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第三十六話 異常者たち

やや遅れましたが、連載開始からひと月が経ちました。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。まだ道半ばですので、この先もお付き合いいただけると幸いです。

「プロゲーマーのアレン君か……FPSはからっきしだけど、オバストってゲームは聞いたことあるね。そっかそっか、プロの人だったんだ」


 アレンとリーザが寝泊まりする、黄金の鉄の塊亭。入ってすぐの食堂の、見慣れたテーブルを三者は囲んでいた。

 成り行きと言えば成り行き。安く済ませられるところを探していると言うので、ユウにここを紹介したのだった。部屋はアレンの隣、リーザのはす向かいになる。

 外も暗くなりかかり、夕食前の談議といった体裁だ。変わらない吊りランプの灯りに照らされつつ、三人は改めて自己紹介を交わしていた。


 プロゲーミングチーム<デタミネーション>所属、オーバーストライク部門の一員、アレン。何故か転移の際に幼女の容姿になってしまったものの、中身はれっきとした十八の男性。

 MMORPG『ラストファンタジア』のプレイヤー、リーザ。生まれはロシアで日本人とのハーフ。本名はエリザヴェータ・稲海いなみだというのは、何気にアレンも初めて聞いたことだった。プレイヤーネームが本名から来ているというのは言っていたが、エリザヴェータでエリザのようだ。

 そして、ユウ——麻上裕。


「俺もカードゲームはさっぱりだけど、ユウのことは知ってるよ。ゲーム関係だからかよく動画のおすすめ欄とかに出てくるし」

「私も、名前くらいはなんとなーく」

「アハハ、そうかい。嬉し恥ずかしってやつだねえ、あの汚物バニット君は知らないみたいだったけど。なんだ案外知名度あるじゃないか、僕も」


 個人で活動しているものの、大会での活躍や日々の生配信などで人気・知名度ともに高いゲーマー。現在はDCG——デジタルカードゲームの一つ、『ブラックストーン』をプレイしており、配信でも人を集め、大会でも数度優勝賞金を掻っ攫っていったことからもプロと呼んで差し障りない。

 ゲームジャンルに大きく差異があるためやり方は違うが、アレンと同じプロゲーマー。そう言っていいだろう。


「にしてもレイブンと面識あるって本当だったんだな。でも<ギルド>に入ってるわけじゃないんだよな?」

「うん。実はレイブン君とは同じ大学でね。彼の先輩にあたるのさ、こう見えても」

「そうなのね。なら、どうして<ギルド>に入らなかったの?」

「だってホラ、後輩が団長のところに入ったら、下になっちゃうじゃん」

「そんな理由かいっ」

「なんて。冗談だよー、うそうそ。ハハ」

「……っ」


 嘲笑や哄笑とも違うただへらへらとした笑い。からかいに満ちた、人を食った態度が骨髄にまでしみ込んでいそうな男だった。

 ……やはりカードゲーマーではなく本業は詐欺師かなにかなのではないだろうか。一挙一動が腹立たしい。


「ホラ、僕戦闘能力ないからさ。スキルも攻撃向きじゃないし、ボーナスウェポンだってただの紙切れだ。<ギルド>に入ってもできることってあんまなさそうじゃない? 雑用に甘んじるのもやだしさあ」

「なるほど……まあそういう考え方もあるか」

「あとはまあ、大人数で行動するのとか本当に苦手だし。人に合わせるのってどうも駄目で」

「あーそれはかなり納得。そうだよな」

「ユウって協調性めちゃくちゃに欠けてそうだものね」

「えっ結構ひどいこと言うね君ら」


 肩をすくめ眉を下げ、ユウは椅子に沈むようにして派手に落ち込んでみせた。

 が、あからさまにオーバーリアクションだ。どうせ本人ではなんとも思ってないに違いない……とアレンが思うと同時に、ユウはすぐに身を戻す。やはりただのポーズでしかなかった。

 出会ったときから変わらない、軽薄さがべったりと張り付いた表情だ。


「とにかく、そういう理由で僕は個人で動いてる。それに、元の世界に帰る方法がバベルのみだとは……というより、そもそもバベルが本当に現実に戻る手がかりなのかも確証はない。身軽だからこそ、僕は一人で世界を調べているというわけさ」

「そっか、確かにバベル以外になにかがあってもおかしくはないな。考えもしなかったが……」

「転移した町に、あんなおっきく塔がドン! ってあるんだものね。他の方法にはなかなか目がいかないわ」

「二人は、<ギルド>や<泰平騎士団>に入ったりはしないのかい?」

「ん……」


 ユウの問いに、アレンとリーザは顔を見合わせた。

 <ギルド>に入るにあたっての懸念だったバニットは、結果的に除名ということになってしまった。だから、二の足を踏む理由はもうない。


「わ、わたしは……今はちょっと、いい。かな」


 だが、リーザはテーブルの下に目線をやりながらそう言った。今は入らない、と。

 バニットはもういない。リーザの心に傷を生んだ男は<ギルド>からいなくなり、彼の悪意に晒されることもなくなったはずだ。

 それでも、ギルドという集団に属することが恐ろしいのかもしれない。

 多くの人間とかかわれば、別の人間にまた同じことをされる可能性はゼロではない。それは否定できない事実だし、頭に浮かぶ憂いだろう。


「俺も、今のところはやめとく。まだ転移して一週間くらいだしな」

「アレン……」


 しかしリーザは、今はと言った。

 今は立ち止まっていたとしても、やがてリーザは自らの傷と向き合い、克服するのだろう。そこが彼女の美点であり、強さであり、なによりアレンが尊敬するところでもあった。


「とはいえ、俺も元の世界には必ず帰らなくちゃいけない。俺がこのキメラで行った場所と言えば、この町と……後は転移した森くらいだな。迷いの森、って言ってたか。ユウは外でなにか手がかりを見つけたのか?」

