第二十八話 思考キャンセル
「頼りになる方々が去って心寂しいかもしれませんが、また三人でがんばっていきましょう!」
彼女らが浮かぶ島を渡っていくのを見送ると、ノゾミは改めてえいっと両手を握った。ムードメーカーの存在に感謝しながら、頷きを返す。
頬を撫でる風を受けながら草の地面を歩いていく。見晴らしはいいので迷うことがないのは、この浮遊島の階層のいいところだろう。
しばしするとやや開けたところに出て、待ち構えるように一頭のモンスターが鎮座していた。
「中ボス……的な?」
「うーん、どうなんでしょうね。たまにいるんですよ、ちょっと強めのモンスターがドンと居座ってるの」
一言で表すなら、巨大な紫の象だ。ただやはりモンスターではあるらしくその背には似合わない、天使のような純白の翼が一対、日光に濡らされて生えていた。
アレンたちに気が付き、黄色の眼がぎろりと剥く。どこかあの三つ目の恐竜に似た瞳だ。モンスター特有の、人とも動物とも異なる冷たい目。
感情を思わせないNPCにも似ている……と評するのは、彼らに失礼だろうか。
「気づかれた……!」
「視てみます。『赤眼看破』」
ノゾミの両目がにわかに赤く、光を持ち始める。
ボス戦でも見せた、モンスターを解析する能力だ。おそらくはユニークスキルなのだろう。
「モンスター名スカイエレファント。特に耐性はなし、でも弱点もなしです。長期戦になると思ってください!」
「了解、弱点なしはつらいな……」
ボーナスウェポンがないのを、ひたすら弱点を撃ち続けることで補うのが今のアレンのスタイルだ。そもそも弱点が存在しないなら、どうしてもダメージ量で貢献することが難しくなる。
かといって、ならばサポートに回れるかと言えば、あまりそうでもない。盾も鎧もなしに前へ出るのは難しい。武器も接近戦向きではない。
散らばって陣形を取るも、このパーティでは役割上必然的にリーザに前線の負担が集中してしまう。クラスが<ガンナー>、<アーチャー>、<ナイト>の三人で、前衛を張ることができるのは<ナイト>のみだからだ。リーザだけが前へ出る、三角形の構図になる。
(情けねえ。いっそ剣と盾持って突っ込みたい気分だ)
リーザがフォーカスを買いつつも、動作の隙を見て斬りつける。ノゾミとアレンはたまに攻撃の対象になるよう、できるだけ負担を分散するように動きつつも射撃で援護を重ねていく。
しかし、想像通り最も敵の攻撃に晒されるのは最前線のリーザだ。盾で防ごうとも、あの巨体の質量で振り回される鼻や尾の威力は並ではない。
年下の少女にもっとも大変な役割を強いている事実。それが心を揺さぶるが、かといって代わりを買って出ることもできない。装備もない上、今の体では簡単に吹き飛ばされて終わりだ。
歯噛みしつつ、忸怩と自分への怒りを引き金に込めて銃弾を放つ。表皮に着弾するも怯みすらしない。先のボスモンスターのように物理耐性を有しているわけではないから、ダメージ自体は通っているはずだが——
「きゃあっ⁉」
絹を裂くような悲鳴。それと同時に、ベキッと硬いものがへし折れたような音が上がる。
アレンは思考を止め、すぐさまリーザの方を振り向いた。そこで、キメラ特有の塵——モンスターや、あるいは人間のHPがゼロになった時特有の消滅エフェクトが上がっている。
——まさか、リーザのHPが尽きたのか⁉
脳裏で先日の光景が蘇る。
白い床に倒れるマグナが体の末端から塵へと還り、跡形もなく消えていく姿。トラウマのように頭に焼き付いた、終生忘れられないであろう記憶だ。
(……いや、盾か!)
