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第二十三話 おでこ

「これより第四十階層のボス討伐を開始する! 正式な団員ではないが、今日は有難いことに助力として二名の方に来ていただいている。先のゲーム内イベントでも町の防衛に協力してもらった、アレンさんとリーザさんだ。各自、上手く連携を取るように」


 バベルのロビー、最奥のゲート前にある段に立ち、レイブンは眼下の団員たちに口上を述べた。その表情に遊びはなく、触れれば切れるような冷然さに引き締められている。


「——————ッ!」


 さして揃わない、しかし熱量のある声がロビーを揺るがす。フロアに集う四十人近くの<ギルド>団員が、思い思いに拳を上げて鬨の声を上げた。

 ここだけ見れば荒くれものの傭兵部隊のようだ。

 向こうのこともあまり深く知るわけではないが、団旗や揃いのチャームを付けて集う<泰平騎士団>に比べればどこか粗暴というか、まとまりに欠けている印象だ。事実、今も団員は列をなすわけでもなく、皆フロアのそこかしこで適当にたむろしていた。

 奥でレイブンが先陣を切り、水面にも似た、ゲートの淡色に身を投じる。

 行き先は言葉通り四十層目だろう。


(ボス部屋行くのは初めてだな……)


 特訓ではないが、レベル上げのため昨日も一昨日もリーザとともにバベルでモンスターを狩った。とはいえ回ったのは二十五から二十九階層くらいのもので、そこまで強敵らしい強敵もいない。

 二人きりだったし、安全第一の精神だ。下手に強いモンスターが湧く階層に行くには、レベル以前に人数が怖い。

 聞けばボスモンスターは湧き直し(リポップ)もしないらしい。一度倒せば、その階層は敵のいないがらんどうになる。そういった意味では、ボスモンスターを討伐するのは<ギルド>の特権とも言えるかもしれない。いや、挑むこと自体はバベルに入れば誰であれ可能だが。強力な<ギルド>の面々がいるのにわざわざ命の危険を冒してまで挑む物好きはおるまい。


「緊張してる? リラックスしましょ。いつも通り、でしょ」


 考え込んでいると、アレンの小さな背がぽんっと叩かれる。

 隣を見れば、気品を思わせる銀の髪を揺らし、緑がかった瞳の少女が微笑みかけてきていた。


「……リーザ。ああ、サンキュ」


 緊張かと問われれば、そうでもない。ただ沈思していただけだ。

 それでも彼女の気遣いを無下にもしたくなく、なによりその配慮が純粋に嬉しい。だからアレンは礼を言い、小さくはにかんだ。


「気圧されてるかと思ったけど、平気そうですね。お二人ともまだ小さいのに立派だと思います!」

「わっ」


 そこへ、軽装の女性が肩を寄せてくる。ノゾミだった。

 段の方にいないと思えば、こんな後ろにいたとは。虚を突かれた心持ちで振り返る。

 ノゾミは肩や脚を晒した身軽な服装で、持ち前のフレンドリーさからか肌が触れ合うほど近づいた。完全に女性同士の距離感に、アレンは困惑を隠しきれずさっと距離を取る。


「ちょ、ちょっと」

「あれ? アレンはひっつくの苦手ですか?」

「苦手っていうか……」


 こうしている間にも、まばらな人々が続々とゲートの中へ入っていく。悠長に転移の際性別が変わったことを説明している暇はない。

 隣からどこか刺すような視線を感じながら、アレンは苦笑いで誤魔化した。


「まっ、そういう人もいますよね、すみません。ささ、気を取り直してわたしたちも行きましょう! ボスフロアへゴーゴーですよ!」


 幸いなことにノゾミは気にせず、拳を突きあげて二人を先導する。その動作で腰に据えられた黒い曲線が動き、アレンはその存在に気づいた。


(弓、それも洋弓——ベアボウって言うんだっけ、こういうの)


 長い、弦の張られた真っ黒い弧を帯びている。アーチェリーなんかで使われそうな造形の弓だ。

 弓使い。特に聞いたことはないがクラス名もおそらくアーチャーだかレンジャーだか、そんなだろう。弓矢で戦う者がいることは、以前にリーザから聞いた覚えがある。

 しかしこの目で見るのは初めてだ。魔法なんかもそうだが、弓を見ればいかにもファンタジーな感じがする。特にアレンは<ガンナー>のクラスなので、銃なんて近代兵器を携行しているぶんもあってなおさらだ。

 アレンとて使おうと思えば弓や剣も手には取れるが、どうにもクラスに適していない武器を使ってもクラススキルが育たないほか、単純に威力が下がるよう補正がかかるらしい。詰まるところ縁のない品、というわけだ。

 それだけに、物珍しくついつい目で追ってしまう。


「…………ねえアレン? あんまりノゾミのお尻ばっか眺めるの、どうかと思うわよ」

「えっ」


——それがとんでもない誤解を生む、破滅への一歩だとも知らずに。

 ぎこちなく隣を振り向けば、リーザは妙ににこやかな笑みを浮かべていた。張り付けたような、あからさまに取り繕った笑顔。その裏に隠されているものがどういた感情か、機微に疎いアレンであっても想像に難くない。 


