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第三十五話 カードゲーマーは軽佻浮薄

(リーザとユウが止めてくれなければ……俺は最悪、こいつを)


——殺していた。それだけは事実だ。

 アーガスをインベントリに仕舞い、腕を下ろす。ふう、と息をつくと途端に視界が広くなった気がした。

 全身を覆う激情が嘘のように消え、頭を焼く熱は急速に冷えていく。

 また人を殺すところだった。そんなのはもう沢山で、誰かが塵になるところなんて二度と見たくなかったはずなのに。


「……この男、これからどうすればいいんだ。警察に引き渡そうにも、そんなのないし」

「彼は<ギルド>の一員だ。あそこに引き渡せばいいよ」

「? なんだあんた、バニットの知り合いか? それとも<ギルド>の団員なのか」


 確かにバニットは<ギルド>に所属している。それはアレンも知っているが、そのことをどうしてユウまで知っているのか。

 <泰平騎士団>のようにお揃いのチャームでも付けているなら別だが、<ギルド>にそういった統一性はない。


「質問は一つに絞ってほしいね。でもこの場合はいっぺんに答えられる。どっちもノーだ」

「ならなんで……」

「簡単な話さ。たまたま見て知ってた、それだけ」


 種も仕掛けもないと言わんばかりに、ユウは諸手を軽く挙げてみせる。

 なんというか、仕草の一つ一つが胡散臭い男だった。一言一句が疑わしいというか、信用したくない。本人もそう見られているのを理解した上で、軽薄に振舞っている節があるのが腹立たしい。


「……そうだ。このペテン師、さっきの丸々全部嘘っぱちじゃねえか。なにがレベル692だ」


 ここに来てこの男が言ったことと言えば、どれもこれも嘘ばかりだ。

 本当にレベルがそんなに高いのなら、攻撃一つであんな帯は引きちぎれるはず。それなのにアイテムに頼って帯を焼く時点でおかしい。

 それに、冷静に考えればいくらキメラにバグがあったとしても、経験値が1024倍になるなんて荒唐無稽だろう。もっともこの男があまりに泰然と嘯くものだから、あの瞬間は誰も騙されたのだが。


「アハハ、ばれちゃった? いやあ、僕も流石に1024倍は盛りすぎたかなーって思ったよ。いくらなんでもそうはならないよねえ。僕レベル8だし」

「レ、レベル8であのハッタリかよ。メチャクチャなやつめ……いや、助けてくれたのは事実だし、そこはありがとうだけどさ。あのダメージが通ってなかったのはどうしてなんだ?」

「ユニークスキルさ。『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』……発動した瞬間は、あらゆるダメージがゼロになる」


 キメラに来て間もないアレンと、レベル差はたったの3。それだけであんな大法螺を吹くのだから大した肝だ。

 そんなレベルであれば、ああも派手に斬り付けられていてはHPがゼロになってもおかしくない。どうやら平然としていたのはユニークスキルのおかげのようだった。


「ゼロって、すごいスキルだな。無敵じゃないか」

「ハハ、そうでもないさ。それに厳密には無に帰すわけじゃない。アイテムの耐久値にダメージを肩代わりさせるスキルなんだよねぇ。そのためのこいつさ」


 指に挟んだ、一枚のカードを示される。表も裏も渦のような模様が入っただけのなんの変哲もない、使い道も浮かばないカード。


「『デスティニー・ワン』——まっ、見ての通りの紙切れだよねぇ。こんなのがボーナスウェポンだった時は結構ショックだったけど、案外なんとかなるものさ」

「そうか、ボーナスウェポンだけは耐久値がない……そ、それがボーナスウェポンなのか」


 こんな紙切れの、どこか武器ウェポンなのか。

 ただ、ボーナスウェポンが持つ特異性は折も折、奇しくもノゾミに今朝解説を受けたばかりだ。

 ボーナスウェポンには耐久値が設定されておらず、いくら使っても壊れることがない。だからこそ有用なのだが……ユウのスキルは、自身のダメージをアイテムの耐久値へ肩代わりさせる。

