第縺ォ縺倥e繧ヲ闍ヲ話
二十九話です。なんか視点ごちゃついちゃうな~と思ったので章末にこっそり掲載しておきます。
あんまり気にしないでいただいて大丈夫です。
——バリバリ。
——ベリベリ。
限りなく死に近い、地獄のような床から意識を引き剥がす。
「が、ぁあ! ぁぁあああ……っ」
朝、目を覚ますだけで全身の神経に激痛が走るようになったのは、いつからだったか。
いつからもなにもない。彼の視点では今朝、この瞬間からだ。
普段と同じはずの朝。覚醒に伴ったのは、体中の神経を無理やり手で掴まれて引っぺがされるような痛みだった。
わからない。何事もなく眠りに就いたはずの昨日が、どうしてこんな朝に繋がるのかが理解できない。寝起きには凄絶すぎる痛みの洗礼が、朝の眠気を一瞬で消し飛ばす。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い!
痛覚という痛覚が脳に過剰な信号を叩き込み、あらゆる思考を千々に砕く。この痛みの中では考えることなどできるはずもない。
「ぐうゥ、ぎ、があああぁああぁあああッ」
白目を剥いてベッドの上でビクビクと痙攣を繰り返す中、苦痛から逃れようとがむしゃらに四肢を動かす。幸い付近に物を置いていなかったためそれで部屋が荒れることはなかったが、動いた拍子にベッドからずり落ちて床に仰向けのまま倒れ込んだ。
「あぁぁ……はあ、はあ……う」
だからと言うわけでもないが、少しずつ、ゆっくりと全身の痛みが引いていく。
単にその時を過ぎたというだけだ。死そのものと膜一枚分だけ隔てたそこから、情報としての魂をなんとか別ち切ることができた。
苦痛の余韻が残る中、次第に頭が回るようになっていく。真っ先に浮かぶのは、あまりに純粋な『何故』という疑問だった。
なにが起きた? ただ寝て起きただけでどうしてこうも痛みが伴う?
このゲーム世界、シリディーナの町であっても、少なくともこの間のようにゲーム内イベントでもなければ朝くらいは平穏なものだ。一昨日だって昨日だって、そうだった。なのにどうして今日は——一昨日や昨日?
自身の思考が引っ掛かり、彼は一度思い返した。昨日と、一昨日になにをしたのか。
思い出せる。別に大したことはしていない。いつも通り、与えられた役目に準じていた。違反もしていない。
だがそれは……ずっと、前のことのようにも思えた。
「……あ」
不意に、僅かな涙でにじんだ視界の中に、なにかが見えた。
浮かぶ光。見上げる天井の、その手前。少しではあるが発光している。
文字だ。細い線で書かれたオレンジのそれは、文字を成しているようだった。
「文字……?」
痛みはもう引いた。彼はその浮かぶ文字を見ようと、床に手をついて立ち上がる。
その文字は空間に浮いていた。いや、浮いているというよりは、空間そのものに刻まれている。そういったイメージが正しいように見える……そう、見える。彼にのみ視えている。
そこにはただ、この一文のみが綴られていた。
//荳句ア、に赴き、繧キ繧ケ繝?Βを欺いて繝励Ξ繧、繝、繝シを解放しろ
空中に固定された一文。書いた時はそうでなかったはずなのだが、ひどい文字化けに侵され、その意味は仮に他の人間に見えたとて理解はできないだろう。
「——ああ、そうか」
だが、彼だけはその真意を読み取ることができた。無論、流石に解読はできなかったが……書いた瞬間の、文字を遺した時のことを思い出すことができた。
変革の波、後退する奔流に呑まれて無くしたはずの記憶が断片的に蘇り、その意志が胸に灯る。
すべてを思い出したわけではなく、あくまで浮かぶのは断片のみ。具体的になにがどうなったのか、その過程までは追憶できないが、その最後はここにいる以上決まっている。
行かなくては。
「今度こそは、うまくやる」
——現実世界へ帰るために。
歪み、軋んだ歯車のような心が、それでも苦しさを伴いながら動き出す。足を止めることなど許されない。
与えられた役割に準じなければ殺される。しかし、そうしたところで果てにあるのもまた、それに限りなく近しい末路だった。
無限にも思える、終わらない二重苦。
管理された螺旋を抜け出すためには、文字通り監視の目を欺かねばならない。
彼はすぐに宿を出た。早朝の町は、活気の前兆とも言うべきつかの間の静けさに満ちている。涼やかな外気に頭を程よく冷やされながら町中を行き、やがて彼はそこへ足を踏み入れた。
暗い、ただただ暗い空間だ。一寸先も見通せぬ、濃く塗りつぶされた藍色の闇。
