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第五十八話 銃声は止まず

 照準の乱れた射撃は運よく、あるいは運悪く敵の顔面をぶち抜いた。パン、パン、パン、と半ば錯乱しながら引き金を絞り、螺旋の施された銃口からさらに何度も弾丸を吐き出させる。

 頭の中が真っ白で、それがかえって余計なものを削いだのかもしれない。無我夢中で放った弾丸は体に染みついた動作の通り、どれも誤差なく痩せぎすの男と目つきの鋭い男、両者ともの眉間を寸分たがわず撃ち抜き二度と動かない死体に変えた。


「ぁ……あ」


 そして、死体はすぐに手や足の末端からさらさらとした塵になり、やがて空気と同化して消える。

 殺した。

 名も知らぬ人間、それも二人。

 この手で引き金を引いて、脳髄に弾丸を叩きこんだ。これが殺人ではなくてなんだと言うのか。マグナも含めて三人、言い逃れの余地なく人殺し——


「っ、『グラトニー』……!」


 視界の端で、雪に似た銀色の髪がふわりと踊る。茫然とするアレンは自然とその人物の動きを目で追った。

 彼女は蛇を思わせる緩く曲がりくねった奇妙な剣を振るい、ユニークスキルの行使によって赤黒く発光した刀身で敵を斬り裂く。

 が、踏み込みが浅い。切っ先は胸を掠るばかりで、致命傷には程遠い。手を抜いている……というより、深手を負わせることを恐れている。さっきのアレンと同じだ。だからすぐにそうわかった。


「リーザ……!」


 まだ無事だったらしい。だが、交戦は続いている。そして殺す気がある者とない者が戦えば、その結果は目に見えている。

 ……助けなくては。一瞬の躊躇、躊躇う心を押し殺して、リロードと同時にアレンはアーガスを構えた。

 折れかかる心を辛うじて繋ぎ止めたのは、親友を失いたくないという願いだった。その願いのためにまた心がひび割れるとしても。

 ひどく慣れた動作で照準を合わせ、広間にまた銃声が一つ轟いた。命が散る音だ。


「えっ……ぁ、アレン?」

「……リーザ。お前は、下がってたほうがいい。前線は俺が出る」


 リーザが対峙していた大男が倒れ、消える。

 アレンは油断なく周囲の敵に気を配りながら、リーザの元へ近づいた。見ればシンリは店売りの剣を手に、素人の動きだが必死さを出してなんとか立ち回っている。ユウも時折見知らぬアイテムを使って距離を作ったり上手くやっている。

 しかし多勢に無勢。こんな少人数で約三十人の転移者プレイヤーに立ち向かえるはずもない。

 通常ならば。


「だけどアレン……でも、でも……!」

「いい。後ですごく後悔するかもしれないけれど、それでも今は俺が前に出る。レイブンを手伝うって言い出したのは俺だ」


 戦場の趨勢は、ただ一人によって傾きを生まされていた。

 まさに一騎当千。アレンが三人を撃ち抜いた間に、レイブンはもう九は殺している。単純なレベル差もあるのかもしれないが、レイブンはスキルを使う素振りすらなく、その銀に近い色の西洋剣を振るって<エルピス>の人間を塵に変え続けている。

