幕間の五 魔法使いの量産証明(後編)
「この階層だけほかと比べて現代的で、明らかに異質だ。天井にはライトが点いて、壁は病院みたいに真っ白で、ディスプレイみたいな電化製品もある」
「そうだけど……だからって電力が通っているはずがない。見てよ、コピー機だって電源ランプはオフじゃないか」
「電力が通ってないんなら照明だって落ちてるはずだ。……いや、実際通っちゃいないんだろう。電力がなくたってここの照明は点く。そういう風に作られてるんだ、キメラに」
なら、コピー機だってその可能性はある。コードも繋がってはいないし、電源ランプも点いていないが、それでもコピー機としての機能だけはキメラに形作られているかもしれない。
アレンの意図を察し、ごくりとユウが息を呑んだ。
しゃっくり鈍器——あのファミレスだってそうだ。あんな古い町並みの中に建っていて、ガスだの電気だのが通っているわけがない。ネオンサインの看板など論外だ。
この歪なゲームの世界は、そんな丁寧な再現などしない。なにもなくとも電灯は光るし、きっとコンロなんかもガスなしで火が点くのだろう。店員はNPCだから疑問に思うような知能もない。
「なるほど。それでアレンちゃんは考えたわけだ。このコピー機で、<エルピス>が魔法紙を量産したんだと」
「そうだ。それならあの火災も説明できる。残った団員全員が、実質的な魔法職になるわけだからな」
「……ハハ、なんて発想だよ。僕のお株を奪わないでほしいなあ」
魔法紙。先日ユウに見せてもらった、魔法職でなくとも魔法を使用することができる特殊なレアアイテム。
——土魔法の魔法紙で壁を作られて、壊した時には脱兎のごとくさ。
奴を追っていたレイブンの言葉を思い出す。彼によればアンティルは魔法紙を使ったそうだ。系統は土魔法だったようだが。
しかし。先日のユウが見せた、あの炎の魔法紙であれば——それをいくつもいくつも束ねれば、大火を起こすこともできるはずだ。なにせ魔法紙自体は特定のクラスに限らず誰でも使えるのだから、<エルピス>の残った団員十数名で行えば理論上可能だ。
そこで生じる問題が、魔法紙は入手機会の少ないレアアイテムだという点。ユウが使ったときの火力を見るに、少なく見積もっても同じ魔法紙が五十は必要になる。
そこで考えが行き詰った時、アレンの脳に過ったのはノゾミの言葉だった。もう随分前のことのようにも思える、あの<ギルド>のバベル攻略に参加させてもらって浮遊島の層を探索していた時の言葉だ。
デュープバグ。アイテムを増殖、複製させるバグのこと。そんな用語があることを、ノゾミとリーザに教えてもらったのだ。
もしなんでもかんでも増やし放題なら本当に大変なことだが、魔法紙は前提として紙だ。ならバグで増やさずとも、同じものを複製するやり方はあるのではないか。
紙を複製する——そこで浮かんだのが、このコピー機だったというわけだ。
本当に思い付きでしかなかったことだが、電力インフラなしで機能する階層の照明やファミレス、アンティルの使用した魔法紙。考えてみれば恐ろしいことに筋は通るのだ。
アレンがゲロを吐いたあの日、偶然にも角でぶつかったアンティルは、いきなりゲロをぶちまけたアレンにドン引きしつつ去っていった。
その方角は町の中心部。つまり、バベルの方だ。
「ユウ。試してくれ、またモンスターが寄ってくる前に」
「……わかった。ええと、セットするにはちょっと小さいけど……これでいいか。ボタンも少ないな、とりあえずオンっ」
インベントリからメモ帳サイズの魔法紙を取り出し、蓋を閉じてセット完了。ぽちっとユウがボタンを押すと、ほどなくしてガガガ、と音を立てはじめる。
「……ハハッ、用紙も勝手に同じサイズになってる。マジかあ、できちゃったよ……反則でしょこんなの」
それから音はすぐに止み、セットしたのと同じメモ用紙大の、魔法陣が描かれた白い紙が出てきたのだった。
出てきた。出てきてしまった。極めて呆気なく、数秒で。
自分で言ったことながら、アレンも口を開けて驚くほかなかった。
「あ……待てユウ、でもこれ見た目だけコピってるだけで、使えないってことはないか?」
「うん、もちろん試すさ。……えいっ」
ぐしゃ、とユウがそのコピーした魔法紙を壁に向けて握りつぶす。するとそれはぱらぱらと塵になり、代わりに渦巻くような球状の炎が放たれ、肌に伝わる熱気をアレンたちに浴びせながら壁へ着弾した。それから魔力で編まれた炎は他に燃やすものもなく、白い壁を僅かに焦がしたのみで消えてしまう。
……使用も可能、性能もおそらくはまったく同じ。
「……使えた、な」
「ああ……今僕、もしかしたらこの世界に来て一番びっくりしてるかも」
——かくして、魔法紙の量産方法が明らかとなり。この日からキメラにおいて、魔法は魔法職のものだけではなくなった。魔法は無限に複製される魔法紙を使えば転移者であれば誰でも使用が可能な、共通のスキルに堕ちたのだ。
言わばこれは革命だ。あらゆる敵に柔軟に対応でき、射程も長いという魔法職のアドバンテージは失われた。
魔法の権勢は地に落ちた。
そのことは翌日にレイブンへ知らせられ、迷いの末公表することに決まり、<ギルド>と<泰平騎士団>を通してシリディーナ中に広められることになった。
これにより魔法職の肩身は少々狭くなってしまったが、一気に転移者全体の戦闘における立ち回りの幅は広くなったと言える。
これはバベル攻略を早めたいと考えているレイブン、ひいては<ギルド>にとって強烈な追い風だった。
そしてその翌日、アレンたちは新たな仲間と、まだ見ぬ西の地に向かうこととなる——