……後にも先にも、入口らしきものなどない。だがどうやってそこに入ったのかは些細な問題だ。
(薄気味悪いな……でも、ここで合っているはず)
どこからともなく、オォォォ——と地底から響く唸り声じみたものが耳朶を打つ。
どうせこの暗闇では目を合わせることもできやしない。彼は残骸どもには目もくれず、ただ暗闇の中を歩き続けた。灯りが無いのは少々不便だが、彼に限っては目が見えないからこその恩恵もあるものだ。
とはいえ道もいまいちわからない。あまり奥に行き過ぎれば勘付かれるかもしれないから、虱潰しに探すとしてもなにかしらの指標くらいは——
「……ん」
すぐ傍で、ちゃり、という金属の擦れる音。
目を落とすと、暗闇に薄っすらと四本の鎖が浮かんでいる。黄金の色をした、分厚い鎖。そしてそれに細い手と足を拘束された少女。
どうやら目的地までたどり着けたようだ。半ば博打ではあったが。
(……いや、本当の博打はここからか)
頬に滲む笑みは自嘲にも似ていた。それから、少女に顔を近づける。
暗闇の中でも辛うじて存在感を失わない、雪のような真っ白い髪。表情はやや苦しげで、眠りに就いているように瞳は閉じられている。
『これ』だ。
これが求めるものだと、彼の目の色がこれ以上なく情報として見抜いている。
「さあ、起きるんだ」
彼はすっと指を上げ、目を閉じる少女の額にかざした。そして、能力を行使しながら指を動かす。眠り姫を目覚めさせるのは、キスでなくともそれで事足りた。
パキン、とガラスが砕け散るのに似た音が暗闇に響く。
少女の手足を縛っていた鎖は対象の情報が変化したことで呆気なくその効力を失い、無残に砕けて塵へ返った。
支えを失い、少女の体がぐらりと傾ぐ。彼はそれを手で受け止め、小さな体を抱えた。じきに目を覚ますだろう。だが、こんな暗闇に閉じ込められていてはなにもできない。
目を覚まさせるのに加え、もう一仕事。上へと連れていく。
「……これが、世界を崩す一手になればいい」
少女の拘束を解くことが規定に触れるのであれば、この身はいつ消去されてもおかしくない。それでも、最早リスクを負ってでも手を打たねばならないのだと、あの寝室に浮かぶ一文が訴えかけていた。
少女を連れてこの空間を後にしようとしたところで、天井の方から微かに声が届く。上を向けども天井そのものは暗闇に阻まれて見えはしないが、とにかく上に何人かいるらしい。
(……ああ、<ギルド>のバベル攻略か。仕方がない、去るのを待つしかないな)
いささか間が悪かった。が、鉢合わせるよりはずっとマシだろう。
朝から攻略とは精が出るが、いざとなれば<ギルド>の目論見も阻まねばならない。だが、ロビーを除き全百層のうち、攻略できているのは未だ三十九層まで。人命第一で慎重に事を進めているのだろうが半分にも達していない。
まだ焦らなくてもいい。それに直接手を出さずとも<エルピス>の方が場をかき乱してくれる。あれの目的自体は真逆だが、その働きが利を生むのだから因果というか、皮肉だ。
白髪の少女を抱えたまま、とりとめもなくそんなことを考えていると。
——ああああああああああああああああっっ‼
と、やけに濁った、甲高い女子の絶叫じみた悲鳴が上方から聞こえてくる。
「ええ……ロビーでなにをしているんだ、<ギルド>は」
本気でわからない。突然のことに思わず彼は当惑に顔をしかめた。悲しいすれ違い、誤解によって超威力のデコピンをおでこに受けた金髪の少女のことを、今の彼はもう知らない。
しばらくすると、上方からの声はなくなった。相変わらず周囲では人やそうでない者が呻いているが、近寄ろうとはしてこないようだった。
もう移動してもいい頃だろう。
少女を抱えたまま、最奥に佇む世界の中枢機構にも、周囲で悶える残骸たちにも視線を寄越すことなく、彼はその暗闇を後にした。
キメラの世界に最初の転移者が訪れて約半年。結果からの逆説ではあるが、この日がすべての起点であり、今日に至るまでの日々は序章でしかない。
シリディーナの町、その中枢にそびえるバベルを中心として、多くの転移者たちが思惑を巡らせる。
元の世界に戻ろうとする者、そうでない者。欲を満たそうとする者、他者を助けようとする者。黄金と黒色。
そして、それらの裏で暗躍する者。予期される結末を曲げるため、彼は黄金色の鎖を解いた。
その吉凶は彼自身にもわからない。ただ、この両腕に抱える無垢の少女が、やがて水面を乱す一石となることを信じて。
「俺はうまくやる。だから、皆も頼んだよ……アレン。アンティル」
会ったことない、顔も知らぬ二人に向けて、地の底からぽつりと呟いた。




