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第五話 ステータスチェック

「……ねえ、アレンくん」

「アレンでいいよ。俺もつい、リーザって呼んじゃったし」

「そう? じゃ、アレン」


 他の転移者。その中にチームメイトがいる可能性について考えていると、唐突にリーザが話しかける。

 アレンと同じでハンドルネームらしき名前だったのと、年下ということでつい呼び捨てにしてしまっていた。だが考えてみれば、ロシア出身ならひょっとすれば本名とか、その愛称だったりするのかもしれない。


「せっかくだし、もうちょっと色々教えてあげるわ。町に来たばかりだったってことは、バベルのこともよく知らないでしょ?」

「それは助かる、けど。いいのか?」

「もちろん。初心者に優しくするのは、どのゲームプレイヤーでも当然のマナーでしょ」

「な、なるほど。ありがとう」


 初心者を狩り散らすプレイヤーたちに聞かせてやりたい言葉だった。

 部屋の中、簡素なテーブルを挟んで木の椅子に腰かける。少しきしむが、座り心地は案外悪くない。狭い部屋だが家具が少ないので窮屈でもなかった。

 テーブルに部屋の鍵を置き、オイルランプの明かりに頬を濡らしながら、リーザは切り出した。


「——まず。この世界は通称、キメラって呼ばれてる」

「……キメラ?」

「そう。様々なゲームが複合された、継ぎ接ぎの世界。最初期にここに転移させられた人は、だいたい今から半年前に来たそうよ。私は二か月前だけど」

「ん、てことは俺は結構後発組ってことかぁ。遅れちゃったんだな」

「後発どころか、下手したら最後尾ね。ここ最近、新規の転移者の話は聞いたことなかったから……てっきりもうないものかと」


 どうやらずいぶんと遅れた出だしだったらしい。

 しかし一番最後に転移したのなら、少なくともそれまでは、健在だった同じチームメイトはこの世界——キメラにはいないことになる。


「なら、仲のいい人らもいなさそうだな……」


 そう思ったアレンだったが、


「そうとも限らないわよ。現実世界から転移の始まったタイミングは、みんな一緒だから」

「え?」

「十二月十二日の午前四時ちょうど。私も含めて転移者はみんな、そのタイミングで現実世界から飛ばされてるの」

「……! そうか、タイムラグがあるのか!」


 タイムラグ——転移には時間的な遅延が生じている。

 言われてみればアレンの記憶に残った最後の日付、体感的な昨日も確かに十二月十二日を回っていた。時刻までは正確に覚えていないが……四時と言われれば、その辺りだった気がする。

 アレンは現実世界からキメラ世界へ転移しきるのに約半年もかかってしまったようだが、同じタイミングでチームメイトや知り合いが転移していれば、もっと早くこの世界に着いている可能性はある。


「そ。具体的な数字はないけど、転移者は数百人はいる。現実世界じゃどうなってるのかしらね……」

「数百人——マジか。向こうじゃ今頃、大量昏睡事件とかか? 笑えないな」


 大規模な事件だ。既に話はアレンの想定を大きく超えている。もし転移が段階的に行われていたのであれば、ニュースにでもなっていただろう。


(……ま、こっちに俺がいるからって現実世界で俺がいないとも限らない、けどさ)


 とはいえ今の自分が、本物の自分であるという確証などどこにもない。

 スワンプマン——精神だけをコピーして幼女の体(いれもの)に入れた、みたいなことも否定できない。


「……はは、SFだな」


 否定はできないが、肯定もできるはずがない。結局考えたって無駄なことだ。


「そうだ。これは好奇心から訊くんだけど、アレンのボーナスウェポンってどんななの? FPSプレイヤーだし、その服から<ガンナー>クラスっていうのはわかるから、たぶん銃系統なんだろうけど」

「……そのボーナスウェポンっていうの、ちょっとわかんないんだけど」

「えっ」


 アレンがそう言うと、リーザは心底驚いた——ともすれば少女ではないのだと伝えた時以上に驚愕をあらわにして、ガタッと立ち上がった。


「ボ、ボーナスウェポンよ! 転移してすぐ、近くに箱があったでしょ⁉」

「箱? いや、ごめん。見てないな」

「えぇーっ⁉ なんかこう、宝箱チェストっていうか……やけに四角の! カクカクのやつ!」


 わたわたした様子で、腕を振って四角い箱のジェスチャーを伝えてくる。

 なんだか、今の落ち着きがない感じが彼女の素な気がする。普段は意識して大人びた態度を取っているような。そんな関係ないことをぼんやりと考えた。


「うーん、俺転移してからゴチャゴチャしてたし……いきなり恐竜に襲われて逃げたり」

「そ、そんなぁ……」

「ボーナスウェポンっての、そんなに大事なのか?」

「うん……店売りの武器に比べれば、かなり強力なのは確定的に明らか。みんなボーナスウェポンがあるから、武器屋を使う人はほぼほぼいないのよ」

「へえ、そうなんだ。つっても無いものは仕方ないし、俺は店で買うか……」


 リーザは椅子に座り直し、自分のことでもないのに目じりを下げて気落ちする。反応を見るに、逃した魚はとても大きかったようだ。

 しかし、転移して目覚めた地点などまるでわからない。森の中だし、遭難に加えてまたあの恐竜に出会うことを考えれば取りに戻るのは現実的ではない。

 では店売りの武器を持つしかなさそうだ。そう考えたアレンだったが、


「それが、この町じゃ銃は売ってないの」

「売ってない? そうなのか」

「シリディーナ以外だと、売ってるところもあるらしいけれど……ごめん、私も武器屋は使わないから詳しくはわからない」


 まさかの銃は販売対象外とのことだった。文明的な問題だろうか。ありがちな剣とか槍とか、そういったもので武装する必要がありそうだ。


(というか、そもそも目的が定まってないんだよなぁ。モンスターがいるのはわかったけど、俺アレと戦わなきゃいけないのか?)


