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第五十五話 夜闇の中へ

 鬼にのみ許されるマップ閲覧の機能により、<エルピス>の首魁アンティルを仕留めに行く。それがレイブンのゲーム内イベントに乗じる、仕様を逆手取った目論見だ。

 だが実行に移す前に疑念が残る。本当にアンティルたちはこの地点にいるのか? 赤点は確かにそこにあるが、場所がどうにも不可解だ。NPCの店を拠点にするのはどう考えても無理があるし、ロケーションとしても好ましくない。

 とにかく現場に向かって確認してみるべきだろうか。ろくな案も浮かばずアレンがそう考えていると、


「……した?」


 ぽつりと。マシロが一言、地図を見ながら呟いた。

 した——舌?


「下。そうか、地下か? 冴えてるねマシロちゃん、確かにNPCの武器屋にいるよりは現実的だ」

「ですがユウさん、町の下と言ってもなにかあるわけでは……まさか地下室でも? でも一介の店舗にそんなものが……」


 下。平面図の地図からは読み取れない、町の地下。マシロが指摘しているのはその盲点のことだった。

 そして地下室の有無についてユウとレイブンが話す中、アレンの頭にフラッシュバックするモノがあった。自分でもどうしてそれが浮かんだのかすぐにはわからないが、数日前の光景が頭に浮かぶ。

 見知らぬ男とぶつかり、道端にゲロをぶちまけた、あの時のことを。


「そうか、ゲロだ……!」

「は?」

「なに?」

「え?」

「……?」


 まさしくあれこそ、町の下、地下に繋がる最大のヒントではないか。一見離れている点と点が結びつくように冴えた思考が解を導き出し、閃光が脳裏を駆け抜ける。

 するといきなり変なことを口走るものだから、その場の全員に白い目で見られた。

 少し赤面しつつ、アレンは補足する。


「シリディーナの道には側溝がある。なら、排水設備としてその先は地下の下水道なんかに繋がってるはずだ」

「下水道か……! どうして気づかなかったのか、言われてみればその通りだ。この町はある程度水洗化されているし、下水道に根城を張っているのならマップの位置も説明がつく」

「成程。なにがゲロなのかは本当にさっぱりだが、見事な推測だアレン君……!」


 アレンの吐瀉物をポラリスが魔法で掃除してくれた時、側溝に洗い流していた。あの溝自体はひょっとすると地下の下水道には繋がっておらず河川にでも向かうのかもしれないが、ともかく着想のきっかけになったのはそれだ。

 少なくともこの町にある程度の下水施設はある。それは事実だ。問題は、それがどのような形でどこから入るかだが——


「しかし下水道への入口はわかるのかい?」

「う、それは……わかんないけども」


 当然、疑問をレイブンが投げかける。それに対してアレンは目を逸らすしかなかった。

 キメラに転移し、この町で過ごすようになってまだひと月と経っていない。そんな町の細部など知り得ているはずがなかった。

 が、そこへ救い手が伸ばされる。重く分厚い金色の籠手を嵌めた手が。


「問題ない。我ら<泰平騎士団>は町の警衛が責務だ。下水道へ入るハッチはすべて地図に記している。中までは確かめていないが」

「あ……本当だわ。小さくメモ書きされて書いてある、流石ねジーク」

「私一人では成し得ないとも。団員一名一名、皆が町を回って具体化させていった地図だ」

「なるほど……これはすごい。恥ずかしながら僕ら<ギルド>の地図は、ここまで細かくないな。遅れを取るわけだ」

「ならば、事が終われば複写してくれて構わない。これも提携の一環、ともに助け合おうではないか」

「本当? 悪いね、ジークさん。助かるよ」


 団長トークを交わす二人を尻目に、アレンはジークの地図を目で精査していく。下水道への入口はいくつかあるようだが、その中でもアンティルたちのいる赤点の位置に近いものは二点。

 シリディーナ西側の、やや郊外寄りのところと、路地から入るところだ。


「ここと、ここだな。西部の北か南。どちらから行くべきか……」

「北の方はちょっと町の端寄りだね。単純に遠いし、こっちはむしろ逃げられないように抑えるべきだ。彼らが逃走経路を取るならばこっち側を使いたがるはず」

「ですね。二手に分かれ、片方は北の出口を抑えに向かい、その隙にもう片方は南側から追い詰める。これでどうでしょう」


 ユウの提言にこくりとレイブンが頷く。

 挟撃に近い形で動く案だ。完全にそうしないのは、北側に向かう隊を待つ時間が惜しいのと、タイミングを合わせるのが難しいからだろう。無線機でもあれば別だが、流石にこの世界でそれは望めない。


