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第五十六話 再会は吐瀉物の縁

「よし、ここだ」


 レイブンの手に持つカンテラの灯りが、地面に造られた四角い鉄の扉を照らし上げる。単なるマンホールのようなものを想像していたアレンだったが、もう少し重厚な昇降口といった感じだ。

 空いた手でレイブンは戸惑いなく取っ手を掴み、ギィ——と微かな金属音を立てさせながら開く。


「さあ、行こうか」

「ワクワク地下探検だねぇ」


 そのまま迷いなく、内に備え付けられた金属製のはしごに足を掛けて降りていく。ユウも相変わらずの軽い調子でその後に続いた。

 こちらの入口から入るメンバーは六人。レイブンをリーダーに、アレン、リーザ、ユウ、マシロの同宿パーティ。後は少々ビクつきながらも付いてきたシンリだ。

 <ギルド>も<泰平騎士団>も、鬼の襲撃イベントに備えて町中に散っていたことが仇となっていた。連絡手段がなく、連携のしようもない。が、どうせ地下に入ってしまえばあまり大人数でも動きづらくなる。シグレがメッセンジャーとなってくれているから、しばらくすれば何人かは北側の入口で合流してくれることだろう。人となりは知らない彼女だが、ひたむきな雰囲気はあった。


「マシロ、足元気を付けるのよ」

「ん……だいじょうぶ」


 順々に降りる。ジークがいればまずここで鎧がデカすぎてつっかえていたかもしれない。


「臭いも思ったほどじゃないが……ちと暗いな」


 中はそれなりに広く、足を開けるくらいの幅をした道が左右に広がり、その真ん中を濁った水が流れるともなしに流れている。地上のハッチからアレンたちが降りたのは右側の道だ。

 灯りはレイブンが持つカンテラのみ。奥の方はまったく見通せないが、とはいえ足元くらいは十分に確認できる。進むぶんには問題ないだろう。


「アレンさん。アンティルらは?」

「ああ。っと……まだ移動してない、な」

「イ、イベントが怖くて縮こまってるんじゃないですか?」

「そうだといいわね……。なんだか気味悪いわ、場所のせいもあって」


 鬼の権能、全体マップを展開する。ウィンドウ上のマップに記される赤点、『Until』や仲間と思しき『Bay_Leaf』らは当初の位置からほぼ動いていない。

 シンリの言う通り、イベントという嵐が過ぎ去るのをただ待っているだけならば良いが——


(……胸騒ぎがする)


 <エルピス>と、まだ見ぬその首魁アンティル。会ったこともないはずのその相手に強い警戒心じみたものを抱いてしまうのは、マグナとも関わりある人物だからだろうか。

 町の裏側、地の中は暗い。ゆっくりと進む一行の足音は暗然とした闇に吸われ、風はないが、時折むっとする悪臭が鼻を突く。

 赤点まで直線距離では精々が三百メートル程度。しかし下水道は入り組み、歩けば歩くほどに遠いのいている気さえしてくる。

 そんな時、先頭のレイブンがふとその足を止めた。


「……すまない、少し待ってくれ。位置を確認したい。アレンさん、僕たちは今どのあたりかな?」


 そう言ってインベントリから地図——ジークが持っていたそれより小さな、片手で確認できるくらいのものだ——をカンテラを持たない手で取り出し、アレンに問う。


「ああ、ええと……ここだ。んで、アンティルたちがこっち」


 鬼のマップ機能を使って表示した位置を、紙面に指差してレイブンに伝える。やや蒸し暑くもある悪環境の中、その横顔は凛として変わらない。まるで疲れを知らない鋼、あるいは冷たい氷のように。

