第十話 コンクリート・ジャングルの魔物たち
白い、入り組んだ空間が広がっている。アレンたちが立つ、ゲートのあるところは広場になっていて、その先に明かりのついた廊下が繋がる。
まるでオフィスの受付だ。どこか病院にも似た現代的かつ清潔感のあるそこは、荒れた岩場が広がる先の階層とはあまりに差異が大きすぎる。
それに、今度は屋内だった。
「すごいな……タワービルの中、みたいな感じだ」
高い天井から下げられている明かりは、誰がどう見てもLEDかなにかの照明だ。
電球——電気が通っているというのか? まさかだ。明らかに文明レベルを超えている。街中で電気を要するものなど目にしていない。昨夜の宿もオイルランプだった。
鈍色に照明光を反射する銀フレームのデスク、その隣に置かれている鉢。網状脈の葉を茂らせる観葉植物は、触れてみれば明らかに硬い感触のダミーだ。
——継ぎ接ぎの世界。昨夜のリーザの言葉が、再度脳裏で蘇る。
継ぎ接ぎとは、こういうことだったのだ。ゲームの要素を乱雑に取って付けてきたこの世界は、わざわざ時代考証などしていない。少なくともこのバベルの中では。
「窓は、ちゃんと付いてるのか」
壁に広く開けられた、ガラス張りの窓に近づく。
驚くことに、眼下に広がる街並みは、まるで古いヨーロッパのように灰や茶の屋根が並ぶ。
シリディーナの町だ。ついさっきも歩いていた、バベルの周辺が見える。
荒地の階層はそもそも屋外で窓などなかったが、ここの窓は、外から見たときに窺えるバベルの窓と同じのようだ。
(近代的な室内から、古い街を見下ろす……奇妙な気分だ)
外から見ればいかにもな藍色の塔だったが、誰が見ようとも中がこうも現代的な構造だとは露ほどにも思うまい。いや、一つ下の階層には壁も天井も見えない荒地が広がるのだが。
だが窓が一致する以上、少なくともこの階層の間取りは外から見たものと一致するはずだ。
「……まずいか。おいアレン、ここはさっきより敵も強い。物珍しいのはわかるが、あまり浮き足立つな」
「あ。悪い」
町の向こうを眺めていると、マグナに諫められる。
確かにその通りだ。モンスターがいつどこから来るか分からない以上、ここも敵地同然。
アレンは気を引き締め直すと、隊列に加わってアーガスをいつでも構えられるよう集中する。
さっきの荒地と違い、建物内では自然とその立ち回りも変わる。
盾を持ったリーザが先頭となり、側面と後方をアレンとマグナがカバーする形で、白い廊下を進んでいく。
「なんだか、こうしてると映画の特殊部隊みたいね! 潜入っ、的な」
「……一人だけバリバリ剣士の装備だけどな」
「うっ、そこは目をつぶってほしいのだわ……」
マグナの冷静な突っ込みが入った。
特殊部隊を気取るには装備が剣と盾では無理があるだろう。場違いな真っ赤なコートに、屋内で高倍率のライフルスコープが付いた、連射のきかないボルトアクションの狙撃銃を構えるのも中々に奇特だが。
「でもなんか、懐かしい感じだ。ほらマグナ、こういうマップのゲームあったよな?」
角を警戒して進みながら、アレンがマグナへと話を振る。無論、FPSの話だ。
「ああ、突入作戦モノのやつだな? 俺はああいうシビアなゲームは向いてなくて続かなかったな。ドローン見るのも面倒だ」
「そっかあ。臨場感あって、結構好きなんだけどな、俺」
「ハッ、趣味が合わねえな。……っと、無駄口はそこまでだ」
マグナが足を止める。それに合わせて、二人も視線を追った。
大型のコピー機らしき機械の陰から、ぬっと巨大な蛇が顔を出す。紫の模様をした表皮はてらてらと光り、牙の合間からちろりと覗かせた舌は腐ったりんごのような色をしている。いかにも毒々しいモンスターだ。
「——! 九時方向に新手。私が抑えるわ!」
「わかった。カバーするっ」
先手必勝、攻撃を仕掛けようとしたところで、さらに廊下の角から緑の体毛をしたゴリラが飛び出してきた。額に真っ黒い螺旋状の角が生えており、どう見ても尋常の生物ではない。動物をベースとしたモンスターだ。
「アレン、上だ!」
蛇の頭部を一発で撃ち抜いたマグナが、ガチャリとコッキング動作を行いながら声を上げる。
緑ゴリラと接近戦をするリーザの合間を縫って援護射撃をしていたアレンは、中断して上方に視線を移す。
「ピョエェ————ッ!」
そこには、天井近くを羽ばたく、青と赤の色をした羽を持つ巨大な鳥がいた。
怪鳥と言っても差し支えないそのモンスターは、真っ赤な眼光でアレンを見下ろす。隙あらば急降下し、鋭いくちばしや異常に発達した黒い爪で肉を食い破る腹積もりに違いない。
しかし無論、柔肌をむざむざ食い荒らされるのが本意であるはずもなく、アレンは突然襲い掛かる魔物の群れに翻弄されつつも銃口を向け、
「なんで微妙にジャングルみたいな生態系なんだよ、ここのモンスターどもは……!」
破れかぶれ気味に応戦を続けた。
*
「はぁ、ひどい目に遭った」
小さな口いっぱいに頬張ったホッドドッグを、んぐっと飲み込んでアレンはため息をついた。
そのまま、石で出来たテーブルにぐでっと上体をくっつける。冷えた感触が心地いい。
「若干は自爆だった気もするけどな、それ。……フ、思い出したら笑えて来たぜ、へへ」
「わ、笑ったら失礼よ。アレンだってまだ、慣れないユニークスキルを使いこなそプフーッ!」
