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第六十一話 可憐なるゴーストの欺き

「——、ぉおおッ」

「うわっ⁉」


 銃口を向けられたアンティルはあろうことか、避けるでもなく腕を構え、そのまま特攻を試みてきた。

 被弾前提の突貫など完全に予想外だ。見た目からか威力からか、アレンの握るアーガスがボーナスウェポンではない店売りの品であると気が付かれたのかもしれない。気迫に気圧されかけるも、とにかく発砲する。


 だが弾丸のいくつかは顔と首を守る両腕のユニークスキルの闇に呑まれ、傷を与えられない。弱点でない胸や腹には命中したが、その程度ではとてもHPを削りきれるほどの火力じゃない。

——肉薄を許した。

 背を駆ける危機の悪寒を感じつつ、少しでも距離を開けようと後ろへ跳ぶ。同時に、


「『ファストリロード』」


 最近のレベル上げの際に習得していた、<ガンナー>のクラススキルであるそれを使用する。文字通り、SPを引き換えに弾倉に弾が補充されるスキルだ。ただどの道この世界では念じるだけでマガジンが出てくるし、自動拳銃なら再装填にもそう時間はかからない。


 クラススキルは大概そんな感じらしいが、控えめな効果のわりにSPは結構持っていかれる。要はイマイチ使いどころのないスキルではあったが、こうしたコンマ一秒を争うような緊迫した状況下であれば役立つこともある。

 視界の端、オレンジのゲージに目を向ける。残量からして、『爆風赫破ブラストグレネード』を放てるのはあと一度。ならばギリギリで足りるはず。


 敵が大きく踏み込み、影を纏う腕を伸ばす。所詮は今のアレンの一歩など子どもの微々たる歩幅、開けた距離など簡単に踏み侵される。片腕がアレンの顔を狙い、もう片方は銃口の延長線上を防ぐように添えられる。反撃を封じる形。


「だが、甘……ぁっ⁉」

「捕まえたぞ。このまま『黒箆刮削コードスクレイパー』で削り壊してくれる」


 さらに、顔面を狙う腕を避けたと思えば、銃撃を防ぐための手がそのまま伸ばされアーガスの銃身をぐっと握る。顔の手は気を向けさせるための囮、銃を狙うのが本命だったと気づく。攻撃してHPにダメージを与えるより先に攻撃手段を奪う目論見だ。

 考察通り、あの黒いもやを纏うユニークスキルが触れたものの耐久値を奪う能力なのであれば、やはりアーガスが耐久値を持たないボーナスウェポンではなく、単なる店売りの品だと看破されていた。


 銃を砕かれる! そうなれば、アレンに使える武器はなくなってしまう。一応マグナの遺品である深紅の道(クリムゾン)はあるが、スナイパーライフルは慣れていないし、しかもこんな距離では活かせまい。

 ならば。


「だったら、こうだっ」

「! インベントリか……上手く避けたな、だが余命が少し延びただけだ!」


 咄嗟の機転で、アレンはアーガスをインベントリに入れ直す。インベントリに仕舞ってしまえば弾は補充されるため結果的にファストリロードは無駄になってしまったけれど、黒影を帯びた手に掴まれていた銃身は世界から消失し、いくらか耐久値は削られたかもしれないがとにかく破壊は免れた。

 とはいえ危機は去っていない。未だアレンはアンティルの腕の届く範囲におり、黒いそれが伸ばされる。アーガスをインベントリから再び取り出す間もなく、武器を手放したアレンを二本の影が対を成して襲う。


ぅ、くっ」


 手から逃れようと必死に回避行動を繰り返すアレンの小さな姿は、鬼から逃げる児戯にも似ていただろう。だが命がけだ。一度掴まれば武器を出す暇も与えられず拘束され、そしてあの腕に長時間触れられることはそれだけで死を意味する。

 避けきれず黒い腕が頬を掠り、電気のようなピリピリとした刺激が走る。HPバーが僅かに減った。


「よく動く……! どうしてそんな姿になっているか甚だ謎ではあるが、厄介だな。なにかのバグか?」

「それについては俺もマジで知らねえよ……!」


 それでも直撃だけは避けている。何度も攻撃を掻い潜れているのは、これまでも度々助けられてきた幼い少女の肉体ゆえの当たり判定(ヒットボックス)の小ささ、そしてほとんど常軌を逸しているとも言えるアレンの類まれな反射速度のおかげだ。

 攻防のさなか、次第にアンティルの動きに焦りが混じり始める。

 向こうも早くアレンを片付け、ローリエの援護に回りたいはず。なにせ相手の一人は間違いなく最強格、<ギルド>団長のレイブンだ。


——仕掛けるならここだ。

 逃げ回るのはここまでだ。胸の底、死の恐怖に委縮しかかる心根を押さえつけ、反撃に転じることを決意した。

 精彩を欠いた攻撃の合間を縫い、アレンは片手でインベントリを操作し手の内へ再びアーガスを出現させる。


「はッ、鉄砲を手にしたところで無駄だ。接近してしまえばオレには効かん!」

「どうだろうな。試してみなきゃわからない」


 滑らかな手触りを感じながら、ウッドグリップを握りしめる。それで博打を打つ覚悟は決まった。

 殴打を避け、払いのける腕を掻い潜り、顎の下から銃口を突きつける。


「——!」


 敢えて自分から近づき、ゼロ距離での射撃を行う。さっきのアンティルにも似た特攻は彼にとっても予想の埒外だったのか、初弾は発砲音とともに顎を砕くように撃ち抜いた。

 だが、そのまま二発三発と甘んじて受ける敵ではない。顎骨がっこつに弾丸を叩きこまれる相当であろう痛みの中で、アンティルは手を広げ腕全体で顎や首をカバーする。次弾は腕を覆う影、ユニークスキルのもやに吸われて無効化されてしまうだろう。