 レイブンは目線を下げ、考え込むように手を細い顎へやった。


「……構造からして、どうもズレているな」

「え?」

「——いや、そうか。なら……どうせこのキメラでそう凝ったこともできないだろうし、ここからは軽く壁面に注意するくらいでいいか」


 一瞬、刺すような視線がアレンを射抜いた。

 が、すぐに前を向き直すと、地図の書かれた紙をインベントリに仕舞った。気のせいだったのだろうか……そう思う間もなく、彼は歩を再開させる。

 遅れないようアレンも足を動かしつつ、開きっぱなしのウィンドウに目を落とした。

 ズレている。そう評した真意を知るためもう一度、自他の位置関係を見直す。すると言われてみれば確かに、赤点の位置は微妙にこの下水道からズレているように見えた。


 まさか当てが外れて、<エルピス>は地下にはいないのではないか——背筋を凍らせるような疑念が頭を過るも、しかしそう決めつけるのも早計だ。

 そもそもこんな薄暗く、狭く、おまけに臭い場所に根を張って過ごすなんて考えにくい。

 どこか大部屋のようになっているところか、別の場所に繋がるルートがあると考えるのが妥当だろう。だからこそ壁面に注意、と言ったのだ。

 そして、その読みは程なくして的中した。


「扉だ」

「扉ね」


 突如、壁に現れたのは小さな鉄扉だった。カンテラのほのかな灯りを受け、鈍い銀の光を反射させている。


「あからさまだな……まあ、こんなところに来るもの好きもいないだろうし、隠蔽いんぺいの必要もないのか。これなら注意せずとも気づけたか。アレンさん、近くに人は」

「いや、もう少し先だ。この奥だろうな」


 マップに映る赤点はここからもういくらか先だ。それを確認するとレイブンは頷き、躊躇なくドアノブを捻る。

 音もなく開いた扉、その先には——


「……とびら」

「扉ですね……」


 もう一枚、今度は両開きの扉が鎮座していた。

 二重扉だ。臭気を防ぐためだろうか。合理的だが、なんだか少し肩透かしを食らったような気分だ。

 ともかくそこも抜けると、一気に景色は変貌した。


「どうやら、灯りはもういらなさそうだ」


 レイブンはカンテラをインベントリに仕舞い、代わりに銀色のなにかを手の内に出現させた。丸みを帯びたフォルムのそれは変哲ない懐中時計のようだ。一度目を落とすと、すぐに懐に入れる。

