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第六十四話 塵は塵に

 肌を焦がす熱気。ほのかな息苦しさ。炎が弾け、時折建物が崩れる音。星の見えない漆黒の空へ立ち昇り、吸い込まれては同化するような黒煙。

 火災が起きている。

 アレンがそう判断できたのは、地上に出て数十秒を要してからのことだった。

 空を仰ぐ。黒い煙の幕の向こうで、玲瓏れいろうたる月だけが見下ろしていた。地上の惨劇など、己は関係ないと言うように。


「……とにかく、みんなを探さないと」


 混乱していては駄目だ。遠い星を睨み、アレンは懸命に精神を落ち着かせる。

 どうしてこんなことになっているのかわからないが、ここにはジークたちがいたはず。彼らの無事を確認しなければ。火災に巻き込まれているようであれば救助を必要としているかもしれない。


 ぐるりと周囲を見渡す。少なくともここに人気はないし、誰かの声もしない。

 おそらく足を運んだことのない、覚えのない通りではあったが、なんとなく広まった場所に繋がっていそうな方へ進んだ。

 アレンにしては珍しく勘は的中し、ちょっとした広場に出る。イベント告知の張り出されるボードのあるそことは違い、単なる憩いの場といった風だ。

 そこで、見覚えのある人影を認めた。


「リオネラ! みんなも!」

「アレン君、か。そうか、ギルドに入らずとも君は協力してくれていたんだな」


 なにをするでもなく佇んでいる、背筋のいい男性。しかしどこかその肩は重く、見方によっては呆けて立ち尽くしているようにも思えた。

 リオネラだ。そしてその傍にはエライと、つばの広いとんがり帽子で顔はわからないが、十中八九ポラリスであろう少女の姿があった。気づくのが遅れたのは、どうしてか二人とも地面に座り込んでいるからだ。


 辺りにはちらほらと別の人影もある。燃え盛る街の逆光で視認しづらくはあったが、少なくとも<エルピス>の人間ではなさそうだ。そうだとするのならリオネラたちが見向きもしないのはおかしいし、彼らは忙しなく動き回っている。おそらく<ギルド>か騎士団かだろう。


「一体なにがあったってんだ、地下から出てみれば大火災だ。知った顔が見れて安心した——……あれ。なあ、サトシはどうしたんだ? みんないっしょじゃないのか」


 ここにリオネラたちがいるということは、彼らがレイブンの言っていたギルドハウスに残っていたメンバーだったのか、後から状況を見たりシグレに声を掛けられて駆けつけてきたのだろう。だが多くの団員を率いて先に退いたストレインも、さっき逃げたアンティルらも見当たらない。

 どうして町が燃えているのか。その理由を訊こうとしたアレンだったが、先にいつもの四人組に欠けている彼のことに気が付いたので、先にそちらの疑問を問いかけた。


 リオネラは、一度アレンの目を見た。

 そして一瞬の間が開き、ゆっくりと口を開く。他の誰でもなく、それを伝えることは自分の責任だと言うように。

——死んだ。

 ぽつりと、小さく震えた唇——見れば、炎の橙色をした明かりを頼りに見る彼の顔は、それでも青白く冷めているようだった——がそう呟く。

 聞き間違いだと、反射的にアレンはそう思った。だって、おかしい。


「え? いや、なんて……」

「サトシは、死んだよ。さっき」


 間違いではなかった。念を押すように、もしくは自分自身にも言い聞かせるように、リオネラは重苦しく絞るように口にする。

 冗談だろ、と喉を出かかった言葉を、すんでのところでアレンは呑み込んだ。それを言う前に、座り込むポラリスの横顔が一筋の涙に濡れているのが見えてしまったからだ。目元は帽子のつばに覆われていても、伝うその音のない痛哭は隠せない。透明の雫は止まらず、ぽたりと地面に落ちては不規則な石畳の溝に染み込んで消える。


「ア……アンティルがやったのか?」

「いや。ストレインと名乗る、灰色の髪の男だ」

「っ!」


 点と点が一つ、つながる。事のあらましはいくらか読み取れた。

 ストレインが<エルピス>の残った団員を連れて地上に出た時、地上で張っていたジークやリオネラたちと戦闘になった。その際、あの粗野な獣じみた印象の灰髪——ストレインがサトシを殺めたのだ。時系列的に、アレンがアンティルらと戦っていたころのはず。

 なら今の状況もある程度予想が付く。


「……あたしが、魔法を食らって瀕死になったのを庇ったの」

「エライ……」


 地面にすとんと座り込むまま力なく振り向いたエライは、普段の自負が抜け落ちた覇気のない表情で、焦点の合わないぼんやりとした瞳でアレンを捉えた。


「サトシが庇ってくれなかったらあたしがきっと……あたしが、あいつに負けなければ……!」

「自分を責めるなエライ君。僕も含めて前衛三人全員が翻弄されていた。あれは……誰かが悪いなんて話じゃ、決してなかった」

「だけど……! 塵になって、遺体すら残らないなんて……こんなひどいことないわよ……っ」


 無力を嘆き、消え入りそうな声で悔いるエライと、ただただ沈痛な面持ちのリオネラ。ポラリスは一言も発さず、俯いた顔を上げることもない。会話も耳に入っていないのかもしれない。


(……どうして、こんな)


