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第十一話 深まった仲

「つかさ、現代社会がどうって言ってもゲーム世界だろ? ロリータをタッチしたとして、それしょっ引くポリスはいるのか?」

「いるぜ。<泰平騎士団>ってギルドが……まァ、実質的な自警団だな」

「ん……ギルドって確か、塔を攻略してるやつだよな? 町まで守ってるのか」


 詳しい説明を受けたアレンではなかったが、ギルドと呼ばれるものがバベルの最前線を攻略している、というのは聞いた。その目的は、塔の頂上。エンディングというゲームクリアによって、現実世界への回帰に望みをかけているとも。

 そんなものが治安維持まで担ってくれているのだろうか。


「あー、そこがややこしいところなんだけどね」


 ごほん、とリーザが軽い咳払いをする。


「私がさっき言った<ギルド>と、<泰平騎士団>は別のギルドだから。提携はしてるけどね」

「……? ギルドとなんとか騎士団が、別のギルド? でもギルドなんだろ?」

「そうなんだけど、ええと……」

「要は、<ギルド>っつう名前のギルドがあんだよ。このキメラ世界で一番最初にできたんで、そんな安直な名前になったそうだ」


 説明を待たず、マグナが補足する。それでようやくアレンも理解できた。


「えぇ……名は体を表しすぎだろ」


 ギルドという枠組みの中に、<ギルド>と<泰平騎士団>の二つが存在するのだ。その他にもあるかもしれないが、おそらくこのシリディーナの町で主要なのはこの二つ。

 バベルを攻略する<ギルド>と、町の自警団である<泰平騎士団>。どちらも見たことはないが、この町には欠かせないものなのだろう。


「そうだ。解散する前に、ゲーム内イベントのことだけは言っとかねえとな……<泰平騎士団>とも関わる話だ」

「あ、そうね。そういえばそんな時期だった、すっかり忘れてたわ」

「忘れてたってお前、緊張感ねえなあ」


 ゲーム内イベント。また見知らぬ単語が出てきた。いや、言葉の意味はわかるのだが。


「はい、すみません。ゲーム内イベントとはなんですかっ」


 異世界ヌーブ(初心者)にはわからないことだらけだ。教えを乞う生徒のように、アレンはぴしっと挙手をして問うた。

 それを見てリーザが目を輝かせ、こほんっとさっきよりも芝居がかった咳払いをした。教師のつもりかもしれない。


「ゲーム内イベントは、ゲーム内で開催されるイベントのことですっ」


 そのまんまだった。字面以外の情報が何一つ増えてない。


「マグナさん説明頼む」

「おう。毎月恒例、だいたい月末に行われるイベントだ。モンスターが町を襲ってきたり、宝探しにNPC(ひと)探しとその内容は多種多様。イベント開始の約一週間前に広場のボードに告知が張り出される」

「わ、私がまったくアテにされていないのだわ……うう」


 説明を聞き終えると、アレンは腕を組んで情報を咀嚼する。隣でリーザが涙目になっていたが、特にマグナも触れなかった。

 月末恒例のイベント。なにをやらされるかは不明で、能動的か受動的かもわからない。

 張り出される告知とやらがヒントだが——


「で、最新の告知が張り出されたのが五日前だ。もういつイベントが始まってもおかしかねえ。今この瞬間にも、な」

「な……! このタイミングで話すってことは切迫してるのかとは思ったけど、本当じゃないか。告知にはなにが行われるって出てたんだ?」

「……そうだな。実際に見た方が早い。行こうぜアレン、リーザ」


 マグナは真面目な顔つきで椅子から立ち上がる。「わ、わかったわ」とリーザも立ち、三人でバベルのロビーを後にする。

 外に出ると、強い日の明かりに目が眩み、アレンは瞼を半分閉じて手でひさしを作った。

 気づけば昼真っ盛り。上方で太陽がさんさんと輝き、地上へ日差しを送り付けている。ただ暑くはないので夏ではない——いや、そもそもこのゲーム世界に四季があるのか怪しい。


 告知が張られる広場というのは町中にいくつかあるそうで、先導するマグナに従い、その内の一つへやってくる。

 既に五日も前に出た情報だからだろう。周囲に人だかりもなく、行き交う人は今更ボードに目を向けもしない。


「……なんじゃこりゃ」


 異世界版町内掲示板、木製の簡素な板に張り出された紙を見て、アレンは五日遅れの驚きを漏らした。


「毎回こんな調子よ、告知ってのは。……今回のはまだマシですらあるわね」


 横向きにされた長方形の真っ白い紙には、マーカーのような太い黒線が乱雑に踊っていた。

 斜めから見た独楽コマのような、中心に棒が刺さった丸いなにか。その周囲を取り囲むように、顔面に点が三つ、三角形の頂点の形で描かれたトカゲめいたものがひしめいている。


