじゃないか!」

「応とも。なんの騒ぎかと思ったらアレンがいるってんで、びっくりしたぜ」


 イギリス銃士のような赤いコートを纏っていても、その表情、そしてヘッドセット越しに聞き慣れた声でわかる。

 Magna(マグナ)Inbound(インバウンド)。長いIDなので、みんな通称マグナで呼んでいる。幾度となく画面内の戦場を駆け合った、同じチームの仲間だった。

 ちなみに名前の由来は、少年時代に使っていたグローブだかバットだかから取ったのだったか。ビデオゲームをプレイするにあたってどう見ても過剰な筋肉は、スポーツ少年だった習慣の名残なのかもしれない。


「そうか、マグナさんはこのキメラ(ゲーム世界)に来てたんだな!」

「そういうお前は初期装備だし、来たばかりってところか。……まだ新規の転移者プレイヤーがいたんだな」


 にっ、と人のよさそうな笑みを浮かべる。

 同じチームである以上、方針として敬語は使わないようにはしているが、マグナはチーム内で一番の年長者だ。十八歳のアレンとは親と子ほど……とまではいかないが、十歳と少し離れている。ゲーム歴も深いだけあり、アレンにとっても頼れる兄貴分のような関係だった。


「アレン、知り合い?」

「ああ、紹介するよ。こちら、同じオバスト部門だったマグナさん。んでこの子がリーザ、昨日転移したてで赤子同然だった俺を助けてくれた恩人だ」

「ハハ、今は幼女同然みてーだけどな」

「うるせいやい」


 マグナの茶化しに、リーザがクスリと小さく笑う。

 常々、ムードメーカーとしてありがたい人ではあったが、こうして冗談を挟んで話を遅々とさせるのは相変わらずらしい。


「なんにしろアレンが世話になったらしいな。俺からも礼を言うぜ、銀髪の嬢さん——? リーザ……その顔立ち、ひょっとして本名か」

「そう、まあニックネームね。ネット上じゃどうせ顔なんてわかんないし、日本だと本名には思われないから」

「なるほどな。よろしく」

「ええ、よろしく。マグナ」


 二者がぎゅっと握手を交わす。

 アレンはそのやり取りになんとなく、独特の空気感を覚えた。


(……ああ、オンライン特有のアレだ)


 その正体に思い至る。ネットゲームの気軽さだ。

 立場や年齢のフィルターを介さない、対等な関係性。二人は、この場においてもごく自然にそれを持ち出している。

 おそらく二人だけではないのだろう。この世界キメラ全体がそういった空気感なのだ。

 現実と同じように顔を突き合わせ、意識を間近にしているにもかかわらず——そうであっても、ここはゲームの世界だという共通意識があるのだ、きっと。慣れれば慣れる程に。


「……んでよ。アレン、お前いつのまに性転換したんだ」


 手を離したマグナが、眉を上げながらアレンへ水を向ける。


「知らない。性転換どころじゃないだろ、これもう」

「だな。声も違えば、髪は染めて目はカラコンだとしても、骨格そのものが……。背もかなり縮んだ。骨短縮手術?」

「そんな骨延長のアンチピックみたいな手術はないよ……たぶんだけど。転移したらこうなってたんだよ」


 これに関してはもう、そうなった、としか言えない。

 普通でないことはわかっていても、説明する手立てはなにもないのだ。


「ふうん……案外、ただのバグとかかもな。まァいいや、ここにいるってことはお二人さん、バベルに向かってたのか?」

「そうよ。案内も兼ねてというか、やっぱりこの町にいてバベルを知るのは必要不可欠でしょう? だけどアレン、ボーナスウェポンがないから武器がなくって」

「あー、さっき騒いでたなそんなこと。ンじゃいいや、これやるよ」

「え?」


 マグナはすっと指を動かすと——昨日宿でリーザやアレンがしたように、インベントリを開いたのだろう——その手に一丁の拳銃ピストルが収められた。

 それをマグナは、軽く投げて寄越す。


「北のゴロラ王国で買ったモンだ。サブ武器(サイドアーム)だったが、今はもう使ってない。アーガスって銃だ。クセなくて中々いいぞ、威力は低いが」

「くれるのか! サンキュっ」


 ありがちなオートマチック拳銃のようだ。サイズは中型、特徴らしい特徴と言えばグリップが木製の点だろうか。黒の見た目にウッドグリップは中々に機能美があり、映えはする。