「……森に転移したのか、へえ。僕の方は空振り続きだね、一応調べるところの目星は付いてるんだけど」

「目星?」

「単純明快、未踏の地さ。誰も彼もがバベルに執心だからね、この大陸そのものの調査はほとんど進んでいない。ま、この大陸と言ってもそもそも海なんてあるのかすらわからないし、他の大陸なんてないのかもだけど」


 言わば新たな地の開拓。それもまた盲点だった。


「具体的に、どこを調べようとしてるんだ」

「東と南にそれぞれ山が広がっているのは知っているかな? 東を霊峰ユーティア、南をダルナ山岳地帯と呼ぶんだけど、その向こう側を見た者はおそらくこの世界にまだいない。いたとしても、ここに帰ってはいないね。ひとまずそこを越えようと思う」


 東と言えば、アレンが転移した迷いの森の方角だ。周囲など気にする余裕はなかったからか気が付かなかったが、もしも逆の方向に進んでいればシリディーナではなくその山にたどり着いたのかもしれない。もしそうなっていれば命はなかったかもしれないが。


(話に聞いたことはあったが、山岳地帯ってのは覚えがある。バベルの第二十一層——マグナさんとあそこに来たとき、窓の向こうに山が連なってたのを見た。あれがそうだろう)


 その向こうになにが広がっているのか、言われてみれば気になる。流石にバベル並の高度を持ったものはないだろうが、似たような施設がないとも言い切れない。


「ただまあ、ユーティアの方は後回しでいいと思ってる。実はあっちは山の規模的に北方から少し情報があってね。さっきは向こう側を見た者はいないと言ったけど、予想では付近と同じくただ森が広がる、だそうだ」

「ということは、南のダルナ山岳地帯を目指してるのね? ユウは」

「そういうことになるね。そして行ってみて、今日戻ってきた」

「タ、タイムリーだな。そうか、シリディーナに帰ってきたタイミングでちょうど俺たちと鉢合わせたのか」

「うん、正直あの時はさしもの僕も驚いたね」


 とんだ偶然だ。しかしそれに救われた。ユウが通りかからなければ今頃どうなっているかわからない。

 ユウが来なくとも手首の拘束は『爆風赫破』で壊すつもりだったが、一人では痛みに呻く間に返り討ちにあっていた可能性の方が高いだろう。


(ん……でも俺たちがいたのって西側じゃなかったか)


 疑問をよそに、ユウは「さて」と言って立ち上がる。


「夕食まで部屋に戻るよ。実は町に来るまで歩き詰めでねぇ、もう足パンパンでさ。まったくゲーム世界とはいえ車の一つでも用意してほしいものだよ。免許ないけど」

「そう? じゃ、またご飯のときに」

「あ、あともしも夕食のときに僕が来なければ、たぶん僕寝ちゃってるからさ。テキトーに起こしてくれない?」

「いいわよ、だらしないわね。ふふっ」


 軽薄さに若干の疲労をにじませ、そのまま階段を上って部屋に戻っていった。

 歩き疲れもあるだろうが、精神的なものもあるだろう。いくら平然を装っていても、体を剣でズタズタにされて痛くないはずがない。

 かくいうアレンも頭が重い。体に傷は残らずとも、苦痛というダメージは確実に精神を摩耗させるのだ。スキルによる自傷を日頃行うアレンにはそれがよくわかる。


「……リーザも今日は疲れたろ。バベルに行ったり、バニットに襲われたりで」

「そうね、特に後者。でもアレンが守ってくれたし、買ったバックラーもちゃんと戻ってきたから。……でも心配なこともある、かな」

「心配事? なにかあるなら、言ってくれれば——」

「アレンのことよ」

「——。俺?」


 突如、沈黙の間がテーブルに横たわる。

 二人きり、真剣味を帯びた翡翠の瞳がじっとアレンを縫い付け、目を逸らすわけにもいかずアレンは戸惑いながらリーザの顔を見つめ直す。

 困ったような、それでいて諭すような、今一つ読めない表情だった。

 いつかのように、いつものようにランプの光に濡らされる中、静寂は長くは続かず、その淡い色の唇が開かれる。


「アレンは今日、私のことを強い人だって言ってくれたけど。アレンは私なんかよりよっぽど強い」

「いきなりなんだよ。そんなこと……」


 単に褒めてくれているわけでないことは、語調と表情が暗に示していた。


「でも、それが怖いの。あなたは強すぎる。強すぎるから、必要なことを、ただ必要だからっていうだけで実行してしまう。そこに伴う痛みを踏み越えて」

「……ブラストグレネードのことを言ってるのか。そりゃあクソいてえし俺だってやりたかないさ、だけどああするしかないだろ」

「うん。でも、そうするしかないことを、いつだってそうできる人はいないの。感情と理性は時に相反するから。あなたはそんな時、理性があまりに強すぎる。心を殺すことに慣れているんだわ」

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