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第二十七話 連なる理

——思えば。アレンが転移の折に性別や肉体が変わったことについて、マグナは「案外ただのバグかもしれない」と言っていたのだった。


「バグるって、どういう……」

「わたしは初期組の転移者プレイヤーなんですが、今日に至るまでに発見されて、騒がれてきたバグはいくつかありました」

「そうなのか⁉」


 バグ。プログラム上の瑕疵かしであるそれは、ゲームに限らずすべてのコンピュータと切っても切れない間柄と言える。

 1946年、アメリカが砲撃の弾道計算を主目的に設計し世界初——かは解釈と定義によって左右されはするが——のコンピュータを作り上げてからちょうど99年。未だにバグはプログラマにとっての悩みの種だろう。あるいはバグだから卵だろうか。

 アレンとて、いちプレイヤーとしてゲームをプレイしていてバグに翻弄された経験は一度や二度ではない。

 大きなものから小さいものまで。単純にサーバーに入れなくなるバグ、プレイヤー同士のマッチングが狂うバグのようなプレイに大きな支障をきたすバグから、宇宙空間に佇む美しい地球の姿をひたすら見せつけられるといった摩訶不思議なバグもあった。


 しかしキメラは普通のゲームではなく、明らかに常識を超越した世界だ。強制的に取り込まれ、ログアウトすることもできない、一般のゲームとは格が違うリアリティを持つデスゲーム。

 はっきり言えば、第二の現実にすら成り得る。中で飯を食って寝ることさえできるのだ。元の世界に未練がある以上、ここで終生暮らす気には到底なれないが。


「見た目は石畳なのに、足音は土。何故か叩いても音が鳴らない壁。触るとすり抜ける塀。不可思議な現象は度々あって……あれこそがきっと、ここが仮想世界だという証左です」

「テクスチャ周りのバグか。いかにもゲームにありがちだな」

「他にも、壁に向かって後ろ幅跳びを連続ですると加速したり、特定のアイテムをショップのカウンターで売ろうとするとレアモンスターが釣れちゃったり」

「めちゃくちゃだなおい」


 特に後者。一体どこから釣り竿が出てきたのか。釣りの話ではなかったはずだ。


「だけど、どれも話題になったと思ったら気づいた頃には修正されてるんですよね。だから最近はめっきり見ないです」

「へえ、直してくれるのか。キメラにもデバッグとかあるんだな。リーザはバグのこと知ってたのか?」

「あるってことくらいは。でも、この目で見たことはないわね」

「そっか」


 第二の現実に思えたキメラにも、案外バグという綻びは存在するようだった。継ぎ接ぎの世界なのだから穴があってある意味当然なのかもしれない。

 そしてそれは転移者プレイヤーに発見され、しばしすると修正されて塞がれる。

 ……誰に?

 誰がバグ取りを行う? キメラにもデバッガーがいるとでも?


「どうせならデュープバグでもあれば利用するんですけどね。マナー違反とか言ってられませんし、ここじゃ」

「ん……でゅーぷ? なんだそれ」

「複製することよ。俗に言うアイテム増殖ね……MMOなんかじゃまず禁止の不正行為」

「へー……知らなかった」


 疑問に次ぐ疑問。アレンの言葉にリーザが答えてくれた。

 デュープ——デュプリケート(duplicate)の略語だろうか。FPSでは聞いたことのない言葉だ。


「そうそう、あと今話題のバグと言えば、バベルのロビーに現れるっていう幽れ……いえ、無駄話が過ぎますね。そろそろ探索を再開しましょうかっ!」

「えっ今なんて言おうとしたの? 幽霊? バベルに出るの? ちょっとまってノゾミ聞かせて」


 探索再開の一歩を踏み出そうとした手をリーザが掴み、同時に言葉尻も捉える。

 確かにそこまで言いかけて話さないというのも、少々気になってしまう。アレンも目線でなんとなく先を促すと、ノゾミは「別に大層な話じゃないですよ?」と前置きした。


「団員の中で噂になってるんですよぉ。夜中、ロビーにいると幽霊の声がするって」

「声?」

「はい。地の底から響く呻き声だとか、なにかを話す声だとか……あと、物音なんかもするそうです」

「ありがちな話だな。ゲーム世界で怪談っていうのもヘンだけど」

「ゆ、幽霊出るんだ……ぅ、明日から来るのが億劫になりそうだわ……」


 訊いたはずの当人は身を抱いて震えている。なら何故自分から質問してしまったのか。

 正直言えば、アレンは半信半疑もいいとこだった。

 幽霊なんて非科学的なものの実在を信じてはいない。眉唾だ。第一ここはゲームの世界で、オカルトの介在する余地はないように思える。


「ただそれだけで、以上でも以下でもない話です。ささ、そんなことより探索を急ぎましょう! 他のみんなに先を越されてしまいます!」

「ああ待って! 置いてかないでっ」

「今日はなにかとリーザの苦手が浮き彫りになる日だな……」


 高所に幽霊。……それに、あの男のことも。

 あの日、転移して助けてもらった日からずっと一緒にいる。それだけに仲も深くなれたし、良い友人関係を築けているとも思う。

 だが、時間に濃さはあっても出会ってまだ一週間そこいらだ。知らないことのほうが多いに決まっている。


「おーい、御三方」


 知らない男性の声。

 浮遊島の攻略を続けていくと、程なくして別パーティと見られる団員たちが話しかけてきた。男女二人ずつの四人組だ。ぱっと見ではあるが、男性二人が前衛、女性二人が後衛でバランスが取れている。

