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第三十一話 引くことの覚道

「ラストファンタジア……って、RPGだっけ?」

「え、そこから? そこからなの?」


 果たして別ゲームの語りを始めたリーザ。しかしそのタイトルに対するアレンの知識はあまりに乏しかった。


「いや、名前くらいは聞いたことあるんだけどさ」

「MMOよ、MMO」

「あ、そういや前にMMOプレイヤーだって言ってたな……」


 MMORPG——大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。

 数千人、数万人規模の人間が同じゲームを、同じ仮想の空間で過ごす。そこはもはや一種の別世界だ。

 アレンの専門であるFPSゲームに比べればジャンルとしての知名度も高く、オンラインゲームの中でMMORPGと言えば花形とも言えるだろう。特に近年ではVR技術の発展に伴い、人気が再燃していると聞く。


「でも俺あんま詳しくないんだよな。やったこともないし」

「そうなの? 基本無料の有名どころなんていくつもあるのに。特にラスファンなんて国内を越えて世界でも大人気よ?」

「うーん、興味がまったくないわけじゃないけどさ。俺FPSってか、オバストが本業だから。プロのうちは他のゲームにガッツリ手出すのは止めてんだ」

「あ……そっか、プロゲーマーだものね。仕事としてゲームに取り組んでるんだもの、簡単に別のゲームには参画できないか」


 アレンは小さな顎でこくりと頷いた。

 スポンサーやファンの期待を背負い、仕事として取り組んでいるのだ。ゲームであってもそこにあるのは突き詰められた真剣さそのもので、遊びはいらない。

 多少、オフシーズンに気になっているゲームを触る選手もいるが、アレンはプロになってからは『オーバーストライク』以外のゲームはほぼすべてプレイしないようにしていた。できる限りストイックでありたかったからだ。


「どんなMMOなんだ? それ。こう、ゲームの世界観とか」

「……………………。そう、ね」


 気軽に発した質問。しかし、リーザは頬に手を当てながら、想像以上に長い間考え込んだ。


「とにかくファンタジーがうるさいゲームだったわ」

「……どういうことだよ」


 やがて沈黙を破って発された言葉は、あまりにも不可解すぎた。アレンは思わず突っ込みを入れる。しかしリーザは真剣な表情を崩さない。


「一口にファンタジーって言ってもその、色々あるじゃない?西洋風だったり和風だったり、SFっていうの? 未来的だったり」

「ああ。まあ、俺もよくは知らないけど」

「そういうのがもう、全部乗っちゃってるの。ラーメンにお好み焼きとアイスクリームをぶち込んでその上からマヨネーズとホイップクリームかけたような」

「それは……すごいな。なんでもありってことか」

「そう、でもその分自由度が高くてすごく面白かった」


 正直な意見を言うと、リーザの説明ではそこまで惹かれはしないが。そんな甘いんだかしょっぱいんだかわからない滅茶苦茶のラーメンを食したいとは思わない。

 だが、リーザは本当にそのゲームが好きなのだろう。自然と笑みを零し、郷愁にも似た色を瞳に浮かべて懐古している。


「私は<ムーンライト>っていうギルドに入ってた。ラスファンの中でもトップクラスの、結構大きいところだったんだけど……私はそこでも<ナイト>のクラスだった。俗にいうタンクの役職ね」

「あ、そっちだとギルドに入ってたのか。意外だな」

「うん。私、ロシア暮らしが長かったって言ったでしょ? それで親の都合で日本に連れられて、だけど見た目もあってあんまりスクールに馴染めなくて……そんな時、『ラストファンタジア』を知ってのめり込んだ」