「……お前が一番笑ってるぞ、リーザ」
——二十一階層の探索、及び戦闘を続けること一時間と少し。
十一階層から連続してだったので疲れもあり、集中力が途切れてきた時点で切り上げ、三者はゲートからロビーへ戻ってきていた。
テーブルで小休止、というわけだ。
キメラに来て初の戦闘だったが、おかげで少しは感覚を掴むこともできた。
試しにステータスウィンドウを出して確認してみると、レベルは3にまで上がっていた。HPとSPも104に上がっている。
……この上がり幅を多いとみるか少ないと見るかは、各人によるところだろう。そもそもFPSプレイヤーであるアレンには、今一つレベル自体に感覚が薄い。
ただ、体感で約三時間ほど探索をして、ようやくレベルが1から3。上のレベルほど必要な経験値量が増えるのだとすれば、最初にしては少し遅い気もする。
「いやぁ、さっきのはホントに傑作だったぜ! 自分で自分を爆発させて吹っ飛んでだからよぉ! ハハハハハ!」
「ちょ、ちょっと思い出させないでっ! プフ、ふふふっ」
「……そんなに笑われると腹立つなぁー」
食事を摂る間もないとばかりに、膝を打って笑う二人。
その原因は、さっき二十一階層を探索していたときの一幕にあった。
ユニークスキル——『爆風赫破』のさらなる実験を兼ねて、妙にジャングルにいそうなモンスターたちとの戦闘中に使用したときのことだ。
屋内のマップだったために自身と敵の位置が近く、着弾した火球の爆風でアレン自身が吹き飛ばされてしまったのだ。
ダメージ自体はHPの二割ほどで済んだものの、今の体では体重が軽いのも相まって、アレンはそのままごろごろとボロ雑巾のように壁際まで転がっていってしまった。
その様がどうにも間抜けで、面白かったらしい。
「いやァーわりいわりい。お前でもあんなミスするんだなあ」
「まだキメラは慣れてないんでしょ、フ、フフ」
「こっちはめちゃくちゃ痛かったんだぞ……」
からかいを無視し、ホットドッグを頬張る。体が変わっても、ケチャップの塩気は好みのままだ。
(別に……全部ミスってわけじゃないんだけどな)
言ったとて、信じてはくれまい。
それに思いのほか爆風が強く、想定以上に吹き飛ばされてしまったのは事実だ。だがその甲斐あって、あのスキルの正しい使い方はおおむね理解できた。
アレンは拗ねたように、そっぽを向いて胃へ物を詰め込む。
その長い金の髪はほうぼうに跳ね、ぼさぼさだ。
十一階層の荒地で砂交じりの風を浴び過ぎたのと、爆風で毛先が少し焦げたせいだった。
「帰ってシャワー浴びたい……」
ため息とともに、女子っぽい呟きが漏れだす。中身は十八の男だ。
「そういやアレン、お前ドコ住んでんの?」
「え? ぁあ、リーザの案内で、黄金の鉄の塊亭って宿屋。知ってる?」
「へ、ヘンテコな名前だなァおい。いいや、知らないトコだ」
「ふふっ、穴場だからね。……不人気とも言うけど」
「えっ」
——不人気だったのか。
だが思い返すと、今朝も食堂にいたのはアレンとリーザのみで、他の客の姿は見えなかった。
そして、穴場と不人気は決して同義語ではない。
「当時はアレンのこと、正真正銘の女の子だと思ってたから。多少立地が悪くても安全なところがいいと思って……あそこなら男の人もいないし、いざとなれば私が守れるから」
「あー、俺が言い出せなくて無用な心配させちゃったんだな。悪い」
「へえ、完全に杞憂ってわけでもねえだろ。中身が男でもその見た目じゃ、一部のロリコン野郎には目ェ付けられんじゃねえか?」
「え……まさかマグナさんっ、俺を狙って——」
慌てて椅子から立ち上がり、体をマグナから隠すように両腕で身を抱くアレン。
過去は男でも、今はいたいけな少女。かつてのチームメイト、仲間であっても、このキメラにおいては男と女。
アレンの柔らかな肌を貪ろうと、そして発育途中の肉を蹂躙せんと、マグナのたくましい腕が伸び——
「ンなわけねえだろバカがっ!」
「うん冗談だ」
——ドンッと机を拳でぶっ叩いた。
石造りの丈夫な机だったので、ゲーム世界であっても逃れられぬ反作用の法則に顔をしかめる。マグナは想像以上の痛みに手をさすりながら、ふうっ、と強く息を吐いた。
「タチ悪い冗談はやめろや、肝が冷えたぜ……現代社会じゃそういうのは言ったモン勝ちみたいなトコあるからなマジで」
「なんだ、私も一瞬本当なのかと思っちゃった。ロリのコンかと」
「バカ言え。俺はオカン系のじゃロリババア狐娘以外には興奮しねえ」
「絶対その方がアウトじゃない?」
「しかも結局ほぼロリコンじゃん……」
インターネットに性癖を狂わされた哀しきモンスター、その一人だった。
——プロゲーマーの多くは、親の影響などで幼少期からゲームをプレイし続けた、言わばゲームの英才教育を受けた者が多い。そしてそれは、幼少期から熱帯(注釈:ネット対戦の略)のできる環境、つまりインターネットの海に触れることを意味する。
マグナやアレンとて例外ではなく、危険で向こう見ずな幼き好奇心と、それに応える宝物庫たる高機能な検索エンジンとが結びつき、性的嗜好を正道から大きく捻じ曲げられるのはゲーマーの密かなあるあるだ。
こんなだからマグナさん独身なんだよな——とは口に出さないのがアレンの優しさだった。




