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幕間の五 魔法使いの量産証明(前編)

「リーザ、本当にごめん!」


 イベントが終わり、朝帰り。それから寝て夕方になった頃、ひとしきり睡眠をとったアレンはすぐさまリーザの部屋の戸を叩き、中へ入っては頭を下げた。


「ぇ……あ、うん。大丈夫、私ももう気にしてないから」

「それでも、ごめん。言っちゃいけないことだった」


 ノックに応じ、中に入れたのはリーザだ。

 もちろん要件は朝に言ってしまった失言のことだろうし、誠実なアレンのことだから謝罪も想定の内ではあったが、それでもその気迫にはいささか驚き、腰掛けるベッドの上で僅かに身じろぎする。寝起きの少しはねのある長い銀の髪がそれに合わせて、細い肩の上からさらりと落ちた。


「……もう、平気なの?」


——そんなはずがない。そう思いつつも、訊かずにはいられなかった。

 今朝、吐いたところを見たばかりだ。

 憔悴しょうすいしていた。苦しんでいた。人を殺めたという事実が、重い十字架となって小さな背を今にも押しつぶそうとしていた。

 それを少しでも和らげられたらと声を掛けるも、言葉が悪く——少なくとも彼女はそう思い、涙ながらに悔んだのは数時間前のことだ——かえって傷つけてしまった。


「ああ。また、心配かけちゃったな。でも大丈夫だ、ユウにも発破掛けられちゃってさ」

「そう……なんだ」


 それが今はどうだ?

 真っすぐにリーザを見つめるその幼さを含んだ顔は、普段と変わらない明るさだ。表情に陰りはなく、口元は照れ笑いに小さく緩んでいる。

 可愛らしい……と言えば、本人は中身は男だからと微妙な顔をするのだろうが、金の髪と青い目で稚気を残しつつも端整な姿は可憐そのものだ。

 

 だが、その瞳。

 マリンブルーの双眸の奥、その底に色の濃い深海の色をした、光を持たないなにかが秘められているようにリーザには見えてならなかった。昨日までは無かった、なにかが。

 昨日までの彼に戻ったようでいて、そうではない。漠然とそう感じつつも、その違和感の具体的な正体までは指摘できず、リーザはたどたどしく頷いた。

 杞憂だ。そう、思うことにした。思いたかっただけかもしれない。


「……そだ。ユウといえば、あいつどこ行ったか知ってるか?」

「え? ううん、私起きたばっかだし……いないの?」

「みたいだ。さして寝てないだろうに、こんなイベント直後にどこ行ってるんだか」


 マシロもシンリも、まだ部屋でぐっすりだろう。

 彼女らだけでなく、もう夕方だというのに、町全体が午睡に沈んでいるようだ。それも無理はないが。なにせ深夜にイベントで叩き起こされ、火事やらなんやらで落ち着いた夜とは到底言えなかった。

 そんな皆が眠るさなかに起きだしてどこかに行っているというのは、ある意味あのひねくれものらしいと言えばらしいかもしれない。


「……ただ、こればかりは早めに話したいことなんだけどな」


 誰に言うでもなく、昨夜仰いだ月のような目をして呟いた。冴え冴えと青く、ひんやりとした温度を帯びた目で。



 あの男が帰ってきたのはそれからそう経たない、日が落ちる直前のことだ

 リーザとの話を終えていたアレンは、一階の食堂テーブルでそれを独り待っていた。

 一応カウンターの向こうにはNPCのお婆さんが立ってはいるが、こちらから話しかけなければ会話が発生することはまずない。正直、背景同然とみなしている。キメラに慣れれば自然とそうなっていくのだ、誰しも。


「ん……アレンちゃん?」


 夕日の逆光に茶色の髪を濡らしながら扉を開けて、中へ入ろうとしたユウは待ち人の姿を認めてその動きを止める。

 金髪碧眼の西洋人形めいた見た目をした、世界に容姿を狂わされた男性。さしものユウもその原因については単なるバグ程度にしか推察できていない。


「帰ってすぐで悪いけど。ちょっとばかし、付き合ってもらうぞ」

「え?」

「確かめておきたいことがある」


 アレンは立ちあがり、真剣な目でユウを見つめながらそう言った。その深奥に紺碧の、暗い覚悟を沈めた目で。

 誰かを失わないために、悪を撃つ決意。その成就が瞳に宿っていることを確認し、ユウは複雑な感情を抱きながらも、決して面には出さず「いきなりどったの」とへらりとした表情でおどけて見せる。

 その問いには答えず、アレンはユウを連れて外へ飛び出した。やたらと急ぐ様子にユウは不思議そうに眉を寄せるも、とりあえずは従うことにする。


 二人は並び、静かな黄昏の街を往く。

 そのどこか退廃的な空の色は瓦礫と化した街には似合うのだろうが、『黄金の鉄の塊亭』があるのはシリディーナの中でも東側だ。火災が起きたのは西側の北寄りなので、この辺りは静かではあるが、街並み自体に変化はない。