「……お子様タルトを奪い合うトカゲ?」

「ゼロ点通り越してマイナスの考察だな」

「うッ」


 容赦ないコメントに地面へ崩れ落ちる。

 確かに、真ん中の棒を旗とみなすのは流石に無理がありすぎた。

 だが、こんな子どもの落書きに等しいものをどう解釈すればいい? 乱雑なタッチで描かれたそれは、線と線がつながっていない箇所も多く、パースもあまりに滅茶苦茶だ。 


「一つ一つ整理していくの。まず、巨大な円形。これは中にいる分にはわかりづらいけど、アレンだってさっき上から一部を見たはずよ」

「上? あっ」


 バベルの二十一階層、その窓から見た景色を思い出す。

 その向こうにある火山地帯に気を取られていたが、平原に佇むこの町の端は緩やかな弧を描いていた。


「そうか、シリディーナはバベルを中心に円形に広がってるんだ……! となれば、真ん中の棒はバベルか!」


 考えてみれば単純な話だ。棒の生えた円形、これはこの町の俯瞰図だった。

 だが、そうなると——


「……このトカゲ的なのは、魔物か? 町を囲んでる……」

「そだアレン、あなた森で恐竜に襲われたって言ってたわよね? それを思い出してみて、この絵になにか思うところない?」

「え?」


 森の奥。目が覚めてすぐ、鼓膜を裂くような咆哮とともに追ってきたあの巨体を思い出す。

 ただの恐竜ではない。あからさまな化け物(モンスター)だ。ぎょろりとした鋭い眼が、三つもあって——


「三つ目の……恐竜」


 顔面に三つの点が打たれた、町を囲むトカゲたち。

 もはや考えるまでもなかった。この絵、つまり近く行われるゲーム内イベントの告知には、シリディーナの町を囲むあの三つ目の恐竜が描かれているのだ。


「町が襲われてるってことか?」

「十中八九そういうことだろう。襲撃イベント……俺がこの世界に来たのは三か月前だが、その直前にも同じようなのがあったらしい。大蛇襲来、みてえな」

「襲撃イベントって……大丈夫なのか? いや、迎え撃てってことなんだろうけど」


 あの恐竜と出会ったときは、武器もなければユニークスキルの存在も知らず逃げるしかなかった。

 だが、アーガスと『爆風赫破ブラストグレネード』を持つ今戦ってみても、勝てるかどうかはわからない。見た感じの大きさだけで言えば、今日バベルの中で見てきたどんなモンスターよりもビッグサイズで強そうだ。


「そのための<泰平騎士団>よ。加えてイベントの時期は<ギルド>も提携して助力してくれるから、町の安全はばっちりのはずだわ」

「そっかあ。ありがたい話だな」

「……そういうこった。お前ら二人も、襲撃イベントが始まったらそいつらに任せて部屋でおとなしくしてることだな。イベント中は町への出入りもできなくなる」

「ええー? でも、守られてばっかっていうのも他人任せな気がして悪いな。援護くらいはしてもいいんじゃないのか?」

「ダメだ。やめとけ」


 ただでさえ、<ギルド>は元の世界へ帰還する手立てとしてバベルの攻略をしているのだ。助けになれるのならなりたいと思っての言葉だったが、マグナはぴしゃりと否定した。


「なんでだよ、いいじゃないか別に」

「転移したてのひよっこがいてもできることなんかねーよ。……やめろ」


 確かにレベルも低くボーナスウェポンも持たないが、まったく貢献できないとは思えない。最悪、避難誘導くらいはできる。

 そう反論しようとしたが、マグナの瞳はそれを許さない拒絶の色に満ちていた。

 ……身を案じてくれているのだろうが、少し過保護が過ぎる。


「わかったよ」


 これでは本当に見た目通りの子ども扱いだ。不満はあるが、しかし低レベルなのは事実。アレンは不承不承といった風ではあったが、こくりと頷く。


「リーザも、やめておけ」

「心配性ね」

「なんとでも言え。とにかく、わかったな」


 マグナはそう言うと、ボードから踵を返した。


「あれ、どっか行くのか」

「やることがあるんで、今日は帰る。じゃあな、くれぐれもイベントん時はおとなしくしてろよ」


 最後にもう一度釘を刺して、マグナは広場の向こうへさっさと去っていった。

 連絡先くらいは教えてくれてもいいだろうに。


「なんだか、最後だけちょっと変だったわね」

「ああ。真面目な顔する人じゃないんだけどな、普段」


 それはそれで失礼な評だった。

 しかし、去り際のあの横顔はどこか思い詰めているようにも見えて、ぼんやりと胸騒ぎめいたものを覚える。


「ま、いいや。マグナさんも帰っちゃったし解散するか、今日はありがとう……今日も、か」

「ふふ。アレンはもう帰る?」

「いや、せっかくだしもうちょっと街を見て回るよ。西に行けば武器屋とかあるんだっけ、銃はなくとも見るだけ見て回ろうかと」


 シリディーナに着いた直後、話しかけてきたNPCによればそうだったはず。人を模した機械のような、少々ホラーな体験ではあったが、有意義なアドバイスではあった。


「なら私もついてくわ。ちょうど、盾の買い替えも考えてたし……まあ、実際に買うのはまだ先になりそうだけど」

「そうか? 実は方向音痴だから助かるよ」

「あら、意外。結構抜けてるのね」

「視界の端にミニマップがないのが悪いんだよ、俺は悪くない」

「なによそれ」


 くすくすと可笑しそうに笑うリーザ。バベルの戦場で背を預け合って、昨日よりずっと打ち解けた気がする。

——こういうところが、アレンがゲームを好む理由の一つなのだ。

 キメラ(ここ)を単なるゲームと断じるのも違うかもしれないが。顔も名前も知らない相手であっても、ゲームを通じたコミュニケーションでわかり合うことができる。時には言語すら違っていても。

 マグナと知り合えたのだってそうだ。ずっと以前、暗い顔で学校に通っていた頃ゲームに救われて、今も助けられ続けている。

 アレンはそっと心中で、今日に至るまでの様々なことに感謝を告げて歩き出した。銀髪をなびかせた、得難い友人とともに。

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