 見ていることもできず、背後の街並みに目をやる。炎上するこれも、きっと<エルピス>の仕業なのだろう。

 普通に火を付けるだけではここまでにはならない。こんな大規模な火災を起こすほどの魔法が存在するとは思いたくないが、現に周囲は大火事だ。

 この場にストレインたちがいない以上、町に火を放って逃げたのだと考えられる。


「なら、アンティルとそれを追ったレイブンは……」

「ああ……彼らなら、さっき向こうに行ったよ。すまないが追うのはとてもできなかった」

「そうか、それは……しょうがないよ。俺は今からでも行ってみる、リオネラも……その、思い詰めないようにな」

「……ああ。すまない」


 それは、なにに対する謝罪だったのだろう。

 とにかくアレンはリオネラの示した方、広場の先へ向かってみることにした。今から追いつける自信はないが、ただこの場にいてもできることはない。

 むしろ、三人にどう声を掛けていいのかなど、わかるはずもない。言ってみれば、この場から逃げて離れるための口実だったのかもしれない。


 下手な慰めや激励などできるはずもなかった。彼らはアレンが過ごした時間よりもずっと長い時間をサトシと過ごし、ずっと固い絆を育んできたのだ。その深い関係性に、知り合って数日そこいらのアレンが掛けられる言葉など、なに一つありはしない。


 そそくさと場を離れ、炎上する街並みを行く。ただ少し進むと火災の規模はいくらか下がった。流石にシリディーナ全域が炎に沈んでいるはずもなく、この一帯のみのようだ。それでも相当だが。

 そしてその途中、唐突にウィンドウが開き、そこには呆気なく一文でこう書かれていた。


——制限時間になりました。『ペナルティ鬼ごっこ』を終了します。


 終わった。前触れなく届いたメッセージは、イベント終了の知らせ。

 アレンは走りながら息を呑むも、足を緩めることはしなかった。

 ゲーム内イベントは幕を閉じようとも、しかし夜はまだ明けていない。なにもかもを終わりにするには早すぎる。町の一角は炎に呑まれ、失われた命は帰ってこない。


「……! ジーク、レイブン!」


 やがて記憶に新しい二人の背姿が視界に映り、アレンは駆け寄った。これ以上ないくらいに目立つ黄金の西洋甲冑と、後ろを向いた金の髪。

 前者はもうどうせジーク以外ありえない。後者はさっき別れたレイブンだ。足を止め、ジークとなにかを話している。


「アレンさん! すまない、アンティルを追っていたが逃げられた。土魔法の魔法紙で壁を作られて、壊した時には脱兎のごとくさ。しかもイベントまで終わってしまってマップ機能も剥奪された」

「魔法紙……? あっ、そんなことよりレイブン、ペナルティは! 大丈夫なのか⁉」


 アンティルに逃げられてしまったのなら、最後の鬼は結局レイブンのままだ。

 なにも説明の無かった、恐怖にして未知のペナルティ。それが既にレイブンの身に降りかかっている。

 少なくともこの場に立っていることから、幸いにして即死のように極端なものではなかったようだが——


「平気だ、思いのほか重くはなかった。まあ、内心ヒヤっとはしたけど、即死にするんなら最初からペナルティなんて回りくどい言い方にはしないんじゃないかとも思っていたさ。それより町のことだ」


 なんでもないかのようにそう言う。

 本当に大したものではなかったのか、それともはぐらかされているのか。しかし町が大変なのもまだ事実。急を要さぬ既に終わったぺナルティの話はまた後にしたいのだと、アレンは彼の意思を汲み取って頷いた。

 がちゃ、と金属の微かな音を立ててジークが重く発する。


「ともかく今すべきは町の消火だろう。いかなる手でこうも炎を広げたのか、遺憾ながらこの私も見当もつかないが——被害が大きくなる前に取り掛かるべきだ」

「……そうだね、ジークさん。悔しいが<エルピス>を追うのはここまで、か。半数くらいは削れたが……」

「消火って、でも消防組織なんてあるのか?」

「水魔法が使える者は使ってもらうが、基本は江戸時代よろしく破壊消防だ。どの道壊そうと時間が経てば勝手に修復が行われる」

「あ、そっか」


 以前のイベント、『恐竜襲撃』の時のことを思い出す。

 恐竜たちが暴れて町は滅茶苦茶にされたが、日が経てば誰がなにをするでもなく直っていた。町のものといった特定のオブジェクトは壊そうと勝手に修復されてしまうのだ。  

 ならこれ以上火の手が回ってしまう前に、燃えてしまいそうな構造物を叩き壊す。少々野蛮かもしれないが確実で、武器やスキルを持つ転移者プレイヤーであれば普通よりもやりやすいだろう。前例があるのか知らないが、かなりの好判断だとアレンは感心した。


「僕たちは手分けして団員に消火の声を掛ける。同じギルドに所属していれば位置がわかるからね。アレンさんもお願いしていいかな?」

「ああ、わかった。派手な技は持っちゃいないが、役に立てないこともなさそうだ」


 建物を壊せるような武器は持ってないが、爆風赫破ユニークスキルを使えば建物を壊すくらいはできるはずだ。ポーションでSPを回復すればすぐにでも手伝える。


「前回のイベントに続き、無所属のアレン君に負担を強いてしまってすまないと思っている」

「いいさ。ギルドがどうとかって問題じゃないだろ、これはもう」


 シリディーナの町にいる——いや、キメラにいる転移者プレイヤー全員の問題だ。


「じゃあそういうことで。また落ち着いたら……明日か明後日、改めて状況を整理しよう、二人とも」

「ああ」

「承知した」


 すぐさま別れ、行動を開始する。考えるべきことや重い悔恨は胸中を渦巻いていたが、アレンはどれも後にして積極的に消化に加担した。

 必死に体を動かしている間はすべてを忘れ、気が楽だったから。

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