第二十話 偽りの黄金、金色の鴉
「打って変わって洋風だなあ、今度は」
<泰平騎士団>の現代的なギルドハウスを出て向かった先。
今度は<ギルド>のギルドハウスまで二人に案内してもらうと、そちらもまた違った意味で特徴ある建物がアレンたちを出迎えた。
「そうね。私こういうの結構あこがれちゃうなー、なんだか高貴な感じで。一回でいいから住んでみたいかも」
確かに、特に女性はこういったのが好みかもしれない。
眼前に座すその巨大な建築物は、さっきの<泰平騎士団>よりはまだ町に馴染む洋風の装いだ。白塗りの壁が清廉な印象を与え、二階の上に被さる屋根は左右でドーム状になっている。
要は大きな洋館だ。庭は狭そうだが、<泰平騎士団>のギルドハウスよりも建物自体はずっと大きい。もはやちょっとした城めいていた。
一人で入れば間違いなく迷うサイズだ。アレンは確信し、間違ってもはぐれないようにしようと決めた。
「私としては、もう少し派手に飾りたいところだが……しかしこれはこれで風情があるのはそうだな。この私もかつて魔界の兵士だった頃は、こういった落ち着いたところを求めていた……そう、安寧の地を」
「どこだよ魔界」
いつもの妄言を聞き流しながら、檻にも似た巨大な門を抜ける。門も扉も開かれ、不用心ともとれるくらい簡単に中へ入れた。
中はどことなく現実世界の市民ホールのようでもあったが、それよりも幾分豪奢だ。
外から見た通りエントランスもかなり広い。並ぶ柱はよく見ればツタが巻き付いたような細かい装飾がなされ、高い天井からは眩いガラスのシャンデリアが細い鎖で吊るされている。
いっそ銃でも撃ち回りたくなるくらいの広さだが、その割に人は見当たらない。ただ無人の館というわけでもないらしく、奥や二階の方からは時折話し声が届き、静けさはなかった。
そこへちょうど、外へ出ていくと思しき二人組が廊下の方から現れた。男女のペアだ。男性の方は腰に剣を提げ、女性は先に赤っぽいガラス玉のついた杖を握っている。
いいタイミングだと言わんばかりに、ジークが一歩踏み出て話しかけた。
「失礼。レイブン君は団長室におられるだろうか」
「あっ、ジークさん。先日はどうも。はい、レイブンさんはいつも通り団長室だと思います」
「そうか。感謝する」
いきなりフルプレートが口を利いてきたら卒倒モノだと思ったが、どうやら顔なじみ……もとい、兜なじみらしい。おかしな言動でつい忘れそうにもなるが、町を守る自警団の団長ともなれば顔が知れていて当然か。<泰平騎士団>は<ギルド>と連携を取っているとも言っていた。
前回の『恐竜襲来』でもそうだったが、ゲーム内イベントにおいても<ギルド>は<泰平騎士団>と協力して町の防衛に及んでいる。言ってみれば、<ギルド>はバベル攻略に加えて騎士団の仕事までいくらか担っているのだ。
これは立場の上下だとかではなく、単に役割の差なのだろう。町を守るだけでなく、命を賭して最前線で攻略することが第一義である<ギルド>。町の役には立ちたい、人を助けたいとは思うが死と隣り合わせの環境は恐ろしい——そういった人間に対する受け皿にも、<泰平騎士団>はなっているのだ。
そう思えば、<ギルド>のほうがギルドハウスが大きく豪壮なのも頷ける。
……それにしても、<ギルド>のギルドハウスとはなんともややこしい。
アレンがその面倒な名称に脳内で辟易しているうちに、二人はぺこりと頭を下げ、開けっ放しの扉から出ていった。
入れ違うようにジークに先導されながら、アレンとリーザは鮮やかな赤のカーペットを歩き、廊下へ向かう。
「わあっ廊下も綺麗。外見以上に豪華で、まるでお城みたい」
「ああ、角が多いからクリアリングが大変そうだ」
「……そーやってなんでもかんでもゲームに結び付けるの、ゲーム脳って言うのよ。アレン」
「はっ、イマドキそんなの信じて……おっと」
不意に突き当たりでジークが足を止め、それを見てアレンも止まる。気づけば戸の前だ。
「へぶっ」
リーザは止まり切れず鎧の背に額をぶつけた。
それに気づかず、ジークはガントレットを嵌めた手を曲げて軽くノックする。間を置かず中からは「どうぞ」と若い男の声色で返ってきた。
「失礼する」