 

 そして、それさえもアレンの読み通り。

 引き金は引かれず、次弾は発射されなかった。代わりにアレンは銃口を向けるのを止め、後ろを向いて全力で駆ける。小さい躯体を必死に動かす、全力の逃亡姿勢だった。


「逃げ……ッ⁉」


 反撃の予兆を見せたかと思えば脱兎の如く駆け始めた敵に、アンティルは一瞬目を丸くして驚いてみせた。しかし本当に一瞬で、すぐに我を取り戻す。

 突然のことで四、五メートルと開けられてしまったが、やはり所詮は子どもの歩幅。アンティルの長い脚であれば数歩で追いつけ、その背に『黒箆刮削コードスクレイパー』を叩きこみ、そのまま首でも締め上げればそれだけで抵抗を許さず殺しきれる。

 そうアンティルが判断し、四肢に力を込めて、長い金の髪をなびかせる小さな背を追おうとしたところで、


「今だ! マシロおおおおおおぉぉぉ——ッ!」


 走りながら、アレンはどこかに向けて叫んだのだった。

 それは合図だ。事前に取り決めておいた、彼女への合図。


「⁉ 一体誰に——」


 突然大声で何者かの名を呼ぶ姿にアンティルは驚いたが、しかしそれで行動を取りやめることはしなかった。理由は単純。

——いるはずがない(・・・・・・・)

 まずそれが大前提だ。この広間、<エルピス>の根城である地下を襲いに来たのは六名。それだけは覆らない事実で、一片の陰りも無い信憑性を持っているはずだ。

 だからすぐにブラフだと判断した。マシロなどという人物はこの場にはおらず、逃亡を図るアレンの苦し紛れの嘘。

 何故ならこの空間にこれ以上の人間は存在しない。誰もいない。

 はずだった。


「アレンの合図、まってた……! 『凍化陥穽ブラックアウト』っ!」

「な……んッだとォ⁉」


 目が凍り付く。アンティルの目線の先、アレンやレイブンたちの入ってきたに入口に、半身を出すようにしてこちらを窺う少女。

 アレンと同じかそれよりも少しだけ背の低い、淡い雪のような——


「バカな! 鬼の機能、全体マップにこれ以上の転移者プレイヤーは映っていなかったはずだ! 誰だそいつは、どうやって鬼の俯瞰を誤魔化した……⁉」


 マシロ。そうアレンとリーザが名付けた彼女の静止能力。対人戦において圧倒的な効力を発揮するユニークスキルが、目だけでなくアンティルの腕や脚をも動かなくしていく。見えぬ氷に凍り付かされていくように。


 鬼が有するマップ機能はこの『ペナルティ鬼ごっこ』限定の特権にして、キメラのシステムが定めた絶対の機能だ。システムの操作一つで存在そのものが抹消されてしまうような一転移者(プレイヤー)では絶対に誤魔化せない、決して覆せない世界の法則そのもの。

 だが掻い潜るまでもなく、その網は既にマシロのことを漏らしているのだ。


 気が付いたのはいつかと問われれば、最初からだった。アラームに叩き起こされ、真っ赤な字で『最初の鬼は あなたです』と宣告された直後。廊下に出てアレンが皆と顔を合わせた時、アレンを除いて視界左端のミニマップに映る赤点は二つだった。

 位置を確認すれば、それはユウとリーザ。

 ならばマシロは? 彼女は確かにその場にいたし、アレンに触れさえした。だというのにミニマップには一切の反応がない。


 思い出すのは先日の、団長室での出来事。

 レイブンがマシロに送った<ギルド>への勧誘申請。転移者プレイヤーであれば必ず受信できるはずのそれをマシロは受け取ることができず、彼女はNPCと同様の性質を持っていることがわかった。

 それと同じだ。マシロの正体、それについては未だ不明だが、ともかく今回の件もNPCと同様の扱いを受けているのだと判断できる。

 だから勧誘申請と同じく、転移者プレイヤーを赤点として映すマップをすり抜けるのだ、マシロは。


 言わば幽霊ゴースト。彼女はこのイベントにおいて絶対のマップ機能を有する鬼への、唯一無二にして最大のカウンターとなる——!


「悪いがうちのマシロは特別でな、マップには映らないんだよ! ようやく焦った顔見せやがったなアンティル、いくぞ——」


 これこそがアレンの切り札。幼いマシロを連れてくることに抵抗はあったが、<エルピス>側に鬼がいた際にマシロはこれ以上ない対抗策となる。

 あの団長室でシンリと会わなければ浮かびさえしなかった策だろう。あそこで、二人目の鬼と出会わなければ。

 二度あることは三度ある、要は二人目の鬼がいるのであれば三人目がいることも考慮するべきだと考えたのだ。そしてその懸念通り、アンティルたちはマップ機能で向かってくるレイブンたちを把握し、ここの広間で待ち受けた。


 マシロの対象の動きを止めるユニークスキル、『凍化陥穽ブラックアウト』が敵の行動を縛るのは何秒だろうか。

 ブルースライムは大体二十秒。名称のわからぬ緑ゴリラは大体五秒。

 ならアンティルは? 転移者プレイヤー、人間に試したことはない。が、そう長くは持たないだろう。彼我の距離は六メートルほど。小さな一歩では到底届かない、刹那には遠すぎる隔たり。


「——『爆風赫破ブラストグレネード』」


 それを越えるのに、一息もあれば事足りた。

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