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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ラキアさんシリーズ

蛇と女と絵空事の世界

作者: アロエ



来るべくしてその日は訪れた。


億千万の軍勢と数国の王、そして信徒達を率いてその女は荒れ果てた祖国へと再び足を踏み入れたのだった。燻る燃え滓の煙たさ。多勢に無勢と為す術もなく倒れた兵の血腥い臭い。騒ぎに紛れて襲われたらしい女の骸に縋る子どもの虚ろな目。まるで地獄のような、その場の空気を躊躇う事なく大きく吸い込んだ女は笑う。


まぁ、と。似つかわしくない声をたて。頬を紅潮させて。


やがて辿り着いた王城の内で縛られ、床に倒された王族とその臣下達を前にして垂れた目を愉悦に細くし女は口を開いた。



「ふふ、ふふふふふ。お久しぶりに御座います、皆様。私、ラキアは帰って参りました」



並び立つ者の顔をそれはそれは楽しげに順繰りに見ながら、笑う。頭は下げなかった。


当然だ。相手は敗戦した国の者たちである。


しかし彼女の姿を見た彼らは信じられないと言うような顔で、目を見開きわなわなと震えたり、青褪めたり、土気色の顔でぶつぶつと何か聞き取れぬ事を漏らしたりしていた。


そして堪えきれないとばかりに口を大きく開き、泡を飛ばしながら罵声を吐いた者がいた。



「何故、何故貴様がそこに立つ?!貴様は牢で死んだはずだ!」



怒号にも似たその叫びはしかし彼らを抑えていた者達が直ぐに封じた。暴力による実力行使で。醜く顔を歪ませた男が屈強な兵に腹を蹴られて大人しくなったのと、それを見て悲鳴をあげかけ慌てて口を閉じた震える女とに、ふっと彼女の目許に嘲りを含んだものが浮かんだ。



「獄死とは穏やかではございませんわね。私はこうして生きて、皆様の前におりますわ。決して幽霊や魔性の類いでなく、私自身の体と魂を有していますし、ね?」



笑う。嗤う。少女と言うに相応しい笑みで、にっこりと。


しかし背後や横に並び立つ者達はそんな彼女と敗者達の様子にも疑問を抱いたり、怪訝な表情をすることはない。同じように笑みを浮かべ、あるいは虚ろにそこにあるだけだ。



このラキアという女は王太子の妃となるべく育てられ幼き頃より教育を施されたものである。彼女が勉学の為、そして外交の為に他国へと出向いている間に婚約者はとあるメイドに心を移し、あろうことか国王夫妻もそれを良しとした事により帰国して早々に牢へと放られ獄中死したと牢番は報告をあげたが彼女は自分の力でその場から逃げ果せた。


自身らの愛息子の地位を確たるものにとラキアの生家たる公爵家の力を求めたのであったが、その愛息子がラキアを可愛げが無いと。そう言うだけで王妃も国王も首を縦に振り愛想がよいメイドを代わりとしようと模索したのだ。公爵に娘を手放しメイドを養女とせよと命を下し、欲深な彼がそれを受け入れたのは別の悲劇であるが。


もう何年と前に王太子の心が自分には向いていない事を悟り見限っていたと同時にラキアは誰も自分を顧みない事への失意、そして抑えつけ続けていた自身の欲望に身を任せるがままに解き放った。己を。己が望む事への渇望を。世界への思いを。



……最初の犠牲者は牢にいた罪人達。


尊きその身を汚されてしまえばまかり間違っても王太子妃になど返り咲けまいとの下劣な考えの元、男達と同じ一般牢に入れられた彼女はその下賤な目も伸ばされた手も振り払ったり、逃げたり等もせずに迎い入れられるまま受け入れた。事、ここに至って彼女はその細い腕に抱き女神が如し微笑みでもって…………喰らい尽した。


