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第四十話 真白

「わかったって、どういうこと? アレン」

「ん……まあ、経緯はわからんけど。ただやっぱ、転移直後だとは思う。名前の方は……マジで謎だが」


 感情の薄い表情で、じっと金の目を向ける少女。

 初期レベルで所持金ゼロ、インベントリまで空っぽとくれば、まず間違いなくキメラニュービーだ。まだ幼いから町の外に出ず、バベルにも行かなければレベル1なのは合点がいく。が、所持金なしでアイテムも持たないのなら、キメラに来て間もないのは明白だ。


「そっか、アイテムもなにもないんだものね」

「ああ。転移の際に記憶喪失になっちゃったのかもな」


 前例を聞いたことはないが——アレンも似たようなものだ。

 この子もきっと、転移の際に見た目が変わってしまった。記憶まで飛んでいるのとシステム上すらIDが割り振られていないのはわけがわからないが、これもまたバグなのかもしれない。

 結局、仔細は謎だ。だが考えるべきはそうなった過程ではなく、現状をどうするかだろう。


「ええと、君……名前がないと不便だな、とにかく今後のことについて——」

「つけて」

「え」

「お姉ちゃ……アレン。名前、つけて」

「えらく懐かれてるわね、アレン。ふふ、お姉ちゃんって言いかけてた」

「まいったな……」


 上目に見つめてくる瞳に、期待の色が込められているように思えるのは気のせいだろうか。

 好かれて悪い気はしないが、単に背丈が同じくらいだから——アレンのほうがやや少しだけ高いか——親近感があるだけかもしれない。

 とはいえ突然のことではあるが、名がなければいろいろと不便なのも事実。便宜上であっても、本人がそう望むならなおさら授けるべきか。

 ただ懸念すべきは、アレンにはネーミングセンスが露ほどにもないことだった。

 細い腕を組んで碧色の目を閉じ、アレンはスイッチを切り替えてすっと集中する。自らの内界、思考の海へ身を投じるように。

 そして、たっぷり二十秒ほどの時間を要し、アレンはゆっくりと口を開いた。


「……………………シロ」

「えっ、びっくりしたぁ……熟考のわりにとてつもなく安直なのが出てきたわね……。そんなペットみたいな」

「いや……だってほら、白いし……」

「白いけども。白いからシロなら、アレンもジークもレイブンもみんなキンに改名すればいいわ」

「そ、そんなに言わなくても」


 とんだ暴論だった。第一ジークは鎧が金ピカなだけだ。

 しかし、確かにちょっと人名にしては見たまんますぎた。どちらかと言えば犬とか猫のイメージがある。

 アレンとて名前を考えるだとか、そういったのが苦手なことは自覚している。だからこそゲームで活動するときの名前も、一から考案せず本名をもじったものに留めたのだ。


「シロ……シロ」

「あっまずい早速呑み込み始めた」

「わ、待ってっ! ストップストップ! ストーップ!」


 命名された二文字を咀嚼するように、少女はぶつぶつとその名を呟く。

 それを阻止するためか、リーザは焦りながら肩を掴んでがくがくと揺さぶり始めた。二度目の記憶喪失でもさせるつもりなのだろうか。


「あばば……シロ……あばばば……ワタシは……シロ……」

「あっそうだ。マシロ! マシロって言ったのよアレンは! マが付いてないわ、マが! ねっ、アレン⁉」

「マ?」(注釈:「マジ?」の意)

「こんな時にふざけないでよおっ⁉」


 リーザのファインプレー、咄嗟の機転をアレンは意地悪な笑いで受け流した。


「マシロ……わかった。ワタシは、マシロ」


 ただなんとか伝わってくれたようで、白髪の少女——マシロは表情を和らげる。起きてからもあまり感情を顔に出さないが、それでも名前が出来たことで少し落ち着いたのだろう。

 記憶がないということは、すなわち積み上げた自己が存在しないということだ。普通ならばもっと慌てふためいても不思議ではない。傍目にわかりづらくとも、その心中は不安に覆われているはずだ。