躊躇わず入室するジークに続き、二人も並んで中へ入る。リーザは涙目で額を抑えながらだ。
今度はエントランスや廊下とは少し印象の違った、やや狭い部屋だ。アレンはどこか小学校の時に入った校長室を思い出した。
奥の窓を背に、執務机が一つ。その手前には向かい合うように置かれたソファと、間にテーブルが置かれている。
部屋の主は高い陽の光を窓から受けながら、窓際の机に着いていた。
「ん? 銀の髪に金の髪。なるほど君たちが噂の、ジークさんが言っていた妖精のような二人——」
その男は入室者たちを見て取ると、金色の前髪を揺らしてふっと微笑み、
「——アレザさんに、リーンさんだね」
てんで的外れなことを言った。
「……リーザよ」
「……アレン。俺はそんな、体を傾ける動作みたいな名前じゃない」
二人して指摘すると男——彼が<ギルド>の団長、レイブンなのだろう——は「あれ?」と黒い目をぱちつかせて驚いた。
団長と聞いたからどんな人物かと思えば、温和な顔つきの、とっつきやすそうな金髪の優男だ。ジークが特殊すぎただけに、無用な警戒を抱いていたのかもしれない。
「これは申し訳ない、混ざっちゃったみたいだ。つい」
茶目っ気を含んだ仕草に思わず力が抜ける。
ジークはジークで変だが、こちらも言っちゃなんだが団長だというのにあまり威厳を感じない。
別に平気だと伝えると、レイブンは胸を撫でおろしながら「よかった」と安堵した。物腰も低い。
「ごほん。では改めて……僕はレイブン。不肖ながら<ギルド>の団長を務めている。それで、ここに来たのはジークの紹介みたいだけど」
黒々とした瞳が、ちらりとジークへ向けられる。がしゃ、と微かに音を立てて甲冑が頷いた。
「——先日のゲーム内イベントの犠牲者について。このアレン君が伝えたいことがあると言うのでな。私は既に、我がギルドハウスで聞かせてもらったが」
「……うん? そうなのか。なんだ、僕はてっきり……まあいいや。なら、傾聴させていただくよ。アレンさん」
ゲーム内イベントの犠牲者。亡くなった方の話だと知り、レイブンの表情がすっと引き締められる。
同じように襟を正し、アレンはその話をした。さっきジークに語ったのと同じだ。
本日二度目、あの夜リーザにしたのと合わせればこれで三度目。慣れたくはないが、嫌でも語り口は端的かつ平坦になる。
それを、レイブンは目を伏せてただ無言で聞く。やがてアレンが語り終えると顔を上げて、やりきれない表情で息をついた。
「そうか。フェイクゴールドさんがあのレベルのモンスターにやられるのは信じ難かったけれど、そういう裏があったんだね。ありがとう、アレンさんが代わりに引導を渡してくれたのならもう僕の出番もないだろう」
「いや、礼を言われるようなことは……」
「礼も言うさ。——報復の手間が省けた」
凪いだ水面のように穏やかな目に、一瞬だけ黒い激情の火が過る。隣で銀髪の少女が小さくに息を呑んだ気配がした。
レイブンはすぐにその目を細めて表情を崩し、にこりとした笑みを作る。
(……おっかねえ)
しかし誤魔化しきるにはもう遅い。柔和に見えて、心中では強く渦巻いているものがある。おそらくは同胞を殺した、マグナへの怒りや憎悪か。
その矛先が少なくとも、表向きには自分に向けられていないことについ安堵する。
「アレンさんの伝えたいこと、というのはこれで終わりなのかな?」
「あ、ああ。うん」
「うーん、そうなのか。一昨日ジークさんから二人の話を聞いたあとだったから、あらぬ期待をしてしまったかな」
「期待?」
どこか気落ちしたように、軽く肩を落とす。
その意図が全く掴めない。隣を見ると、リーザも同じように首を傾げていた。
「いや……二人ともお強いと聞いていたからね。<泰平騎士団>か、あわよくば僕ら<ギルド>に入団してくれるのではないか、と。部屋に入ってきたときは後者なんじゃないかと、そう思ってしまったんだけどね。早とちりだったみたいだ」
「あ。そっか、紛らわしくてすまない」
あらぬ期待をさせてしまったらしい。今日ここを訪れたのは、マグナの件を伝えるためだけだ。
ただ、まったく的外れでもない。なぜなら<ギルド>の目的はアレンの目的と一致している。