背筋が凍り付きかけるも、すぐに碧の目が杞憂に気づく。
エフェクトの発生源はリーザそのものでなく、左手に持っていた盾だ。割れて、光とともに塵へと変換されていく。スカイエレファントの攻撃を受けた際、衝撃で盾が壊れた。そういうことのようだ。
リーザは無事で一安心——とはいかない。
「い、嫌っ」
「——————————ッ‼」
歪んだトランペットのような鳴き声が一つ、雲の上に轟いた。
身を守る盾を失い体勢の崩れたところに、大樹の幹めいた太い前足が少女を踏み砕かんと高く上げられる。
骨折等とは無縁のキメラであっても、頭部は人体の弱点だ。頭蓋を踏み砕かれては大ダメージ、最悪現実と同様に即死も考えられる。見た目上は無傷でも。
「『爆風赫破』!」
考えるより先にスキルの名を口にする。視界の端でSPバーが減少し、それを糧にして左手に熱を孕んだ火球が生成される。
そして間髪入れず、アレンは大きく跳躍すると同時に足元へその熱を叩きつけた。瞬間、ごうっという爆炎が爆ぜ、地面を抉り草を舞い散らせる。
「わっ⁉」
爆発の音に、ノゾミの驚愕が混じるのが微かに聞こえた。
HPバーの減少量は一割と少し。ダメージを抑え、できるだけ爆風に絞って背に受けることができるようになっている。それでも背中の皮膚と脚は油を塗って強火にあぶられたように痛むが、この世界であれば肉体へのダメージはHPにのみ反映されるため支障はない。脳を刺す、その痛みさえ無視してしまえば。
「リー、ザぁっ!」
振り下ろされる死の鉄槌が彼女を砕くよりも先に、慣性に乗ったアレンがリーザを抱えてもろとも地面に転がり込む。間一髪、巨象の足は空を切り、そのまま地面に亀裂を生んだだけに終わった。
「無事か!」
もつれるように草地に倒れ込んだ身を起こし、アレンは焦りながら無事を問う。顔を見ても外傷は見当たらないが、この世界に限っては無傷に見えてもダメージが入ってる可能性がある。
「う、うん。ありがと……アレン」
「大丈夫、か?」
色白の肌、特に頬に少し赤みが差しているように見える。やはり先の一撃がどこかに掠って、痛むのだろうか。しかし本人が平気と言うなら、それ以上の追及は時間を無駄にするだけだ。
「『乾坤一射』! やあっ」
白と黒の軌跡を描く一矢が、スキル特有の派手なエフェクトとともに巨象の外皮を穿つ。
アレンがリーザを庇う間、ノゾミが敵の注意を引き付けてくれているのだ。だからもたもたしていれば、その分ノゾミが危険になってしまう。
すぐにでも援護に入らなくては。低い草地に背を預けたリーザをそのままに、アレンは立ち上がると右手のアーガスを構えようとする。が、引き金を引く前にその後退したスライドが目に入り、思わず腕を止めた。
「げ、スライドストップしてやがるっ」
六発すべて撃ち尽くしていたらしい。弾倉内が空になったことで、機構にロックがかかってホールドオープン状態になっていた。プロともあろうものが弾数の管理もできていなかったのかと、あまりの不覚に自分を責めたくなる。だが今はその間すら惜しい。
——そうだ。新たにマガジンを出してリロードするくらいならば。
刹那の思い付き。その直感に従い、アレンはインベントリを開くと左手の指ですぐに操作した。
すると、右手の内からアーガスが消える。代わりに現れたのは、その数倍の全長と重量を誇る一丁の小銃だった。
クリムゾン。亡き仲間から受け継いだ、鮮血を塗り付けたのにも似た艶のある真っ赤な銃床が特徴のスナイパーライフルだ。
左手で本体を支え銃口を上げ、その赤いストックを肩に当てる。この距離であの巨大な的であればわざわざスコープを覗く必要もない。なにせ弱点がないのだから、着弾さえすればどこだって同じだ。
重い銃声が響き、放たれた銃弾は巨象の脚の付け根辺りに命中した。
「ぐっ」
同時に肩口に鈍い痛みが走る。ストックを通した反動が伝わったせいだ。