 やはり武器がある以上、モンスターをハントしたりしているのだろうか、転移者たちは。

 生半可な武器があったとて、森で見たような恐竜サイズのものを倒すのは簡単でないように思える。リーザ曰く破格の強さだという、ボーナスウェポンがそれも討伐し得るのか。

 興味を惹かれたアレンは、今度はこちらから訊いてみることにした。


「リーザのボーナスウェポンって、どんななんだ? よかったら見せてくれよ」

「うん、いいわよ」


 特に隠すものでもないのか、二つ返事で頷かれた。

 しかし、リーザは特に武器を携行しているようには見えない。てっきり一度、向かいの部屋へ取りに戻るとアレンは思ったが——


「これでいい? まあ、<ナイト>のクラスにありがちな剣のボーナスウェポンね」


 リーザはその場で、軽く指を動かす。するとそれだけで、彼女の手の内に赤い柄が収まった。

 それは奇妙な剣だった。刀身は緩く波打つおかしな形状で、色は夜空のように黒い。およそ剣本来の用途に適した形からは外れているように見えるが、そこはゲーム世界だ。普通ではないのだろう。


「……今それ、どっから出したんだ?」


 ただ、アレンには珍妙なその剣よりも、それがなにもない空間から現出したことについて言及した。


「ん——あ、もしかして。まだウィンドウ開いたことないんだ」


 そう言って、リーザはまたしても指を動かす。すると今度は黒い剣が、彼女の手から一瞬にして消え失せた。

 ウィンドウ。そう聞いてピンと来ないほどゲーマーとして鈍くはない。


「ま、まさか……っ」


 アレンはリーザと同じように、すっと指を動かしながら、半信半疑の脳内で念じてみる。

——開け。

 抽象的な思考。だが確かに、成果は眼前に現れた。

 アレンの手元に半透明のウィンドウが浮かんだ。彼としてはインベントリ、と表現するのが一番がしっくりくるかもしれない。

 明確さを欠いた、ただ「開け」とだけ念じたことで浮かんだのは、所持アイテムを並べたアイテムウィンドウだった。


「うお……! ま、まじか。こんなことできたのか」


 異世界に転移して数時間。こんないかにもゲームな芸当ができるようになっていたとは、リーザに言われるまでついぞ気が付かなかった。

 ただ早速インベントリの中を確認してみても、ボーナスウェポンとやらを逃したアレンが所持しているアイテムは、『硬化ポーション』一つのみ。

 ……というか、この謎ポーションはどこで手に入れたのか。


(あ、ひょっとして実績解除の報酬か?)


 初期アイテムにしては微妙な品だし、ほかにアイテムを入手したような機会も考えられない。そもそもウィンドウの存在自体に今気づいたのだ。

 『初めての過呼吸』なる、これまた微妙な実績の解除報酬と見るのが妥当だろう。


「ちょっと意外。ゲームプレイヤーなら、ゲームの世界に来たってわかったら真っ先に試しそうなものだけど……まあ、私もそうだし」

「た、確かに」


 ここがゲームだと気が付いた時点でやってみるべきだった。

 ただアレンを擁護するなら、普段彼のプレイするFPSゲームにはアイテムだとか装備だとか、そういった部分をウィンドウで操作する機能はなかった。RPG気味のものであったり、あるものにはあるのだろうが——


「なら、ユニークスキルなんかもまだ見てなさそうね。ステータスウィンドウで見られるわ。ボーナスウェポンは拾い損ねても、ユニークスキルの方なら持ってるはずよ」

「お、そんなのあるのか。ありがとう早速確認するよ」


 ユニークスキルにステータスウィンドウ。興味を惹かれる言葉を矢継ぎ早に浴びせられ、少年じみた好奇心が沸き上がるのを感じる。

 インベントリは閉じろと念じれば、すぐに視界から消えた。同時にステータス画面を開けと念じると、さっきとは違う横長のウィンドウが現れる。

 そちらはインベントリと違い、まだ情報量が多かった。

 プレイヤーネームなのだろう、Arenと書かれた隣にはレベル1の表記。装備はガンナージャケット、ガンナーズボンの二つのみだ。下着等は装備としてカウントされていないらしい。


「数値は……案外書かれてないんだな」

「うん。攻撃力とか防御力も存在はするし装備によって変動するんだけど、マスクデータになってるみたい」

「微妙に不親切だなあ」


 レベルのほかに数値が確認できたのは、ゼロの所持金と、HPとSPの二項目のみだった。どちらもともに100。

 これがきっと、視界の左上に出ているバーの正体だろう。赤いバーがHP——ヒットポイントなのは疑うまでもないので、その下の細いオレンジのバーがSPと思われる。

 ユニークスキルとやらがある以上、きっとスキルポイントだ。固有ユニークでない、通常のスキルなんかもあるのかもしれない。

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