 つまり、絶対に壊れないボーナスウェポンのカードにダメージを受け流すことで、実質的に無敵。なにを受けてもノーダメージとなる。


 しかし、この説明では痛覚までは無効にできていない。

 剣で斬られても刺されても、汗一つかかず平然とした顔をしていたのはやはりまともではないだろう。

 似たような自傷戦術を取るアレンではあったが、それでも痛ければ声は出るし、泣きたくもなる。それが正常な人間の反応だろう。

 無表情、ポーカーフェイスですらない。嘘八百を並べるときも、剣に体を刺されたときもこの男はただへらへらと笑っていた。


「そうそう。とは言っても、見ての通りこんな紙切れじゃ攻撃力は皆無だ。だから正直あのまま彼に破れかぶれになられたら危なかったけど、おかげで助かったよ」

「よくやるよ……あんた現実じゃ詐欺師だろ」

「ハハ、しがないゲーマーさ。カードゲーマーってやつさ」

「ん? カードゲームの……アサガミユウって、確か……」

「ところで君のほうこそ、さっきから気になってたんだけど、口調に加えて所作も男性っぽいように見え——」

「——あの」


 今更ながら、アサガミユウ——麻上裕という名前にピンと来る。

 同時にユウもアレンに対して問いを投げようとした。が、それよりも先にやや涙ぐんだ声が路地に響き、二者は動きを止めた。


「お取り込み中のところ悪いのだけれど、そろそろこの帯解いてほしいのだわ……」

「あっ」


 両手を後ろに縛られたままのリーザが、なんとも身の置き場がなさそうに声を出す。

——完全に忘れていた。



「よくロープなんて持ってるなあんた……ええと、ユウ」

「なにせ武器が紙切れだからねえ。アイテムに頼る必要があるんで、インベントリの中は潤沢にしているのさ。良心的なことに無課金でも容量に際限はなさそうだし」

「このキメラを間違っても良心的だとか思えるのはお前くらいだよ……」


 リーザの拘束を断ち——ユウによれば「スキルの使用者が気を失っている以上半永久的に残るものでもない」とのことではあったが——とにかくアレンたちは、ユウの進言通りバニットをギルドへ連れていくことにした。

 急に暴れだされても敵わないので、都合よくユウが持っていたロープで適当にぐるぐる巻きにして、ユウと二人で道を引きずって<ギルド>のギルドハウスへと向かう。

 町内引きずり回しの刑に遭ってもらっているのはなにも私怨からではなく、普通に汚かったからだ。おしっこ漏れてるし。


「この汚物を中に上げるのも<ギルド>に申し訳ないな。僕が団長を呼んでくるよ、実は彼とは面識あるんだ」

「ん、そうなのか。悪いけど頼んだ」

「気にしないでくれ、レイブンとはマブもマブ、くんずほぐれつのマブダチだからね」


 ギルドハウスの前へ着く。ユウはひらひらと軽く背後のアレンたちに手を振り、勝手知ったるといった堂々さで門の奥へ歩いていった。


「すっげえ嘘くせえしマブダチとか今どき言わねえしくんずほぐれつの使い方も間違ってるけど、なんだかんだユウが通りかかってくれて助けられたな……」

「そ、そうね」


 ユウ——麻上裕。彼についてアレンは思い出したことがあった。

 ユウはアレンと同じ、一種のプロゲーマーだ。

 しかしゲームジャンルはまるで違う。アレンはFPSだが、ユウはカードゲーム。中でもスマートフォン向けアプリを用いた、DCGデジタルカードゲームのプレイヤー……だったはずだ。


 アレン自身はデジタルアナログ問わずカードゲームはやらないので、具体的なタイトル名なども知らない。

 が、動画サイトなどで度々サムネイルを見かけることがあったり、ゲームイベントでブースが近かったりしたことがあった。界隈ではユウは結構な有名人で、プロゲーマーでありながら人気の配信者ストリーマーだ。

