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第四十七話 魔法紙と油断と

「少し短いか、やっぱ」


 頭で数えて五秒。緑ゴリラがマシロのスキルで攻撃を止め、再度動き出すまでの時間だ。

 ブルースライムの時は数倍長かった。違いは単純にモンスターの強さと見るのが妥当だろう。それを確認するとアレンはたて続けに四発ほど頭蓋に弾丸を撃ち込み、速やかに標的を塵にした。


「人に使えばどうなるんだ? それ」

「……さらっとスゴ技決めるねえ。想像通り、マシロちゃんの静止能力は対象によって効果時間が変わるみたいだけど。試してみるかい?」

「ふふっ。そう言ってアレンに使ってみて、十年くらい解けなかったらどうする?」

「こ、こえぇこと言うなよ。いくら何でもそりゃないだろ」


 なんて恐ろしいことを言うのだろう。普通に考えれば、モンスターが数秒から数十秒で転移者プレイヤーに使った時だけそんなことにはならないはずだ。

 ならないはず。はずだ。

 ……が、しかしここは常識破りの継ぎ接ぎ世界。意味不明な仕様がいきなり出てきても不思議ではない。


「どのみち……あとしばらく待たないと使えない」

「ああ、クールタイムがあるんだったな。マシロ、スキルまでどのくらいだ?」

「……63秒」

「遅くない? でも80秒もかかるならそんなもんか……よし、今はやめとこう。また今度だ」

「あれ。アレンちゃんビビってる?」

「はっ、なにを言うかと思えば。ビビってない。断じて」

「嘘でしょ。めっちゃ目泳いでるよ」

「いや。ビビってない。ビビってはないけど、今はレベル上げを続けよう」


——絶対ビビってるよ。

——ビビってるわねアレ。

 謂われなき言いがかりを背に浴びながら、聞こえないフリをしてアレンは先を行く。わざとらしくアーガスを構えてゆっくりと角を曲がるのを、マシロがはぐれないようにとぴったり引っ付いてきた。

 特に屋内で角を曲がる際、必要とされるクリアリングがカッティングパイと称される技術だ。パイを切り分けるように、角の向こうに銃を向けながら少しずつ角度を増やしていく。先の草原や浮遊島といった階層ではほぼ使わない方法だが、ここを探索するうえではなくてはならないテクニックだろう。


 それを大仰に行いながらモンスターを求めて徘徊し、難なく倒していく。

 マシロに万が一があってはならないためこの低階層にしているだけで、元々アレンとリーザだけでもハントできていた階層だ。マシロのユニークスキルによるサポートに加え、なんだかんだユウも呪いの鋼鉄剣とやらや、火炎瓶みたいなアイテムを使って上手く援護してくれる。

 相変わらずメインで前線を張れるのはリーザだけなのがいささか懸念事項ではあるが、それでも負担は軽減されているはずだ。

 人数が多い分経験値も分散してしまうため、テキパキとモンスターたちを狩っていく。徐々に連携も洗練されていき、半ば流れ作業じみた狩りだ。

 だから、そのうちに油断が生じなかったのかと言えば、きっと嘘になるのだろう。


「よし、これで終わりだな」

「——! アレンちゃん、後ろだ!」


 飛びかかってくる蛇を撃ち抜き、空中で倒しきる。リロードのためにアーガスから弾倉を引き抜きながら、終わったと一息つき——その背後から、赤と青の派手な色彩を両の羽に携えた、巨大な鳥型のモンスターが迫っていた。

 形状はワシに近いが、爪もくちばしもモンスター特有の禍々しさを帯び、どちらも黒い刃物のように鋭い。


「ピョエエエエエエェェェェッッ!」

「っ、しまっ——」


 警告を受けて振り向くももう遅い。見開かれた碧色の双眸、その視界に鋭く、手痛い黒の一撃が映し出される。それがアレンの顔面を裂くまでもう一秒もないだろう。

 それでも体は動こうとしたが、足は固まり、手は反射で銃を構えようとするもその弾倉と薬室は空になってしまっている。頭上の敵に気が付かず、弾は既に撃ち切った後だ。

——ファストリロードも今からでは間に合わない。

 どうすることもできない。鈍化する体感時間の中、無情にも自身を斬り裂こうとする鋭利な爪をただ直視する。

 一撃受けたとて即死ではないだろう。アレンは目もつぶらず、せめて訪れるであろう皮膚を剥ぎ肉をこそぐ痛みに備えようと、奥歯を強く噛み締めた。


「ピャッ————」


 が、眼前の怪鳥はその爪を振り下ろす刹那、横合いから突っ込んできた球に壁まで吹き飛ばされていった。

 赤い球。その輪郭は朧気で、浸食するようにワシの化け物を包んで広がる。

 ……火球だ。現実世界ではありえない、仮想の法則によって編まれた球体にして燃え盛る炎。

 おそらくは弱点属性を突いたのだろう、その熱は容赦なくモンスターを焼き尽くし、塵へ変えた。火力が低くとも焼き鳥にはならなかったはずだ。


「ま、魔法……?」


 熱気の余韻が頬を撫でる。煌々とした炎は、獲物を舐め尽くすと嘘のように消え失せた。

 不意の危機を救われた形。しかし、アレンはそれよりも目の前で起きた現象に驚いていた。

 リーザもユウもマシロも、もちろんアレンも魔法など使えないはず。魔法職系のクラスではないからだ。そしてユニークスキルも、誰だって今のような炎を生成するものじゃない。


(……マシロなら、あるいは?)


