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第三十八話 無垢の少女

「考えって?」

「ああ。ユウと話して気づかされたことだけど、バベルにだけ注力することはない。あそこがゲームクリアに必須だなんて、言われてみればどこにも書いてないからな」


 まったくの盲点。目ざといというか、ひねくれているというか。

 これ見よがしにそびえるバベルを無視し、別の手段を探すというのはこの段階では中々出てこない発想だ。普通、攻略に行き詰ってから考える。

 しかし、一理あるのは確か。そして<ギルド>のバベル攻略に参加した今、思うことは——


「バベルさ。ぶっちゃけ、今のまま<ギルド>に任せちゃっても大丈夫そうじゃないか?」

「え」

「いや、キメラの攻略を丸投げするつもりはない。だけど、バベルに限ってはあの人たちでまったく危なげなかったろ? あそこに俺たちが入ったところで、大差ないと思うんだよな」

「それは……まあ、そうかも」


 今日のボス部屋攻略を顧みて、危ういシーンなど一つたりともなかった。

 そもそも物理耐性を持ったボスを無理やり物理で沈めるレイブンと比較すれば、アレンやリーザの戦力など微々たるもの。はっきり言って誤差ではないだろうか?

 それでも万が一の犠牲者を出さないため、<ギルド>としてもかなり安全を重視してゆっくりと攻略しているのだ。ならば、アレンたちが入団しなくともバベル攻略はまったく問題ないだろう。


「なら俺は、他の手段を探ろうと思う」

「ユウと同じだね。あの人と一緒にってこと?」

「そこは決めてないけど……でもなんだかんだ、助けてくれたしユウのことは信用してる。リーザはどうだ?」

「うん、わたしも悪い人じゃないと思う。ひねくれてるけど」

「そこは同感だ」


 人を食った、底の見えなさはあるが、ユウも同じく元の世界に帰ろうとする意識は強いと思われた。なにせプロゲーマー兼配信者として軌道に乗り、人気も出てきたところなのだ。積み上げたものを捨てて、こんな偽物の世界で過ごしたくはない、はずだ。


「ユウの言う通り、他の町や土地を調べてみるのは有意義だと思う。少なくとも<ギルド>が攻略に苦戦し始めるまでは、あっちはレイブンたちに任せてしまうつもりだ」


 個人や少人数だからこそできることもある。

 毎月のゲーム内イベントだけが気がかりではあるが、そちらは前回のように手伝えるだけ手伝うスタンスだ。<泰平騎士団>に入ることも考えはしたが、やはりリーザはギルドに入ることへ抵抗感があるだろう。


「そっか、いいと思う」

「リーザはどうする?」

「訊かないでよ。同行するわ、私も」


 銀髪を揺らす彼女の、向けられる笑みがこそばゆい。


「ん、わかった。まあとはいえ、あと数日はレベル上げしときたいな。この前みたいに」

「そうね、付き合うわ。町を出るんならわたしも鍛えたい」


 単純に、アレンはレベルが低い。まだ転移して日が浅く、たったの5だ。

 ただこの世界は、レベルを上げてもステータスの上昇量というのはそこまで高くはないらしい。それでも上げないよりはずっとましだろう。具体的な数値を確認できるのはHPとSPのみだが、塵も積もればというやつだ。

 普段町から出ないと忘れてしまいそうになるが、モンスターがうろつくのはなにもバベルの中だけではない。最初に森で転移した際に出会ったように、町の外にもモンスターたちが存在する。ならば戦闘は避けられないはずだ。多少なりとも強くなっておくべきだろう。


「じゃあしばらくはレベル上げね。明日からにする?」

「そうだな、早い方がいい。流石に俺たちだけで最前線の浮遊島に行くのはちょっと怖いな……三十台辺りならいけるか?」

「際どいわね。わたしも行ったことはないけど……万が一を考えると、少し下げたほうがいいかも」

「なら、また二十台だな。二十五くらいに行ってみるか」

「そうね」


 方針は決まった。まずはしばらくレベル上げをして、それからユウの言う未踏地域を目指してみる。

 彼さえ拒否しなければ同行ということになるだろう。同じ宿にしたくらいだし、断られることもないとは思うが。

 壁の方、太い柱に掛けられた大きめの時計。針は既に夜を回ろうとしていた。


「随分話し込んだな……もうこんな時間か。夕食の時間まですぐだし、寝てるかはわからないけどユウを呼んでくるよ」

「あ、うん。たくさん話したものね。アレンがあんなに泣きごと言ったのって初めてじゃない?」

「……できれば忘れてくれない?」

「絶対やーだ。ふふっ」



 夕食を摂り、風呂に入って寝て、翌朝。

 朝食の席で、早速アレンは未踏地域に同行したい旨をユウに告げてみた。


「いいね」


 すると味のないスープを中々おいしそうに口へ運びながら、ユウは端的にそう返した。朝イチでも変わらない、飄々とした表情。


「いいね、って。もうちょいなんかないのかよ」

「まあ、アレンちゃんが言わなければこっちから言い出してたと思うよ僕。今回軽く行ってみてはっきりしたんだけど、やっぱり僕一人じゃ戦力的に厳しくてさあ。それでノコノコ尻尾巻いてきたってわけ」