 読み取れるのはそういった外見くらいだ。

 アレン自身、銃を撃つゲームをしているだけで、別段銃に知識があるわけでもないのだ。詳しいことは撃ってみなければわからない。


「でも俺、予備のマガジンとか持ってないけど、そういうのは」

「あ? あァ、マガジンはリロードしたいなーって念じたら出てくるぞ。どの銃種でも」

「マジかよ……とんでもねないなゲーム世界」

「面倒な部分は基本簡略化されてるわね。……なぜか、弓職だけは矢を別で買わなきゃいけないらしいけど」

「不平等な世界だ……」


 ともかく、弾の心配はしなくていいようだ。

 アレンがとりあえず、受け取った銃を自分のインベントリに仕舞うため、昨夜したのと同じようにアイテムウィンドウを展開させた。特に所有権とかそういったシステムはないのか、そのまますんなりと拳銃——アーガスは虚空へと消える。

 それを見届けると、マグナはぱんっと大きな両手を叩いた。

 音がして、アレンとリーザが首を巡らせてマグナの方を見る。彼はまたしても輝くような白い歯を見せながら、

 

「さて、武器も手に入ったところでだ。一人より二人、二人より三人の方が安全だろ? 俺も混ぜてくれよ」


 そんな提案を告げた。

 バベルの方へ向かうアレンたちを見た時からそのつもりだったのだろう。

 断る理由もなく、アレンはもちろん、リーザも首肯を返す。それから留まっていた足を動かして、三者並びながらバベルの暗い入口へと踏み入れた。

 天まで聳える巨大な塔、バベル。リーザがダンジョンと評したその藍色の円柱内部は、


「……なんか、賑わってんな」


 左右に出店が開かれたり、テーブルで軽食を摂る人々でそれなりの賑わいを見せていた。


「言ったでしょ。一階はロビーなの」

「ぁ、そういえばそんなことも聞いたような」

「計測によると百一階層あるそうなんだけどよ、便宜上二階を一層目にして、全百層って扱いだ」

「へえー。百階ダンジョンの、ここは準備エントランスってことか」


 中はやや薄暗かったが、壁面にいくつかランプが掛けられていた。すぐに目が慣れる。

 手前にテーブルが並び、左右に出店。そして奥には、奇妙な長方形がくりぬかれたような形の石があった。

 出店は食べ物屋が多いようで、食後だというのにお腹が空いてくるいい匂いをさせている。ホットドッグやサンドイッチのように食べやすいものが中心だ。

 朝早くということもあり、テーブルにはいくつかのグループが石の丸椅子に座って談笑混じりに出店のものを頬張っている。ここで朝食を摂って上へあがるのだろうか。


「上……上と言えば、階段がないみたいだけど」


 いくらきょろきょろと見渡せども、上層へ登るための階段が見当たらない。まさか設計ミスではないだろう。


「アレでいくんだよ、アレで」


 階段を探して左右に首を巡らせるアレンに、マグナがロビーの奥に向けて指を差す。

 その先にあるのは、少し高まった段に配置された謎の屹立する長方形だ。

 モニュメントにしてはいささか邪魔くさいそれは、端的に表すなら石のフレームだ。長方形の枠組み。しかし、中にはなにも——


「水……?」


——そうではない。石のフレームの中で、景色が微かに揺らいでいる。まるで水を注いでいるかのようだ。しかし、水であれば重力に従って流れていくはず。フレームの前面と後面にガラス板でも張り付けているのだろうか。


