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第四十一話 少女考察

「……どう思う、ユウ」


 話を終えてすぐ、アレンはユウに所感を訪ねた。廊下に立ちながらではあったが、すぐにでも彼の意見を聞いてみたかったのだ。

 バベルがゲームクリア条件だという固定観念に囚われなかった、自分とは違う視点を持つ彼の言葉を。


「転移直後ではないと思うね、僕は」

「……!」


 そして、ユウはアレンと異なる解を口にした。極めて端的に。

 だが確かに、転移直後だとすれば腑に落ちない部分も多々あるのは事実だ。アレンは小さな顎に手をやってもう一度黙考し、だから先に疑問を呈したのはリーザだった。


「転移直後じゃないって、どういうことよ? アイテムもなにもなかったのよ?」

「そうだね。アイテムも所持金もなく、レベルも1。町やその外に出たことはきっとないだろう」

「だったら——」

「だけど、だからって転移直後である証左にはならない。まずバベルに転移すること自体がイレギュラーだ。加えてボーナスウェポンの入った宝箱チェストもなかったんだろう?」

「……それを言えば、俺だって転移先は森だったぞ? それに容姿だって」

「そうだね、アレンちゃんも普通じゃない。でもマシロちゃんと違って記憶はある。そしてなにより」


——ちゃんを付けるな。

 そう突っ込みたかったが、水を差すよりも先を聞きたくて、ひとまずアレンはその敬称をスルーした。


「記憶がないって話だったけど、マシロちゃんの振る舞いは年相応の幼さだ。アレンちゃんとは違ってね」

「? 記憶がないんだから、そうなるんじゃないの?」


 リーザはまるでわからない、と端整な顔に疑問符を浮かべる。口には出さずとも、アレンも同じ思いだった。


「リーザちゃんは、記憶喪失にどれだけ種類があるか知ってるかな?」

「種類? 記憶喪失に種類があるの……あっ、記憶って言っても、出来事だけじゃなく物の名前とかもあるから……」

「そう。健忘は原因も症状も様々だ。だから一概にはできないし、僕も所詮は素人だから断言はできないけれど……話を聞く限りマシロちゃんの場合、自分が誰かわからなくとも常識、つまり意味記憶や非陳述記憶は無事だということさ」

「イミキオク……ヒチンジュツ?」

「——そうか」


 ユウがなにを言わんとするか、それを理解してアレンは顔を上げた。これもまた固定観念、見た目のイメージに知らず引っ張られていた。それに気づかされる。

 なお、隣のリーザは頭から煙でも上がっていそうな表情でぽかんとしていた。

 要はアレンと同じで精神年齢と肉体年齢にズレがあるのであれば、マシロの振る舞いはアレン同様にもう少し大人びているはずだと、ユウは言いたいのだ。

 しかし、一般常識を有しているからといってその精神性だけ退行してしまわないという保証はない。彼の言う通り、結局アレンもユウもゲームはプロでも脳科学など門外漢もいいところだ。それだけで転移していないと断じるのは早計に過ぎる。

 それに、他にも穴はある。


「なら、マシロがキメラに対する常識だけ持たないのはどう説明する? 転移直後と見るのが妥当じゃないのか」

「そうかもしれない。けど、そうじゃない可能性を排除することもできない。転移してからの記憶だけ落とした可能性もあるけれど、僕は……どちらかと言えば、知る機会がなかったんじゃないかと思ったね」

「知る機会がない? おいおい、ウィンドウの出し方やバベルのことなんて普通に過ごしてれば子どもだって気づくぞ」


 ウィンドウもバベルも、アレンはどちらもリーザに教えてもらったことだったが。

 とはいえそうは言っても、何日か——二、三日もすれば自分が見慣れぬウィンドウを念じることで出現させられるのに気が付いたのではないだろうか。どこもかしこも不可思議な、こんなゲーム世界だ。

 バベルのことも、町を歩けばその馬鹿デカさに嫌でも視界に入る。転移者プレイヤーでもNPCでも訊けばその名くらいは答えてくれるだろう。


「だから、普通に過ごしてなかったって言ってるのさ。町に出たこともないだろうってさっき言ったでしょ? あとリーザちゃん、悪いんだけどちょっとマシロちゃん連れて部屋戻っててくれるかな」

「……あ、うん。もう話についていけてないからそうするわ。マシロ、こっちに来てお姉ちゃんと遊びましょうねー……」


 二人の対話に入れず、壁際で縮こまっていたリーザはとぼとぼとマシロの手を引こうとする。マシロも自分に関する話だが、特に後ろ髪を引かれた様子もなく、こくっと頷いて素直に従った。

