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第六十二話 双鬼巡る広間にて

 背を向けていた体を反転させ、銃を左手に持ち替える。残存する最後のSPをほぼすべて食いつぶし、空いた右手に熱気が宿る。

 迷うことなく、幾百も積んだ鍛錬の通りアレンは前へ跳び上がり、手の内の熱をやや後方の地面へとぶちまけた。普段よりももう少し、より後ろ気味にだ。


 爆音と爆風。熱を孕んだ慣性がアレンの背を強く押し飛ばす。視界の端でHPバーが削れるも、いつもより微小だ。単に調節が上手くなったとかではなく、今回は斜め上ではなく出来るだけ前方真っ直線に移動できるよう、やや遠い位置でグレネードを爆破させていた。

 背を焼く痛みも吹き抜ける熱風も、驚愕に染まる敵の表情も、己の声さえもが彼方に遠い。

 ただ夢中で、右の拳を握りしめる。


「これは……ダメージ、ブーストか……!」

「う、おおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——っ!」


 そして一切の勢いを失わぬまま、全力を込めて敵の顔面を拳で殴った。ゴッ、と鈍い衝撃が小さな拳骨に響く。

 細い少女の体とて、爆発に乗る慣性があれば大の男を吹き飛ばすくらいの威力にはなる。アンティルは数度床を転がると、背を柱にぶつけて止まった。

 しかし武器を持たない単なる拳の一撃だ。HPへのダメージはさほどないだろう。

 だがここで重要なのは数値的なダメージなどではない。


(よし、視界からミニマップが消えた! 譲渡に成功した……!)


 殴り飛ばしてもなお止まらない勢いに、危うく転倒しかかるもなんとか地に足を付けたアレンは、既に鬼の権能を失っていた。

 殴打による手の接触で、アレンの鬼はアンティルに移されたのだ。あるいは彼も鬼だったのなら、彼の側に統合されたことになる。シンリのように。ひょっとすると自覚がなかっただけで、ユニークスキルを纏った手がアンティルにアレンに触ったときにアレンの方へ統合されていた可能性もあるが。


 だがその辺りはどうだっていい。ともかく、今、アレンの鬼はアンティルの方へと移された。アンティルが鬼で、アレンは鬼ではなくなった。そこが重要だ。

 目標の第一段階はクリア。後はこのままアンティルを倒せばペナルティは闇に消える。最悪今この瞬間に制限時間とやらが終わり、『ペナルティ鬼ごっこ』のイベントが終了しても罰を負うのは奴独り。


「アンティル様……!」


 爆発の音が気を引いたか、ローリエは戦闘の合間に仲間の名を呼んだ。憂慮を込めた響きは、それでも助けに向かう隙などあるはずもない。

 潜るような踏み込みとともに、白銀色をした剣が下方から振り上げられる。それを操るのは黙然とした殺害の意思を黒瞳こくとうに宿すレイブンだ。ローリエは急いで離れるも、逃れきれず切っ先が胸を裂く。深手ではないが、それでもダメージは入っただろう。


「そこだ」


 さらに息をつく間もなく、その身に無数の楔が迫る。先端の尖った透明の楔。それらは氷の属性を持った氷柱つららで、当然天然のものでもなければ、スキルによって編まれた力でもなかった。

 使用者はユウ。無論彼に魔法など使えないので、これは先日バベルでアレンを救ったレアアイテム、魔法紙によるものだ。あの時とは属性が違う、氷の魔法紙。


 炎のそれよりも殺傷力に長け、それに攻撃範囲が狭いからこの場合はレイブンを巻き込まないというメリットもある。貴重なその紙切れを惜しみなく握りつぶして使用し、ユウは油断なく敵を見据えた。

 しかし敵は迫りくる楔を避け、いなしきれない分はアイスピックめいてレイピアの刺突が破砕する。相当の速度で放たれたそれに細い切っ先を的確に当てたのは、ローリエの妙技というほかない。


「やあああああああああっ!」


 その背後からシンリが迫る。振りかぶるのは実直な剣、非ボーナスウェポンの店売りアイテム。


「邪魔ですっ」

「ぐえ」


 ……しかし、大上段に上げられた刀身は振り下ろされることなく、素早い蹴りが彼の鳩尾を貫いた。気迫はあるが、やはり戦闘面ではあまり役に立たない。


 とはいえローリエにも疲労の色が出始めている。息は荒く、呼気に肩を上下させて、見た目に現れてはいないがHPもそれなりに削れていることだろう。そもそもレイブンが相手の以上、勝つのは奇跡でも起こさない限りほぼ不可能だ。

 そこにユウ、おまけにシンリもいる。ジリ貧は目に見えていた。そんな状況下で突然、


「行け、ローリエ!」


 立ち上がったアンティルが、今度は合図らしき声を発していた。

 その腕は未だ、例の黒いもやに覆われている。SP効率の良いスキルなのか、長時間解除せずとも平気のようだ。


(なんだ⁉ どうすればいい?)