 何事かと思えば、なんでもこの階層のゲートが見つかったらしく、一緒にゲートまで進もうという提案だった。断る理由もなく合流し、一気に七人になって進んでいく。


「意識してみると、レイブンさんたちがいなくなってますね。気づかないうちに次の階層に行ったみたい」

「みたいですね。団員の位置からして……たぶん、向こうか。そう遠くはなさそうだ」


 位置を把握できているのは、同じギルドに所属しているがゆえの権能だろう。やはり攻略には便利だ。

 革手袋がすっと先を指さす。背の高い、青い金属の槍を手にした男性だ。雰囲気からしてこの男がパーティのリーダー格らしい。その隣にはさっき声を掛けてきた、手に黒いグローブをはめた男性が並ぶ。


「君らさっき騒いでた子だよね、助力の。二人ともかわいいな~」

「銀髪のアンタ、ボス戦でも前に出てたの見てたわ、あたしも前衛だったから。中々よかったわよ、褒めてあげる」


 残りのパーティメンバーである二人は、歩きながらアレンとリーザに絡んできた。どちらも中高生くらいの少女だ。

 一人はいかにもなつば広のとんがり帽子をかぶった、笑顔が印象的な背の低い少女。

 もう一人は対照的にやや釣り目のキッとした表情で、光を反射する鏡面めいた刀身の剣を手にしていた。


「この子、キツい物言いだけどこれでも褒めてるんですよ! ねっ、エライちゃん」

「ちょ、ポラリス! 横から口出ししないでよっ。あとこの子だなんて言わないで、年下のくせに!」

「年下って言っても一歳差じゃぁん! もー初対面の人相手だからってカチカチしないの!」

「か、カチカチなんて……!」


 エライと呼ばれた少女は、頬を紅潮させながら空いた手でとんがり帽子の少女——ポラリスの背をぺしんっと叩いた。

 それを受けたポラリスがエライに飛び掛かり、抱きしめ攻撃(?)を行う。エライは「ぎにゃー!」と珍妙な悲鳴を上げてよろめいた。剣を杖替わりにし、転倒だけは免れる。

 へらへらとするポラリス。そこへ立ち直ったエライが反撃とばかりに体当たりし、そのままもみくちゃの取っ組み合いになる。


「なんだか愉快な人たちね」

「そだな」


 それを眺めながら、アレンはリーザの言葉に頷いた。

 もう完全に置いてけぼりだが、見ていて退屈はしない。少なくとも賑やかなのは基本的に悪いことではないだろう。


「こらっ、探索中に遊んじゃいけません!」

「う、ごめんなさい……もう、ポラリスのせいなんだからね」

「すいません副団長!」


 ……今は少々、悪いタイミングだったようだ。ノゾミに叱られ、二人はしゅんとなった。いやポラリスは結構けろりとしている。


「メチャクチャな漫才みたいで面白かったよ。俺はアレン、そして十八の男だ。よろしく」

「別に笑わせる意図はなかっ……えっ、十八? 男? え?」


 これまでの反省を踏まえ、アレンは初手から性別を明かした。

 後から説明するのは気まずいことがわかったからだ。これもまた気づきである。学びのないプレイヤーは上へは上がれない。


「やだなー、こんなかわいい子が男の人なわけないじゃん。きっと私たちに合わせた冗談だよ、エライちゃん」

「ぁ、そっか。そうよね。うまく返せなくて悪かったわ、こちらこそよろしく」


 普通に信じてもらえなかった。つらい。


「ふふ。私はリーザって呼んでほしいな、よろしくねエライ、ポラリス」


 アレンのカミングアウトは完全にスルーされ、リーザの自己紹介に会話が流れていく。

 女子同士だけあり打ち解けるのにそうかからなさそうだ。


(ああ……俺はもう女性として生きる方が楽なのかもしれない……)


 その輪に自然と混じる自分にとてつもなくモヤモヤしたものを抱えながら、どこか泣きたくなる気持ちで、一気に活気の増したパーティで探索を続けていく。



 道中モンスターに遭遇することはあったものの、七人もいればまず負けない。苦戦などするはずもなく、楽々ゲートにたどり着くことができた。

 ゲートをくぐり、四十二階層へ上がる。景色はほとんど変化しない。ボス部屋を越えるまではずっと浮遊島が続くはずだ。

 相変わらず美しい景色ではあるが、二度目ともなれば感動もいくらか薄れてしまう。


「では、ここでまた別れましょう。副団長なら心配はいらないと思いますが、お気をつけて」

「うん。リオネラさんたちも気を付けてくださいねー」


 階層を上がったところで、絶景を見るでもなく別れの挨拶をする。また次の階層へ続くためのゲートを探さねばならないため、四人とはまた別行動だ。


「短い間だったけど、今度はまた町で会おうね!」

「もし正式に入団することになったら言いなさいよ。先輩として色々教えてあげるわ」


 大小の背丈、ポラリスとエライとも挨拶を交わす。長く話した間柄ではないが気のいい、姉妹のような二人だった。

 それだけに、期待を裏切る結果になりそうなのは少し心苦しい。


(俺だけ入団ってのも、なんかな)


 これまで転移してずっとリーザと過ごしてきたわけで、できればこれからもそうしたいと思っている自分がいる。だから、リーザが<ギルド>に入らないのであれば、アレンも二の足を踏む心情だった。

 隣を見ると、リーザも思うところがあるのだろう。苦笑に近い笑みで返事をして手を振っていた。

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