「な、なるほど。ていうかちゃんを付けるなちゃんを。俺が男だってのは昨日言ったろうに」

「アハハ、その顔で言ってもね。別に疑ってるわけじゃないけどさ、君も普通じゃなかったし」


 そう言って、硬いパンをちぎって口内へ放り込む。

 一応日によって少し違ったりもするのだが、朝昼晩三食似たようなメニューなので、いかに食には関心の薄いアレンであってもぼちぼち飽きの来ているところだ。


「……早食いがゲーマーの必須スキルって、もしかしてホントなの?」


 もそもそとパンを齧りながら、リーザが呟く。視線の先はテーブルに並ぶ皿の上。アレンも食べるのは早い方だが、ユウのほうがやや早い。これは口の大きさの差だろう。

 そうこうしているうちに、ユウは最後の一かけらを嚥下した。


「……知ってるかいリーザちゃん。食べるのが遅いプレイヤーは、ランクマッチを多く回せないんだ」

「そ、そんなシビアな世界に生きてるのはごく一部だと思うけれど……私はゆっくり食事を楽しみたいのだわ」

「フッ。突き詰めれば入浴や排泄すら、魍魎もうりょうじみたランカーたちとの戦いの前では時間の無駄に他ならないのさ」

「朝から、しかも食事中にその話するのやめない……?」


 やや引き気味のリーザ。しかしアレンはなにか思うところがあるのか、静かに頷いていた。アレンにとっての主戦場はスクリム(練習試合)だが、ランクマッチも回すのが常だ。


「ただ、当面……数日はレベル上げに費やそうと思う。俺もここに来て日が浅いから」

「懸命だね。僕も戦闘は逃げの一手が基本だったけど、パーティ組むならもう少し上げておこうかなぁ」

「あ、だったら。今日アレンとバベルに狩りへ行こうって話してたんだけど、ユウもどう?」

「あぁいや、今日はちょっとね」

「?」


 誘いを断る雰囲気で、ユウは食事を終えて立ち上がる。なにか予定でもあるのだろうか。

 てっきり来ると思っていたばかりに、アレンは目をしばたたかせた。


「実は今日、町に帰ったってことで<ギルド>の方に顔出さなくちゃいけなくてね。たぶん昨日の件で、明日にでも二人も呼ばれるんじゃないかな? 僕が言伝役になると思う」

「そうか、なら仕方ないな……」

「ま、精々後輩と思い出話でもしてくるさ。二人も、まあ言うまでもないけれどバベルのモンスターには気を付けて。じゃあね~」


 食後の挨拶もせず、ユウは忙しなくドアの方へ歩いて宿を出て行った。急ぎなのか、単にせっかちなのか。どちらかと言えば後者な気がする。


「行っちゃったか……。そういや、昨日レイブンもまた改めてって言ってたな」

「今日のところはとりあえず、いつも通り二人になりそうね」


 首肯を返すアレン。

 一応、つい昨日知り合いたてのノゾミやポラリスたちに声を掛けられなくはないが……連絡手段がないのでわざわざ西部のギルドハウスまで歩かなければならない上に、バベル攻略があって昨日の今日だ。彼女たちも予定があっても何らおかしくはないし、特にノゾミは副団長。業務もあるのではないか。

 ゲーム世界なのだから、個人チャット機能くらいは欲しいものだ。

 ご意見フォームが欲しい。あったらあったで、真っ先に書くのは「ログアウト機能をよこせ」なのだが。


 ともあれ食事も終え、しばししてアレンとリーザはバベルへと足を運んだ。

 連日足しげく通っているので、もうゲートに入るのも慣れた。朝の静謐さに包まれた、人の少ないロビーを抜け、その温かさに包まれる。

 目的地は二十五階層。こちらも見慣れてきた、近代的な白い壁と床の屋内。そして生態系を間違えていそうな、やたら野性味の強いモンスターたち。

 ここいらの階層はどうにもマグナの一件を思い出してしまうから好かないが、そうも言ってはいられない。無理に上の階層に進んで返り討ちに遭うのは御免だ。

 

 盾を新調して一日足らず、まさかまた先のように壊れたりはしない。順調にモンスターをハントしていき、アレンもレベルが一つ上がったころ、二人は一度ロビーへ戻るためゲートに入った。

 理由は単純で、要は昼休憩だ。少し早いが、あまりぶっ通しで動き続けても思わぬミスに見舞われかねない。こういう集中を要することは、体力が底をつく前に切り上げるのが基本だろう。ゲームでも、そうでなくても。

 せっかく先の指針が明確化できてきたのに、こんなところで無用なトラブルを招きたくはない。


「……え?」


 ロビーへ戻る。そして一息つこうとしたアレンだったが、それより先に足が凍り付く。

 思考が硬直し、呼吸を忘れて目を見開く。


「どうしたのアレン——ぁ、あれって……?」


 遅れてゲートを抜けてきたリーザが、止まったままのアレンの背に疑問を呈する。しかし、すぐにその理由に気が付いた。

 昼にはまだ早く、今日はたまたま人もいない静かなロビー。左右にまばらな出店が出ているものの、まだ本調子ではなく皆椅子に座ったりしてくつろいでいる。

 だから、誰も彼女に気がついていないのだろうか?


 アレンの視線の先——薄暗い空間の硬い床に、一人の少女が仰向けに倒れ込んでいた。アレンと変わらない背丈、小学生くらいだろうか。

 このキメラにそんな人間がいるだけで異常事態だが、地に垂れる長い髪は不自然なまでに真っ白く、表情までは細かく読み取れないがその瞼は閉じられている。

 ともすれば死んでいるようにも見えるが、塵になっていないのならばまだHPがある(生きている)。眠っているだけだろう。


「だ、誰か倒れてる!」

「っ!」


 急いでアレンとリーザは、少女の容態を確かめるため駆け寄る。

 藍色の塔、そのロビーに倒れる意識のない少女。すべてが異質、白いイレギュラーがこの日、キメラの表舞台へ現れた。

 何者かの計らいか、それとも単なる偶然か。どちらにせよ彼女がキメラを壊す一矢となるのは、既に決定付けられたことだった。

第二章 完

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