第二節 奇跡の代償
これは因果の逆転だ。僕はそう思う。どれぐらいの確率で僕と彼は出会い、死んだのだろう?…いや、違う、僕と彼は、正確には死ななかった。死んだのは「彼」だけだ。僕は逃げた。卑怯にも逃げたんだ。僕を守ってくれた「彼」を見捨てて。だから、きっと、「彼」は僕を…許してはくれないだろう。でも、「彼」は今、僕の膝で眠っている。それは安らかに永眠しているのではない。心地良さそうに寝息をたてて眠っているだけなのだ。零れ落ちた中身は“ソレ”が在るべき場所に収まり、鮮血の噴出口はきれいにふさがっている。しかしこれは奇跡ではない。これは神の御業にあらず、人のなしたる非道なり。なぜ、非道か?なぜか、それは「彼」が一度死んでしまった、いや、死ぬであろう未来が確定されてしまったからだ。彼は僕を助けてくれた。しかし、僕は彼を救えなかった。故に非道なのだ。彼は死んだ、しかし死んでいない、この矛盾は世界軸に影響を及ぼしかねないのだろう。僕の咎であり背負うべき罪だ。
「うっ…ん?」
「キョウ君!!良かった!!」
「えっと、オ、オレ…」
傷口があった場所を見る。そこに確かに存在していたものは消失していた。
「?!何でっ!!??オレは確かにっ…」
オレが起き上がるとオレたちはどこか古くさい木造の学生寮のような部屋のソファーの上にいた。「キョウ君っ!良かった気がついたんだね!!」謎の白い少女は心から嬉しそうである。
「オレは一体どうなったんだ?」
「それは…」
コンッコンッコンッ少女が答えるよりも前に扉をノックする音が部屋に響く。
「どうぞっ」
白の少女が応じた。ガチャッ
「失礼致します。」
「お、お前はっ!?」
それはオレを斬った、いや、殺した女騎士だった。
「どうやら目が覚めたようだな」
平然とした顔でそう言ってのける。
「どういうことだ?」
それはオレが白い少女に問いかけた刹那、「っ!」
首筋に再び冷たい刃が添えられていた。
「貴様、この方をどなたと心得るかぁっ!!口の聞き方に気をつけろ、不敬っ!!」
「はい…?」
え、何?何がどうなっているんだ?とりあえずまた死にそうなのだけど…。
「や、やめてよ!!僕は気にしないからっ」
白い少女はものすごく焦りながらそういった。
「この方はー」
騎士がいい終える前に白の少女は
「あわわわっぼ僕のことは気にしないでっ」
と口を塞ぎにかかっていてなんとも怪しい。そもそも何でオレは助かってこの騎士が少女を崇拝するかのごとく敬ってるんだ?謎でしかない…。
「貴方様がそうおっしゃられるならば…、すべて御心のままに。命拾いをしたな不敬。」
「さっきまでその子にも剣を向けてた癖に…」
と、オレが嫌みがましく言うと女騎士は赤面し、
「なっ、そ、それはっ心から反省して…」
「い、いいよ気にしないで。」
白い少女は寛大な御心の持ち主らしい。オレは許してませんけどねー(なんせこちとら殺されてますからねー)と心境は今なお複雑である。
しかし、それにしても赤面した女騎士はそれなりにかわいかった、女の子らしい所もあるのだろうか?
よく見ると顔は整っていてスタイルもいい、スタイリッシュだ。美人だといえば美人である。もしやこっちが正ヒロイン…?
いやいや、待て、落ち着けオレッ仮にも自分を殺した相手に何考えてるんだ?
どうもここに来てから浮かれているのか脳内汚染される呪いでもかけられてるのかして頭がおかしい。念のため言っておきますけど、いつものことじゃないからね?
…たぶん。いつもそうじゃない自信はないがとりあえずいつもよりおかしいのは確かだろう。
自分を殺した相手にさえ発情するのは些か妙である。客観的に見て、さすがにオレでもオレの頭がおかしいと考えざるおえない。落ち着こう。
浮かれていても仕方がない。物語の主人公ならば格好よくピンチを乗り越え、美人なヒロインと結ばれ、ハッピーエンドになることが理想であり茶番である普遍的駄作であるが、オレは“物語の主人公ではないのだ。”事実、オレは死んだ。なんの前触れもなく、呆気なく無様に死んだのだ。
物語のように奇跡は起きない。
ただそこにあるのは冷たい、凍えるような「死」だけが横たわっていた。少なくともオレが主人公だとすれば大団円を迎える類いのエンドにならないお話なのだろう。メリーバッドエンドでもきそうな流れである。とか言うと本当にお迎えしそうで怖いのでこれ以上は触れない方針でいこう!と半ば前向きに締めたとき、
「キョウ君?どうしたの?ぼぅっとして…どこか痛む?」
と白い少女…ん?そう言えば…
「君の名前まだ聞いてなかったよね?何て言…」
「おい、不敬それより授業だっ」
「はい?」
授業ってなんだよっこんなところに来てまで学校行かなきゃなわけですぅ?と言いたげに嫌な顔をする暇もなく、
「こいっ。」
「えっ、ちょっ…」
無理に引っ張っていかれる。
「ああ、待って僕も行くから」
白い少女も慌ててついてこようとする。が、
「いえ、この者は正式な手続きをふんでここにいません。故に、手続きを完了したのちこの部屋に再び連れて参ります、それから授業に出席しましょう。ご心配なさらず。」
ん?
