第十四話 黄金の変人
二人で並び、軋むドアをあけ放つ。
見慣れつつあった宿の目に広がる通りは、すぐ向こうで戦闘が繰り広げられる戦闘地帯と化していた。
角の辺りでちょうど、三つ目——スリーアイズ・レックスが鎧に身を包んだ男を喰らわんとその大口を開き、ナイフのような牙をギラつかせる。
「あっちだ、援護に向かおう!」
「ええ!」
助けに入るため、アレンとリーザは弾かれたように駆けだす。
しかし距離があり、割って入るには間に合いそうにない。
(当てられるか……⁉)
やむを得ず、走行中のままアレンはアーガスを構えた。
フロントサイト越しに、恐竜によく似た化け物の姿を捉える。今となっては少し懐かしい、キメラに来てアレンが最初に遭遇したモンスターだ。
こげ茶色の鱗に覆われた艶めく肌。体長は人間など遥かに上回る、大型トラックと相撲をしても競り勝てそうなほどだ。
そして最大の特徴はやはり、ギョロついた眼光を放つ、三つの黄色い瞳——
(いや、当てなくては!)
弱点らしい弱点と言えば、その三つもある眼球くらいだろう。他はほとんど鱗に覆われている。
「っ——」
緊張を落ち着ける暇さえあるはずもなく、アレンは一瞬の集中に体を任せ、トリガーの指に力を込めた。
乾いた銃声が一つ。
距離を隔てたうえで、光学照準器もなしに、眼球一つを狙い撃つ。針穴に糸を通すような——いや、それよりも格段に難易度の高い、不可能に限りなく近い試み。
しかし、その無理を通してこそのトッププレイヤー。放たれた弾丸の丸みを帯びた弾頭は、一切の誤差なく化け物の眼球、その三角形状に並ぶ目の左眼を穿った。
「ガ、アアァァァァァ——‼」
悲鳴だろうか。短い咆哮を一つ上げて、スリーアイズ・レックスはたたらを踏む。その間に噛みつかれかかった鎧の男は大きく下がり、彼我の距離を開けて仕切り直しの体勢を取った。
「すまないな、この私とあろうものが助けられ——えっ子ども?」
近寄ってきたアレンとリーザを見て、兜越しに驚愕をこぼす。
男は黄金色の、大層な西洋の鎧兜に身を包んだド派手な装備をしていた。甲冑のサイズや、特に脚部装甲のラインからして男性なのは一目で見て取れるものの、顔は重厚な兜に覆われてまるで窺い知れない。
その籠手には、黄金の柄を持った幅広の剣が握られていた。両手剣というやつだろうか。
「ロリはロリでも、銃の腕前には自信のあるロリだ。援護させてもらう!」
「わ、私も! 町のために、戦う!」
「むぐ、しかしだな……この勇者たる私が、幼き子らの助けを借りるのはなぁ……そういうの守ってこそみたいなところあるし私…」
兜から聞こえるくぐもった声は、どうにも助けを受けることに戸惑っているようだった。
だがこの緊急事態、そんなことを言っている場合ではないことは火を見るよりも明らかだ。
「うにょうにょ言うのは後にしてくれ! とにかく戦うぞ!」
「う、うにょうにょだとォ、この<漆黒の魔兵士>と全世界及び魔界で謳われたこの私に——」
「なんだこいつうるさいなぁ⁉」
なんだかよくわからない呟きを続ける鎧の男を無視し、アレンはその隣を抜けて前へ出る。それに合わせてリーザも、黒い例のボーナスウェポンを手に並走し出した。
「グオオオオオオオォォォ——ッ‼」
空気を歪ませるような激しい咆哮が迎え撃つ。
対する恐竜モンスターの、銃撃により潰したはずの左眼は健在だった。
(回復……? いや、そもそも部位欠損だとか、そういうのないのか)
眼が弱点だという考察は、怯んだことからもおそらく正解だった。