 そこにアレンのような躊躇いや迷いはなく、ただ機械のような冷酷が刃を放っていた。

 強い。実力だけでなく、心が。アレンにはない、決して動じぬ鋼の心だ。


 目的のためならば殺人すら辞さぬ、鋼鉄の精神。どうすればあそこまでたどり着けるのだろう。

 泣きそうな顔で顔を伏せるリーザに後退を促しながら、アレンはぼんやりとそんなことを考えた。

 ただの現実逃避だったのかもしれない。意識したくないこの場の数多から、目を逸らすための。


「——。これほどとはな、間違いなくキメラ中最強の転移者プレイヤーだ。数に物を言わせても無駄な死体が出るだけか」


 ともかくレイブンの奮闘ぶりは異常とも呼べるほどで、ともすれば彼一人で<エルピス>を潰し切るのではないかとすら思えるほどだ。

 それを見ていたのはアレンだけではない。静観していた、左手に銃を提げた黒衣の長身——アンティルがふと味方に指示を出した。驚くべきそれを。


「各員撤退だ! この場はオレが抑えておく、お前たちは北口から町へ出て手筈通りにして逃げろ!」

「な……」


 驚愕は敵だけでなく、味方までもだ。

 当然だろう。レイブンたち全員を抑えると言うのだ。言い換えれば、自分が時間を稼ぐから逃げろ。つまり自らの命を捨て石にするも同義。

 その言葉に、ユウの近くにいた団員の一人がアンティルの元まで下がり、焦った様子で顔を寄せる。すらりとしたシルエットの女性で、ゲーム内の染料で染めているのかセミロングの髪は特徴的な桃の色をしていた。


「いけません、アンティル様と言えど<ギルド>団長を含めてこの数を相手では……!」

「どの道出口も抑えられていよう。だが下手に団員を残してもレイブンの前では紙も同然だ、いてもいなくても変わらん」

「ならばせめて、わたしだけでも! 傍で応戦させてください!」

「……まあいい。ならばローリエだけ残って後は出ろ。指揮はストレインが取れ」


 桃色の頭髪をしたあの女性の名はローリエと言うらしい。月桂樹ローリエ——そう言えばそれらしきプレイヤーIDをマップ機能で確認した気がすると、アレンは思い出していた。

 そしてストレインと呼ばれた男性が、跳び退いて前線を離れる。位置からしてレイブンとやり合っていたようだが、動きは野を駆ける獣のように軽やかだ。燃え殻の灰のようなグレーの髪色をした、これまた特徴的な徒手の青年だった。


「おいアンティル、これからがいいトコなのに退けってか? 冗談きついぜ、俺ぁ別にお前に命令されるためにここにいるわけじゃねえんだぞ」

「北口は北口で騎士団の連中が張っているか、今ここに向かっているかだろう。お前でなければ突破はできん」


 不満げに眉を寄せ、ストレインはアンティルに詰め寄った。両者とも高身長だが、まだアンティルのほうがやや高い。年齢も同じくらいに見えた。

 アンティルへ無言で歩み寄るストレインを拒むように、ローリエが桃色の毛先を揺らして立ちはだかる。両者は一瞬視線を交差させたが、諦めたようにストレインが息をついて目を逸らした。

 やや軋轢はあるようだが、仲間割れには至らない。そういう雰囲気だ。


「貸し一つだ。街に上がったら好き放題やらせてもらうぞ?」

「ああ。好きなだけ殺せばいい、その間に残った者らは逃げられる。お前とは違って例の紙も持たせているからな」


 アンティルの隣を抜け、ストレインが残った<エルピス>の面々を連れてアレンたちが入ってきたのとは逆側の扉へ向かう。

 既に<エルピス>は半壊だ。半数近くは塵にされた。それも大半はレイブンが一人で。

 故に、半壊が文字通りの全滅になってしまう前に逃げられる分だけ逃がそうというのがアンティルの腹だと思われたが、それを襲撃者たちが許すはずがない。

 この場に来たのは地下に住まう鼠の駆逐者で、それを率いるのは修羅の如き黄金。キメラ攻略の最前線、<ギルド>を束ねるトッププレイヤーだ。


「まさか僕がそれを見逃すとでも? アンティルと……ローリエにストレイン? あとは後ろの者たちも、全員ここで首を断つ。<ギルド>の邪魔立てをする者は必ず消す」


 当然、レイブンがおめおめと見逃すわけがない。澄んだ殺意を白刃に煌めかせ、ストレインたちを追おうと一歩踏み出す。

 アンティルは対峙するようにその前に立つと、嘲笑混じりに、あろうことか手に提げる銃を消失させた。インベントリに仕舞ったのだろう。

 だがレイブンの表情に変化はなく、油断もまた皆無。武装が無くとも人は、そして転移者プレイヤーは戦える。心を乱す理由はない。


「フン、邪魔をするなら皆殺しか。傲慢な物言いだな」

「僕たちの望みはただ現実世界に帰ることだけだ。それを阻む者は自殺志願者と大して変わらない、しかも君たちは足まで引っ張ろうとする。斬り殺されても文句は言えないだろう」

