幕間の四 密談会議(前編)
詳しくは活動報告に掲載しましたが、これからは毎日更新ではなく隔日更新となります。
申し訳ないです。
「改めて。お疲れ様でした、ユウさん」
「そっちもね。今回のイベントはキツかったねぇ」
「そうですね……まあ、イベントそのものの趣旨ではなく、ほとんど<エルピス>のことですけど」
赤い夕陽が昼の終わりと、夜の始まりを告げる頃。
件のゲーム内イベント翌日、つまり帰って寝て起きたらすぐ、ユウは<ギルド>のギルドハウスに足を運んでいた。
向かった先は団長室。当然のように——団長なのだから当然なのだが——迎え入れたのはレイブン。
システムによるオブジェクトの自動修復があるとはいえ、まだ火災の爪痕が色濃く残る町は、普段よりも活気がなく静やかだ。イベント翌日というのもあるだろう。
そんな中いつかのように、団長室で二人して密会じみた会話が行われていたのだった。
「犠牲者は、結局四人だったのかな?」
「ええ、あれから不在者がそれ以上確認されることはありませんでした。不幸中の幸いですね。……本当に不幸中の、ですが」
「……だね」
鬼気迫る表情でレイブンは机の上の拳を握る。普段は団長の役職が殻を作って覆い隠す憤懣も、団員でないユウ相手ではつい出てしまう。
その静かな激情に、ユウは肌がぞわりと粟立つのを感じた。
大学の後輩。キメラで唯一、現実世界から深い縁を持つ友人。しかし、その彼と出会ったとき、既に彼は元の人物ではなくなっていた。
使命感が、彼をユウが知る谷岡幸谷ではなく<ギルド>団長のレイブンへと変えていた。その大義に仮託することで、殺人すら辞さないほどに。
鬼気迫る——言い得て妙な表現だろう。
そう。言うなれば、鬼だ。敵を討ち滅ぼすためならばどれほど冷酷な手段すら取れる、黄金の鬼。
どうしてそうなったのか、詳しい話を今もユウは知らない。しかし最初にキメラに転移者が飛ばされた、騒乱期と呼ばれる最初期の出来事が要因なのだろうとは察しがついた。
——悪を討つ。それをもう、躊躇しない。
眼前の冷酷を纏う金髪に、ふと、別の人物が重なる。髪色だけが似通った、顔も声も身長も性別——は見た目だけだが——も異なる、あの青い目の者が。
仮眠を取る直前に聞いた、容姿通りの澄んだ空を思わせる涼やかな声色でいて、重く低い決意をにじませたあの言葉を思い出す。同時にその少女の姿をした彼の、決意を秘めた双眸も。
青い瞳に沈む、ぞっとするような冷たさ。その、レイブンの酷薄にも似た淀んだ温度を宿らせたのが自分であることを、ユウが気にしていないと言えば嘘になる。
敵は悪で。殺さなくては身内が死ぬかもしれない。だから、敵を殺すべきだ。
……間違ってはいない。筋は通る。
しかし、筋道なんていうのは立たせようと思えばいくらでも立たせられるものだ、正義の反対がまた別の正義であるように、善行が視点を変えれば容易に悪行に変わってしまうように。
普遍的で、絶対的なものでは断じてない。
(……どうあれ、僕がアレンちゃんに殺人を強要したのは事実だ。もう人を撃てないと折れかかる心を、身内の命を引き合いに強引に立ち直らせた)
できないのが普通なのだ、そもそも。
まっとうな神経で人なんてそうポンポンと殺せない。他人だって生きているという当たり前の事実を認識できない、著しく共感性の欠けた者でもなければ、摘んだ命の数だけ罪悪感に苛まれ押しつぶされてしまう。
そのまっとうに振れかかる針を、強引に逆側へ引っ張った。リーザやマシロ、自分の命さえも天秤に掛けさせる、アレンの善良な心根に付け込む卑怯なやり方で。
これもまた、一つの裏切りなのだろう。信頼を利用し、望む形へ恣意的に心を動かす。下劣で最低の行為だとユウは内心で自嘲する。
(……でも)
それでも。なにを賭してでも。自身の命でチップが足りないのなら、信頼も、信用も、親愛も、友情も、同情も、良心さえも上乗せしてやる。
元の世界に戻り、人生を再開するためならば。
そのために、アレンにはここで折れてもらっては困るのだ。本人には今一つ自覚はないようだが、アレンという人物の価値は計り知れない。
ゲーマーが跋扈するこの世界においても、FPSプレイヤーは特別だ。
対人戦闘のスペシャリストと言ってもいい。加えて人間相手において、銃は強い。そんなことは言うまでもなく当然で、剣やら斧やら槍やらよりは、近代武装であるところの銃のほうが優れていて当然だ。
もちろんキメラだと銃弾一発で動けなくはならないし、剣なんかでもスキルでリーチを補うとかやりようはいくらでもあるが、やはり銃は強い。多くの場合、魔法と比較しても手軽で素早く連射も効く。
しかもアレンはプロだ。<デタミネーション>——所属するチーム自体はユウはFPSをやらないから知らない名だが、アレンの射撃精度は傍から見てもはっきり言ってどうかしている。
ユウもボーナスウェポンが尻すら拭けぬ紙切れだったため、試しに北の国の店頭でハンドガンを試射させてもらったことがあったが、どうにもセンスに欠けていた。性に合うということもあり、結局はアイテムメインのスタイルに落ち着いたのだった。
だがアレンはそんなユウとは違い、とにかく強い。ボーナスウェポンさえあれば言うことなしだが、それがなくともプレイヤースキルがずば抜けている。
射撃精度自体も高いが、敵を見て撃つまでの反応速度もおかしい。機械で出来ているのではないかと疑いたくなるほどに。
対モンスターであればキメラ内最強は間違いなくレイブンだが、対転移者であればアレンかもしれない。だからこそ、面に出さずともレイブンはアレンを警戒していたし、その技術は内に擁しておきたいと考えた。
「……ユウさん? 大丈夫ですか、ぼうっとして」
「ん。ごめんごめん、ちょい寝不足でね」
「イベントが終わって一日経ってませんから。それも仕方ないですよ」
とはいえそんな強さは、あくまで人間相手に戦うという意思あってのものだ。
本来ならば、もっと時間をかけて修復されるべき心の傷。それを抉り、無理やりに別のもので補わせて治すような手段を取った。
それを思うと胸が痛い。ひねくれものを気取っていようが、背徳を喜べはしない。
しかし、その感傷をユウは、深い瞬きの合間に殺して沈めた。
「そうだ。イベントと言えば、ペナルティはどうなったのかな? 結局、最終の鬼はレイブンとアンティルでしょ?」
「厳密にいえば、アンティルに関してはともに逃走したローリエと名乗ったピンク髪の女に譲渡しているかもしれません。イベント終了前に合流していたのなら、さらに別の団員へ渡した可能性も」
「……うーん、その線が高そうだ。それで肝心のペナルティの内容は?」
「恒久的なHPの半減です。あくまで僕は、ですが」
「——。なるほど」




