第五十三話 二人目の鬼
アレンが第一に取った行動は、予定通り仲間と合流することだった。急いで部屋を出てドアを閉める。
アラーム音を聞いてもなお眠りこけるような者もおらず、考えることは同じか、リーザやユウも程なくして示し合わせたように廊下へ出てきた。
「アレン……うぃんどうに起こされてびっくりした」
「あ——待てマシロ、俺にッ」
触れるな。
そう言うより早く、寝ぼけまなこで現れたマシロはとてとてと近づいてもたれ掛かるようにぶつかってくる。
眠たくて支えてほしかったのかもしれない。普段であれば愛らしい、単なるじゃれ合いで済むが、今だけはその限りではない。
アレンはすぐに身を引くも、一度とすっとマシロは腕辺りに触れてしまった。
「ヤバい……! 無事かマシロ! 視界の左上になにか出てないか⁉」
「……? なにもかわらない。どうか、したの?」
「左上……まさか」
きょとんとした反応。幸い、なんともなさそうだ。
どうやら鬼が移る条件は単なる接触ではない。鬼が手でちゃんと触れなければいけない、とかだろう。
ユウは焦るアレンの姿からその理由を察したらしく、目を細める。リーザはまだ寝足りないのか、後ろで呑気にあくびをしていた。
「ああ。最初の鬼は、俺だった」
「ふわぁ——えぇっ⁉」
落ち着いてみれば、アレンの視界の左上、HPやSPバーに重ならないよう少しズレた位置には今も現在地の平面図が表示されている。ただ範囲は広くなく、精々が半径五メートルといったところか。
同時に、その範囲内にいる転移者も赤い点で表示がある。名前などは出ていないが、その数は二つだ。
「まさか鬼は鬼でも、鬼ごっことはね。しかもいきなりアレンちゃんが鬼だなんて実にツイてない。これからどうするんだい?」
「ちゃんを付けるな。が、そうだな……他人に押し付けるのも気が引ける。とりあえずはダメ元でモンスターにタッチしてみるか……?」
「それは不可能だろうね。イベント中は町から出ることができないし、バベルにも入れない」
「あ……そういや、そんなルールあったな」
イベント終了までは町への出入りは禁じられる。バベルも町の外判定なのか、イベント中に移動できる範囲はシリディーナの中から中心部のバベルを除く、ドーナツ状になっている感じだ。
「じゃ、じゃあどうするの? いきなりこんなことになって、しかもペナルティっていうのが最悪……そんなの私、嫌だよ」
しぼむような情けない声を出すリーザ。ペナルティとして考えられるものはいくらでもあるが、最も重たいのは即死だろう。わかりやすく、そしてなによりも重い罰。
当然嫌だ。嫌だが、即死かもしれないペナルティを孕んだ鬼を他人に無理やり押し付けるのも心情的にできない。そんなものは我が身可愛さの人殺しと同義だ。
かといって、このままむざむざとペナルティを待つのも暗愚に過ぎる。命ある限り打開策を探すべきだ。
声こそ上げないまま、じっと心配げな視線を向けるマシロの頭を撫でながら打てる手を探す。
そして、そんなアレンに助け舟を出したのは——
「ひとまず、レイブンのところにでも相談に行くのはどうかな? 夜中だけど、イベント告知があった以上ギルドハウスにいるだろう」
やはりと言うか、ユウだった。いつも妙案を出してくれる。
「……そうだな。知恵を借りに行くとするか」
一人で悩むよりずっといい。アレンたちは宿を出て、<ギルド>のギルドハウスまで向かうことにした。
外は夜だが、若干のざわめきがある。皆、イベント開始のアラームで目が覚めたのだろう。町全体が忍び寄るような不安に揺れている。
すれ違う人は誰も彼も表情を曇らせている。もしここでアレンが鬼なのだと大声で叫べば、それだけで町中はパニックに陥ることだろう。そうならないためにも、やはり他者に押し付けるようなことはできない。
「明かりは点いてる、か」
「みたいだね。どうせレイブンはいつもの団長室だ。急ごう」
門を抜け、ギルドハウスの中に入る。不法侵入だと言われれば言い返せないが、事が事だ。
そして廊下を抜け、アレンは焦りからついノックも無しに団長室のドアを開け放つ。
「——レイブン、いるか!」
「ん……誰かと思えばアレンさん。随分慌てているようだけど」
「アレン君にリーザ君か。このような時でなければ、しばらくぶりの再会を祝えたのだがな。……それに、ユウ君に見慣れぬ少女」
部屋の中は既にそれなりの人数がいた。
一、二、三——四人。数はミニマップに映る点通り。レイブンだけでなく、相変わらず重たそうな鎧を着こんだジークと、いつか<泰平騎士団>のギルドハウスで見た仮面の人物。