 咄嗟に口をついたアイデアではあったろうが確かに、シロよりはマシロのほうがぐっと人名らしさがあって良い。リーザもほっと胸を撫でおろしていた。


「もう、アレンてば肝心なタイミングで助けてくれないんだから」

「ごめんて」


 いい反応が返ってくるものだからついふざけてしまった。

 自重しつつ、改めてアレンはマシロと目線を合わせる。


「さて、今後どうするかだが……キメラに養育院とかってないだろうしなぁ」


 あったとて、おそらくはNPCが管理する施設だ。そんなところで育てられてはとても人間味のある大人にはなれない気がする。ただでさえマシロは自己主張が薄そうなのに。

 そもそもキメラはゲーマーばかりが転移する世界だ。こうも幼い子どもなど、アレンは鏡に映る自分とNPCを除いて初めて目にする。

 とはいえ、アレンと同様で転移の際に姿形が変異してしまったのであれば、実年齢は違うのかもしれないが。

 ……中身も男だったりして。アレンは努めてあまり考えないようにした。


「ねえ、でも放っておけないわ。私たちで引きとるのは?」

「……そうだな。まさか、このままにできるはずもない。転移して親もいないってんなら、誰かが引き取らなくちゃいけないよな」


 リーザの視線に頷きで返す。幼いと言っても児童ではないのだ、育児ほどの手間はかかるまい。


「俺たちと来るか? マシロ。一応、<泰平騎士団>辺りのギルドって集まりに訊いてみることもできるが……」

「ん。アレンと、リーザがいい」

「即答だな……そういうことならそうしよう。部屋は俺の隣——は、ユウが昨日入ったんだったな」

「なら私のお隣さんね。ふふっ」


 信用を勝ち取れた……というよりは、マシロにしてみればアレンとリーザ以外に知り合いはいないのだし、そうする他になかっただけかもしれない。<泰平騎士団>なんて名も初めて聞いてイメージできないだろう。

 突然思わぬご近所さんができてしまった。

 容姿といい記憶のことといい謎に包まれている。ただどんな事情であっても、こうも幼い少女を放っておくわけにもいかない。

 ユウが帰ってきたら驚くだろうが、元の世界に帰るまでは親代わりだ。……断じて姉ではない。見た目年齢は同じくらいでも。


「マシロのためにも、早く現実世界に帰らないと」


 ゲームクリアでもログアウトでもなんでもいい。元の世界に帰る手段を明らかにしなくては。

 静かに呟き、アレンは決意を新たに胸に宿した。

 三人で階下に向かい、マシロの部屋を取る。無一文なので代金はアレン持ちだ。

 初めて来たとき、アレンもリーザに払ってもらったのだった。そう思うとなんだか懐かしい。まだそう経ってもいないが。


 部屋で水まわりや備品なんかの説明をしてやりながら話をしてみると、予想に違わずマシロはキメラについての常識が欠けていた。

 逆にそれ以外、日常生活に必要な基礎知識——風呂の使い方だとか服の着脱に支障はないようだった。まだ試していないのでわからないが、食器の使い方もおそらくは大丈夫だろう。

 そんなわけで、転移初日にリーザにしてもらったように、アレンもまたマシロに町のことやバベルのこと、ゲーム内イベントといった重要な事項を説明した。


 幸いマシロは真剣に耳を傾け、その内容を素早く理解した。記憶もなく見知らぬ人間に囲まれて不安だろうに、聡明な子だ。

 そうして色々なことを話して、日が暮れ始めた頃。


「……ええと、二人の子ども?」


 日中、朝から<ギルド>の方に行っていたというユウが宿に戻ってきたので、すぐにマシロと顔を合わせた結果の一言がこれだった。


「いやその結論はおかしいだろ、なにもかもが。スピード出産ってレベルじゃねーぞ。第一同性……でもないのがややこしいけど」

「そ、そうね。子どもはできないわ」

「ああうんそうだよね。わかってるよ、うん。アハハ、ジョークジョーク……」


 冗談にキレがない。

 さしものユウも突然のことに動揺を隠しきれていなかった。剣でぶった斬られたり、内臓ぶっ刺されたりしたときはへらへらしていたのにだ。心構えの問題だろうか。

 この男がこうも揺さぶられているところを見るのはこれが初めてな気がした。


「はじめ、まして。アレンから話、聞いた……よろしく、ユウ」

「これはご丁寧に、麻上裕です、こちらこそよろしく……」

「なんでそんな丁重なのよ」

「よ、幼女と話す時のテンションが掴めなくて……下手にからかって嫌われたらやだし……」


 子どもが苦手とは意外な弱点だった。幼い子が相手だとおちゃらけられない、ということか。


「てかマシロ、名前言ってないぞ」

「あ。忘れてた……ごめん。ワタシはマシロ。もう一度、はじめまして」


 挨拶のやり直しか、マシロはぺこりと頭を下げる。


「マシロちゃん……? へえ、いい名前だね、名が体を表してて」

「な、なんだか褒め言葉も微妙なのだわ……たぶん言われても普通あんまり嬉しくないと思う、それ」

「ありがとう、ユウ。マシロの、この名前は……アレンが付けてくれた」

「アレンちゃんが命名しただって⁉ じゃあやっぱり二人の子ども——」

「違うゆうとろうがっ」


 面倒な誤解が根深くなる前に否定する。

 事情は話してみれば説明し終えるまでそうはかからなかった。

 バベルのロビーで倒れているのを見つけ、放っても置けまいと宿へ運んだこと。目覚めたマシロには記憶がなく、とりあえず名を授けたこと。

 簡単にではなく、思い出せることを隅から隅まで子細に伝える。事実だけでなく、そこから推察できることも含めて。というのも目的あってのことだ。

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