第二十四話 ボス討伐は尻すぼみ
「うう……おでこが痛い」
「バラバラになってないだけマシだと思ってほしいところね」
ゲートをくぐった先でもアレンはまだ額をさすっていた。デコピンの威力は想像を絶するもので、まだひりひりと痛む。なんならHPバーもちょっと減っている。
唯一幸運だったのは、デコピンを受けたときロビーに残ってるのはもうアレンたち三人だけだったことだ。うだうだやってるうちに他の人は皆ゲートをくぐり終えていた。おかげで、おそらくは他の誰にも絶叫を聞かれずに済んだというわけだ。
レイブンにでも聞かれていれば、いくらなんでも叱られるだろう。
「それで、ここは……小部屋? ちょい窮屈だな」
「あ、そっか。助っ人なんだからボス部屋も初めてですよね。ここからもう一つ、奥のあの扉を越えると戦闘になるんです」
アレンたちがいるのは、ロビーよりも格段に小さな薄暗い小部屋だった。約四十人が収まるには少々手狭で、アレンたちは入ってきたゲートの枠組みをすぐ背にしている。
「……全員揃ったようだね。では、中へ入る。大丈夫だとは思うけれど、遅れて入り損ねたりしないようにね」
最後にそう付け加えたのは、ボス戦に経験のないアレンとリーザに対する配慮だったのかもしれない。
人の壁で姿は見えないが、先頭にいるらしきレイブンがそう言って、奥にある巨大な扉を押し開けていく。小部屋の壁一面ほとんどそのものの、大きな両開きの鉄扉だ。
装備を固めた団員たちが、続々と向こう側へ渡る。言いつけに従い、アレンたちも遅れないように扉を越えた。
すると、円形の広場に出た。薄暗さは相変わらずの、壁面の灯りでなんとか見通せるかどうかという間だった。
さっきの小部屋とは打って変わって広いようで、光源の乏しさから全容はなんとなくではあるが、声や足音の響きから読み取れた。
「でも、敵……いない?」
既に薬室に弾を装填したアーガスを手に持つアレンの、その隣でリーザがぽつりと呟く。
同様の言葉が団員のいたるところで漏れる。皆困惑しているようだ。
普通、部屋の中心なんかにボスモンスターがいるはず。いくら初参加とはいえ、そのくらいは察しが付く。
敵が見当たらない。その状態で十数秒が過ぎ、困惑が次第に緊張を溶かしつつあった頃。
「——! 上だ! 各員警戒ッ」
レイブンの切迫した声に、そのフロアの全員が頭上に目を向けた。
アレンもまた例外ではなく——ハッと顔を上げてその姿を捉えたのは、レイブンを除けば一番目だった。
「あれは……蜘蛛、か?」
ガサリ。ガサリ。耳を澄ませば、微かになにかが擦れるような音がする。
……薄暗さに慣れてきた目が、その輪郭を映し出す。
硬質な鎧めいた表皮に覆われた、巨大な蜘蛛の怪物が天井を逆しまに這いずっていた。
「『赤眼看破』……!」
いち早く行動したのはノゾミだった。
文言を告げると、その両の瞳が赤色に染まる。充血とは違い黒目部分のみが赤くなる現象。一種のスキルだろう。
「見えた……! モンスター名、降魔蟲バエリー! 物理耐性及び毒耐性持ちです、弱点は腹部!」
「ありがとうノゾミさん! 遠距離での攻撃手段を持つ者——特に魔法職で攻撃! まずは地に叩き下ろす!」
ノゾミの報告を受け、レイブンが全体に指示を出す。すぐにほうぼうから了解の声が上がり、静かに団員たちが適した位置へ散開していく。
(敵モンスターの情報を解析した……そういうユニークスキルか)
見れば、ノゾミもその黒い洋弓に矢をつがえ始めている。
そして遠距離となれば、アレンも攻撃に参加しないわけにもいかない。
アーガスの銃口をバエリーと呼ばれた、鎧の蜘蛛に向けて引き金を引く。いくら多少暗くとも人体に比べれば格段に大きな的だ。アレンが外すわけもなく着弾する。
が、微かに弾かれたような音がした。