だが、そこに発砲し命中させたとて、眼の機能に支障はない。何故ならこの世界においてあらゆる攻撃は傷を作らないからだ。
傷にならないし、血も出ない。
傷の代わりになるのは、減少するHPバー。血の代わりに出るのは、攻撃に応じたエフェクト。
そういう世界だ。
「目ぇ三つ潰して終わり、みたいな楽な話はないか……。リーザ、援護頼む! 俺が隙を作る!」
「うんっ」
再びアーガスを構える。
スリーアイズ・レックスは銃弾を撃ち込まれたことが不服なのか、アレンの小さな体躯をその三つの眼で睨みつけた。
「来いよ化け物……! 対エネミーは専門じゃないが、未経験ってわけじゃない——!」
怯みそうな足に発破をかける。
蛇にも似た、左右に頭部を揺らす狙いを絞らせない軌道でその口腔が迫る。生えそろう牙は一本一本が凶器そのものだ。噛みつかれれば血こそ出なくとも、激痛は必至。HPバーが受けるダメージも尋常ではないだろう。
しかし、そんなフェイントを交えた噛みつきの動きを、アレンの碧い両の目は完全に見切っていた。
アーガスの黒い銃口が二度、火を放つ。
先刻に比べれば格段に近い距離。加えて、自身に向かってきている敵に弾は当てやすい。二発の弾丸はそれぞれ、またしても寸分の狂いなく、黄色い眼球二つを撃ち抜いた。
「ガァアアァアァアアアア——ッ⁉」
「俺のトラッキングを舐めるなよ、化け物が。今だリーザ!」
「ええ!」
<デタミネーション>随一——つまり国内随一の動体視力と、それを支える人並外れた反射神経は、少女の体になっても衰えていなかった。同時に二つの弱点に銃撃を受け巨体が傾ぐ。倒れ込むまではいかずとも、その鱗に覆われた体を逸らす。
「てぇ——やぁっ!」
そこへ、黒く波打つ奇妙な刀身が叩き込まれる。左手に構えた盾で体を隠しながら放たれた、隙のない鋭い一閃がスリーアイズ・レックスの腹部を裂いた。腹部も弱点の一つだったらしく、上体が浮いたおかげで露わになったそこは鱗に覆われていなかった。
「グォォォォォ——ッ」
断末魔の叫びをあげて、三つ目がどさりとその場に倒れ込む。その拍子に長い尻尾が付近にある家屋の壁面をぶっ叩いたものの、幸い壁を砕くほどの力はなかった。
「やった……やったわ!」
巨躯が塵へと返り、世界から失われる。
装備を持ったままの諸手を挙げ、リーザは跳び上がって喜んだ。
「……! 待てリーザ、新手だ!」
だが、屋敷の陰から新たにもう一頭のスリーアイズ・レックスが現れる。
黄色い眼光は三つ揃って紛れもなくリーザを見据え、よそ見をする獲物を喰い殺さんとその口元を大きく歪め——
(まずい、間に合わな——)
腕を上げて引き金を引く前に、死の牙が彼女へ届く方が早い。
だが、首筋を噛み砕かれたところでこの世界では大動脈を欠損するわけではない。せめて即死でないダメージ量であってくれ——そんな絶望的な思いとともに、アーガスを新手へ向ける。
そんなアレンの真横を、一発の弾丸が通り抜けた。
「——っ⁉」
アレンのものではない何者かの弾丸が、二頭目の濁ったトパーズのような眼を撃ち抜く。
弱点を銃撃されたスリーアイズ・レックスはやはり叫び声を上げながら怯み、
「我がかつて闇に堕ちた黒い輝きを放つ黄金の一撃を受けよ……! はァッ!」
黒いんだか金なんだかよくわからない言葉を早口に発しながら振り抜かれた、両手剣による普通の一撃によってそのHPを失った。
先ほどの黄金の鎧を着こんだ男だ。結果的に助け返してもらった形。
だがそのことより、アレンの意識は一発の銃弾に囚われていた。
(さっきの……銃声が聞こえなかった。遠距離からの狙撃、か?)