 姉妹のように並んで部屋に戻った二人を尻目に、アレンは問いを重ねる。


「町に出たことがなくて、キメラの常識を知る機会もなかった……ってことか?」

「そう、非常識な状況にあった。その可能性を僕は真っ先に思いついた」

「そんな状況……キメラにいて、町に出たことがない?」

「ま、監禁だよね。そこまでは行かずとも自由を奪う環境下だ。少なくとも日の光には当たれない、ね」

「監禁……記憶もそのショックで飛んだってか?」

「そうだね。それか最悪、こんな世界だから、記憶を無くしてしまうアイテムやスキルがあっても不思議ではないけど。個人的にはこっちの線かな? 可能性が高いのは」

「……」


——どんな神経をしていたら真っ先に監禁を疑えるんだよ。

 ユウの言説が正しいか正しくないか、その正否はともかく、理非については一言申したい気持ちはあった。

 普通じゃないのも非常識なのもこの男の発想だ。記憶を消す手段なんてあるとは思いたくない。が、確かに言われてしまえば否定もできはしない。なにせここはゲームの中、継ぎ接ぎの世界だ。魔法だって実在する。

 苦言を呈したくはあったが、意見を仰いだのはアレン自身。そしてユウは期待通り、決して思いつかないような可能性を見事なまでに提示した。

 

「なるほどな、そりゃ本人には聞かせられないわけだ」

「まあね。だけどこれもデタラメな推論の域を出ない。容姿についての矛盾が残るし、転移直後って説とどっこいどっこいさ。それに、どっちにしたって決定的に疑問がある」

「疑問……プレイヤーIDか」


 頷きが返ってくる。

 アレンのように新規の転移者プレイヤーでない人間から見ても、やはりプレイヤーID無しの状態は異常事態のようだ。


「そう。白紙のIDなんて前代未聞さ、アレンちゃん以上の異常さだよ。記憶が消えればIDも消える……なんてのは、今一つ弱い論拠だ」

「だな……。そして、転移の際に消えたってのも考えにくい。そこはなにか考えはあるのか?」


 流石にそこまでは推論の立てようもないだろう。そう踏みながらの発言だったが、ユウは「一応ね」と頷いた。

 ……宿に帰って、マシロの話をし終えてまだ五分と経っていない。この男はそれだけの短時間で、軽薄を貼り付けた面の下にどこまで思考の根を広げているのか。


「ただ、これはもうほとんど単なる直感だ。あまりに荒唐無稽で根拠に欠けている」

「前置きはいい、聞かせてくれ」

「——あの子は初めから転移なんてしていない。『監禁説』に加えて、僕はこうも考えてる。確信なんてないけどね」

「……は?」


 転移なんてしていない。転移直後でもなければ、そもそも転移をしていない?

 まず、その言葉の意味を理解するのにアレンは三秒ほど要した。そして意味を理解してもなお、頭はそれを肯定しかねる。

 だって、キメラはそもそも転移者の来るところだろう。転移を最初からしていないのであれば、そもそも行き付けはしない。船を漕がずに無人島にいるようなものだ。


「ハハ、固まっちゃってるねぇ。言いたいことはわかるさ。だから、その辺りも含めて明日は協力者に意見を仰いでみようじゃないか」

「急にわけわからんこと言い出さないでくれ……協力者、って誰のことだよ」

「いや、ホントは宿に戻ってアレンちゃんらに会ったら、先に僕がこれを言うつもりだったんだけどね。明日の朝、レイブンがお二人をお呼びだよ」

「……! ああ、そういや今朝そんなこと言ってたな。言伝役がどうとか」

「うん。本題からはちと外れるけれど、マシロちゃんについても訊いてみよう。なにせキメラの最初期から前線を張る、<ギルド>の団長サマだ。きっと有意義な言葉がもらえるさ」


 これもまた、アレン一人では中々浮かばぬ思い付きだっただろう。

 だが一理ある。単純にこのキメラ世界について造詣が深い、言わば熟練プレイヤーであろうレイブンに話を聞くのは期待できる。アレンが知らない情報を多く持っているはずだ。

 本題というのも少し気になるが。バニットの件だけで終わりではないのだろうか?


「レイブンか、そうだな。マシロのことも、なにかわかるかもしれない」

「加えて、彼に頼んで少し試してもらいたいことがあるんだ。それできっと僕のデタラメの正否が明らかになる。……外れているのなら、それでもいいんだ」


 軽薄な彼に似つかわしくない、物憂げな表情でユウは目を細めた。

 それがある種の同情、根の根からアレンたちと異なる存在に対する憐憫であることを知ったのは、翌日のことだった。

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