「……」


 それは——どこかで聞いたような話だった。

 学校に馴染めず、ゲームの、仮想の空間に逃避する。アレンにはその心情が痛いほどに理解できた。

 今の世には案外ありがちな、ありふれた話なのかもしれない。若いゲーマーには。


「それで学校にも行かなくなって、ラスファンが……<ムーンライト>だけが、私にとっての居場所だった。そんなある日ギルド内で、実際に会ってみようって話が出たの」

「……オフ会か。なるほど、な」


 オフ会。今や用語としてゲーマーでない一般人にも浸透して久しい、インターネットで知り合った人間と現実世界で顔を合わせる行為。

 それ自体は悪いことではない。現にアレンも、チームメイトとオフラインで顔を合わせることは多々ある。

 だが、それでもオフ会がトラブルの種だというのは、ゲーマーなら誰しもが持っておくべきリテラシーの範疇だ。

 アレンにはこの時点で話の流れにおおよその察しが付いていた。ギルド内のオフ会で年若い女性、それも海外の血が混じる、妖精のように端正な少女がやってくるのだ。

 リーザには悪いが、問題が起こるのは目に見えている。


「私も今思えば馬鹿だったって思う。でも、当時の私はそこしか居場所がなくて、友達もいなかったから。喜んで集合場所に向かったわ。バニットさんともそこで会ったの」

「! 同じギルドメンバーだったってわけか。ラスファンの」

「うん……でもみんな、私を見た途端、すごく近づいて来て。体も触られそうになって……」


 ひどい話だ。色々と法に抵触するだろうに。

 そもそもゲーマーなんてのは男性が大多数だ。そこへ女性が一人やって来るだけで、時にはそのコミュニティそのものが崩壊しかねない。サークルクラッシュと言われる現象そのものだろう、当人に悪意がなくとも。


「それでどうしたんだ」

「無理やり連れていかれそうになった。それがすごく怖くて、気が付いたら無我夢中で逃げ出してたわ。ゲームの中だとあんなに優しかったみんなが、現実で顔を合わせた途端に豹変して……大げさかもしれないけど、当時は世界が揺らいだような気分だった」


 ギリギリのところで大事なく済んだようで、アレンは安堵の息をついた。

 もしそのままギルドメンバーたちに連れられていたら、最悪のことも考えられる。逃げ出せたのは不幸中の幸いだろう。それでも、心の方には少なからず傷を残したかもしれないが。


「居場所だと思ってたところに脅かされたんだもんな。リーザにとっては、ただ事じゃなかっただろ」

「そうね。それ以来ラスファンには一度もログインしてない」


 大好きだった世界ゲームから離れるほどの出来事だったわけだ。

 ……親切で正義感が強い彼女が、<ギルド>にも<泰平騎士団>にも所属していない理由。ずっと不思議だったことにようやく得心がいった。

 <ムーンライト>での出来事がトラウマめいて頭を離れないのだろう。

 どこかのギルドに、集団に属することに怯えている。無理もないことだ。危うく過言ではなく集団犯罪の被害者になりかかったのだから、怖くもなる。


「だから最近はゲームもやってなくて……たまに学校も通えるようになってきた時、いきなり転移でキメラに飛ばされたの。これが私の経緯」

「——。なんだ、そうなのか」


 続くリーザの言葉は、アレンにとって予想外だった。


「そ、そうなのかって」

「ああいや、悪い。なんか予想と違くてさ。いい意味で」

「いい意味?」

「ああ……勝手に親近感覚えてた俺が馬鹿みたいだ。やっぱすごい奴だよ、リーザは」


 きょとんとした顔で目を丸くされる。なにを言っているのかよくわからない、と態度が雄弁に示していた。

 思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、「勝手な話なんだけどさ」と前置く。


「俺も母親が外国の人でさ。ハーフなんで、小さい頃は教室の中じゃあぶれてた」


 そう言うとリーザは「えっ」と、さらに目を丸くして驚愕を浮かべた。

 小さく、幼い頃の記憶。当然ながら、今のような幼女ボディではなく身も心も男性だった時の話だ。成長するにつれ髪は茶色に、瞳は黒になっていったのだが、幼少期は髪も目も母から受け継いだ色が濃かった。