「そりゃあ、中身は男の子だものね? ノゾミみたいに露出激しめの装備で密着されたらうろたえるだろうし、意識しちゃうのもわかるわよ?」

「あ、いや。そういうんじゃなくて。その、弓を」

「言い訳しなくてもいいのよ。うん、中身は男性だもの。わかる。でもここでは自重したほうがいいと思うの、私」

「えっ、あの」


 退路を完全に塞がれた。リーザはなおも、やけに圧力のある笑みを湛える。もう凄みすらあった。


「アレンがなにを思っててもいいけど、今日はせっかくお呼ばれしたんだから真面目にやりましょ。お尻ばっか見てないでっ」

「う、そんなこと——」

「まったく、アレンもこういうところは男の子なんだから」

「……はい、すいませんでした」


 誤解なのに。しかも精神的には年下の少女に叱られてしまい、アレンは心の折れる思いで謝罪を口にした。悲しいすれ違いだった。

 友人の間に一気に構築された溝を感じる。一気に互いの空気は冷め、とてつもない隔たりができた。


「あはは、二人とも話し込んで仲良しさんですねー。わたしも混ぜてくださいよ!」


 ぽよん。

 だというのに、発端になった当人はそんな気苦労など露知らず。大きな身振りで体を寄せてくる。

 それが傷口を掘り返すことだとは気づかずに、ただ溌剌と。


「……あ! 今アレン、揺れた胸見てたでしょっ」

「違う。違うんだ」

「なにが違うのよ、私の目は誤魔化せないわよ!」


 確かに見た。つい目が追ってしまった。

 が、ここで認めてしまえば先の誤解と重なり、ただでさえ深い溝がマリアナ海溝レベルにまで達してしまうことは安易に察せられた。

 なんとしても誤魔化さねばならない。全身全霊をかけてでも!

 戦闘時、あるいはそれを上回る速度でアレンの脳が回転し、灰色の脳細胞たちが危機を脱するため活動する。


「ほ、ほら。動くものを見るとついエイム合わせなきゃーって注視しちゃってさ。よくあるだろ?」


——キルゼムオール。FPSゲーマーの精神に根付く、動くものはすべて撃ての精神。アレンが導き出した最上にして最高の結論は、それだった。


(勝った……ッ‼)


 確信する。これ以上ないと言ってもいい逃れ方だ。動くものを目で追うのはもはやFPSプレイヤーであれば神経のすべてに刻み込まれた動作であり、そこに否定の余地など髪の毛一本、ヒットボックス1ピクセルほどもない。

 一瞬にしてこの言い訳を出すことはできたのは、長年戦場で培ってきた勝負勘の賜物に他ならない。

 プロゲーマーとしての力量、あらゆる才と経験がこの一瞬に込められている——そう表しても過言ではないだろう。

 銃撃戦であろうとそうでなかろうと。画面の中であろうと外でなかろうと。一芸を極めたことで身に着いた技術は、極限まで追い詰められた窮地においてその真価を発揮する——!


「知らないわよそんなの。だからなに?」

「くそァ! これだから人を撃てないゲームはダメなんだ!」


 MMOゲーマーには通用しなかった。

 考えてみれば当然だった。MMOプレイヤーにエイムの話をして通じるはずがない。初手の初手から誤りだらけだった。なにがプロゲーマーとしての力量だ。

 アレンは深い悲しみに包まれた。


「女の子がくそぁ! なんて言うほうが駄目ですよー。めっ! です」

「ぇ、わっ」


 突如ノゾミが身を屈ませる。目線を合わせたかと思うと手を伸ばし、アレンのおでこにぺちっと指をぶつける。

 デコピンだ。


(マスターランク級だと……ッ⁉)


——しかし刮目すべきはそこではなく、ノゾミが屈んだことで目の前に展開された、二座の山が連なった大いなる山岳地帯であった。

 額の微かな痛みなど一瞬で忘却の彼方へと押しやられ、意識のすべてがその双丘に注がれる。さっきの集中をさらに超えるほどの集中が体感時間を鈍化させ、世界の景色を遅くさせる。今ならばいつどこで誰が襲ってこようとも、初弾のみで頭を撃ち抜くことができるかもしれない。

 しかし、気を抜けばやられる。

 高ランク帯、マスターランク以上の敵と相対した時と似た緊張が全身を駆け巡り、その一挙一動——正確には一揺れ一ぽよんをも見逃さんと、アレンの卓抜した動体視力がその動きを捉える。

 デカい、とにかくデカすぎる……!


「ふふ。そうよね。女の子がそんな言葉遣いしちゃよくないわ、アレン。私からもデコピンお見舞いしちゃおっかな~」


 背筋を寒気が駆け上り、脳がけたたましく警鐘を鳴らす。

 真横で悪鬼のごときオーラを漂わせた、笑顔の悪魔が佇んでいることに気が付いたのはその後だ。あまりに致命的な遅れだった。


「……あ」

「あ。じゃないわ、アレン。……そんなに怖がらなくても大丈夫よ、ただのデコピンよ、デコピン。ほら。ほら。ほら」


 デコピンをする。そう言い、指を振って中指の素振りをするリーザ。一度、二度。三度。


「ほら。——『赤動四肢ライオンハート』。ほら。ほら」

「まって今なに使った? え? スキル? 聞いてないんだけど」

「……ふふ。うふふ。めっ! してあげるわ」


 ただのデコピンは五度目から何故か、ビュンッ! ビュンッ! という風を切るような音に変わる。明らかに異常な、石さえ砕きかねないパワーのデコピンがそこにあった。

 めっ! どころかッ! くらいの勢いはある。まともに喰らえば成仏しかねない。


「大丈夫。ちょっと痛い目を見て病院で栄養食を食べることになるだけだから」

「い、嫌すぎる。頼む助けてくれノゾミっ!」

「本当に仲いいですね~、アレンとリーザは。なんだか、姉妹みたいで微笑ましいです! えへへ」

「風切り音するデコピン見てそれ言えるのサイコすぎないか⁉」

「はい、時既に時間切れ。えいっ」

「あああああああああああああぁぁぁぁっっ‼」


 ベチンッ! と強く鞭を打ったような鈍い音。それとほぼ同時に、アレンの絶叫が薄暗いバベルのロビーにこだました。

なんだこの回

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