それじゃあ別に“授業”と言う必要はなかったのではないか?正確には“手続き”と言うべきで…扉の外に連れて行かれる…いや、逝かれる…にならないように気を引き締めておく必要がある。そして扉は不気味な音をたてて閉まった。
「…」
「何だ?少しは油断しないようになったのだな、不敬」
静寂に包まれた宿舎のごとき廊下に騎士の声が静寂を切り裂いた。
「なぜ“授業”と?“手続き”と言うべきだったんじゃないか?」
オレはそっと切り出した。騎士は
「そんな事を言ったか?」
と受け流す。
「言っただろ。」
「相当自信があるのだな言い切るとは…」
「ああ、あるさ。」
「…ふふっ」
「何がおかしい?」
オレは強めに切り返す。
「いや、あえてそういった。」
「は?」
この得体の知れない騎士は何を考えているんだ?そう思うと怖くなった。
「だから、故意にそういった。貴様が私に警戒しないようにな。」
「いやいや、むしろ警戒しまくったんだけど?」
と、オレは口述内容のわりには落ち着いた口調で返した。
「“手続き”と言えば貴様は警戒するだろうからあえて“授業”と言うことで警戒心を解くつもりだったが…まさか裏目に出るとは予想外だ。まぁいい、急ぐぞ。“手続き”を済ますとしよう。」
対して騎士は少し愉快そうに、しかし落ちて話している。
「お前の言う“手続き”ってなんだ?」
「簡単な事だ、貴様は渡された書類に有無を言わず署名捺印すればそれで済む。」
「ソレ、書類の内容にもよるけどな」
ほんの一時でも気を抜けば再び肉塊に替わってしまう恐怖から息を付く暇さえオレにはない。
「ほう?拒否すると?」
騎士から殺気が向けられる。こいつ…、オレ以外にも“ヤった”ことある口だな。そう直感的に感じた。嫌な感じがする。騎士から禍々しい紅黒いモノを感じながらオレは精一杯の勇気(虚勢)で受け返す。
「だから、その書類の内容次第だっていってるだろ?それとさっきから“不敬”だの“貴様”だの言ってるけどオレにはちゃんと名前があるっつうの。きょっ」
「まて!」
オレが名乗ろうとすると騎士は
「自らが名乗らず、相手から名乗らせるのは[不敬]だ、私から名乗ろう」
………はい?あまりに唐突な事すぎて思考が追い付かなかった。
「私の名はアドノステロス・ドロファレイト・リロステロ・レイトム・ファゴラス、この学園帝国において代々総統を輩出してきたファゴラス家第一令嬢だ、覚えておけ不敬。と、言っても総統を排出したのは我が祖父から父に渡っての二代のみだがな。」「……」
「どうした?私の偉大な家柄に恐れをなして声もでないか?不敬?」
「いや、なげぇよ!」
「!!??」
「長すぎて覚えられねぇし、いきなり名乗るとか。て言うかですねぇ、令嬢さん。先に名乗らせるのが[不敬]とか言うより先に不敬呼ばわりの方が[不敬]だよ!」と、思わず突っ込んでいた。
「なっ?!、黙れっ!!“不敬”には[不敬]で十分だっ!!」
…こいつ絶対友達少ないだろ(推定)、もしいたとしてもうわべだけのやつだな(確信)。
「まぁいいや、オレはキョウよろしくなえ~と、なげぇから最初の文字だけとって、アドリレファ。」
「!!??」
「?どうした?嫌だったか?」
「いや、良い、好ましい…響きだ。そんな風に可愛らしい愛称で呼ばれたのは初めてで、その、嬉しく、思う、ウム、いつも最初のアドノステロスのアドをとって、“アドさん”、ぐらいしか呼ばれたことがないもので…。」
女騎士は
照れくさそうにモドモドしている。可愛い。このくそ冷血マントヒヒ女騎士にもそんな可愛らしい一面があったとは…、というか“アドリレファ”って可愛いらしいのか?と、疑問に思った。
「ま、まぁいい、よろしく頼むキョウ」
「おうっ」
何か、嫌なヤツだと思ってたけど何とかやっていけそうだなと、順風満帆な思いでオレは一杯だった。
続くつまりカミングスーン