窮地を救ったあの一発は、的確に弱点の眼へと着弾していた。狙ったのであれば、相当な腕だ。そして並外れた腕を持つ狙撃手と言えば、真っ先に脳裏をよぎるのは頼れる戦友。
マグナインバウンド。同じチームに所属する、紛れもなく国内トップに近しい狙撃の腕を持つ彼のことだが——
(マグナさんじゃ、ない気がする)
なんとなくだが、マグナによるものではない気がした。
射撃の腕云々ではない。弾が、だ。
昨日ともに戦って見ていたあの赤い銃床の狙撃銃から放たれていたものに比べると、いくらか弾速が遅い。半ば直感だがそう感じた。
「……まあ、いくら目に自信のある俺でも、弾丸まで見切れるつもりはないけどさ」
撃ち放たれた弾丸を目で追えるほど、人間をやめているつもりはない。目視などできたはずもないのだが、ただなんとなく速度に差があると感じただけだ。
それに、アレンの真横を弾丸が通ったということは、狙撃のセオリーである高所を取っていないということだ。こんな街中では上を取らねば弾の通りも悪いし、ならばそう遠くからの射撃ではない……と思うのだが、しかし銃声はしなかった。
——わからない。考えても答えがでなさそうだったので、アレンは思考をすっぱりと切り捨てて、リーザのもとへと駆け寄った。
「怪我はないか、麗しき銀髪の少女よ」
「え、ええ。ありがとう、ジークさん」
金ピカ鎧の男性が、剣を下げてリーザを労わっていた。
ジークさん、そう呼ばれた鎧が鷹揚に頷く。知り合いだったのだろうか。
「そこの眩い金の髪の君も、助力に感謝する。子どもと侮ってすまなかったな、ともにこの悪辣な化け物たちの襲撃を乗り切ろうではないか」
「はあ。どうも、こちらこそ……」
髪をかき上げる動作とともに——しかも兜だから髪を触れてすらいない——放たれるもったいつけた、やたらに大仰な言い回しが鼻につく。
しかし、協力するべきだというのは同意だ。襲撃イベントがいつ終わるのかは知れないが、街中はまだ何頭もスリーアイズ・レックスが闊歩し、その数だけ転移者たちが命を賭して戦っている。
話し合う時間も惜しく三者は挨拶もそこそこに、襲撃者から町を守るために駆けた。
次に目にしたのは、広場で暴れている化け物だった。個体差でもあるのか、獰猛に尾を振り回しては地面の舗装や壁にひびを作る。尾先の触れた窓ガラスが砕かれ、割れる音を立てて飛び散った。
ゲーム世界の町の修繕は誰が行うのだろう。そんな場違いな心配をしつつ、アレンはこれ以上の被害を防ぐため、三つ目の前へと躍り出る。
「せいっ! やあ!」
「菫青石の剣よ、我が輝かしき道程を阻む醜悪な魔を断つ力を与えたまえ」
目に射撃を行い、隙を作ってはリーザと金ピカ——ジークに叩かせる。即興の連携だが、これがわかりやすく有効だった。これも動き回る恐竜の眼球に狂いなく弾を当てる、アレンの卓越した射撃技術あってこそだ。
「あのジークって人、言ってることはわけわかんないけど相当強いな……」
ジークが手にしているのは、波打つリーザの剣とは対照的な、ある種シンプルで実直な西洋剣だ。刃は厚く大きいため、盾を持たず両手で振るっている。
遊びらしい遊びと言えば、鎧と同じ黄金色の柄に埋め込まれた青色の宝石くらいだろうか。意匠を凝らしたものではないが、飾り気がないがゆえの気品がある。
おそらくあれもボーナスウェポンなのだろう。威力はあからさまに高く、獰猛なモンスターはリーザの攻撃と併せて数撃、振るわれたその大剣を受けて倒れた。
ボーナスウェポンが強力であることを加味しても高威力だ。リーザのそれよりも火力が出ている。両手剣という武器種がそうさせているのか、それともレベルによるステータスの補正か。どちらにせよ想像以上に頼りになる人物なのは確かだ。
「あの人、<泰平騎士団>の団長よ。私も初めて話したけど、噂通りの変わり者ね」
「え、そうなのか?」
「ええ。見たところ同じ<ナイト>クラス……同じ騎士として負けられないわねっ」
さっきまで臆病風に吹かれていたわりに、緑がかった瞳を対抗心に燃やして意気込んでいる。
塵へと返った魔物を尻目に近づいてきたリーザが言うには、自警団的な役割を担っているギルド、<泰平騎士団>のトップだと言う。
「フ、中々に強力な魔物ではあるが、かつて帝国に名を馳せたこの私には造作もない敵だ」
——帝国ってどこだよ。
突っ込みたかったが、なんだか掘り下げるのも面倒だったのでアレンは聞こえなかったふりをしておいた。
こんな変人が自警団のトップで大丈夫なのだろうか。