「それが傲慢だと言っている! 文句を言わせないために斬り殺すのだろうが、独善の徒がもっともらしい理屈を捏ねるな……!」


 片や凍り付いたような変わらぬ顔で、片や激情を露わにした表情で。二者は対峙し、相対する。だがその激情も本当のものなのだろうか? アレンは油断なく、射線を通すためゆっくりと横に動いた。

 妙な予感があった。あの男(アンティル)はまだ策を隠している。

 幾重にもブラフを張って、無数にもフェイクを噛ませる。そういうことができる類の人間だと、アレンは直感していた。そもそも無策、手立ても無しにレイブンらの前に立つことはすまい。

 見れば、仲間たちもレイブンをカバーする形で展開し始めている。リーザにユウ、シンリ……は下がり気味だが、彼はあまり武器もスキルもアレなので戦力にならないだろうし、それでもいい。


「アンティル様。わたしが先陣を」

「好きにしろ、合わせる。……二人で先陣もなにもないがな」


 カツ、と足音を立ててローリエが前に出る。手にしているのは、少々見えづらいが、真っ黒な細い刀身の片手剣。レイピアと呼ばれるものだろう。フェンシングに使われるフルーレなんかに比べると一回りか二回りは太く、刺突だけでなく斬ることも可能そうだ。

 不可解なのは腰に帯びたその鞘だ。刀身と同じ黒、しかしこちらは黒漆のような、暗闇よりもなお深い黒の色をしている。

 どの道武器などインベントリを使って出し入れするのだから、わざわざ鞘を使って帯剣する必要性は薄いように思えるが。


「さっさと片付けて、残りの彼らを追わせてもらう」

「やってみなさい、金髪男!」


 身を屈ませると、ローリエは体をばねのように使って一気に数歩の距離を詰める。さらにその勢いを腕に乗せ、最大限の加速でレイピアの切っ先を放つ。

 やはり突きこそが形状を活かす、あの武器の王道なのだろう。スキルを用いたわけではなさそうだが、鍛錬を感じさせる淀みない動作での刺突は黒色の刀身も相まって視認することすら難しい。


「速いな、フェンシング経験者か?」

「……⁉」


 それを半身を下げるだけであっさりと避けきったのだから、レイブンも対人を想定した訓練を積んでいるのは明らかだった。当然のように攻勢の間隙を縫い、反撃に転じている。


(そうだ、援護……!)


 レイブンを倣うわけではないが。アレンがこの場で行うべき行動は明白だ。

 彼の援護カバー。アンティルとローリエ、この場に残った二人に弾丸をぶち込みさっさと物言わぬ塵にして、さらに逃げだした者どもにも同じ末路を辿らせることだ。レイブンもその気でいる。

——人殺しになどなりたくない。

 やるべきことがわかっていても、感情がそれを否定する。

 しかし、なにを今更。今しがた二人殺したばかりではないか。


「……撃つ」


 心を軋ませながら、アレンは銃を握る右手に力を込めた。

なにを思うかなど関係ない。問題なのはどうするべきか、状況と目的に適した最善の判断を行うことだ。

 そう言い聞かせ、それでも人を撃つのが嫌だと拒む恐れを封殺し、無理やりに引き金を絞る。頭の中は乱雑でもその照準に狂いはない。標的はレイブンと剣戟を演じ、動きながらではあったが、アレンであればまず命中させられる。

 耳朶を打つ乾いた音。撃ち放たれた弾丸は確かにローリエのこめかみに向かっていたが、


「『黒箆刮削コードスクレイパー』」


 その射線を阻む黒い影に呑み込まれ、虚空に消えた。

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