第五十四話 不可解な光点
「俺は男だ。こんなナリだが、転移の際に何故かロリっちまっただけなんだ。ちゃん付けはよしてくれ」
「あ、まずそっちの説明なのね……」
お決まりの性別を告げて微妙な反応をされる流れをこなし、若干ぽかんとされながらもアレンは続ける。
「ここに来る前ちょっとした事故で、このマシロが俺に触っちまった。だけど鬼は俺のままだ。たぶん、単なる接触じゃなく俺から手で触れなきゃダメとかだと思う」
ミニマップが表示されている以上はまだ鬼のはず。
怪我の功名、危うかったが偶然知れた情報だ。どの道鬼が譲渡されたとてもう一度渡してしまえばいいのだから、検証しようと思えば簡単にできることだが。
隣に座るマシロは紹介され、突如集まる視線につい顔を俯かせた。知らない人ばかりで緊張しているのかもしれない。
「ふむ。突飛だが確かに鬼を一人に集約できるかもしれない。だがアレン君、その時の科せられし罰は倍になるかもしれないぞ」
「罰……ペナルティか? 相変わらず変な言い回しするなあんたは……。まあ、俺だって嫌だけどしょうがないだろ。ペナルティ自体は重複しないかもしれないしな」
ジークの言葉ももっともではある。アレンも進んでペナルティを受けたいわけではないが、上手くいけば鬼をアレン一人に集約しつつ、ペナルティは一人分で固定の可能性だってあるのだ。
そうでなくとも最悪、ペナルティが死であれば、死体は一つ減る。……これは本当に最悪の、考えたくもない計算だが。
「ちょ、ちょっとアレン! 二倍のペナルティなんてことになったらアレンが……!」
「まあ待て、俺もなにもしないわけじゃない。とりあえず俺に鬼を集めて、それからなんとかペナルティを回避する方法を探そう。まだイベントは始まったばかりだ」
立ち上がりそうになるリーザを制し、向かいのシンリを見据える。
未だ一言も発さず成り行きを見守るシグレも、なんだか仮面越しに憂わしげな視線を寄こしてきている、気がする。白い仮面で顔はわからないのでなんとなくだ。
「まあ、鬼が鬼を触ってもなにも起こらないかもだし。物は試しだ。シンリ、タッチしてくれ」
「タッチって……いいんですか? 本当に」
「いいって言ったろ。わざわざ二人も鬼になることはない、さあどこでも……手や腕は触ると俺の鬼と交換になっちまうか? 胸辺りが無難か」
「む、胸はちょっと。通報されちゃいます」
「そうか、なら肩でも背中でも触ってくれ」
シンリは戸惑いがちに頷くとソファから降り、アレンの小さな肩にぽすっと触れた。
……特に変化はない。変化はないが、シンリの方はそうではなかったらしい。目を見開き、ハッと顔を上げる。
「消えた……ミニマップが消えた!」
「と、いうことはアレンちゃんの目論見は成功かな?」
「ちゃんを付けるなと言うとろうに。俺の方は特に変わりないが……」
なにかウィンドウでメッセージが出てくるわけでもなければ、ミニマップの表示にも変化はない。
が、シンリのミニマップが消えているということは、彼は鬼ではなくなったのだろう。
「アレンさんの方は変化なし、か。もっとも体感がないだけでペナルティの方はどうなっているかわからないが……マップの方はどうなってる? アレンさん」
「ん、ああ。ミニマップも変化なしだ。赤点が表示される範囲も変わってない」
「いや、ミニマップではなくマップ、全体マップだよ。鬼だと見れるんだろう?」
「……え?」
レイブンの言葉に思い当たる節がなく、アレンは思わず聞き返す。
しかし——全体マップというワードから、「もしや」と思いアレンすぐに指をかざしながら頭の中で念じてみる。
(——マップ!)