「う、ダメージ通ってなさそうだな……物理耐性ってそういうことか」
やはりというか、あの鎧めいた表皮が問題だ。アーガスの火力では強引に貫くこともできそうにない。
「焼け石になんとやら、それでもやらないよりはマシです! 『乾坤一射』っ!」
ノゾミが足を斜めに構え、音もなく一矢を放つ。それは眩い白と暗闇に溶けるような黒、二色の軌跡を残してモンスターへと向かっていった。
二つ目のスキル……おそらくこちらはクラススキルだ。が、再び鎧に阻まれさほどのダメ―ジはなさそうだった。
しかしそれだけでなく、フロアの各地から天井に向けて攻撃が放たれる。矢や火球、中には手裏剣らしき回転する投擲物まで見られた。
「ギ、ィィィィィイイイ——!」
炎や氷、時には雷までが迸り、逆さまの化け物を攻撃する。大部分の要因はそれらだろうが、同時に放たれていた矢弾等も決してまったくの無駄ではなかったはずだ。甲高い声を上げ、耐えられないとばかりに魔物は天井から八つの脚を離し、空中で反転しながら地へと降下する。
(……あまりクラスを意識したことはなかったが。もしかすると、魔法職ってのはレアなのかもしれないな)
床へ降り立った魔物よりも、それを攻撃した団員たちを見てアレンはふとそんなことを思った。
そもそもシリディーナ全体で、人々を見ても主な武装はやはりポピュラーに剣が多い。盾は持つ者も持たない者もいるようだ。
そして<ギルド>の団員も例に漏れず。そもそも遠距離での攻撃手段を持つ者自体が多くなく、さらにその中でも大多数は銃か弓のようだった。
魔法らしきものを使っているのはせいぜい、三人程度だろうか。魔法を扱うといういかにもなファンタジー系クラスなだけあり、貴重なのかもしれない。
アレンが戦いのさなか、こうして悠長に物事を考えているのには理由がある。
「今だ! 総員畳みかけろ!」
「……射線が通らねえ。俺の出番、もしやここまで?」
レイブンの指揮で、待ってましたと言わんばかりに近接系の転移者が各々の獲物を手に蜘蛛のモンスターへ群がっていく。
無理に撃てば、彼らの背を撃ち抜く結果になってしまいかねない。
「あはは、その辺はわたしたち遠距離勢の辛いところです。でも一応、警戒は解かないでくださいね」
「ああ、確かにそうだな。ありがとう」
見れば、ノゾミも同じ理由から弓を下ろしている。が、矢だけは軽くつがえたままにしていつでも動けるようにはしていた。
彼女の言い分が正しい。リーザもこの前、バベルの中は一瞬の油断が命取りなのだと言っていた。デスゲームである以上、気は抜かないほうがいい。
念のためすぐに動けるように、右手でグリップを握り銃口を斜めに下げながら、左手は空けておく。待機姿勢としては独特だが、アレンに限ってはこれが最も多様な状況に対応できる。時にゲームIQとも称される状況の最適解を見出す勘が、半ば無意識にその姿勢を取らせた。
「無理やりにでも斬らせてもらう……! 『閃光斬裂』!」
が、やはりアレンの出番はなさそうだった。
レイブンの持つ銀色の剣が眩い光を纏い、その堅牢な鎧めいた表皮を強引に斬り裂く。剣を用いている以上物理攻撃であるはずのそれは、そうであっても確かに化け物を怯ませた。
「すごいなあれ、ユニークスキルか?」
「いえ、クラススキルですよー。<セイバー>クラスはいいですよねえ、ド派手で。まあその分消費SPはすごいんで、団長のレベルあってこそですけども」
姿勢を崩さぬまま感嘆していると、ノゾミが疑問に答えてくれた。
要は高レベルによる幅のあるSP上限にかまけた、正当なごり押しというわけだ。クラス的にもレベル的にもアレンには真似できそうにない。
相手はキメラの最前線、バベルを登り頂上を目指す<ギルド>のトップ。下手をすればそのレベルは、全転移者で一番なのではないか?
