第九話 ユニークスキルはこけおどし
さながら降下する針天井。自由落下という凶器に身を任せ、魔物の巨躯が頭上に迫る。命中すれば、現実世界であれば首がへし折れ、頭は壁に投げつけられたざくろのように赤い実と汁を弾けさせるだろう。
だがここはゲーム世界、当たれば簡素なエフェクトとともにHPが減るだけだ。それでも値がゼロになれば現実と同じように、ゲームオーバーという死の終着へ行きつくが。
「っ、上か!」
アレンに気づくことができたのは、偏に生まれた影のおかげに他ならない。もしも日陰にいたままだったら、陽の光を遮った巨体の存在にも気が付けなかっただろう。
咄嗟に側方へと身を投げ出す。直後、紙一重のタイミングでスパイクアルマジロが背の鱗甲板を用いた落下攻撃により、固い地面を砕いた。
「あっぶねぇ……幼女でよかった……!」
元のままの体であれば、足の一本は巻き込まれていたかもしれない。
当たり判定の小さな体に助けられた。この時ばかりはロリロリしくなったことに感謝しつつ、アレンは体を起こすと同時にアーガスを構える。
引き金を引く前に、魔獣が寝返りを打つようにしてその身を起こす。ただそれだけでも十分に危険な動作だ。元々傍にいたマグナは、さっきのアレンと同じように巻き込まれそうになり、なんとか身を翻して避けていた。
「こいつも……うーん、頭撃っとけば間違いないか」
体の大部分は、棘の付いた鱗甲に覆われている。あからさまに堅そうだし、銃弾を通す雰囲気ではない。
やはり頭を狙うのがベターだろう。どの道外さない。
アレンは木のグリップをぐっと握り、指先が触れるトリガーに力を入れた。
間髪入れず、三度の銃声が響く。弾丸は完璧な追いエイムにより、動く頭部にも的確に命中しきった。
「……む。そういや装弾数は六だって言ってたな」
次いで四発目を撃とうとして、ホールドオープンに気づきアレンは失態に歯噛みした。先ほどゴブリンを仕留めるのに三発要したため、弾倉が空になってしまったのだ。
頭の中で再装填をイメージする。すると、マグナの言っていた通り、空の左手に、小さな横長の箱が現れる。黒い箱型弾倉だ。
(いつものゲームじゃキーボード一つ叩けば済んだけど……ええと、こうか?)
右手の親指でトリガー近くのボタンを押す。すると、空になったマガジンがずるりと自重で落下した。
そこへ、左手の新しく現れたマガジンを差し込む。それからスライドを引いて装弾完了だ。
「せいっ!」
魔物の足元でリーザが黒い剣を振るう。つま先は鱗に覆われておらず、斬撃のエフェクトとともに巨体が傾いだ。
「ナイス、リーザ!」
「ふ、それほどでもないわ」
「なんだその唐突な謙虚さ」
姿勢が揺らぎ、頭部が下がる。これ以上ない的だ。
アーガスのサイト越しに土気色を映す。引き金を引こうと指先に力を込めかけたところで、
「ねえアレン、そういえばユニークスキルは使わないの?」
「——あ。忘れてた。そうだな、試してみるか」
スパイクアルマジロの足から離れたリーザが、横から提案を投げかけてきた。
銃に専心して忘れていたが、もともとその実験も兼ねようと思っていたのだ。せっかくリロードした直後ではあるが、銃よりもそちらを使ってみることにする。
スキルを試すと聞き、マグナも銃を下げて距離を取る。
「よし、いくぞ……! 『爆風赫破』!」
瞬間。視界の左上で、オレンジ色のバーが半分ほど一気に削れる。
そして、手の中で燃えるような熱が暴れんばかりに発せられた。
「うわっ……⁉」
慌てて銃を手放しかけるも、なんとか右手でキャッチする。
……左手には赤い、ただただ赤い球があった。溶岩を内に閉じ込めたような火の玉だ。
「あれは——フラッシュ? いや、グレネードって言ったか」
それを見て、マグナが関心を寄せた声色を漏らす。
赤い球は絶えず内で脈打つようにうごめき、活火山を思わせた。アレンは半ば反射的に——神経全てに刻まれたゲーム経験に従って、その火球を投擲した。
それは微かな赤い軌跡とともに放物線を描き、倒すべき敵に衝突する。
すると途端に、ボンッという音と、熱を帯びた爆風が周囲全方向へ吹き抜けた。スパイクアルマジロにぶつかった火球が一瞬で爆発を起こしたのだ。
叩きつけられるような風に髪がなびき、巻き上げられた土煙が視界を奪う。右腕で顔を覆いながら、アレンはその己がユニークスキルの特性を把握した。
(着弾して即爆破の手榴弾……! 爆風もかなりのものだ。使い勝手で言えば火炎瓶やスティッキー、粘着爆弾に近いか?)
