第10101話 646c726f57
「——————————————————ッ‼」
耳をつんざくような、ノイズじみた不愉快な咆哮が空間を揺るがす。
王宮の一室にも似た広い空間だが、しかし王宮と呼ぶには少々損壊が激しい。重厚な石レンガの床も壁も戦闘に巻き込まれところどころが無残に剥げ、円形の広場を等間隔に空けた窓は、そのいくつかがサイズを歪に広げている。
咆哮を轟かせたのは、部屋の中心に佇む巨体の黒い化け物だった。
「ばけ、もの」
そう、化け物。
モンスターの中でも一等狂った、本当の魔物。
「————」
死を湛えたようなその青い双眸が、アレンの小さな体を見下し射抜く。
化け物は竜の形をしていた。優雅ともとれる立ち姿で四肢を地に付け、巨躯をより大きく見せる両翼を広げている。そしてそれらは余すところなく真っ黒な鱗に覆われ——さらにその上を、ぼやかすように霞む黒い霧が纏わりつく。
モザイクのブロックノイズにも似た、不気味な霧に包まれる黒い竜。空気を軋ませるほどの威圧感を放つその姿は、この世界のあらゆるモンスターの中で文字通り頂点に立つものであると否応なしに認識させられる。
「……ぁ」
不意に、音もなく翼付近の霧が集まり、質量を増加させるとともにいくつかの形に変化していく。それらは急速に切っ先から順に刃を作り上げ、次いで鍔や柄を形成する。
その工程はいくつもが同時に行われ、瞬く間に両翼の前には無数の刃が整列していた。
大太刀に小太刀。大剣。小剣。西洋剣。小刀。ナイフ。ダガー。薙刀。鉈。鎌。戦斧。
直線的なものから曲線的なものまで多種多様。大小様々、バラエティに富んだ数え切れぬほどの刃物が宙に浮かび、それらすべてがアレンに切っ先を向ける。
「ぁ……あ」
それらはすぐに放たれた。神に祈る間も与えられず、死の雨が容赦なく射出される。
アレンの足は動かない。
反応できないわけではない。そのはずがない。彼の神経に限っては、反応が遅れるだとか、反応しきれないといったことは絶対にありえない。
だから、足が動かないのは単に、動かしてまで生き延びる気力がないからだった。
その目はぼんやりと、自身へ迫る死を呆然と見つめている。
視界の端では一人の少女が倒れていた。つい先程、竜の攻撃で動かなくなってしまった少女だ。今まさに塵へと返り始め、その肉体を消失させようとしている。
アレンには自身を脅かす死の刃たちよりもその方が重大に思え、焦点をそちらに移した。
……輝きのない、翡翠の瞳と目が合う。彼女の目に光はなく、きっともうアレンのことも見えていない。四肢が塵へと還元され、光を反射する雪のような、幻想的な銀の髪もまたぽろぽろと毛先から崩れてむなしく消えていく。
もはや消滅は逃れられず、あと数秒しか保たぬ刹那の命。
ふと、その赤みを失いつつある唇が、ゆっくりと微かに動いた。
——いきて
その意味と意思を理解する暇はなかった。刃の雨は止まず、アレンの横顔をいくつかの真っ黒い刀身が突き刺そうとする。それだけでなく手も足も胸も腹も、吹き出す血の代わりにHPを抉り削ってやろうと別の刃たちが迫っている。
その凶刃たちが本懐を果たすまであと一秒。
「——!」
誰かの声が名を呼び、直後アレンの体は横へ突き飛ばされた。
地面に尻もちをつき、驚愕とともに見上げると、茶髪の男性が全身を刃に貫かれながらもアレンを真っすぐに見つめていた。
これではまるで身代わりだ。アレンが受けるはずだった刃に、手足や肩を貫かれている。血こそ流れていないが、その苦痛は想像を絶するもののはずだ。
普通ならばHPがゼロになって死ぬはずだが、よほどにHPか防御力が高いのか、なんらかの手段があったのか男はそれでも倒れなかった。
「——、————。——!」
男は苦痛に顔を歪めながらも四肢を貫く刃を引き抜き、無造作にその場へ捨てる。既に床にはいくつもの刃物が刺さっていたり転がっていたりして、取っ散らかっていた。
それからアレンに対して鼓舞するようなことを言い、彼を無理やり立たせる。
「……ああ。そうだよな。やるしか……やるしかない。そうしないと、誰も彼もが報われない」
立ち上がろうと足に力を込めると、活力と呼ぶにはあまりに淀んだ熱が心の底で湧いた。
止まってはならない。死を無駄にしないために。犠牲になったすべての命に、意味があったのだと証明するために。
もはやアレンの中で、当初の目的など擦り切れてなくなっていた。元の世界に帰ってなにをするかなどどうでもいい。そんなことを意識する余分はとうにどこかで落とし、失ってしまった。
未来のことよりも、過去に死に絶えた、あるいは現在に死に絶える人々の十字架が背を強く圧迫している。
