第六十話 ネメシス
「りー、ざ……リーザぁッ!」
我を忘れ、アレンは地に倒れる彼女に駆け寄る。その瞳は閉じられ、表情も寝ているかのように力なく、どこか安らいでいるかのようだった。
ヘッドショットだ。
着弾の瞬間を見てはいなかった。が、倒れ方からして頭になにか衝撃を受けていた。
アレンの脳裏で、いくつかの映像がフラッシュバックした。ついさっき撃ち殺した連中、それぞれの死に際。そして、数日前に、初めて手に掛けて殺した相手。
マグナ。額を撃ち抜いて殺したあの男の、徐々に血は出ずとも生命の源が零れ落ちていき、最後は塵となって世界から消えてしまったその終わりの光景。
それと同じことが、今ここでリーザに起こってしまったら?
アンティルが持つあのリボルバーの火力は、アレンのアーガスとはワケが違う。
まず、アレンのアーガスはマグナから譲り受けたものだが、それは単なる店売り。量産品だ。
その点、あの銀リボルバーは間違いなくボーナスウェポン。その時点で雲泥の差があり、さらにその口径も遥かに巨大で、銃身はそれだけで鈍器めいて重く太い。
そんな怪物じみた拳銃の弾丸を、しかもヘッドショットだ。最悪、それだけで死んでいても——
「っ!」
リーザを抱え、アレンはすぐにその場を跳び退く。小さな少女の体躯では彼女を抱えるのは難儀だったが、一瞬だけならばなんとかできた。
直後、またしても低い銃声が一つ轟く。弾丸は幸いにも跳んだアレンのすぐ傍を撃ち抜き、硬い床にひび割れた弾痕を残した。
柱の向こうで微かな舌打ちが鳴る。
「オレのエイムでは百中とはいかんか、業腹だが」
アンティルがいるのとは逆側の柱にリーザの背を預けさせ、アレンは一度呼吸を整える。
死んではいない。リーザの表情は変わらず、眠るかの如く瞼は閉じられている。そして、その変わらない姿がHPの残存を示す。塵になっていないのだから。
頭を撃ち抜かれようが、キメラにおいて弾丸は皮膚を貫通しないから脳は無事のはず。おそらく物理的な衝撃か痛みによるショックか、一時的に気を失っているだけだ。
「リーザちゃん……!」
「戦闘の最中によそ見とは、余裕ですね!」
少し離れて、ユウがこちらを急迫した眼差しで見つめる。しかしそのすぐ近く、食いかかる勢いでローリエが漆黒のレイピアを手に迫っている。
「おっと、『糠に供犠』」
「あ……またその妙なスキルを……!」
「でも、今のは少し危なかったよ。ユウさん」
首を断つ一撃をユウは甘んじて受け入れた。斬撃のエフェクトが出るも、しかしユウに傷を受けた素振りは見られない。例のダメージを無効化するユニークスキルだ。
そして、レイブンが横合いから剣を振るう。が、ローリエは動揺もせずレイピアの細い刃で一撃を受け流し、切っ先を向けたまま一歩下がって間合いを作った。
ユウもこちらを気にしてはいるが、助けに入る隙はない、と言った感じだ。
そもそもレイブンがキメラの中でも最強格のプレイヤーのはず。それをシンリはともかく、ユウも同時に相手取りながらやり過ごしている時点であのローリエとかいうピンク髪もかなりの手練れだ。倒すことではなく味方を逃がすための時間稼ぎを旨にしているのかもしれないが、それでも。
リーザも倒れ、状況は芳しくない。かといって泣き言を抜かしてなにかが変わるわけでもない。
アンティルを倒しさえすれば、アレンがレイブンらに加勢することができる。リーザもきっとじきに起きる。
まだ打てる手は残されている。アレンは意を決し、柱を飛び出してアーガスを構えた。
アンティルもまた、銀の獲物をアレンに向けてゆっくりと柱から体を晒す。左利きなのか、トリガーにかかるのは左手の人差し指だ。
睨み合う。互いに動きを見せれば、引き金を引くか柱に身を戻すか、それともスキルに活路を賭けるか。なにかしらの行動を取るはず。
「……アレン。お前は、誰かに見られていると感じたことはないか?」
「——。あ?」
そう思っていたアレンは、ある種素っ頓狂なその問いかけに意表を突かれた。
「見られてる……? なんの話だ。今こうしてお前が俺のこと見てるってことか? ヘンなこと言って調子乱そうたってそうはいかねえぞ」
「……いや。忘れろ」
どういった意図があったのか。あるいは、ただ本当にアレンを煙に巻こうとしただけだったのかもしれない。
仮にそうだとしても、意味のないことだ。手は緩めないし、余計なことに思考は裂かない。
が、この男を塵にする前に——または万が一、自らが塵になる前に。問答を交わす暇などないとわかっていても、アレンにはどうしても質したい問いを胸中に抱えていた。
黒衣の男を真っ直ぐに見据え、その問いを舌に乗せて吐き出す。
