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第十九話 甘党少女に自覚なし

「えっ……いや、知らないです。その、俺は<泰平騎士団>の人間ではなくて——」

「うむ、知っているとも! そして合言葉など特にない!」


 バタンっとドアが唐突に勢いよく開かれる。この前のように鼻頭を砕かれないよう、アレンは急いで跳び退いた。

 中から現れたのは相変わらずのゴールドアーマー。金色装備に身を包む、ジークの姿だった。


「窓から君たちが来るのが視認できて、少々からかってしまったよ! はっはっは。なに、些細なる戯れだ、許してくれたまえ」

「な、なんだ。びっくりした」

「今日テンション高いわねこの人……こんな朝っぱらから」

「高揚もするとも。あの日、いきなり走り出していなくなったものだから、アレン君の息災が確認できたのは僥倖だ。忌まわしき魔物どもの襲撃も終わっていたから、さして心配することでもないとは思いはしたが。ささ、入りたまえ」


 大仰な身振りで中へ先導しながら、ジークはアレンの顔を見て笑みを零した……と思われる。重厚な金のヘルメットの奥で。

 団員を亡くした直後だというのに、<泰平騎士団>でもないアレンのことまで思っていてくれたらしい。もう少し早くに無事を伝えに来るべきだったと、少しだけアレンは悔いた。


「しかし、無事を報せに来た……だけではなさそうだ」

「……ああ。話、早くて助かるよ」


 近代的な外観の中に入ると、途端にモダンの風味は消し去られた。白い壁や尖塔アーチ、華美な装飾には外の街並みよりもむしろ古めかしい、ゴシックの趣がある。

 ……これは間違いなく団長の趣味だろう。防御力もあるかもしれないが、あんなガッチガチの西洋甲冑を着こんでいるくらいだ。

 しかし間取り自体は普通に現代の家なので、天井もそこまで高くないし、窓も大きくない。

 それを無理やり十四世紀辺りのヨーロッパ風に近づけた内装は、まるでむくつけき大人に幼児用スモックを着させたような、拭いきれないミスマッチ感があった。


「来客ですか、団長——あっ」


 廊下を抜ける途中、隣のドアからひょこりと一人の少女が顔を出す。


「は、はわわっ」


 紺のフードを被った彼女は、わたわたと慌てふためきながら腰で留めていた、白い仮面を顔に着ける。

 が、もう遅い。その素顔はアレンもリーザもばっちり目撃してしまった後だ。


「ん……その仮面、一昨日の人。女の子だったのね」


 むしろ焦って仮面を着けたのは逆効果だったらしく、リーザはそれを見て彼女のことを思い出した。

 一昨日、ゲーム内イベントが終了した直後、ジークに被害状況の連絡に来たフードの人物だ。女性、それもリーザと同い年か少し年下くらいだろうか? 落ち着かずにもじもじとする様子は、小柄さも相まって小動物めいた愛らしさがあった。


「すまない時雨君。間が悪かったようだな」

「い、いえ! ごめんなさい戻りますっ」


 時雨と呼ばれた彼女は、フードを深く被ってドアの奥へと引っ込んでしまう。


(顔を見られたくない? でも、別にコンプレックス感じるような容姿じゃないと思うけどな)


 むしろ端整だ。とはいえ、本人がどう思うかは周囲に決められることではない。

 特にあのくらいの思春期だとそういったことに敏感になるものだ。自意識過剰というか、過度に周りの目が気になってしまう思春期特有の複雑な心情は、アレンにも覚えがある。

 アレンは下手に勘繰らず、見なかったことにした。それが年上の対応というものだろう。


「来るタイミング、よくなかったかな。ごめん」

「いや、私の落ち度だ。奥で話そう」


 まだ装飾控えめな、来客室らしい部屋に通される。

 ふかふかとしたソファに座らされ、しばらくするとティートレイを持ったジークがやってきた。


「せっかくの来客、それも麗しき淑女二人にお茶くらいしか出せなくて申し訳ないが」

「二人って、さらっと俺も淑女カウントするのはやめてくれ」

「ふふ。アレンは淑女って歳じゃないものね、まだおこちゃまだから」

「いやそういう意味じゃなくてな? しかも本当は俺の方が年上なんだからな?」


 ガチャガチャと鎧の音を立てながら。もろに室内だというのに、鎧を脱ぐ素振りすらない。不便極まりないだろうに。

 <泰平騎士団>は顔を隠すルールでもあるのか。いや、ゲーム内イベントの時に黄色のチャームを付けた人間は見たが、別にそんなことはなかった。そもそも団員全員が顔を隠しているなど、どこの仮面舞踏会だ。不気味すぎる。

 本当に疑問だったが、なんとなく訊くのもためらわれたので、そこには触れずにお礼だけ言ってトレイのティーカップを受け取った。


「ジークは飲まないの?」

「む……私はその。いい」


 テーブルに置かれたカップは二つ。ジーク自身のものはない。リーザが指摘するも、ジークはどこか歯切れの悪い返答だ。

 ……そうまでして兜を脱ぎたくないのだろうか。暑苦しくはないのか。

 ともあれ本題には関係ない部分だ。自分自身礼儀やマナーに疎いアレンには別にどうだっていい。気にはなるけど。


「あ、お砂糖貰うぞ」


 本題に入る前に、トレイのシュガーポットから可愛らしいミニトングで角砂糖を取り、カップの黄金色をした水面へ柔らかく落とす。

 一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。六つ。七つ。八つ。

 陶磁器のピッチャーを手に取り、ミルクも足す。どぽどぽどぽどぽどぽどぽどぽどぽ。

 ともすればカップの縁から溢れそうな、容積の増えたそれをティースプーンで入念に混ぜていく。底の方に溜まる、溶け切らない砂糖のじゃりじゃりとした感触がたまらない。


(……思えばキメラに来て、甘いもの食べてなかったな。危なかった)