あるいはその気になれば、ダメージを厭わなければ——
やがて舞い上がる煙が晴れ、アレンは顔をふさいでいた細い腕をどかした。そこには、
「……あれれ」
頭をもたげて甲高い鳴き声を上げる、健在の敵があった。
肩の辺りが少し焦げたようになっているが、弱った様子もなく、むしろ黒い眼に怒りを滾らせてアレンを睨んでいる。
「まったく効いてないわけでもなさそうだが、見た目のわりにダメージはそこまでみたいだな」
マグナの冷静な分析。次いで重い銃声が響き、耳の後ろに撃ち込まれた鋭い弾丸が魔獣の脳を壊す。弱点を突いた強力なボーナスウェポンの一撃は、まだそれなりに残っていたと見えるスパイクアルマジロのHPをゼロにした。
力を失った巨体が地に倒れ、そのまま塵となって消滅する。
「爆弾を作る、アイテムを創造する系のユニークスキルだったみたいね。勝手はよさそうだけど……」
討伐を終え、刃を下げて近づいてきたリーザが先を言いづらそうに言い淀む。
「まァ、鱗のトコに着弾してたってのもあるだろうが、イマイチ火力は大きくなさそうだな。見た目のわりに」
「そうね、エフェクトは派手だった。爆風もすごかったし」
『爆風赫破』の名前通り、爆発の音と光、届いた風は強かった。だがそれまでだ。
SPの五割——50もスキルポイントを消費したわりには、下手すればアーガスを当てているほうがダメージは高そうに思える。
「……要は見た目だけのこけおどしってことか」
「えっ、そ、そうは言ってないけど……」
「ハハハ、そうしょぼくれんなよアレン。ボーナスウェポンは逃すわユニークスキルは派手なだけのオモチャだわ、しかも何故かロリになってて散々だけど気ィ落とすなって! へへっ」
「いや、ロリになってんのは身軽だし、ヒットボックスも小さいからいいんだけどさ」
「マジかよ、お前のストイックさがたまに怖ェよ俺は……」
ついさっきもこの小柄さに助けられた。筋力に頼らない戦い、特に銃撃戦であれば基本的に、体は小さいほうが被弾面積も少なくなって有利。現実であればそう簡単にもいかないのだろうが、この世界はあくまでゲームだ。
——キメラ。この世界は継ぎ接ぎのゲーム世界なのだと、リーザは言った。
ふと、蔑ろにしていた、目を背けていた疑問が胸に湧く。
この世界で死ねば、どうなる。このバベルや、目覚めた森でモンスターたちに殺されたとして、復活はあるのか?
死んでも教会で目が覚める。というのはあまりに都合のいい話ではないか。
「さあ、早く次いきましょ! まだまだ狩り足りないわっ」
思考の深みに嵌りかけたアレンの隣で、リーザが意気込んだ声を出す。そして、荒地の奥に向かってとことこと歩き始めた。
「おいどうしたアレン、行くぞ。正直ここらのモンスターじゃ俺たちの敵じゃないだろうけどな」
未だ棒立ちのアレンに、歩き始めたマグナが歩を止め、半身で振り返って言う。リーザは意気揚々と先を行き、マグナの眼差しはついて来いと無言で告げている。
この世界の生死については、また後だ。
アレンは一度思考を棚上げにして、置いて行かれないよう小走りに足を動かした。
その後も、敵を見つけては三人でハントしていく。
ゴブリンとアルマジロのほかに、ラクダっぽいモンスターや、なんだか明らかに場違いなイカっぽいものもいた。
が、どれもさして手こずることもない。まずマグナのボーナスウェポンが、この階層では明らかなOPだ。加えて百発百中で弾丸を弱点へと当てる卓越したプレイヤースキル。
アレンもボーナスウェポンを持たないとはいえ、マグナに譲ってもらったアーガスの使い勝手は悪くない。銃種の違いもあるのだろう、マグナの赤い銃床の狙撃銃に比べれば威力はかなり落ちるものの、弱点に当て続けていればそれなりの火力は出る。
アレンの専門はARではあるが、HGは基本的な副兵装だ。ある程度扱えなければ話にならない。
そして意外と言えば意外だったのが、リーザの貢献度の高さだった。
ガンナー二人に代わり、盾と剣を手に前線を張ってくれるリーザの存在は大きかった。単なる時間稼ぎではなく、やはりボーナスウェポンの高攻撃力ゆえなのか、それとも単純にレベル差なのか、前で押さえた敵をそのまま斬り倒してくれることも多々あった。
『十匹目のモンスター討伐』の実績を解除し、低級スキル回復ポーションなる物がインベントリに収まったことを確認しつつ、もうニ、三匹ほど慣れた連携でモンスターを倒したころ。
奥まった岩場で、入ってきたのとは別のゲートを見つけた。
これを使えば、ロビーに戻ることも、上の階層に行くこともできる。ここは十一層だと言っていたから、一つ上に登るのなら次は十二層だ。
だが——硬い、この荒地の茶色い岩とは異なった、灰色の石で造られた枠組みに触れながらアレンは提案を述べる。
「……なあ、もうちょっと飛ばして上の方行ってみたい。いいか?」
「そう言うと思ったわ。私も砂の多い荒地はもうこりごりだし、この分だと一気に次のエリアまで上がってもいいんじゃない、マグナ?」
「ん……ああ、そう、だな」
珍しく心配症の気にでも触れたのか、マグナは一瞬表情を曇らせるも、重く頷いた。
「まァ、そうなるか。二十階は討伐済みのボス部屋だから、二十一に上がろうや」
「なるほど、わかった。二十一だな」
「ふふっ、四十じゃないわよアレン」
「それはもういいんだよっ。意識しそうになるからやめろ!」
ぎゅっと目をつぶり、二十一の数字を強くイメージしながら、アレンはゲートの淡い面に触れる。
温かな感覚とともに、空間を越えて向こう側へとつながる、その直前。
「——でも、驚くと思うわ、きっと」
隣で立つ銀髪の少女が、そんなことをとても楽しそうに言ったのが耳に届いた。
「……え」
そしてその言葉通り、ゲートを抜けた眼前の光景に、アレンはすとんした腰を抜かしそうになるほど驚いた。