元の世界へ、現実へ戻る。マグナの遺言もあり、今のアレンにとっての至上命題はそれに尽きる。ならば、同じ目的の人間が集う<ギルド>に入って、バベル攻略というアプローチからそれを目指すのが最も安牌ではないか——そういったことを、今朝も少し考えた。
だが、気軽に決められることでもない。
「二人とも、入ってくれる気はないんだよね?」
「……まあ、今のところは。先のことはわからないけど」
「わ、私も。ギルドに入るのはまだ、ちょっと」
そう答えると、レイブンは「そうか」と残念そうに眉を下げた。
……マグナの一件を伝えた手前、あまり強くは勧められないのかもしれない。マグナが失わせた分、責任を取れという風に聞こえてしまうかもしれないから。
しかしリーザが断ったのは、驚愕と言うほどではないにしろ、意外と言えば意外。疑問と言えば疑問だった。先のゲーム内イベントでは町のために尽力したが、やはりまだ<ギルド>のように最前線に出て戦うのは恐れがあるのだろうか。それも無理ないことだ。
「ふむ。だが、少なくともアレン君は入団の意思が全くない、というわけでもなさそうだ。魔界の諜報員だった私の勘はそう言っている」
大仰に手を広げ、ジークがそう言って間に入る。
「……さっきは兵士って言ってなかったっけ、ジーク」
「些細なことだ。で、実際どうなのかね」
「ええ……。うーん、俺もまだ転移して日が浅いし……でも元の世界には絶対に帰らきゃいけない。なにをしてでも。だから、そのうちお世話になる、かもしれない」
「そうだろう。ならば、体験入団ではないが、次のバベル攻略に助っ人として参加してみると言うのはどうかね?」
ひょっとするとその言葉は、立場上強く言えないレイブンに対する、彼からの助け舟だったのかもしれない。ともかくジークの助言にレイブンは「おお」と手を打った。
「それはいいかもしれないね。どうだろう、アレンさん、リーザさん。二人がもしよければ、来週に行うバベル攻略に参加してみないか」
助っ人として、バベル攻略に参加する——
自然と二人して振り向き、顔を見合わせる。……リーザはまだ惑っているような表情だ。
しかし、アレンにしてみればまったく悪い話ではない。インターンみたいなものだ。むしろ<ギルド>の空気も知れていい機会になると思われた。
「じゃあまあ、お試しということで」
「おおっ、わかった。嬉しいよ」
アレンがこくりと頷くと、レイブンは爽やかな笑みを浮かべて喜び、それからリーザのほうを見た。
「ぁ……えっと。じゃあ私も、とりあえず助っ人に」
リーザは逡巡しながらも、おずおずと提案を受け入れた。アレンが断れば彼女も断ったかもしれない。そのくらい、不安定な承諾だった。
「そうか、そうかそうか! いやぁ、嬉しいよ。ありがとう」
「レイブン君。まだ入ると決まったわけではないのだぞ」
「ああ、そうだったね、うん。だけど嬉しいものは嬉しい。人というのは、集まれば集まるほどに力を発揮するものだからね」
「よろしくお願いします。ええと、レイブンさん」
「おっと、今更敬語なんていらないさ。肩を並べて戦うのなら皆等しく仲間だよ。——当日はこちらこそよろしく。アレンさん、リーザさん」
道を示すような、レイブンの真っすぐな目が二人を見据える。
それはアレンにとっても覚えのある、わかりやすい理念だった。戦場の味方は平等だ。
アレンとリーザは同時に首肯して、改めてバベル攻略への参加を表明する。それから日程やバベル前に集合する時間といった細々した部分を聞き、当日の要項を頭に入れた。
来週と言っても、直近の予定では三日後に<ギルド>でバベルに挑むらしい。現在攻略できているのは全百層中の三十九層まで——つまり、次回からは第四十層からを攻略していくことになる。
そしてならば当然、第四十層は十の倍数なので初っ端からボスモンスターが待つボス部屋だ。そこへアレンとリーザも参加するわけで、初の団体戦以前に、初のボス戦に対する不安はどうしても拭いきれないものがあった。
三日後。その日がバベル攻略だけでなく、このキメラ世界そのものを再定義するような基軸の日になるとは知らず——
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