そして、ソファで項垂れる見知らぬ男性が一人。なんだか覇気のない、黒髪の青年だ。
「……取り込み中、か? でも悪い、緊急事態で」
「余程のことなの見てわかるが……アレンさん、一体なにが? イベントのことかい?」
「そうだ。驚かずに聞いてほしいんだけど、この『ペナルティ鬼ごっこ』——最初の鬼は、俺だった」
アレンがそう言うと、部屋の全員が言葉を失う。驚きはもっともだろう。
しかし、驚愕というよりは困惑に近い沈黙だった。アレンが鬼だというのに驚いているのとは少し違うような、微妙な空気に内心でアレンは首を傾げる。
「……なるほど。そうだったのか」
いち早く状況を咀嚼したのはレイブンだ。目を細め、格調高い事務机を指で叩く。
そして、今度はアレンが瞠目させられる番だった。
「しかしだ。今話していたことだけれど、彼——そこに座るシンリさんもまた、この『ペナルティ鬼ごっこ』における鬼なんだ」
「は? 鬼って……え?」
ソファに縮こまる男性。シンリと呼ばれた彼と目が合う。カラコンでも入れているのか、赤色の瞳だ。
別に体格が小さいわけではないが、妙に弱々しく映るのは、曲がった背筋と頼りなさげな表情のせいかもしれない。
「どうやら、互いに状況を整理する必要があるみたいだ。少々手狭になってしまうが、どうぞ入ってくれ」
「あ、ああ……」
アレンが鬼だというのは、紛れもない事実だ。ウィンドウで説明もされたし、ミニマップだって表示されている。
ならばシンリというこの男性が鬼というのは、一体どういうことだろう。
とにかくアレンたちは部屋ぞろぞろと入室し、向かい合うソファの片側に座らせてもらった。レイブンの言葉通り四人も並ぶといささか窮屈だが、仕方あるまい。
向かいのソファにはジークとシンリ、そして仮面の人物。
確か、前回のゲーム内イベントの後足を運んだ<泰平騎士団>のギルドハウスでその素顔はちらっと視認できた。端整な少女の顔だ。名前は確か……時雨、と呼ばれていたのだったか。本名かIDかは定かでない。
あっちは三人で座っていたが、若干一名室内なのにやたら分厚い金ピカフルプレートを着こむ人物がいるため、窮屈さはどっこいどっこいだった。脱げばいいのに。
そして、窓際の机に着くレイブンが咳払いを一つ。
「まず、アレンさんたちが来る前のことを説明すると。イベントが開始してすぐ、<泰平騎士団>の団長ジークさんと副団長のシグレさんが来訪してきた。なにせイベント内容はまさかの鬼ごっこだ、イチから対処を考え直す必要がある」
予想が外れた以上、町に散っている<泰平騎士団>の団員たちの待機も徒労だろう。<ギルド>と<泰平騎士団>の連携のため、ひとまず両団長で集まったというわけだ。
仮面の彼女、シグレは<泰平騎士団>の副団長らしい。妙な仮面を着けてはいるが、団長も変人だからそのくらいでちょうどいいのかもしれなかった。
「で……話し合い始めた時、シンリさんが転がり込んできたって感じかな」
レイブンの視線がシンリに向く。彼はびくりと肩を震わせ、たどたどしく説明した。
「お、俺……いきなりウィンドウの音で目が覚めて、イベントが始まったと思ったら、真っ赤な字で『最初の鬼はあなたです』って。それで、どうしようと思ってここに」
藁にもすがる思いで、<ギルド>の門戸を叩いたわけだ。
嘘をついているようにも見えないし、真っ赤な字にその一文はアレンとまったく同じ内容だ。
ミニマップ上では他者と同じただの赤点でしかないが、彼もまたアレンと同じ『最初の鬼』なのだろう。
ということは、つまり——
「なら……鬼はそもそも二人いた?」
「そういうことになるだろう」
頷きが返ってくる。
町全体が舞台なのだから、考えても見れば鬼が複数でもそう不思議ではない。
最初の鬼に指定されたシンリとアレンは、両者ともとりあえず<ギルド>を頼ろうとしてここに集ってきたわけだ。
鬼がこの場に二人。アレンの脳裏にふと、一つの閃きが過る。
「俺とそこの……シンリが鬼だってんなら、シンリが俺をタッチすれば俺が鬼を二つ分背負えるんじゃないか?」
「な……なんだって? そんなこと」
「ハハ、いきなり面白いこと考えるねアレンちゃん。滅茶苦茶だ」
「日頃から変なことばっか思いつく誰かさんのおかげでな」
「ま、待ってください。それだと俺とあなた……アレンちゃん? が、鬼を交換し合うだけで終わるのでは?」
シンリがあたふたとした身振りでそう言うも、アレンは強く首を振った。