罪人となり牢に閉じ込められきりで女なぞに飢えていた男らの欲望を呆気ない程に上回り、手なずけ従えた。



その次は牢番だ。


最初こそ牢での乱交騒ぎを知らぬ存ぜぬとしていた男であったが、いつぞやからか女の艶めかしい声ではなく男の呻きや悲鳴じみたそれが地下より聞こえて不審に思い牢へと近付いたが最後。


汚濁に塗れてさえ美しい肢体も淀まぬその瞳も、そして何より果ての無き深淵のような彼女の餓えに惑わされて花に惹かれてゆく虫のように捕まり溺れ蜜に体を沈めてしまった。これで彼女が牢より解き放たれる条件が揃う。牢の中にいた罪人の内生きているものを供に引き連れ、牢番の服を得て外へと躍り出る。そうして夜闇に紛れ国境を越え他国でその食指を伸ばしては数多の男ら、女らを絡めとり自分の傀儡として献身を積ませその忠実さを競わせ刃を交わさせ。


狂信者と違わぬ軍勢を引き連れ己の国を作る為に自国へと舞い戻ってきた。



彼女に復讐などという思いはない。


ただ、無くなっても構わない都合のいい国というものがそこにあっただけ。国の頂点に立つものが変わろうと民が悲しまず又怒りもしないどうしようもなく終わりに近い国。彼女が手を出さずとも数年あればもしかしたらクーデターもあり得たかもしれない。



金の虹彩を蠱惑に光らせて黒く嫋やかな髪を靡かせて彼女は詠うように王に連なる者、そしてその臣下の首を落とすよう命じる。


涙を散らし慈悲をと乞う顔に白粉を塗りたくった王妃も、顔を真っ赤にして罵倒する国王もその倅も。



斬首の音がそこかしこで繰り広げられ、赤に染まるその場で意図的に残された少女は見る側も哀れに思う程に震え尿を漏らしていたが首に腹に添えられる剣に倒れる事も気を失う事もできずに過呼吸を起こしながらラキアと対峙した。



少女と暫し見つめ合い、それからラキアは殊更柔和な笑みを深くする。


自分を解放してくれた恩人でもある少女にどのような礼をすれば報い入れられようかと彼女なりに真摯に考えを巡らせ、そして彼女なりに最適な答えを出した。



「貴方様は私の焦がれていた自由を与えてくださった方。なので誰より、何よりもお礼を差し上げたいと思っております。散々考え倦ねて、漸くこれならと私なりに手を尽くしましたつもりです。是非に、これらを受け取っていただきたく思いますわ」



そう言って彼女が目配せをして立ち並んだのは屈強そうな男らだ。人種は問わず、また顔の美醜さえもなく様々な国のそれらは彼女が自分自身で確かめ、そして納得のいった気に入りとも言えようものらだ。手放すには惜しくもある彼らをそっくりそのまま彼女に譲り渡す事で彼女は精一杯の誠意を現したのであった。


同じ女、そして自分から王太子であった男を掠め盗るような真似をするくらいには恐らく己と同じく欲望を持っているのだと疑わずに思い、数度の味見程度は気にされない筈とも恩人の懐の広さを考えてはさあさどうぞと笑顔で迫り、呆気にとられる彼女の歓喜の声を、礼を言われるだろう事を望むかのように、あるいは上手くできたであろうと胸を張る子どもじみた雰囲気を醸し出して待った。


普段とは僅かに異なるその様子に脂下がる周囲、誰も彼女の考えに異を唱える者はいない。



なかなか受け取らず反応を返されないであれば、ああ気が利かずにすみません、お試しするにもこの人数がいては気が散りますわねと素で勘違いを起こし差し出した男らにとっておきの持て成しをと頬を染めて言いつけてはその場を後にし、二十はいるかという男らに近付かれて流石に恩人も我が身が危うい事に気付き慌てだすも遅い。


背後で上がった甲高い悲鳴を聞き、うっそりと笑みを浮かべたラキアの後ろに前にと囲む彼らと共にその足をまだ見ぬ、まだ会わぬ己の眼鏡に叶う者らに思いを馳せて踏み出した。



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