第三十二話 篝火はいつもすぐそばに
「……悪い。なんか、自分のことばっか話しちゃったな。本筋に戻そう」
「あ、ううん。いいの、私もアレンのこと知れたし」
冷静になるとなんだか気恥ずかしい。リーザに感化され、聞かれてもいない身の上話をベラベラと喋ってしまった。
赤い顔も、きっと頭上の灯りのせいで見られているに違いない。今だけは火が消えてくれないかと、そんな益体のない現実逃避じみた夢想を抱く。
「おさらいすると、さっき絡んできたバニットって男は、キメラに来る前——MMORPGゲーム『ラストファンタジア』の同じ<ムーンライト>ってギルドだったんだな。それで、現実世界でその……逃げて以来、話してない」
目を伏せながら、リーザはこくりと頷いた。
——あの時のことを怒ってるんだね。仲直りしよう。
そんなことを、あのバニットという男はリーザに向けて言っていた。
(……仲直りってのを、額面通りに受け取るのは無理あるか)
リーザは完全に怯え、会話を態度で拒絶していた。それでも無理やりに話そうとするあの男の姿は、仮に仲直りというのが本心であったとしても押しつけがましく映る。
アレンは二人の問題の当事者ではないが、それでも友人が困るのを見過ごすことはできない。それに、リーザの話では相手は一度強硬に出ようとした。このキメラでまたそうならないという保証はないのだ。
「それが折悪く、ここで再会しちまったわけだ」
「まさか<ギルド>にいるなんて。ギルドにはあんまり関わらないようにしてたから……あ、こっちのギルドは<ギルド>の方じゃなくてその、<泰平騎士団>と同じの——」
「ああうん、わかるわかる。大丈夫」
……なんともはた迷惑でややこしい名称を付けてくれたものだ。やはり名付けたのは団長のレイブンなのだろうか。
「なんにせよ、これだと<ギルド>に入団するのは厳しいな。あ、このギルドはレイブンがいるほうな」
「うん……それに、バベルに近づくのも正直、怖い」
テーブルに置かれた細い手が僅かに震え、吊りランプの黄金色に濡らされる横顔はさあっと血の気が引いて青白くなりかけている。
思い出しただけでこうなるのだから、顔を合わせた日の出来事は相当に傷が深い。
「ああ。その時は俺もついてくよ、男手……になるかは、遺憾ながら厳しいところだけど。いやマジで遺憾だわクソ」
「あ、ありがと。でも私に合わせなくとも、アレンは気にせず<ギルド>に入ってもらってもいいのよ? アレンも目的は元の世界に帰ることだし、<ギルド>の方針と合致してるじゃない」
「今更そんな野暮なこと言わないでくれよ。友達が困ってるのを見て見ぬふりして、自分のやりたいことだけやるほど俺は面の皮厚くないぞ。いくらもちもちほっぺでも」
「……嬉しいんだけど、さっきからその文末に加えられる幼女ジョークのせいで微妙に霞むわね……」
「なんか、そろそろ自分でネタにできるくらいにはなってきた」
慣れとはかくも恐ろしいものか。
とにかく、リーザはアレンにとって友人であり、そしてキメラに転移したての時に助けてくれた恩人でもある。そんな彼女の問題を放って、自分だけ<ギルド>に取り入るような真似はできない。彼女がそうは言わずとも、半ば裏切りのようなものだとアレンには思えた。
「……ふふ。もう、茶化しちゃって。なんだか不思議だわ、アレンって」
「不思議って。それいい意味か悪い意味かでかなり話違ってくるぞ」
「もちろんいい意味でよ。さあ、日が落ちちゃう前にそろそろ盾を買いに行くわ。ついて来てくれるんでしょ?」
「あ、ああ。待ってくれ」
リーザは机に手をついて席を立つと、そう言いながらはにかんだ。
話し合っただけで問題は何一つ解決していない。けれど、その顔がさっきより幾分晴れやかになっているように見えるのはアレンの思い込みだろうか。
そのまま彼女は椅子を戻し、アレンを置いてドアの方へ歩いていく。
そしてドアノブを捻りながらはたと振り返り、ギィ——と軋む扉を開きながらアレンの方を見た。
「——アレンがもし、女の子の体にならず男性のままだったら。なんて」
「……え?」
「ううん、なんでもない。アレンの人たらし」
ぽつり、夢を見るように呟かれた言葉は空耳だったのだろうか。
開いたドアの隙間から、昼下がりの陽光が差し込む。
それは彼女の艶やかな銀の髪を濡らし、エメラルドの瞳を輝かせ、そしてほのかに赤い頬を照らした。
*
「むむむ……どれがいいかしら。迷っちゃうわね」
金属の匂いがする。
壁に掛けられた数種の盾を順々に見ていきながら、リーザは唸るように言った。
「結構広いんだな、確かにこれだけ種類があると迷いそうだ」
アレンとリーザがやってきたのは宿とは逆側、シリディーナ西部の様々な店舗が立ち並ぶ街道。その中の、組積造のいかにもな一店舗だった。店先に立てられていた鎧マークのわかりやすい看板通り、中には鎧や盾がいくつも並んでいる。ファンタジーにありがちな防具屋そのものだ。
壁際のカウンターには腕を組んだ、禿頭のマッチョガイが難しい顔で仁王立ちしている。これまたテンプレートな職人顔だ。NPCの中ではまだ個性があって親しみやすい。