「俺からも訊かせろ。先月のゲーム内イベント、マグナさんが人を撃ったのはお前の差し金か」
「ん……ああ、そうか。あの男もお前と同じ<デタミネーション>だったな。まったく惜しい男を亡くした。彼の射撃技術はキメラでもトップのものだっただろうに」
「質問に答えろよ! お前がマグナさんにあんなことをさせたのか!」
「そうだが、彼も合意の上だ。無理にやらせたような言い方は語弊があるな」
「お前たち<エルピス>が無ければマグナさんは……!」
「死ななかった、か? 殺したのはお前なんだろう? アレン。今回とは違い告知がかなりわかりやすかったからな、バベル内に張らせて事故を装って<ギルド>や<騎士団>の数を減らしておく……露見するはずがないと思っていたが、マグナと面識あるお前がいたわけだ」
「……っ、でも——」
殺したのはお前だと言われ、胸がズキリと痛む。
その通りだ。アンティルが、<エルピス>が無ければマグナがそこに身を置くこともなく、アレンと敵対することもおそらくなかった。
しかしならばそもそも、アレンが彼を撃たなければマグナは死ななかった。それは純然たる事実で、曲げられない過去だ。アレンが撃ち殺したからマグナはここにおらず、撃たなければ今も生きていたはずなのだ。
どんな事情があったとしても。その事実だけは、誰であれ否定しようがない。
「——お前らが<ギルド>の邪魔をするからだろうがっ、元の世界に帰りたくないんだろ⁉ そりゃ結構なことだが、だからって帰ろうとする人間の邪魔をして残留を強要するな!」
「強要しているのはどちらだ! バベルをクリアして一方的にエンディングをもたらそうとしているのは、お前ら<ギルド>の連中の方だろうが!」
「なにを……!」
どうやらアンティルは、この場に来たことでアレンが<ギルド>の団員だと誤解しているようだったが、それを解くよりもアレンは思わぬ反論につい口を噤んだ。
アンティルの言い分が絶対的に正しいとは思わない。だが、バベルを踏破してなにが起こるか、それを知る者などいない。そこに<エルピス>の目的と反する全転移者の現実世界への強制帰還が可能性として存在する以上、議論は永遠に平行線を辿る。
そのことがわかった。
同じことをアンティルも思ったのだろう。それ以上なにも言わず、銀の銃をインベントリへ手放す。
「『黒箆刮削』」
再びアンティルの両腕が、黒い影のようなもやを纏う。
リボルバーのボーナスウェポンがあるとはいえ、アレンはFPSのプロゲーマー。本業を相手に銃撃戦を仕掛けるよりは、ユニークスキルを活かして近接戦に持ち込もうという判断だと思われた。
実際、アレンにとって辛い。リーザが倒れてしまった今、一度距離を詰められてしまえば仕切り直すのは困難だ。
ならば、ここらが手札を切る頃合いだ。
アンティルは射線を切るため、柱から柱へ移動しながらアレンへ肉薄を図る。遮蔽物から遮蔽物へ動く、模範的な行動と言える。そしてだからこそ読みやすい。
「『爆風赫破』!」
「っ、グレネード……!」
ぼうっと熱気を孕んだ球体が、銃を持たぬ小さな左手の内に生まれる。
爆発を起こす赤い火球を生成する、アレンの持つユニークスキル。それを一目見てアンティルは隈のある瞼を見開いた。遮蔽物の裏にいる相手に投擲物を浴びせてやるのはこれも模範的な立ち回り、真っ先に思いつくセオリー中のセオリーだ。
もっとも、投擲物としての使い方が『爆風赫破』の神髄ではないが——それはまだ見せない。むしろ単なる手榴弾であると思わせ、先入観を植え付けておく方が好都合だ。
迷わず柱の裏めがけて、その熱を投げつける。真っ赤な炎が飛び散り、爆風を生んで吹き抜けていく。ただ見た目の派手ほど威力はないスキルなので、石製の柱は軽く黒焦げただけでその堅牢さを損なわない。ステータスの低い転移者であっても、一度二度直撃したとて倒れるようなことにはならないはずだ。少々熱くはあるが。
しかしアンティルはそんな子細を知るはずもなく、投げられた手榴弾の爆発を逃れるため柱から飛び出す。
「ぶち抜いてやる……!」
そこへ、間髪入れずアーガスの照準を向けてアレンは神経を引き金に注ぐ。
もとより投擲物など避けられるのが前提、遮蔽物の裏から敵を剥がすことが目的だ。トリガーを引き絞る刹那、着弾を確信する。避けられる間合いでもタイミングでもない。このまま弾倉に残る弾丸、すべてを叩きこんでやる。
いつもご愛読ありがとうございます。連載開始から二か月が経過しました、ここまで継続できたのはお読みいただいている皆様のおかげです。
まだ物語は中途ですので、これからもお付き合いいただければ幸いです。