 厳密には、マシロのクラスは不明だ。ステータス画面ではプレイヤーIDと同様に空欄。ならば、実際は魔法職系のクラスで魔法を扱うことができる。そんな可能性はあり得るだろうか。

 ……あくまで可能性の話であれば、ないとは言い切れまい。だが、今の火球が飛んできた方向はマシロではなく、むしろ——


「やれやれ。間一髪って感じだったねぇ、アレンちゃん」

「——ユウ。今の、お前がやったのか? だけど魔法……使えないはずじゃ」


 ユウはひらひらと両手を広げ、変わらない気軽さで歩いてくる。

 その両手から、残滓とも呼ぶべき塵が微かに舞っていた。死亡エフェクト……ではない。アレンは先日、リーザの盾が壊れた時のことを思い出した。

 あの時と同じだ。HPがゼロになれば塵になる転移者プレイヤーやモンスターたちのように、アイテムも耐久値の限界を迎えると塵に変わる。


魔法紙まほうし。レアアイテムだから、見るのは初めてだろうね。転移して長い人でも持っていないのが大多数だろう」

「まほう、し?」


 慣れた手つきでインベントリを操作し、ユウの指に挟まる形で一枚の紙片が現れる。メモ用紙よりも一回り大きいくらいの白い紙。そこには何らかの紋章——魔法陣らしき絵柄が描かれていた。


「それが、魔法の元なのか? そのチャチいのが?」

「察しがいいね、握りつぶすことで魔法が行使できるスゴいシロモノさ。見た目がチープなのは否定できないけどね……どうせなら羊皮紙なんかにすれば雰囲気出るのに。ま、キメラにそんなこと言っても無駄だろうけど」

「魔法紙……話は聞いたことあったけど、私も初めて見たわ。まだストックがあるのね」


 感嘆の息を吐くリーザ。反応からして、相当に貴重なアイテムらしい。

 考えてみれば当然だ。中距離で攻撃が届く魔法は有用性が高いし、使い捨てとはいえ魔法が使える手段がホイホイと手に入れば、本職の魔法使いたちは立つ瀬がない。キメラとて、こういうところはバランスを取っている。


「いやあ、さしもの僕もあと数枚ってところだけどね。あーあ、貴重な一枚をアレンちゃんのために使っちゃったなあー」

「うぐっ……わ、悪かったよ。油断した」


 いかにもわざとらしい言い方ではあったが、アレンが気を抜いたためにレアな魔法紙を一枚失ってしまったことは事実。そしりは甘んじて受け入れるほかない。

 イジり所を見つけたぞ、とニヤニヤした笑みを浮かべるユウ。アレンは対照的に苦い顔を浮かべていると、軽い力がくいくいと袖口を引っ張る。

 見れば、やはりマシロだった。変わらずの無表情ではあるが、金の瞳に物憂げな感情を帯びているようにも窺える。


「アレン……危なかった。マシロもまだ、スキルの待ち時間中。気を付けて」

「……心配してくれてるのか」


 必死に言葉を繋ぎ、ぽつぽつと口から紡ぐ様は、素直に心を打つ健気さに満ちていた。


「ユウとマシロの言う通り、人数増えたからってちょっと気が抜けてたんじゃない? アレンってば」

「そう、だな。……ああ。ごめん、気を付ける」


 言い返す言葉もない。アレンは白い髪を梳くように、手でその小さな頭を撫でながら頷いた。

 銃を持つ以上は気を引き締めているつもりだったが、慣れとは恐ろしいものだ。糸が緩むように緊張が欠けはじめ、狩りが作業へと変わっていった時に、いずれミスを犯すことは決まっていたのだろう。

 もしそれが浮遊島、四十台の階層のような、モンスターがここよりも強い階層だったら?

 今回のようにユウが助けてくれなければ、最悪命まで落としたことだろう。


 以前リーザもなにかの折、「一瞬の油断が命取り」と口にしていた。あれはなんだったか。思い出せないが、とにかく大切なことだ。

 ここはゲーム世界ではあるが、復活リスポーンはない。ともすれば現実よりも悲惨な、後も残らない塵になってどこかへ消えてしまう。

 一度命を失えば、タイトル画面に戻ることも、コンテニューボタンを押すことも、王様になさけないと罵られながら目覚めることも、戦術マーカーの位置に立っていることもまずないのだ。


 そのことを改めて意識しなければならない。ゲームであっても、ただのゲームじゃない。デスゲームだ。

 現実でもキメラでも、命は等しく存在するのだ。

 仲間の指摘がそれに気づき直させてくれた。今度こそ忘れぬよう、アレンは兜の緒を締め直す思いで深く息を吸った。

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