インベントリを開くときと同じ要領だ。するとすぐに、眼前に長方形のウィンドウが展開される。
平面図。横長のウィンドウに記されたそれは、円形に広がるこの町を上から収めた図だった。だが特筆すべき点はそこではなく、
「……! 位置と、名前が見える!」
「そう。さっきシンリさんと話していたんだよ、そのマップ機能について」
「こんなことできたのか、気づかなかった……失態だ」
現在地のすぐ近く、ほぼ重なるようにして点在する赤丸。そこには『Liza』『Yu』『Raven』『SHINRI』『Sieg』『SigunyaN』——この場にいる人間のプレイヤーIDらしきものが一緒に浮かんでいる。
(SigunyaN……シグニャン? どこかで見たことある、ような……)
驚くべきはその範囲だ。マップに写し出されるこのシリディーナの町の全員、おそらくすべての転移者の位置とIDがリアルタイムに表示されている。
「位置と名前って……町中全員の? すごい機能ね、流石にこのイベント中だけでしょうけど」
「町の人間全員ストーキングし放題だね」
「嫌な言い方するなよ、ユウ。しねえよ」
「……いや、僕はそれをさせてもらいたい。その話をこれから、しようと思う」
「は?」
レイブンは突然に異なことを言い出すと、椅子から立ち上がった。
「元々シンリさんに持ちかけていたコトだ。そのマップ機能……それが欲しい。僕にアレンさんの鬼を渡してほしい」
「……マップ機能が欲しいっていうのは穏やかじゃないな。目的は?」
「<エルピス>を潰す。このイベントはチャンスだ。実体すら未だ不明瞭な彼らに対して先手を打てる、千載一遇の」
アレンは未だ閉じていないマップのウィンドウに目を戻した。
そこに映る赤点の数は、とてつもなく多い。なにしろ映る範囲は町全体だ。バベルは除くようだが、それでもざっと数百はいる。五、六百前後くらいだろうか。
その中に端から目を流し、IDを確認していく。そして程なくして目的の名を見つけた。
「アンティル、か」
「そうだ。首謀者の名を手にできたのは幸運だった。イベント攻略の趣旨からは外れるかもしれないがアレンさん、できればあなたにも協力を仰ぎたい。鬼は僕で構わないが」
——Until。町の西部方面にその名を確認する。
あの辺りは民家だの宿屋だのはなかったはずだが、赤点がある以上はそこにいるはずだ。
「それで、鬼もそいつらに押し付けようって腹か」
「その形がベストだ。厄介な敵を一網打尽にして、ついでに鬼も押し付けてイベントも無事にクリアする」
「……なるほどな。俺も<エルピス>とはもう無関係じゃない、乗った」
「いいのかい、アレンちゃん。相手も組織立っている以上これは抗そ——」
「助力に感謝するよ! FPSのプロが味方に付いてくれるのなら、これほど頼もしいこともない」
いささか大仰に、レイブンは破顔して喜んだ。いっそ不可解なほどだ。アレンにはボーナスウェポンもないのだ、FPSゲーマーというだけでどうにも買いかぶられている気さえする。
「そうと決まれば、鬼を——」
「いや、鬼は俺のままでいい。どうせアンティルか、<エルピス>の奴に渡すんだろう? なら俺のほうがいい、なんせ俺のユニークスキルは移動向きだ」
「そうかい? アレンさんがそう言うのなら……」
『爆風赫破』があれば、機動力において劣ることは中々ないだろう。さっきシンリが肩を触れて鬼を渡せたから、同じように手でどこかに触れれば鬼を譲渡できる。そのくらいなら朝飯前だ。
「リーザたちはどうする? 俺は<エルピス>って奴らは許容できない。だけど、みんなも無理してくることはない」
<エルピス>の目的はキメラに留まること。そのためにバベル攻略を妨害したり、<ギルド>や<泰平騎士団>の人間に危害を加えると言うのなら、そのどちらもアレンは見過ごせない。
加えて、旧友が——マグナがその一員であったというのなら、余計にだ。ここで両ギルドに丸投げなんてことができるはずがない。
「私も行く。怖いけど……でも、アレンにだけ無理はさせないって決めたから。それに、私も現実世界に帰りたいし、それを邪魔するのは間違ってるって思う」
「ま、女子が行くのに僕がサボりってのは男気ないよねぇ」
「マシロも……役に、立ちたい」
「みんな——」
当然のごとく、手を貸すと言ってくれる。その厚意が胸を打つ。マシロだけは流石に、危険な場に連れていくことに躊躇はあったが——
マシロは切り札になり得る。このイベントにおいて間違いなく意表を突ける、とっておきのジョーカーだ。
こんな小さな背に荷を背負わせることはしたくないが、万が一がないようにアレンが常に目を配っておく。それに、身を守るすべを持つための連日のレベル上げだ。ステータス的にはさほど問題もないはず。
「それで……アレンさん。アンティルの場所は」
「ああ、確認した。西の方なんだが、ええと……どう伝えたもんかね」
「ならば、これを使うといい」
ジークはインベントリからロール紙を取り出すと、くるくるとテーブルに広げ始める。手書きの地図のようだ。普通に測量したのかスキルでも使ったのか、ウィンドウに表示されてる鬼にしか見えないマップと比べてもその差異はまるでない。
唯一、転移者の位置——赤点が表示されているかどうかの違いはあるが。
「助かる。今は……ここだ」
アレンの小さな指が、紙面の一角を指す。なんらかの建物の中だ。そこにアンティルを含む数人と、建物の外にも何人かいる。計二十人くらいだ。
宿かなにかだろうか。しかし、シリディーナの西部に宿はあまり、というか一度も見たことがない。
同じ疑問を抱いたのか、レイブンも怪訝な表情で紙面を睨んだ。
「本当にここに? こんな場所に大人数で……しかも、建物の内外に分散している。位置も不可解だ」
「私の記憶では、この一軒は単なる刀剣販売店だったはず。ここに居を構えているとは考えにくい……元ソルジャーたる私の所感だが」
ソルジャーは相変わらず謎だが、確かにジークの言う通りならそんなところにいるのは不自然だ。NPCが運営する店を乗っ取ったのか? しかし、そんな大事をして周囲に気づかれないとも思えない。
しかしマップに映る赤点は確かにそこを示している。わけがわからず、アレンは腕を組んだ。
「なんだそりゃ……手詰まりになっちまった」
「アレンさん、念のため聞くがアンティルの位置は——」
「ああ、ここだよ。何度確認しても。まだ移動もしていない」