 瞬間、アレンは選択を迫られる。

 指示を出した以上、ローリエはなにか行動を起こす。おそらくはまだ見せていないユニークスキル。

 ならアンティルは? 殴り飛ばしたことで、またしてもアレンとはやや間が空いている。ならばローリエ、レイブンらとはさらに遠い。その腕の影の間合いからは大きく離れている。とてもローリエをカバーしに向かえる距離ではない。

 ならここはアレンは、アーガスの射線でレイブンらのサポートをするべきか——


「来い、ムーンレイカー」

「……は?」


 結論から言えば、アレンは択を誤った。

 距離があるからとアンティルから意識を離した一瞬、既にアンティルはその手に拳銃を握りしめていた。

 阿呆者ムーンレイカーの名を冠する、銀のリボルバー銃。そのボディには一本の深紅のラインが道のように刻まれている。


——馬鹿な!

 狼狽えるのは、今度はアレンの番だった。なにせアンティルはユニークスキルを解除していない。腕を覆い、手を包む『黒箆刮削』。触れるすべてを削り取るその魔の力は未だ健在で、その状態で銃を扱えるわけがない。触れた傍から耐久値を——


(……そうだ! あの能力は耐久値を削る……! だったらボーナスウェポンなら影響はないじゃないか!)


 ボーナスウェポンに耐久値は存在しない。ユウが『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』のユニークスキルでも利用している、不壊の性質。アレンの考察通りアンティルのユニークスキルが触れた物体の耐久値を削り取る能力だとして、ボーナスウェポンならばその影響は受けない。

 そんなことは自明の理だ。だというのに、何故アレンはそれができないと、あのユニークスキルと銀のリボルバーは同時に扱えないのだと決めつけていた?


——銃と併用できないのがちと不便だがな。

 再三再四、敵の言葉が耳の奥でリフレインする。

 そうだ、奴自身が口にしていた。銃との同時使用は不可能で、これ見よがしにユニークスキルを解除してから銃を取り出した。


(あれは……ブラフだったのか! クソッ、深く考えれば気づけることだったのに!)


 疑問を抱かせないよう誘導されていた。アレンがそれに気が付いたのと同時、アンティルはそのもやを纏う手で引き金を引き絞る。止めることもできず、その弾丸は標的に着弾する。


「うッ」


 すなわちユウ。その側頭部へと。

 アンティルはFPSの経験がある人間ではあるが、アレンのようにプロゲーマーではない。第一線で日夜心身を削りながら画面の中の戦場を躍る彼らに比べれば、その練度は遠く及ばない。

 が、それでも並のプレイヤーよりは遥かに上、ひとかどの腕を持つ人物ではあった。この土壇場で放った一発は、またしても頭部に命中(ヘッドショット)した。


 ユウのユニークスキル、『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』はあらゆるダメージをゼロにしてしまう非常に優れた能力ではあるが、いかんせんピーキーさは否定できないところがある。

 そもそも痛覚は無効にできない時点で常人の神経ならば過信を躊躇う代物だが、なにより発動は任意で、タイミングが限られている。攻撃を受けるタイミングで意識をして使用する必要があるのだ。

 つまり、視覚外から訪れる、しかも高速の弾丸はある意味天敵でもあった。それを目で捉える暇すらあるはずもなく、ユウの意識は銃声を最後にここで途切れる。


 ユウが倒れた。シンリはいてもいなくてもそう変わらない。これでローリエの状況は、実質的なレイブンとの一対一ワンブイワン。二者の距離は剣の間合いよりも少し遠い。


「なんのつもりだ……?」


 そしてローリエは唐突に、腰に下げた鞘へ自らのレイピアを収めた。レイブンは油断なく剣を構えたまま、眉を寄せて訝しむ。

 そのままローリエはなにも持たぬまま、無防備に一歩踏み込んだ。

 鬼の権能、マップ機能を失おうともアレンは戦場に対して深い理解度を有している。深く理解するよう意識づけている、と言うべきか。


 状況は混沌に陥りつつある。アンティルはいきなり銃を撃ちだすし、ユウは倒れるし、シンリは役に立たないし、ローリエは突然納剣しだした。

 そんな中でもアレンは冷静さを手放さず、一つ一つの情報を咀嚼して呑み込んでいく。

 ローリエは素手でレイブンに突っ込むつもりだ。アンティルの合図が関係している。あの銃撃でユウを沈めたのは露払い。素手で距離を詰める。……遡って、<エルピス>に襲撃を読まれていた。

 ならば、あの女の狙いは。


「——避けろレイブン! そいつが鬼だッ!」


 タッチ。素手による接触、レイブンに対する鬼の譲渡に他ならない。

 アレンの状況把握力はこの土壇場で、断片的な情報を適切につなぎ合わせ、正解の結論を導き出した。

 <エルピス>側の鬼は最初からアンティルではなく、あの女だった。だからこの場に残り、レイブンらにそのペナルティを押し付ける腹積もりだったのだ。アレンらと同様に!

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