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第一話 残してきた景色

「一枚カット。前出る、カバー頼む」


 狭い部屋に声が響く。取り立てて特徴のない、高くも低くもない男性の声。

 窓はカーテンが閉め切られ、広くない割に雑多な部屋の中は窮屈な印象だ。棚にはライトノベルを中心に文庫本が並び、その上の段には少しだけフィギュアの類もいくつかぽつんと佇んでいる。


 声の主は、隅のデスクでモニターに向かっていた。ヘッドセットを付けた茶髪の青年だ。

 見る人によってはある種、いささか奇怪な光景かもしれない。

 部屋の光源は天井のシーリングライトだけで十分だろうに、何故かデスクやその周辺には、明かりを放つ機器デバイスがいくつもあった。


 右手に握る無線型の、丸みを帯びたフォルムのマウスと、それを滑らせるマウスパッドのふちは深い青色に。

 さながら蜘蛛の脚めいて、忙しなく左手の五指が動き回るキーボードは燃えるような赤に。

 彼が頭に装着するヘッドセットは白っぽく。

 そして、デスクの下に配置されたパソコン本体は、サイドパネルのガラス面からその中が透け、常に七色——正確には1677万7216色。絶えず色調を変えながら、ひっきりなしに輝いている。


 なぜこうも、実用性もなくどれもこれもが光るのか。

 実のところ、使用者である青年もよくわかっていない。でも邪魔にはならないし、正直別にどうでもよかった。


「奥にSR(エスアール)、ロックされてる。……ああ、中にフラッシュ焚く」


 青年はモニターに全神経を注ぎながら、淡々と話す。

 当然、彼はゲーム画面と会話をする奇特な趣味の持ち主ではない。これはボイスチャットを通じ、チームメイトと連携を取り合っているのだ。


「ヒット。詰める! 激ロー激ロー! ……ナイス!」


 しばしして、画面に大きく「WIN」の文字が華々しく踊る。

 知識のない人が見ても、その試合展開はなにがなにやらさっぱりだが、とにかく勝利を収めたらしい。


「いやぁ、ナイスカバー。マジ助かった。んじゃ、俺はもう遅いしこの辺で。……うん。了解、また明日!」


 そう言い終えると、挨拶もそこそこに青年はマウスを軽く操作して、ボイスチャットツールのグループを退出した。

 それからヘッドセットを外し、ふうと息をつく。


「十五時間ぶっ続けは、流石に堪えるな。腹も減った……」


 ぐーっと伸びをする。それと同時にお腹の方もぐーっと鳴った。

 モニターの右下に表示されたデジタルの時刻表記に目をやると、現在午前三時五十九分。四時ギリギリ手前だ。

 一日中椅子(ゲーミングチェア)の上とはいえ、競技性のある|ファーストパーソン・シューター《FPS》ゲームは神経を摩耗させる。全身、特に眼と脳の疲労は相当のものだ。


「……面倒だし、飯はいいや。起きてからなんか食おう」


 青年はデスクから離れ、あくび混じりに電気を消してベッドへ向かうと、ぼふっと全身を預けた。

 毛布を被ることすら億劫で、自然と目が閉じる。閉じた瞼につい浮かぶのは、今日一日のゲームプレーの反省点だ。


(……あそこは一人で詰めすぎたな。味方のカバーを待つべきだった。あの試合のときは、遮蔽物を上手く使えてなかった。報告も薄かったかも……)


 しかしそんな思考も、すぐに睡魔という逆らえない鎌に刈り取られていく。

 一分とかからず意識は夢に溶け、眠りに落ちた。

 すー、と青年の穏やかな寝息が立ち始める。

 だが、それも長くは続かなかった。何故ならば、彼の——青年の体はそれからしばしして、消失したからだ。

 一切の前触れなく。彼は忽然に、ベッドの上から姿を消した。


 電源が付いたままのモニター。その片隅には、午前四時ちょうどの時刻が浮かんでいる。

 彼が消えたことに家族の二人が気づくのは、おそらく翌朝のことになるだろう。


 主のいなくなった部屋で、マウスやキーボードといったゲーミングデバイスたちだけがどこか虚しく、いつまでも多様な光を浮かべ続けていた。

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