 アレンはせっせと息を吐いてひた走り、ユウはそれに小走り程度で並走する。歩幅の差だ。


「で。そろそろ、どういうことか説明してくんない? 方角はバベルの方みたいだけど」


 アレンが向かっているのはバベルの方だ。それはあの藍色の塔自体が町のどこからでも、当然ここからでも用意に視認できるためすぐにわかった。方向音痴のアレンには大助かりだろう。流石に宿からバベルなんて何度も通っているから、道も覚えているだろうが。


「ああ……ひと晩——ひと朝? ともかく寝て頭すっきりさせたら、一つ気づいたことがあってな。あくまでもしかしたら、って話だが……」

「気になる言い草だねえ。このタイミングでバベルに行ってもなにかあるとはあんまり思えないけど」

「いや、あるんだよ。ずっとあったんだ。——ユウ、魔法紙はまだ持ってるよな?」

「え? うん、あるよ。昨日ちょい使っちゃって、あと三枚ってトコだけど……」

「十分だ。一枚でもあれば」


 アレンの返答に、ユウは怪訝に眉をひそめるばかり。さしもの彼も、なにをするのかまったく想像がついていないようだ。それを洞察不足と責めるのは酷だろう。なにせ、アレンとて半信半疑、本当にたまたま思いついたことだ。

 しかしこれが考えすぎでないのなら、あの火災に説明がつく。

 走りながら、アレンは時折息を吸いつつ話を続ける。


「昨日の火災。疑問はあったんだ、俺だってキメラに来てそう長くはないが普通、あんな大規模なのは起こせない。単なる一介の魔法やスキルであんなのができたら、それこそバランスブレイカーだ」

「そりゃあどうやってあんな、前代未聞の火事を仕向けたのかは僕も気になってたけど……わかったの? マジ?」

「それを、確かめにいくんだよ」


 塔の、扉もなにもないほの暗い入口へ入る。中に転移者プレイヤーはいなかった。こんな時に好んでくる者もそういないだろうし、いても既にどこかの階層に跳んでいるようだ。

 迷わず、ユウを連れて奥の石枠に向かう。そして、そのゲートの前でアレンは一度足を止めて振り向く。そこへユウは質問をぶつけようとした。


「アレンちゃん、どこの階層に——」

「二十一階層だ。跳ぶぞ」


 返答を待たず、一足先にゲートに満ちる水色の空気に身を浸す。すると、足元はすぐにつるつるとしたタイルになり、壁も天井も真っ白いオフィスビルの内部めいた光景がアレンの眼前に広がった。

 間を置かずユウもやってくる。未だに怪訝そうな表情で。


「二十一って……今更こんな階層になにがあるのさ。まあ、このくらいなら僕ら二人でも問題ないだろうけど」

「つっても、俺は銃を失くしちゃったから戦闘は避けたいけどな」

「えっ。なくした?」

「ああ、お前が寝てる間にな。耐久値の限界だったみたいだ。ボーナスウェポンを逃したのが悔やまれるよ、本当」


 マグナから貰ったアーガスは、あの地下で跡形もなく壊れてしまった。今アレンが有する武装は、もう一つの遺品であるクリムゾンくらいだ。

 なにか言いたげな表情で驚くユウを置いて、アレンは先に歩き始める。


(……つくづく、俺はここに縁があるなぁ)


 この間もマシロたちと来たし、リーザと二人で来たこともあった。

 それにこの二十一階層ではないが、似た造りの二十九階層。そこで地上を狙撃するマグナと相対し、袂を分かった。彼とリーザと、三人で足を運んだこともあったか。

 妙な感傷を胸に、目的地へ向かう。場所はだいたい覚えているつもりだったが、思いのほかすぐすぐ見つけることができず、二度ほどモンスターの群れに遭遇する。ユウにも手伝ってもらい、『爆風赫破ブラストグレネード』でなんとか倒しきった。

 そして、それの前にたどり着く。


「……これだ。こいつを試しに来たんだ」

「これ、は……コピー機? なんでこんなもの——いや、まさか」


 白く、角のある直方体に近いボディ。オフィスや学校にあるような、大きめのコピー機だ。

——コピー機は、この階層においてそう珍しいものではない。二十三階層辺りでも見たことがあるし、探せば二十九階層までの間であればまだいくつか見つかるだろう。

 だがいちいち気にするようなものでもあるまい。そもそもバベルの中はダンジョン化していて普通なオフィスの間取りにはなっていないし、こんなものはただのオブジェクトに過ぎない。

 そう思うのが、普通だ。

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