暗い、暗い心が、濁った火を灯して立ち上がる。内になにもなく、外になにも生まない哀しい灯。弔うような篝火だ。
「倒さないと」
*
黒い竜が轟音とともに地に倒れ、その拍子に割れた床の破片を巻き上げる。
竜を包む霧は欠片になっていくかの如くバラバラに崩れて失せ、その巨体も徐々に塵へと変わっていく。仲間たちの死体と同じように。
絶望に心を侵されながらも懸命に戦った。
頭はろくに働かなかったが、今日までの経験——キメラに来る以前に画面の外で培ったすべてと、キメラに来てから経験したすべてが、どう動くべきかを考えてくれた。魔物を屠り人を狩り、両者を塵へと変えてきた悪魔のような体験のおかげ。体が勝手に動く、というやつだ。
それでも勝利を得ることができたのは、千に一つ、万に一つの奇跡。
「倒した。……倒した、けど」
しかし代償はあまりに大きく。並び立つ仲間は、誰一人としていなかった。
竜の亡骸が完全に塵へと変換され、空気に溶けるようにして消える。あれだけ暴れておいて、消えるときだけは呆気ないものだ。
もう誰も生きていない。敵も味方も。ほんとうに、みんな死んで消えてしまった。
自分でさえ、この心臓の鼓動がなければ死んでいるのだと錯覚してしまいそう。
もはやただの穴と区別が付かなくなった窓の向こうで、微かに風の音がする。意識する暇もなかったが、この標高だ。それも当然だろう。
ここから飛び降りればまた、みんなの元へたどり着けるのだろうか。
——いきて
……脳裏に浮かんだ誰かの言葉が、馬鹿げた思い付きを否定した。
やがてボスモンスターを討伐したことで、部屋の中央にゲートが現れる。転移用の装置。もはや見慣れた石の枠組みだ。
思えば初めてあれをくぐったときは、勢い余って転倒したものだ。そして、銀髪の彼女に手を引っ張って立たせてもらった。
懐かしい思い出に頬が緩みそうになる。が、その時一緒にいた二人が既にいないことを思い出し、すぐに考えることをやめた。
思考を凍結させる。もうなにを考えても、思い出しても、つらい。
とにかくあそこをくぐらなくては。
そのために、そのためだけに多くの犠牲を費やした。多くの人が亡くなった。
「いかないと」
そう思う。
そう思う、のに。
「——なん、で」
アレンは重く疲弊した頭で、ようやく異常に気が付いた。体が動かない。手も足も微動だにしない。
喉が詰まるような感覚がして、すぐに言葉も出なくなった。
(……なんで)
わからない。
耳に届いていた風の音が消えている。
わからない。
視界が、世界のすべてがセピア色に変わっていく。
わからない。
思考を削がれ、脳が0と1に変換されていく。
どうして、こんなことに。
(俺は、俺たちは確かにボスを倒したはずなのに)
あとはゲートをくぐるだけなのに。
みんな死んで消えていって、屍を築いて、奇跡に等しい勝利を得てようやく届いたはずなのに。
足が地面に根付いたように、腕は凍り付いたように僅かとも動かせない。景色も同様に動きを止める。
違う。止まったのは景色ではなく、目の機能だ。目が動かせなくなった。
呼吸も止まる。肺が機能しなくなる。心臓が脈打つのをやめ、考えることができなくなる。
「縺ェ繧薙〒?」
消える。
消失は唐突に始まる。急速に思考が薄まり、極限までゼロに近くなって消えていく。
同時に体も消えていく。死体が塵になるよりもはるかに速いスピードで、手先や足先が数字になる。人やモンスターが死んだ際の塵へ変わるそれともまた異なる、もっと根源的な還元。
数字。二極化された値。0と1。キメラを構成するすべてに。
行われているのは繧キ繧ケ繝?Βによる繝ュ繝シ繝ォ繝舌ャ繧ッ。あるいは繝?げ繝ャ繝シ繝。
アレンたちはまた螻翫°縺ェ縺九▲縺。邨ゅo繧翫r認識縺励※縺?k者がいる。監視している繧ゅ?縺後>繧。誰か縺後∩ている。縺壹▲縺ィ見ている。今も。譁?ュ励r。紙面? あるいは逕サ髱「荳? はたまた隱ー縺九?頭の中?
縺ゅi繧?k遨コ諠ウ縺ッ迴セ螳溘→隕句?縺代′縺、縺九★縲∵ャ。蜈??螢√r逵溘↓隱崎ュ倥〒縺阪k閠??縺?繧御ク?莠コ縺ィ縺励※蟄伜惠縺励↑縺??ゅ%縺薙′邨ょア?縲ゅ%縺薙〒邨ゅo繧翫?ゆク也阜縺ョ遶ッ縺ォ縺励※閾ィ逡檎せ縲ゅ%縺薙〒縺吶∋縺ヲ縺ッ譖ク縺肴鋤縺医i繧後?∝キサ縺肴綾縺輔l縲√ョ繧ー繝ャ繝シ繝峨&繧後k縲それでも。縺昴l縺ァ繧ゅ?∵カ医∴繧?¥縺吶∋縺ヲ縺ョ荳ュ縺ァ縲ゆコ碁?イ謨ー縺ク縺ィ鄂ョ縺肴鋤縺医i繧後k閾ェ蟾ア縺ョ荳ュ縺ァ縲√◎繧後〒繧ょスシ縺ッ遒コ縺九↓願った縲よャ。縺薙◎縺ッ縺阪▲縺ィ縲√∩繧薙↑繧——