 だからアレンの方はユウを知っているが、逆にユウは、プロとはいえあまり配信もしなければ顔出しすら控えめなFPSプレイヤー、アレンのことなど認知していないだろう。

 仮にしていても、このロリロリしい見た目ではわかるはずもないが。


「でも、汚物だなんて呼んじゃうとこの人もかわいそうね。それでも正直、顔を合わせるのは今日が最後にしたいけど」

「……こいつのしたことを思えば軽いもんだろ」


 未だに気を失う、汚れたバニットの体に目を落とす。

 この男は現実世界でリーザに深い傷を負わせ、そしてキメラでもまた同じことをしようとした。許そうだなどとは思えない。

 だが……アレンにそれを裁く権利など、断じてありはしない。さっきは頭に血が上って考えられなかったことだが。

 それに理由はどうあれ、マグナという仲間を殺したアレンの方が咎の重さではよっぽど上だ。

 この罪が裁かれる日は来るのだろうか。


「それにしても、これ<ギルド>に引き渡してそれからどうなるんだ? 俺としてはそっちの方が気になる。軽い謝罪だけで実質無罪放免、とかだったら怒るぞ俺は」

「うーん、どうなのかしら。レイブンって結構規律とか重んじそうじゃない?」


 確かに、中途半端なことはしなさそうではある。しかしまた顔を合わせるようなことがあれば、今度はなにをされるかわかったものではない。

 リーザの言う通り、できることならば二度と会いたくはない相手だ。

 そうこう話していると、ユウがレイブンを連れてギルドハウスから出てくる。アレンたちの方まで歩いてくると、レイブンはまず深く頭を下げた。


「事の次第は軽く聞かせてもらった。<ギルド>の団員がしたことは、僕の責でもある。本当に申し訳ない」

「……やっぱり、心配はなさそうね。アレン」

「みたいだな」


 バニットの凶行がまさか<ギルド>全体の意思だとも思えない。顔を上げるよう言うと、レイブンは潔く体を上げて背を伸ばした。

 彼の態度は誠実そのものだ。アレンの懸念は、やはり杞憂だった。


「謝罪はまた、改めて。バニット——彼の身柄は僕が責任を持って引き取ろう。君たちと会うようなことももうないはずだ」

「そ、そうか。頼んだ」

「うん。では、また。ユウさんもありがとうございます」

「なあに、ホントにたまたま通りがかっただけだからね。むしろ面白いものが見れてツイてた」


 それから倒れるバニットを躊躇なく抱えると、レイブンはギルドハウスの中へ戻っていく。一言二言交わしただけではあったが、事の次第についてはまた別に話す機会を設けることになるのだろう。


「忙しないなぁ。どうやら忙しいみたいだね、彼」

「団長だものね。いろいろやることあるだろうし、そう考えると邪魔しちゃって申し訳ないかも。流石に今回ばかりは許してほしいけれど」


 相変わらず手の中でカードをくるくると回しつつ、去る背を見送りながらユウ。それにほっとした顔でリーザが返した。

 バニットがいなくなって安心したのだろう。気を失っていようが、あれが近くにいては落ち着かないはずだ。


「……アレン?」

「ん。あ、ああ。そうだな」


 会話にも入らず、無言のアレンにリーザが声を掛ける。それに生返事をしつつも、アレンの思考は別の場所にあった。

 レイブンははっきりと、バニットと会うことはもうないと断言した。

 それ自体は望ましいことだ。だが具体的にどうするのだろう。<ギルド>から除名……だけでは、彼の行動を制限することにはならない。


(口だけの接触禁止を守る輩でもない。そこまで断言するってことは……町から追放でもするのか?)


 その辺りがまっとうな落としどころな気はする。が、別にシリディーナに入るとき検問をするわけでもない。後からこっそり入ろうと思えばいくらでも入れてしまうだろう。

 一番確実な措置は、そもそも二度と日の目を見れなくすることだ。

 殺人。殺せば動くことも話すこともできまい。

 しかし、それはいくらなんでも過剰というものだろう。人をたばかり、陥れたとはいえアレンのように誰かを手に掛けたわけでもない。未遂も十分に罪ではあるが、なにも命まで……と思う。今は。


「……監禁、か?」

「? なにか言った? アレン」

「いや。なんでもない」


 そもそも現実世界であれば、然るべき施設に連行される。ここでそうはならないのは当然、収容する場が存在しないからだ。しょっぴくポリスもぶち込むブタ箱もここにはない。

 だからこそ、無法地帯にならぬよう自警団として<泰平騎士団>が存在するのだろう。


(……レイブンはバニットをギルドハウスに連れていった……中にあるのか? 牢かなにかが)


 死刑はどう考えてもいき過ぎだ。なら現実よろしく、檻の中に閉じ込めておくのが妥当——本当の『落としどころ』なのではないか?

 先日団長室へ通された、ギルドハウスの中を思い出す。

 仮に牢があるとして。場所はどこにあるのだろう。中を隅々回ったわけでもなし、とんと検討もつかない。

 が、ベストは地下。外部からの干渉、脱走の可能性を防ぐにあたって、人を閉じ込めるのなら地下牢が最適なのは古今東西変わらぬ原理だ。

 あの洋館の下に、なんらかの施設が広がっていない。とは言い切れまい——


「……。どしたのさアレンちゃん。妙に真剣顔じゃん?」


——いや、考えすぎか。そんなことを言い出したら、宿にだってバベルにだって地下になにかがないとは言い切れない。疑い始めればキリがないことだ。


「ちゃん付けはやめてくれ。俺は男だ」

「へえ。驚いた方がいい? それとも笑うところだったかな?」

「そういうギャグとかじゃなくてだな……ええと、俺もよくわかってないんだけど、転移したときに——」

「ま、いいよ。それよりも二人に訊きたいんだけど」

「?」

「どっかさ、安くておすすめの宿とかない? 今ちょっとお金(ゲル)少なくてさあ、どこに泊まったもんかと困ってるんだよねえ」

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