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第六十五話 そして朝が巡る

 <ギルド>と<泰平騎士団>を中心に行われた消火活動は、二、三時間程度に及んだだろうか。

 ようやくひと段落付いたころ、既に地平の向こうは薄明の淡い赤と青が混じり、訪れる夜明けを告げていた。

 その美しさに誰もが息をつき、手を止める。長い『ペナルティ鬼ごっこ』のイベントが、真の意味で終了した瞬間だった。


「あ、いたっ! アレン!」

「ん……リーザ! みんなも」


 アレンが瓦礫と化した家屋を前にぼんやりと空の彼方を見つめていると、後ろから届く聞き慣れた声。振り向けばリーザとマシロが駆け寄ってきていた。その後ろにはユウとシンリもいる。

 地下で倒れたリーザもユウも、目を覚ましたみたいだ。よかったと、胸を撫でおろす。HPが残っていても昏睡状態で目を覚まさない……みたいなことになればどうしようかと、密かに心配ではあったのだ。


「アレンっ」

「おっと。どうした、そんな飛びついてきて」


 マシロは止まることなく、勢いのままぼふっとアレンの胸元へ飛び込んでくる。それを受け止めながら、アレンは一歩よろめいた。

 元の体ならいざ知らず、今の幼女ボディではマシロと身長もそう変わらない。軽々キャッチとはいかないのだ。


「見てるだけ、つらかった。……アレンもリーザもみんな、負けたらって、ぼやぼやしてた」

「……ボヤボヤ?」

「たぶん、ヒヤヒヤってことよ。マシロったらずっとやきもきしてたのよ、誰かさんが扉の陰に隠れさせるから。ま、私もマシロを直接戦わせるなんて嫌だけど」

「ああ……なるほど」


 白い髪の頭を柔らかく撫でながら、アレンは得心する。アレンたちに混じって戦えなかったから、思うところがあるのだろう。

 だが、あそこに連れていくだけでも危険はあったし、あれでも十分に綱渡りだ。そしてマシロは見事その綱を渡り切り、最大の成果を示してくれた。


「でもマシロはしっかり仕事をしてくれた。合図を聞いてユニークスキルを使ってくれたから、俺も今ここにいられるんだ。リーザも倒れて危なかったけど」


 転移者プレイヤーの位置を把握できる、イベントにおける鬼の権能。それを使われていることを逆手に取った、由縁は謎だがNPCと同様の性質を活かすマシロを使った策は、完璧と言っていい刺さり方を見せた。

 いないはずの六人目、アンティルもさぞかし驚いたことだろう。マップ機能の赤点という、転移者プレイヤーが手出しできないゲームのシステム的な部分に騙されたのだ。意表でないはずがない。

 策をこしらえたのは無論アレンだが、それもマシロが持つ特異な性質と相手の自由を奪うユニークスキルのおかげだ。


「う。悪かったわよ、気絶しちゃって」

「別に責めたんじゃない。俺ももっと、上手くやれたはずだったんだ」


 反省点は多い。そもそもアンティルには逃げられてしまった。

 こちらが策を用意したように、相手もまた手札を握っていたのだ。ボーナスウェポンたる高威力のリボルバー銃、それとスキルを併用できないというブラフに、ローリエが有する鬼の権能。

 

 特にローリエ、あの桃色の髪をした女。彼女のユニークスキルはレイブンの一撃すら無傷だったことからも、まず間違いなく無敵化、ダメージ向こうの類だ。

 <エルピス>側にも鬼がいたとして、それはやはりアンティルの可能性が高いと踏んでいた。が、実際に鬼を有していたのは側近らしき女で、しかもそのスキルはあらゆる攻撃を受け付けない。接触は容易、現にレイブンはまんまと鬼を渡されている。


 わざわざ剣を鞘に仕舞っていたから、ひょっとするとそういう動作をするか、手を空にしなければ使えないスキルなのかもしれない。ユウのユニークスキルですら、ダメージは無効でも痛覚はそのままだ。あらゆる攻撃を好き放題に弾けるというのはどう考えても強すぎる。

 キメラだから、絶対に無いとも言い切れまいが。


「……マシロ、やくに立てた?」

「もちろんだ。ありがとう、俺たちを守ってくれて」

「——。んっ」

 

