第十八話 幕開けの朝のそのあとに
——アレンが朝食を摂るため宿に戻ると、ちょうど階段からリーザが降りてくるところだった。
「あれ? こんな朝からどこかに行ってたの? ずいぶん早起きね」
言いながら、彼女は食堂のテーブルに着く。アレンも入ってきた木のドアを閉めると、普段通りにその向かいの席に座る。
何人かの転移者が帰らぬ人となった、『恐竜襲撃』のゲーム内イベントから二日。
心が癒えきるには誰にとっても短すぎる時間だが、それでも時計の針は止められない。時間は無情に進み、町は以前の姿をほぼ取り戻した。
リーザに聞いた話では、町の道や家といったオブジェクトは壊れても時間が経つと、自動で修復されていくのだそうだ。要は休めば回復するHPやSPなんかと似た仕様だ。
「ああ、ちょっとな。マグナさんから継いだSRを試してたんだ」
「SRって……あ。あの、赤色の銃ね。そっか、マグナの遺品、最期に貰ったんだって言ってたものね」
リーザは訊きづらいことを訊いてしまったと、僅かに目じりを下げてしゅんとした。
クリムゾン。彼がそう呼称していた、真っ赤な銃床が特徴の、ボーナスウェポンのSRだ。
二日経って、受け継いだ以上使わなければと朝からシリディーナ外の平原に出て試してみた。
自身のボーナスウェポンを入手し損ねたアレンにとって、棚からぼたもち——とは間違っても思えないが、それでも活かすことができれば強力な武器になるのは確かだ。
が、しかし。
「でもダメだったよ。当たらん当たらん」
「そうなの? 拳銃はあんなにすごい精度なのに、苦手ってあるものなのね」
「いやー、ラグがひどくて」
「キ、キメラにラグとかはないと思うけれど……」
言い訳丸出しの答えに、呆れ混じりの苦笑を返される。悲痛さが浮かびつつあった空気がすっと和らぎ、アレンも知らず頬が緩んだ。
——ちなみに、ラグとはサーバー間の通信が正常に行われないことによって発生する遅延のことである。キメラには無い。
基本的にFPSプレイヤーは弾が当たらないとき、すべてをラグのせいにする生き物だ。
「まあ、考えをまとめたかったのもあってさ」
実際のところ、弾が当たらないのは単にアレンがSRに不慣れだというのと、銃そのもののサイズにあった。
大型の狙撃銃は扱うのにも一苦労だ。まず銃そのものが重たいし、ボルトアクション特有のボルトを引いて戻す動作も、アレンの小さな手と細い腕では少しばかり手間が大きい。
マグナは何らかの手段でコッキングの動作を短縮していたようだが、それもわからずじまいである。彼のことだから案外、無理やり腕力でボルトを高速操作していただけかもしれない。だとすれば今のアレンには到底無理だ。
「考え?」
「ああ。情けない話、昨日はそこまで気が回らなかったけど。<泰平騎士団>の二人が亡くなったのは、俺にも非がある。マグナさんは俺の仲間だから。……今だってそうだ」
「アレン……だけど、そんなの再会してすぐじゃわからないわよ。私も、話聞いて驚いたもの。まさかマグナが<泰平騎士団>の人を撃っただなんて」
「まあ、な。ただとにかく、そのことは<泰平騎士団>と……<ギルド>も掛け持ちしてたんだったな、亡くなった方は。双方はまだ、単なるイベントの事故で亡くなったんだと思ってるはずだ。それは、よくないと思うから」
結局、彼がどうして凶行に走ったのか。アレンには理解も共感もできなかった。
しかし……アレンが彼に抱いていたイメージは、現実世界にいた頃から表層の浅いものでしかなかったのだろう。心の内では、周囲に隠していた歪みがあった。その歪みに劣等感だの自尊心だのと名前を付けるのは簡単だが、今となっては下衆の勘繰りでしかない。当人はもういないのだから。
ただ、それに気が付くことができれば。
キメラであの時、バベルの前でマグナと逢った時——あるいはそれよりずっと前、現実世界で、画面の中の戦場で肩を並べていた時に少しでも気が付いてやれていれば、結果は違ったかもしれない。
そう思うとやり切れない。
「そんなわけで、飯食べたらちょっと行ってくるよ。<泰平騎士団>と<ギルド>の人たちは、本当のことを知る権利がある」
同時に、アレンにはそのことを伝える責務がある。そういう話だ。
「そっか。なら、私も行くわ」
「えっ?」
リーザの意外な申し出に、アレンはつい素っ頓狂な声を出した。
なぜ付いてくるのかまるでわからない……と意思がありありと表れた雄弁な丸っこい碧色の瞳を、リーザはじとっと見つめながら、
「そんなに驚かないでもいいじゃない。マグナのこと、なにもできなかったし。それに私、アレンにはこれでも感謝してるのよ?」
そんなことを言った。が、その言葉がさらにアレンを困惑させてしまう。
キメラにきて色々と助けてもらい、この宿に今いるのも——不人気なのだそうだが——リーザのおかげだ。アレンから彼女に感謝こそすれ、感謝をされるいわれなどあっただろうか?