 つまり目は青く、髪は金色だった。

 特に頭髪は目立ちに目立つ。教室内、小学生の幼さゆえの残酷が、異端者を排斥しようとするのにそう時間はかからなかった。


「リーザと同じだよ。学校に行くのが嫌で嫌で仕方がなくて、それでゲームの世界に逃げた。……まあ、ジャンルは違かったみたいだけどさ」


——学校なんて行きたくなけりゃ行かなくていい。

 父はそう言った。両親はともに理解あるひとだった。アレンはまずそれに救われ、次に仮想の世界(ゲーム)に救われた。

 教室から逃げた先には、胸躍る戦場が広がっていて、そこでは煩雑なすべてを忘れることができた。そうして没頭するうち、気づけば周囲には人がいた。顔を合わせたことはなかったし、年齢も違ったけれど、教室では得られなかった対等な友人関係がそこにはあった。

 歳や家が近い人間ではなく、なにもかも離れた人たちとのみ友情を築けたというのは、皮肉なことかもしれないけれど。


「そっか。女の子の体は本当のものじゃないけど、現実の体も海外の血が入ってるのね」

「そういうこと。子どもは残酷だよな、見た目が違うってだけで輪から追い出そうとする。でもそれがきっと、人が持つあるがままの感情なんだろう」


 結局、居場所を探していたのだ。

 学校と教室にはなかった。家庭にはあったけれど、それは安らぎが多くを占めていた。胸を焦がすような高揚と、誰かとなにかを成し遂げる充実感は、現実世界のどこにだって存在しなかった。

 登校拒否のアレンを教室のみんなが詰っていることは知っていた。教師は手紙や、時には家に顔を出して通うことを強要した。

 彼らには彼らの理があり、それを否定するなんておこがましいことはできない。

 それでもアレンは、あの場所から逃げてよかったと心底から思う。大多数の道に背を向け、暗晦あんかいの海に漕ぎ出すことは恐ろしい。しかし、灯りのない場所にだって道はある。それを知れたのはチームメイトやゲームを通して知り合った人たちのおかげであり、きっかけを作ってくれたのはかけがえのない両親だ。

 でも——


「それで、俺はゲームの道だけを進んでプロになった。教室からは完全に逃げたんだ。だから、俺はリーザを尊敬する。同じだなんて思ったけどまったく違ったよ……俺とは違って、リーザは逃げなかった。学校から」


 逃げた先にも道はある。それがアレンが短い半生において学んだことであり、密かな座右の銘でもあった。

 あの時、教室という狭い世界から逃げたことに後悔はない。そうしたからこそプロゲーマーとしての今がある。

 でも。それでも。

 立ち向かえばこそ拓く道も、きっとあったのではないか。


「アレン……」

「俺はこの道に進んでよかったと思ってる。それは本当だ。だけど、半分は結果論なんだよ。他に選択肢はなかっただけで、学校に通い続ける勇気が俺にはなかったんだ」


 一口に『プロゲーマー』と言っても、その定義はひどく曖昧だが。決して門戸の広い場ではないし、楽な道でもない。

 まず才能が要る。努力を重ねるのは当然だとして、そもそもの才を持たない者はスタートラインにすら立てはしない。これも当たり前だ。国内なんかでは未だに認めない声も上がっているが、電子競技《eスポーツ》も立派なスポーツなのだから。


 要するに、アレンはたまたま資格があった。

 キーボードとマウスを正確に操作する指先や手の器用さ、シーンに適したプレイングを構築する論理的思考力、チーム間で支障にならない程度のコミュニケーション能力、そして人並外れた誰にも負けない反射神経リフレックス

 決して才能だけで勝ってきたとは思わない。何万時間と人生を画面上に打ち込み、そうでない時間も常にゲームのことを考え続けた。

 しかし……そうであっても、努力がうまく実を結ぶのは才ある者だけだ。特に残酷な勝負の世界では。

 選んだ道に応えられるだけの天稟てんぴんに恵まれた。後からいくら望んでも手に入らないようなものを、父と母はアレンの体に授けてくれたのだ。

 今はやけにロリロリしいボディになってしまったが。いずれ、両親に授かった元の体に戻らなければならない。

 失くしたものを、取り戻さなくては。

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