 上目に見つめる黄金色に微笑みかけると、マシロは不安の晴れた顔で小さく頷いて身を離した。

 記憶のないマシロにとって初めてのゲーム内イベントだ。わからないことだらけだっただろうに、よく頑張ってくれた。

 イベント終了の通知も来て、アンティルらはどこかに失せ、町の火災も鎮火できた。長い今日もようやく幕引きだ。


 そこでふと、アレンは今日知り合った彼のことが気になった。朝にもなったしもう<ギルド>も<泰平騎士団>も解散の雰囲気だが、彼はどうするのだろう。


「そだ。シンリはこれから、どうすんだ? どっか宿とか取ってるなら帰るんだろうけど」


 一歩離れたところにいる、撫で肩で瞳の赤い男性。

 アレンと同じく不幸にも最初の鬼に選ばれた、行きずりのアンラッキー仲間。

 正直、あまり戦闘面で貢献してはいなかったが、それでも鬼をアレンに譲渡した責任感から危険を承知で出来ることを探して付いてきたのだ。きっと悪い人物ではない。

 短い間だったとはいえ、これであっさりと別れるのはなんだか惜しいものがある。


「あ……それが、実は」

「来るってさ。僕らの宿……ええと、黄金のけつの……」

「黄金の鉄の塊亭。変な名前にしないでよ、ユウ」

「そうそれ。ヘンな名前なのは元からじゃないか、一体なにから来てるんだか」

「ん。シンリも来るのか?」


 別れるどころか、同宿になるらしかった。


「実は俺の宿は珍しく西側の北部にあったんですが……さっきの火災でダメになっちゃって」

「ああ、燃えちゃったのか。残念だな」

「はい、正確には燃え広がるのを防ぐためにベキベキに倒壊されちゃったんですけど。さっき前を通ってびっくりしました」


 破壊消防の哀れな被害者だった。まだ燃えているほうが心情的にマシだったかもしれない。

 まだ料金分残ってたのに、とぼやく。鬼を引いたり宿が壊されたり、シンリにとっては厄日だろう。本当に運がない。


「な、なるほど。歓迎するよ、俺も転移してすぐリーザに教えてもらったんだけど、安くていいトコだよ。飯めっちゃ味薄いけど」

「イマドキ監獄食でももうちょっと味にバラエティあるよねぇ」

「そ、そんなに……ま、まあ味にはそこまでこだわりないので、たぶん平気です」

「なんだかそういう人ばっかりね」


 ゲーマーほど食事、というか生活を蔑ろにしがちなのだろう。褒められたことではない。


(そういえば、シンリはなんのゲームやってたんだろ)


 ユニークスキルは団長室で口にしていた。

 二択を七割で的中させる能力——正解概算ルーティングトラスト? 確か、そんなだったはずだ。

 正直、微妙だとアレンは思った。少なくとも戦闘ではまるっきし役に立たない。

 戦闘以外、要はギャンブルなんかだと役立てやすそうな気もするが、二択でなければならないというのが肝だ。それに、どうせこの世界……少なくともシリディーナの町に賭博施設があるとは聞いていない。

 需要はあるかもしれないが、どうだろう。<泰平騎士団>辺りに規制されてしまいそうだ。


 それに、条件が曖昧でも作用できるかわからない。

 端的に言って妙な能力だ。基本、ユニークスキルにはその転移者プレイヤーがプレイしたゲームの傾向が出ている気がする。それはユニークスキルだけでなく、クラスやボーナスウェポンもそうだ。

 ボーナスウェポンは取り損ねてしまったから例としては不適切かもしれないが、アレンだったらFPSプレイヤーだから銃を扱う<ガンナー>のクラスだし、ユニークスキルもFPSらしく手榴弾グレネードだ。

 ……利用法は少々、奇妙だが。しかしそうやって移動に爆発物を利用するFPSゲームというのも、実は結構ある。


 ならば、二択を七割で当てるスキルはどんなゲームをやっていれば与えられるのだろう。

 択を選ぶ。選択のスキルだと言うからには、やはりそういったものを強いられるゲームな気がする。


(ターン性の対人ゲーとか……つってもアクションも常に選択の連続だよなあ。でも二択に限られてるし)


 考えども、結論は出ない。

 どうせ同じ宿でいるのなら、これから訊く機会はいくらでもある。アレンは疑問を早々に棚上げし、胸に押し込んだ。そのうちタイミングを見て、遠くないうちに訊こう。


「じゃ、新たな仲間を迎えたところでさあ、そろそろ帰らない? いや、弾丸食らって呑気に寝てた身で恐縮なんだけど、もうクタクタだよ僕」

「私も、早く帰って体洗いたい。下水道通ったし……臭くないわよね?」

「ん。へーき、いいにおい」


 ぴとっと腰に引っ付くマシロ。リーザはその手を取って握り、手と手でつないだ。こうしていると姉妹のようだと見るたびに思う。

 周囲、<ギルド>や騎士団の者たちも各々散り始めていた。皆夜通し動き回り疲れていることだろう。柔らかなベッドに沈みたいと思っているに違いない。


「……そうだな。もう、終わったんだもんな。帰るか」

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