「もう一度だ。『閃光残裂』!」
極光がうなりを上げる。ダメ押しの二度目が、真っ白いエフェクトとともにその背を撃ち抜いた。
リーザも<ナイト>クラスなだけあり前線で剣と盾を手に戦ってはいるが、あの火力には遠く及ばない。なにせ、耐性を持たないはずの魔法攻撃よりも明らかに効きがいいのだ。
「ギィ……ァァァァァアアア——」
そして、やがて耳を震わすような断末魔が響く。
タコ殴り状態だったので、最後の一撃は誰が与えたのかわからないくらいで、ある意味尻すぼみではある。しかし大人数の討伐となれば往々にしてそんなものなのだろう。
終わってみれば呆気なく、時間もそうかかっていない。ただ、レイブンがいなければもっと手間取った相手であることだけは確かだった。
——実績を解除しました。『初めてのボスモンスター討伐』。
「……は、マジで大したことしてないけど、一応俺も討伐した扱いなのな」
頭の中で、なんだか久しぶりな気がする音声を聞きながら、少し先で塵へと変わっていく魔物の姿を見届ける。
「やったわアレンっ、ボス初討伐よ! 久々に実績解除もしちゃった」
そんな中、前へ出ていたリーザが装備もそのままにとてとてと駆けてきた。
……切ない誤解によるいざこざは、戦闘によって忘れてくれたようだ。よかった。
「俺もだ。ええと、報酬は……」
「ポーション、みたいね」
インベントリを見てみると、そこには『エックスポーション』なる見慣れぬ一文。
リーザも同じように指をすっと動かすと、両手の剣と盾が失せ、代わりにガラス瓶が現れて彼女の手に収まった。
瓶のラベルにはただ、真っ赤な二本のラインでXと描かれている。中を満たす液体は桃色で、容器さえ違えば甘いジュースにも見えていただろう。だがポーションと名のつくからには回復薬だろう。
確か、最初にモンスターを倒した時の実績では低級回復ポーションが手に入った。あれはマグナとの戦いで飲んでしまったけど。
「そのエックスポーション、完全回復のトンデモアイテムでとっても貴重だから、大事にした方がいいですよ」
「完全回復。すごいなそりゃ」
「ええ、本当ですよ。私も手に入った時、『赤眼看破』で効果を確認しましたもの」
回復量30そこらの店売りにも劣るポーションと、完全回復のレアアイテム。ただのモンスターとボスモンスターで初討伐の報酬は桁違いだった。
それにノゾミの解析スキルはモンスターだけでなく、アイテムにも使用可能のようだ。鑑定というのだろうか。便利そうでいいな、とアレンは内心で素直に羨んだ。
「そうなんだ。ありがとノゾミ、大切に仕舞っておくわ……これでよし。ああでも私、こういうの大事に取っときすぎてつい使い機会逃しちゃうのよねえ」
「ああっわかるわかる! あんまりレアだと使うの躊躇っちゃいますよねっ! おかげでわたしもまだ残してて……いえ、そこまで危険な場面がないっていうのもありますけれど。私ちゃんと使えるかなぁ」
「? アイテムなんだから、使えばいいんじゃないのか」
リーザとノゾミは意気投合し、手を合わせてはしゃぎ合う。
しかしアレンには今一つその意味がわからず、横で小首をかしげていた。必要なタイミングで使用する、それがアイテムの存在意義というものだろう。
「あはは……そういえば、<ガンナー>の人はアイテム使うのに躊躇ない感じあります」
「ゲーム性の違いかしらね。ふふん、アレンにはわからないもん」
——もんとか語尾に付けてるところ初めて見た。
「……そう言われると気になるな。教えてくれよ、説明してくれりゃあわかるって。たぶんだけど」
「えぇーどうします、リーザ?」
「どうしよっかな~。でもアレンお尻ばっか見てるしなぁ」
「おっ最悪のタイミングで掘り返してきたなそれ、すいませんでした許してください……」
なんとなく軽くからかわれる流れかとは思ったが、かなり想定以上のものが来た。牽制のジャブに身構えていたら右ストレートをぶっぱなされたような気分だ。
尻の話題に流れることだけは阻止したい。アレンは蚊の鳴くような声で謝り、二人はそれを見てくすくすと笑い合った。




