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第四十六話 ブラックアウト

「これは……」

「おおっ——」


 アレンたちは引いたところから、その様子を固唾を呑んで見守る。三者の視線はマシロと、相対するぷるぷるゼリー生物に注がれた。

 凍化陥穽ブラックアウト。マシロから名と読みを聞いた時、アレンはそのスキルの効力を軽く推測した。見たまんま、凍化と付いているのだから相手を氷漬けにするような能力ではないか、くらいのなんとなくだが。

 しかし、流石に氷漬けというのは強力過ぎるし、どちらかと言えばスキルより魔法職の魔法に近い芸当だろうか——そんなことを考えつつ、そのユニークスキルの顛末を見届ける。


「——、……お?」

「あれ?」


 が、アレンとリーザは揃ってつい疑問の声を上げた。

 視線の先、ブルースライムは未だ健在。見た目にもなにも変化なく、青々とした柔らかなボディを保ったままだ。

 不発だろうか? それとも攻撃系スキルではなかった? 予想にたがう状況に困惑していると、ユウがやにわに歩み寄り、塵になるどころか痛くも痒くもなさそうに佇むブルースライムを見つめる。


「どうしたユウ? 影響がなかったってことはユウみたいな、攻撃に使うタイプのユニークスキルじゃなかったんじゃ?」

「……いや。そうか、これは……すごいスキルかもしれないぞ。大当たりだかも」

「え?」


 驚きを隠さない、僅かに震えた声音。ユウの反応に意表を突かれ、アレンはその視線を追ってスライムに目をやった。

 が、キメラ界最弱モンスターは変わらず佇んでいる。さっきとなにもかわらない、以前変化ない姿で——


「変わらない……? まさかっ」

「え? え? どういうこと? アレン、ユウ、なにに気づいたの?」


 ユウに次いで、アレンもそれに気づく。

 唐突に一人取り残され、リーザは身を乗り出して問いを投げかけてきた。


「ぷるぷるしてない」

「え……なに、ぷるぷる?」

「ああ、このスライムを見てくれ。さっきと違って、ぷるぷるしてない」

「……あ!」


 ぽん、と手を打つリーザ。その隣でマシロは銃を下げて、無表情のまま三人に目を向けている。言い聞かせてもいないのに、自然と銃口を人に向けないようにしているのは偉い。アレンは後で褒めようと決めた。


「静止。体の自由を奪う状態異常バッドステータスと見ていいんじゃないかな? これは」


 ユウがそう口にするのとほぼ同時に、ブルースライムがその独特のぷるぷるとした震えのような動きを再開する。効果時間が切れたようだ。測ってはいないが、静止していたのは体感で二十秒ほどだろうか。


「め、めっちゃ強くないか⁉ すごいなマシロ、すごいぞ!」

「わっ、で……でも、制約もある、みたい」

「ん、なにかデメリットでもあるのか?」


 二十秒も動きを止めると言うのは流石に強力すぎる。普通のFPSならその間に十数回は殺せる。だからこのケースはブルースライムがあまりに弱すぎただけで、相手によって硬直時間は変化するのかもしれないが、例え一瞬だとしても有用なスキルだ。

 アレンは若干の興奮とともに、マシロの低い頭をわしゃわしゃと撫でた。普段なにかと反応の薄いマシロだったが、くすぐったそうに珍しくも微笑を浮かべながら返答する。


「一度使ってから再使用まで……80秒。……SPはあんまり使わないけれど……連発はできない」

「クールタイムがあるってことか。なるほど、まあ動きを止めるなんて最強格だもんな、そのくらいの条件はあって当然か」

「リキャストタイムってことね。動きを止めるだけにしてはちょっと長い気もするけれど……」

「……なんか、微妙な意見の食い違いに二人のプレイしてきたゲームの差異を感じたよ。僕はカード専門だから、そういう強弱はあんまりわかんないなぁ」


 FPSとMMO。歩んできた道程の違いがアレンとリーザの、マシロのユニークスキルに対する評価を異なるものにしていた。

 アレンにしてみれば80秒の冷却時間があるのは妥当だ。なにせFPSにおいて、敵の目の前で一秒も動きを止めればそれだけでまず大体は死ぬ。それを強制させる時点で、単なるスキルというよりもっと大技、奥の手(ウルト)といった印象だ。

 が、シチュエーションにも寄るだろうが、MMOにおいては少し動きを止めた程度ではさして意味もないのかもしれない。

 ひとえにキルタイム、敵を倒すのにかかる時間の差によるものだろう。


(……なら、このキメラはどうだ? 確かにモンスターは硬い。リーザが正しいか)


 強力なモンスターは一撃二撃で沈んではくれない。そもそもこのキメラ自体が色んなゲームの継ぎ接ぎとはいえ、ベースはあからさまにMMORPGだ。

 モンスターでなく人間相手ならば有用さも増すかもしれないが……そんなことにマシロのユニークスキルを使わせる機会などないと思いたい。


「さて……ユニークスキルも見たし、後は単純にレベル上げといくか?」

「そうだね。マシロちゃん、別の階層に飛ぶけどまだ平気?」

「……へいき。まだがんばれる」


 気合十分、とマシロはぐっと拳を握って見せた。表情はいつも通りだったのでちょっと気が抜ける感じだったが、やる気は伝わる。

 どの階層へ向かうかは迷うところではあったが、初めてアレンが訪れたのと同じ、二十一階層にした。

 十一から二十は荒地だ。砂が吹き荒れてたりで、単純に行きたくない。どの道四人もいればここでも問題はないだろう。



「なんだか、不思議なところ」

「まあ、どう見てもキメラの世界観には合わないよなあ。テキトーっていうか、無茶苦茶だ」


 何らかの施設のような、白い壁と床の近代的な内装。天井には煌々とした照明が付いて、見渡すとディスプレイやコピー機のような電化製品まで散見される。

 改めて訪れてみても、異常な場所だ。継ぎ接ぎの世界を表すような異質な階層。


「歩きやすいから僕は嫌いじゃないけどね」

「そうね、ちょっと入り組んでるのは嫌だけど……下手に自然的なところよりは楽かも」


 確かに、遮蔽が多いのはいくらか安心感がある。身を守るもの、射線を切れるものがなにもない場所を歩くのは、もう無意識化にまで刻まれたFPSプレイヤーの本能が忌避感を示してしまう。