「私も賛成だ。……町に散らせた騎士団のメンバーを戻したいが、時は一刻を争う、か」

「そうですね。アンティルたちが地下から移動してしまう前に奇襲したい。それに、ゲーム内イベントがいつ終わるかも知れません」

「オタオタしてる暇はないってことだな。すぐ動くか?」

「その方がいいだろう。一応、ギルドハウスに何人か残っているはずだ。彼らには北側を担当してもらうとして……」

「なら北に向かう分隊は私が率いよう。……狭き場所だとその、私はあまり役立たない気がする」


 兜の奥で、珍しく意気の弱い声が響く。まあ、地下に入るのであればフルプレートのジークは動きづらいだろう。

 ジークはやおら隣の、これまで押し黙っていたシグレの方を向く。


「時雨君は、町に散る<泰平騎士団>と<ギルド>の者に北の地点に向かってもらうよう伝えてくれるか?」

「わかりました、団長」

「すまないな。君にはいつも苦労をかける」

「いえ、わたしも地下では役に立たないでしょうし……人を撃たせないよう配慮してくれてるの、わかってますから」


 兜越しと仮面越し。互いに表情の窺い知れぬ二人ではあったが、その信頼は言葉だけでも十分だった。

 シグレはすくっと立ち上がり、善は急げと言わんばかりにすぐに団長室を出て行く。

 その間際。ちらりとアレンの顔を見てきたように思えたのは、彼の気のせいだったのか。……仮面で視線なんてわからなかったし、そうかもしれない。面識もない、はずだ。<泰平騎士団>のギルドハウスで偶然素顔を見た時も、隠すのがもったいない整った顔立ちだとは思ったが、別段知り合いと一致するものではなかった。

 ともかく、今は彼女のことを考えている場合ではない。なんとなく頭に結び付きそうなものはあるが、それはイベントを終えてからにすればいい。


「では、北はジークさんに任せるとして……南は僕が率いよう。アレンさんたちも来てくれるかな?」

「もちろんだ」


 そう返すと、隣でリーザたちも頷いた。ここまで来て降りるのであれば最初から止めている。


「あ、あの。俺も参加したいです」


 そこでおずおずと手を上げたのは、鬼でなくなったからか単に時間が精神を和らがせたのか、少し落ち着いた様子のシンリだった。


「シンリさん? まあ、人手はある程度ある方が助かるけれど、無理する必要は」

「鬼はアレンちゃ……さんに譲渡させてもらったから、俺も手伝えることは手伝いたいです! あんまり、っていうかかなりザコですけど、盾くらいにはなれますっ」

「……うーん、そこまで言うならいいか。助かるのは事実だ」

「ボーナスウェポンも無いですしユニークスキルも役立たずですけど!」

「あれ、やっぱ駄目かも」


 苦い顔つきになるレイブン。

 微妙に頼りない発言だった。だがやる気は十分、シンリは特徴的な赤色の目にめらめらと決意の火を宿している。


「ボーナスウェポンが無い? 奇遇だな、俺も取り損ねたんだが……シンリもなのか?」

「アレンさんもですか! 俺もゲットし損ねちゃって」


 転移した地点の近くに、ボーナスウェポンの入った宝箱チェストが現れる。そう聞いたのは後の話だ。

 アレンは森に転移したし、周りは木が生えてたりすぐ恐竜モンスターに襲われたりでとてもそんなことに気づくだけの余裕はなかった。中身を残したままだからひょっとするとまだ森に行けばあるのかもしれないが、森のどの地点に転移したのかなどわかるはずもない。虱潰しに森中を探索するとして、本当に何日かかることやら。

 シンリもまた、似たような状況でボーナスウェポンを入手できなかったのか。


「お互い大変だな。ユニークスキルはどんななんだ?」

「『正解概算ルーティングトラスト』。二択を七割で当てる能力です」

「……へえ……まあ、なんだ。結構その、便利じゃん。靴の左右間違えなさそうだし」

「能力に頼ると三割で間違えますけどね」

「……」


 これまで見たことがないくらいにハズレのユニークスキルだった。

 二択でしか使えないのがもう勝手が効かないし、七割というのも果てしなく微妙だ。せめて十割なら色々と出来ることもありそうだが。

 少なくとも戦闘ではなんの役にも立ちそうにない。ボーナスウェポンも無しとくればなおさら。


「ともあれ、議論する時間も惜しい。僕が前に出るからシンリさんも無理はしない程度に頼む」

「わ、わかりました!」

「では向かうとするか。私はギルドハウスの者に声を掛けてくる、次に会う時は事が済んだ後だろう」


 黄金の鎧が立ち上がり、部屋を出ていく。

 作戦は決まった。行動開始だ。

 レイブンを筆頭に、アレンたちも団長室とギルドハウスを出て町の西へ向かう。目的地は地図の情報によれば路地のさなかにぽつんとある、下水道へのハッチだ。


 町は未だ夜の中、人の声もさっきよりは止んでいる。時間が経ち、混乱も幾分落ち着いたようだ。なにせ鬼は二人ともギルドハウスに向かっていたし、騒ぎになるようなこともなかった。

 鬼ごっこも鬼がいなければなにも始まらない。このまま町には何事もなくイベントが収束してくれれば、それで終わりだ。

 だが、このままなにもなく夜を明かすわけにはいかない。今まさに現実世界への回帰を阻む者らと交戦を始めようというのだ。

——そして、そのことについてアレンはまだ深く考えられてはいなかった。

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