「これとか使ってみたいけど、あんまり重たいとねー……」
リーザの視線が壁のうちの一つを示す。そこにあったのは、重厚な金属の盾だった。
あの金ピカフルプレートのジークにでも合いそうな、金色に縁取られた紫の意匠。儀式用にも使えそうな格調高さだ。
どこか浮世離れした、美麗な容姿のリーザにもきっと似合う。が、分厚く鍛造されただけあり見た目だけでもその重量は推して知れる。決して持てないというわけではないだろうが、片手は剣で埋まる以上、細い彼女の手では取り回しに苦労するだろう。
本人もそれがわかっていて、残念そうにため息をついた。
「ところでこれ、実際の防御力とかは」
「見れないわよ。勘ね、正直」
「うーん、クソゲーだ」
わかってはいたが、相変わらずユーザーに不親切な世界だ。見た目とか、重さで決めるしかないのだろうか。
あるいは、ノゾミのブラッドショット——モンスターやアイテムを鑑定するあのユニークスキルがあれば、ある程度詳細も読み取れたりするのかもしれない。だとすればことさらに羨ましい能力だ。
「……この前、腕輪選んでもらったし、今度は俺も見立てられたらよかったけど。こういう防具の類はさっぱりだなあ」
<ガンナー>のアレンには、鎧も盾もまるで縁のない品だろう。そんなものを身に着けていては肝心の銃が使えない。
ポリカーボネートやジュラルミンのライオットシールドなんかであれば、いくらか<ガンナー>らしいかもしれないが。そもそもアレンの体躯では鎧だの兜だのはサイズが合わないし、そんなシールドを持とうものなら全身が隠れかねない。ちっこいので。
「その腕輪、そういえばずっと着けててくれてるわよね。嬉しいな」
「ま……実用性もあるしな。これがなければ最悪お陀仏だったわけだし」
あの日から、外へ出るときはずっと手元を飾り続けてくれている腕輪に目を落とす。レリーフが彫られた、アレンの髪と同じ黄金色。
アイテム名は硬化の腕輪。かつてマグナの『クリムゾン』から放たれた一撃から、おそらくアレンを救ってくれた装飾品だった。実際に防御力が上昇する値の具体的な数字はわからないので、おそらくだ。もしかしたら本当に雀の涙ほどかもしれない。
だが、実用面だけでなくちょっとした思い出じみたところもあり、外すつもりは毛頭なかった。
(そういや、アクセサリ枠は二つまでって話だったな。まだ一つ着けれるのか)
硬化の腕輪を外すことはないとしても、いずれもう一つ追加で装飾品を身に着けるのはいいかもしれない。少なくともデメリットはないだろう。
「ふふっ、照れちゃって。アクセサリ系は効果自体は低いけど、長持ちするのがいいのよね。盾や鎧と違って直接モンスターの攻撃を受けないんだから、当然と言えば当然かもだけど」
「あ……そうか、壊れるのか。いつかは」
耐久値。今この場、防具屋に来る原因ともなった、装備アイテムに設定されたステータスについて失念していたことにアレンは遅れて気づいた。
ボーナスウェポンを除く、あらゆる装備はそのくびきから逃れられない。硬化の腕輪もまた、この世界に長く留まればいずれは壊れる運命にあるのだろう。
そして、ならば——
「アーガスもそのうち壊れるのかっ。考えてみたらやばいかもな……」
「あ、そうなるわね。ボーナスウェポンじゃないから」
マグナに託された二つの銃。そのうちメインウェポンにしているハンドガン、アーガスはボーナスウェポンではない。使い続ければいずれは耐久値がゼロになるだろう。
しかも恐ろしいのはマグナのおさがりであるということだ。マグナがどれだけ使用したかわからない以上、いつ耐久値が尽きるかはまったく定かでない。
アーガスが壊れる時もまた、リーザの盾のように割れて砕けるのだろうか。腔発などしなければいいが。
「そうなる前に、代わりの武器を見繕っておくべきか……。できればハンドガンじゃなく、小銃がいいが」
「うーん、少なくともこの町に銃器は売ってないし……他の町でもおっきい銃が売ってるのは聞いたことないかな。銃火器には詳しくないから、絶対とは言えないけれど」
「確かにアサルトライフルとか、ゴリゴリのマシンガン持ってる人見たことないな。なんなら狙撃銃持ってる人も……マグナさんくらいか?」
ただ今日のボス討伐の折、なにかの銃声を聞いた気はするが。初のボス部屋で周囲を見る余裕もあまりなかったため、いまいち確証はない。
「私も。そもそも<ガンナー>自体がレアクラスだと思うわよ、魔法職系もあんまり見ないけど」
「ふーん……俺もマグナさんもFPSプレイヤーだし、やってたゲームで割り振られてるのか?」
「おそらくそんな感じでしょうね。私もラスファンの頃からナイトとしてタンクやってたから。メイン盾として」
メイン盾、というのはアレンにはわからなかったが、とにかくそういうことらしい。
ラストファンタジアのことを思い出しているのか、「LS信頼度は違いすぎたのよね……」とリーザはなおも腕を組みながらしみじみと呟いている。
MMO未経験者のアレンにはなにを言っているかわからなかったので、とりあえず「そうだな」と適当な相槌を返しておいた。