「そうだ。マシロちゃん、一応渡しとくよ。使う機会もなければいいけど」


 そう言ってユウはインベントリを操作すると、マシロに柄の付いた小さな革を差し出した。鞘だ。中に収められているであろう刃のサイズから察するに、ダガーナイフ辺りだろうか。


「ん……ありがと、ユウ」

「だけど扱いには気を付けてね。万が一、敵に近づかれた時だけ使うんだ」

「ああ。マシロは俺の傍を離れないようにしてくれ」


 ユウのボーナスウェポンは一枚のカードだ。言うまでもなく、手渡したものは店売りかなにかの通常のナイフ。威力も低いし、扱いにも慣れていないマシロを前線に駆り出すわけにもいかない。

 マシロを守るのは、銃という武器の性質上敵に接近しなくて済むアレンの役割だ。


「ちょうど、向こうに緑ゴリラがいるわ。早速戦闘しましょ」

「了解。あのゴリラ、正式なモンスター名はなんて言うんだろうな……」


 名の知り方はいくつかあるそうで、アイテムやスキルで看破できるらしい。どうでもいい疑問を抱えつつ、早速陣形を取る。この四人での初戦闘だ。

 幸いにして敵は一匹。試運転にはこれ以上ないシチュエーションだろう。

 これまで通り、リーザが剣と盾を構えて前へ。そのやや後ろ、斜めから射線を通す形でアレンがアーガスを目標へ向ける。マシロはその傍でおずおずとナイフを握る。見ているだけでなく、危なくなれば静止スキルの『凍化陥穽』でサポートをしてくれるつもりのようだ。ありがたい。


「よし、戦闘だ……! じゃあ僕はここで見てるから」


 そして、ユウはさらに後ろで突っ立っていた。


「って、なに下がってんだお前⁉ 参加しろよっ」

「えぇー、でも僕戦闘はちょっと……火力も出せないし。あ、応援いる? みんながんばって、ファイト!」

「がんばってじゃねえよ、お前も頑張ンだよ……!」


 ため息交じりに、「しょうがないなぁ」と肩をすくめながらぽつぽつ歩いてくる。マシロでさえ戦いに参加しようというのに、この男は恥ずかしいと思わないのか。思わないのだろう。


「僕はこれまで逃げ専門だったんだけどね……そもそもカードゲーマーに戦わせようっていうのが土台おかしな話じゃないかな? デュエルディスクでもなきゃ無理だって。あってもヤだけど」

「なにをぶつくさと……あれ、結構立派な剣持ってんじゃん」


 ユウが億劫な態度でインベントリから取り出したのは、しかし中々に強そうな一振りの剣だった。

 曇りない真っ直ぐの刀身は刃こぼれ一つなく、装飾がなくともその機能美だけで目を引く。中世の格調高い騎士が持っていそうで、そこらの店売りの品とは一線を画す、素人目にもただの代物でないことは見て取れた。


「呪いの鋼鉄剣。三十階層から出現する、デッドスケルトンのレアドロップ品だよ」

「へえ、そんなのあるのか……でも呪いってことは」

「うん。斬るとたまに呪いの状態異常にかかって、一定時間スキルが使えなくなる。オマケに耐久値もかなり低いんですぐ壊れるってシロモノさ。でもその分攻撃力は店売りのよりずっと高い」

「なるほど、ボーナスウェポンがなくても案外やりようはあるってことか」


 デメリットはあるものの火力不足は補うことができる。逃げられない時、いざという場面のことも考えてユウは手段を用意しておいたのだろう。

 感心していると、ふと袖口をくいっと引っ張られる。

 何事かとアレンは顔を向けると、マシロが上目になにか言いたそうな顔で見つめてきていた。


「……あれ、手助け、いる?」

「え?」


 す、と小さな手が指差す先。


「ちょっとっ! いつまで話してるのー! 早く手伝ってよおっ!」

「あ、忘れてた」

「今忘れてたって言ったぁー⁉」


 そこには単身、前線にて緑ゴリラを相手に立ち回っているリーザがいた。

 ずっと独りで押さえてくれていたらしい。普通に忘れていた。


「ごめん。つい話してて、すまんすまん」

「僕は気づいてたけど面白そうだったから……」

「なにそれ! 私の怒りが有頂天なんだけど⁉」


 屈強な腕の一撃を盾でいなしながらも、リーザは頭から湯気でも出ていそうな様子で恨めし気にアレンたちを見つめている。よそ見しながらでも戦えるあたり、なんだかんだこの二十一階のモンスター一匹程度は余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》なのだろう。


「……『凍化陥穽ブラックアウト


 そんな中、マシロは冷静にスキルを行使する。

 先のブルースライムで試した通り、緑ゴリラは腕を振り上げたままピタリとその動きを止めた。やはり静止で正解だったようだ。問題はその効力が維持される時間だが——

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