 連日、宿の味気ない食事ばかりだ。あとしばらくすれば甘味不足の禁断症状で頭がおかしくなっていたかもしれない。危機を回避できたことを喜ばしく思いながら、アレンは血糖値をおかしくする水を口に含んだ。

 目の覚めるような甘味が口内を蹂躙する。喉奥へ滑らせると、マスカットにも似た品のある後味が僅かに後に残る。エネルギーが胃の中で渦を巻き、即座に血管を経由し体の末端まで行き届くような感覚。

 なぜか無言で凝視してくるジークと、隣のリーザのことをさして気にも留めずアレンは満ち足りた顔で飲み干した。


「——嗚呼、生き返る心地だ。紅茶は詳しくないけど、ダージリンのなんかだよな? これ好きなんだよね、しつこくなくて」

「……そんなんにしちゃったら、もう味とか風味とか全部、関係ないと思うけど」

「ううむ……アレン君はとりあえず糖尿病にだけは気を付けてほしい。壊疽えそは怖いぞぉ、壊疽は」

「?」


 なんだか妙な反応をされ、疑問に思いながらもカップを置く。

 アレン自身は面倒なので紅茶を淹れたりはしないが、母の趣味でたまに付き合わされていた。だから飲み方も母と同じで、特におかしいところもないはずなのだが。


「ま、いいや。今日来たのは、先日のイベントで亡くなった人のことなんだけど。ええと……正円さんと、フェイクゴールドさん、だったか」

「忘れることなどできない、痛ましい出来事だった。それで、わざわざ我らがギルドハウスへ足を運んだからには、彼らのことでなにか?」

「ああ、実は——」


 アレンは一呼吸置いて、あの時別れてからのことを話す。

 二人が亡くなったのは『恐竜襲撃』による事故ではなく、それに見せかけてバベルの窓から狙撃をしていたマグナという男によるものだったこと。マグナが元の世界、現実でアレンと同じプロチームに所属するプレイヤーだったこと。

 そして、その責からアレンが手を下したこと。

 意識して感傷を起こさないよう、できるだけ淡々と語ると、話し終えるまでそう時間はかからなかった。

 

「本当に申し訳ない。仲間である俺が、事前に止めるべきだった」


 座ったまま頭を下げる。

 この謝罪は、究極的には無意味な行為だ。アレンに差し出せるものなどほぼないし、謝ったとて亡くなった者が帰ってくるわけでもない。自己満足と言われればそれまでだ。

 それでも、罪を犯したあの男を今でも仲間だと言うのなら、同じ咎を背負わなければならない。


「……顔を上げてくれたまえアレン君。いくらともに戦場を駆けた君の同士といえ、そのマグナという凶弾の主は許しがたい。しかしそれを止めてくれた君には感謝しているよ」

「ありがとう、ジーク」


 ジークは寛大に、詰ることも責めることもせず許した。アレンも必要以上の卑屈さは現さず、すぐにおもてを上げる。

 伝えるべきことを伝え、目的は果たした。話はこれで終わりだ。もとより事後報告、この先に繋がることなどない。

 そう思い、アレンは茶の礼を言って席を立とうとする。


「……ところで。アレン君はこれから、<ギルド>の方にも赴くのかな」


 が、先にジークがそんな問いを投げかけた。


「ん——ああ、うん。フェイクゴールドさんは確か、<ギルド>と掛け持ちしてたんだったよな。だったら<ギルド>の人らも、その人のことは知るべきだろう」

「ふむ……ならば、私もともに赴こう。君たちはレイブン君——<ギルド>の団長ともまだ面識がないだろうから、私がいれば話が運びやすいはずだ」


 そう言ってジークが立ち上がる。

 確かにアレンに、面識どころか<ギルド>の団長だというレイブンの名にすら覚えはないが、どうしてそのことを知っているのか。


「実は、君たちのことはレイブン君に話していてね。軽くではあるが」

「え? そうなのか」

「そうとも。金髪と銀髪の、妖精のように可憐な二人の少女が町の防衛に協力をしてくれたのだと。だからきっと、彼もアレン君を責め立てるようなことはしないはずだ。感謝こそすれ、な」


 それは渡りに船というか、ありがたい話だった。


「妖精だって。聞いた? アレン。私妖精って言われちゃった。フェアリーよフェアリー」

「言われてそんなに嬉しいもんなのか、妖精って」

「いや、恥ずかしくないのかなーって。面と向かってそんなこと言って」

「……そういうことは目の前で言わないであげて」


 中々に手厳しいリーザの物言いに、兜の奥で赤面していたらどうしようかと無駄な心配をしたアレンだったが、今更そんなことで傷つくメンタルでもないのかジークは特に気にした素振りもなかった。確かに言動がアレなのは平常運転だ。


「では参ろう」

「じゃあお言葉に甘えてそうしようかな……そだ。お茶おいしかったよ、ジーク。ありがとな」

「あっ、私も。こんな世界じゃ味わう機会も中々ないから、口にできて嬉しい」

「そう言ってもらえると助かるよ、リーザ君。私は門外漢ゆえ詳しくはないが、茶葉にこだわる団員がいてね。その言葉を伝えればきっと喜んでくれることだろう」

「……えっ、俺は?」


 何故かスルーされたアレンの礼。その真意を問う間もなくジークに置いてかれぬよう部屋を出て、ギルドハウスを後にした三者は、<ギルド>のギルドハウスに向けて昼前の街路を歩き出した。

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