「行くぞ。現状、<ギルド>の攻略が及んでいる層は四十階層までだ。そこまでならば跳ぶことができる。そうだな……まずは十一層からが妥当だと思うが、どうだ? リーザ」

「異論なし。アレンもマグナもプロゲーマーだって言うし、それでも安全すぎるくらいでしょ」

「ハハ、まあな。正直三十台だろうが気を付ければ平気だと思うぜ。でも一応、アレンはここじゃ初陣だしな。チュートリアルってやつだ」


 二人は話しながら、石のフレームへ向かってすたすたと歩いていく。

 会話の内容は今一つ理解が及ばず、今度はアレンが置いてけぼりになる番だった。とりあえず、距離的にも離されることのないように小さくなった歩幅で小走りに二人を追いかける。


 石のフレームは、間近で見るとより奇妙だった。

 ガラスを張っているようには、やはり見えない。枠組みに満ちているのも水かと問われればそうにも思えず、透明に近い液体らしきものが気体のように浮かんでいる、としか表せない。色は青っぽいが、角度を変えると淡いピンクにも変わる。


「ゲート」

「え?」

「これの名前よ。不思議な見た目だけど、ゲームにありがちな転送装置だと思ってくれていいわ」


 口には出さずとも表情に現れていたのか、アレンの疑問にリーザが答えた。さらに、


「言ったろ? こいつをくぐれば、現状最前線になる四十層目まで一気にすっ飛べる。まァ、十の倍数階層はボス部屋になってるから、流石にそこまで行くのは自殺行為だけどよ」


 それをマグナが補足する。

 要は、この長方形——ゲートが、階段の代わりなのだ。


「習うより慣れろだ。ほれ、行くぞアレン。目的地は十一層。十一層をイメージしろよ」

「きゅ、急に言われても……やってみるけどさ」

「間違っても四十はやめろよ? 一人でボス部屋に転移させられてマジで死ぬからな? 四十はダメだぞ? 四十だけはイメージするなよ?」

「わかったからそう連呼しないでくれ! かえって頭にこびりつくっ」


 リーザが先陣を切り、ゲートの淡い歪みに身を浸す。すると、彼女の姿はそこに触れた個所から消えていき、ゲートをくぐりきった時には影も形もなくなっていた。

 続いてマグナも、慣れた動作でゲートをくぐる。やはり淡色に触れていくにつれ体が消えていき、最後にコートの端が呑まれて失せた。


(十一層、十一層……)


 マグナの悪い冗談を思い出さないよう、アレンは必死に十一という数字を頭で描きながら、おずおずと細い腕を伸ばす。


「わわっ」


 そして、ゲートに触れるとどこか温かな感覚とともに、腕がすり抜ける。

 ……腕は動く。感覚はあるが、なんだか離れた場所にあるような不思議な気分だ。

 とにもかくにも、腕だけ浸したままでは始まらない。アレンは意を決し、目をつぶって全身でゲートの向こう側へと飛び込んだ。

 全身を温い羽毛が撫でていく。無論、錯覚だ。だが奇妙な感覚に力が抜け、アレンは足元のバランスを崩して転倒した。


「ぎゃあっ」


 とてっとその場に倒れ込む。幸いギリギリ手をつくことができ、怪我は避けられた。

 両手で硬い土を押すようにして、上体を持ち上げる。そうして立ち上がろうとして、アレンは土の手触りにはたと疑問を抱いた。

——バベルの床は、壁と同じで石造りだったはず。

 驚きとともに目を開く。するとちょうど、僅かに砂の混じる乾燥した風が頬を撫でて過ぎていった。


 遠い太陽の光が、夏の日照りのように肌を差す。

 茶色い土。視界に広がったのは、高低差の大きいひび割れた地面と、たまの雑草が低木とともに薄い緑となって景色を彩る、終わりの見えない荒地地帯だった。

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