肩が外れる……というほどではない。子どもの体と言えど流石にそこまで貧弱じゃない。が、少々腕が痺れる程度には難儀した。むしろそのくらいで済んだだけマシかもしれない。マグナのボーナスウェポンがただの大き目の狙撃銃ではなく、もっと巨大な対物ライフルなんかだったら筋肉質な彼はともかく今のアレンにはとても扱えなかっただろう。
しかしこれで終わりではない。敵はその巨体を僅かに傾がせたものの、未だ倒れない。
次弾を浴びせてやらねば。小指球でボルトハンドルをかち上げる。掌底打ちの要領だ。
(——さっき、アーガスとクリムゾンを入れ替えた……インベントリを使って)
そのまま、小さな手のひら全体を使うようにしてハンドルを後方に引き下げる。カチン、と小気味よい音がして空薬莢が飛び出し、草の地面へ落ちた。
コッキング動作の最中、何故か頭を過るのはさっき、インベントリを用いて銃器を入れ替えたことだった。
どうして頭に引っかかるのか。それが自分でもわからない。だが何故なのか、そのことが無性に脳裏にこびりついて離れないのだ。
ホールドオープンのアーガス。それと入れ替えたクリムゾン。
仮に。この状態でアーガスを再度取り出した時、弾倉には——
「庇ってもらってばかりじゃない……! 前へ出るわ、『グラトニー』!」
アレンが射撃を行っているうちに、リーザも立ち上がって剣を手にスカイエレファントへと駆けていた。盾は消えてしまったため、両手でそのボーナスウェポンの柄を握っている。
真っ黒く、波打つような刀身の奇妙な西洋剣だ。先日、共にバベルで狩りをした際に名を『暴触黒蛇』と言うのだと教えてもらった。
そのうねる刃がにわかに赤黒い光を纏い、敵を裂く。ユニークスキルの『グラトニー』。斬り付けた相手のHPを吸収する、前線を張るに打ってつけの能力だった。
「そろそろ、倒れてっ」
そこへさらに側面から連続して注がれる、ノゾミの援護射撃による矢の雨。それらを受けて、スカイエレファントはようやく沈黙した。
声も上げず身をぐらりと揺らしたと思えば、そのまま地面へ勢いよく倒れ込む。その拍子に島全体が震えるような振動を残し、塵になって消えていった。
「終わったか……硬い敵だった」
消滅を見届けると、ふうと思わず息が漏れる。
……気が緩むと同時に、結実しかけた思考もまた糸が解けるように雲散する。そのことを深く考えようとは思わなかった。
ずしりと重い銃をインベントリに仕舞い直し、アレンはリーザの方を振り向いた。
「ほんとに大丈夫か? 盾が壊れたときはヒヤっとしたぞ。あれ壊れたりするもんなんだな」
「うん、アレンが庇ってくれたから平気。グラトニーで回復もしたし。私もそろそろ耐久値の限界かなって思ってたんだけど、タイミングが悪かったわ」
「ダメですよリーザ、装備品は壊れる前に買い替えておくくらいでないと。いざという時危険です」
「そうね、骨身に沁みたわ……アレンがいなかったらと思うとぞっとする。流石に一撃死はないと思うけど、万が一ってこともあるし」
リーザとノゾミ、二人の会話を聞くに装備品とは耐久値が限界を迎えると壊れてしまうものらしい。
形あるものはいずれ壊れるということか。このゲーム世界でも諸行は無常のようだ。
「耐久値とかあったんだな、装備って」
「使い続ければ摩耗していくものですからねー、どんな物も。まあ、ボーナスウェポンだけは例外なんですけど」
「ん、ボーナスウェポンは壊れないのか……そう聞いちゃうと逃したのが惜しくなってくるな」
「あはは、残念ね」
先日、バベル前の広場での群衆の反応は記憶に新しい。
それなりに名のあるプロゲーマーだと知るや否や群がってきた人々も、ボーナスウェポンがないとわかった途端、誰も彼もが興味を失って去っていった。
今思えば、その反応もむべなるかな。ボーナスウェポンは単に高威力なだけでなく、尋常の装備とは違う不壊の性質まで備えていたのだ。そんなものがある時点で確かに、わざわざ店売りの武器を使用する必要性は皆無だろう。