 前にも一度、似たようなことがあった気がする。インベントリに戻さないのはなぜだろう。お守り代わりにでもしているのか。


 ともあれ、扉の向こうは一気に整備された廊下になっていた。壁にはいくつか松明が掛けられ、枝分かれする先々を照らしている。

 下水道の次は、地下迷路じみた廊下ときた。しかし迷うことはない。


「まっすぐ行って、突き当たりを左だ」

「ああ。僕もさっき見た地図の位置で把握しているから問題ない」

「何気に結構スゴいわね、記憶力」


 例によってマップ機能で赤点が出ている以上、余程曲がりくねった道順でもしていなければ、それに沿って順当に進んでいくだけでアンティルの元にはたどり着けるだろう。

 声を抑え、気持ち足音を殺しながら廊下を抜ける。地下探索も終わりが近い。


「それにしても、どうして下水道にこんな施設が……その<エルピス>って人たちが造ったんですかね?」

「どうだろう、いくらゲーム世界でもここまでは難しいと思うよ。それにおそらく無理に工事を試みても修復作用に戻されてしまう」

「元あったものを改造したって感じかな。よくこんなの見つけたもんだよねぇ」


 三者の会話を耳にしながら、アレンは前回のゲーム内イベント——『恐竜襲撃』によって生まれた町の被害について思い返した。

 恐竜どもによって壊された街並みは、時間が経つと独りでに元通りになっていた。あれが修復作用だ。

 同じように、地下を無理やり削ったりして広げようにも、そのうち勝手に元通りにされてしまう。そういうことだろう。抜け道があってもそれはそれで不思議ではないが。


 赤点までの距離は着実に縮み、やがて緊張が誰からともなく増し始める。口数もなくなり、消しきれない微かな足音だけが耳朶を打つ。

 やがて、またしても扉が一行を待ち構えた。


「……この向こうだ。位置は未だ変わりない」

「僕が先陣を切る」


 中にいると思われる赤点の数は、実に三十二。

 今度は内と外を区切るような重い鉄扉ではなく、単なる薄いドアだ。その内から声はせず、中の様子は窺い知れない。

 レイブンは音もなくインベントリから白銀色の剣を取り出すと、後方の者に目配せをした。


「マシロ、言った事覚えてるか?」

「ん……危ないから、合図があるまではここで待ってる」

「よし」


 開戦だ。アレンたちも頷きを返し、インベントリから各々の武装を取り出す。一名、ただの紙切れを取り出す者もいたが。

 準備が整ったのと見て取ると、レイブンが先頭になってドアを破り中へ流れ込む。

 『ペナルティ鬼ごっこ』、そのイベント内容を逆手取ったマップ閲覧による奇襲は、


「はるばるご苦労、<ギルド>の者ども。そして恐縮だが、ここが貴様らの墓場だ」


 突き付けられる銃口、そして浴びせられる無数の視線と敵意に阻まれた。

——そこは柱が並び立つ、講堂じみた広間だった。地下だというのに天井は高く、煌々とした灯りが吊るされている。部屋の中心には円形に机と椅子が広く並べられており、しかし座すものは誰もいない。皆、立って獲物を抜いている。

 奥にはまた扉があって、そちらは逆側の下水道、ジークが向かった北側の入口に続いていると思われた。


 そして広間を余さず満たす、充溢じゅういつした緊張。

 内に点在する三十二の赤点、つまり<エルピス>の転移者プレイヤーたちは、その双眸を全員が入室者にして奇襲者たるレイブンたちに向けていた。

 待たれていた。そう結論していいだろう。

 赤点がこの場所から位置を変えなかったのはイベントを恐れていたのではなく、鬼のマップ機能にこれ幸いとノコノコやって来るアレンたちを迎え討つためだったのだ。

 ならば、つまり——


「君たち<エルピス>の中にもいたわけだ。『最初の鬼』が」

「鋭いな。流石は<ギルド>の団長」

「そういう君はアンティル、この組織の指導者と見ていいかな?」


 レイブンは周囲からの殺意を込めた夥しい視線をものともせず、一歩踏み出した。

 周りには背も顔も異なる者たちが、剣や斧といった各々の武器を手に睨みを利かせている。正確な数はおそらく赤点の数から三十一だ。誰も鬼気のある表情で、今にも襲い掛からんと臨戦態勢。

 ぱっと見でアレンの知る顔触れはなく、全体的に<泰平騎士団>や<ギルド>と比べて鋭い目つきをしているように思えた。敵意を向けられているから、だけではない。その虚ろな瞳の群れにはどうも、まっとうな光や情熱、それに倫理が欠け落ちていた。


「いかにも。こうして面を合わせるのは初めてだな。一応宣言しておくがオレたちの望みはただ一つ、この世界の永住だ」

「そのために僕たち<ギルド>に危害を加えると?」

「お前たちの目指すバベル登頂は、オレたちにもエンディングをもたらすやもしれんからな。全霊で阻止させてもらうし、できれば抵抗せずに死んでもらえるとここは一つ、助かるのだが」

「そんな勝手な話があるかっ!」


 抑えきれず、横合いからアレンは大声を出した。帰るべき現実へ帰る。そんな当たり前のことを、勝手な望みで邪魔する横暴が許されていいはずがない。

 突然の横やりに、レイブンと対峙する彼、アンティルは銃口の向きは変えぬままアレンの方に首を巡らせた。

 知った顔だった。


「お前は……この前のゲロ幼女?」

「ぁ——。あの時の」

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