「ちょ、そんなぽかんってしないで。おかしいおかしい。おーい」
頭に無数の疑問符を浮かべて硬直していると、リーザが目の前で手のひらをぶんぶんと振ってくる。
一応、それで意識を取り戻す。だがやはり、アレンは考えども心当たりを探り出すことはできなかった。
「なにかしたっけ。俺」
「……改めて言うのはちょっと恥ずかしいけど。イベントのとき、背中を押してくれたじゃない」
「あ。ああー、そういえば」
「その、『あったなぁそんなの』。みたいな感じで言われるとちょっと腹立ってくるわね……感謝撤回しようかな」
「悪かった。感謝してくれ」
「あまり調子に乗ってると裏世界でひっそり幕を閉じることになるわよ」
「すいませんでした……え、なに? 裏世界? どこ?」
早口によくわからない言葉を捲し立てられるも、有無を言わさぬ圧を感じ、半ば本能的にアレンは謝った。
イベント——件の『恐竜襲撃』の日、足をすくませていたリーザだったが、外へ出ようとするアレンに感化されて、たまたま宿の前にいた<泰平騎士団>のジークとともにイベント攻略をこなした。
しかしそれも、一歩を踏み出せたのはリーザの勇気あってこそだ。
そう言おうとしたが、先にリーザがごほん、と咳払いをしてから口を開いた。
「私だって、元の世界には帰りたいって思うもの。でも、だからって<ギルド>に入ってバベルに挑むのも、騎士団としてゲーム内イベントと戦うのも、どうしてもできなくて……。そういうわけだから、背中を押してくれたアレンには感謝してる」
「……そうか。なら、どういたしましてだ。でもやっぱり、リーザは勇気のある人だよ」
死ぬのが怖い。それは、キメラでも現実でも人として当然の感情だ。彼女のように若ければなおさら。
元の世界に帰りたいのは、みんなそうだろう。かといって、その目的のためバベル攻略をする<ギルド>に入るのも、<泰平騎士団>に入るのも必然的に危険が付きまとう。二の足を踏むのも無理はない。
その恐れを乗り越え、自ら町を襲うモンスターに剣を向けた。これを勇気と呼ばずしてなんと呼ぶ。
(そういえば、転移したばっかでバタバタしてて考えてなかったけど、俺も元の世界に戻ろうとするのなら……)
アレンがふと、先の事柄について淡い思考を巡らせる。が、その結実を待たずしてリーザの問いが投げかけられた。
「それを言うならアレンだって。アレンもやっぱ、元の世界帰りたい?」
「? そりゃあそうだろ、普通」
「——。そっかあ……。せっかく幼女になれたのに、帰ったら元に戻っちゃうんじゃないの?」
「俺が幼女になりたがってたみたいな言い方はよしてくれるかっ⁉」
事実無根、根も葉もない誤解だ。……たぶん。
「ふふ。そうよね、アレンはマグナのこともあるし。絶対帰らなきゃよね」
「そうだな。それ以前にも、まだまだ向こうでやり残したことがたくさんあるから」
「プロゲーマー、だもんね。私はそういう業界には疎いけど」
アレンは小さく顎を下げ、頷いた。
ゲーミングチーム<デタミネーション>の一員として、まだまだ活動を続けていきたい。だが、それだけでもない。
マグナに託された意志。チームのこと。
あとはもう一つ、両親にろくな親孝行もできないまま別れるのがどうしても嫌だった。
(……恥ずかしいから言わないけど。またからかわれそうだ)
最後の理由はまだ胸に秘めたまま、アレンたちは相変わらず味の薄い朝餉を歓談混じりに食した。
*
「よく考えたらアレン、私なしにどうやってギルドハウスまで来るつもりだったの?」
「……はっ。確かにっ」
バベルの前を経由し、大通りからシリディーナの南部へ。
それから曲がりくねった道を通り、やがて目的地——黄色い団旗が目に眩しい、現代的なモダンハウスの前に到着したアレンは思わず手を打った。
「そもそもギルドハウスなんて概念すら知らなかった……道を事前に教えてもらっても、迷っちゃいそうだ」
「あー、方向音痴だって言ってたものね。それにこの辺りは結構入り組んでるし」
近世ヨーロッパ風の街並みにおよそ似合わない、モノトーンの直方体が重なり合ったような現代建築。周囲には高さの様々な木々が植えられ、さらに塀や壁にはトレードマークらしき黄色の団旗。
案内を担ってくれたリーザによれば、ここが<泰平騎士団>のギルドハウスなのだそうだ。
「……なんでこんな現代的なんだ」
「やっぱそこ、気になるわよね。でもたぶん気にしても無駄よ。どうせキメラの気まぐれ、継ぎ接いできただけだろうから。まあ、ここを選んだのは団長辺りの趣味かもしれないけれど」
「団長……ああ、あの金ピカ全身プレートアーマー変人男か」
「そう言われるともう完全に不審者になっちゃうわね……確かにヘンだったけども」
名をジーク。先日のゲーム内イベントでともに戦った、言動はおかしいが実力は確かな男性だ。
そして、変わった男であっても<泰平騎士団>の仲間が行方不明と知らされたときの、兜の奥で見せた悲しみは本物だった。
「あの人とは、バベルに走ったまま別れちまって会ってないから……そのことも含めて謝らないとだな」
「……うん」
さしものモダン建築も、インターホンまではないらしい。アレンはよく手入れされた庭を横目に、扉の前に立ってノックした。
手ではなく、小洒落た金色の、ひし形をしたドアノッカーでだ。コンコンと音が響き、しばしして——
「合言葉は?」
と、ドアの向こうから低い声が届いた。




