5「ガジュラ・ホーム」
──表層域、六番未探索廃都〈ガジュラ〉 その全景が霞むように横たわっている。
◯
この絶景をみるたびに体の芯が震える。
いつみても、どこまでも。遠大な遺跡都市だった。
見慣れぬ異質なデザインの建築物が立ち並びビルディングの林を形成していて、いま僕のいる建物を頂点として、緩やかな山なりに廃都がつづいている。
低位の翼竜が天井近くを舞って鳥を捕食するのが見えた。人類の大敵たる増殖龍といえど、ああいう野生化した奴らに害はない。
透明なドームから覗く全天の空は曇りだ。
だが蓄光素材でも用いているのか、わずかな燐光が廃棄された都市をほのかに光らせていて、ときおり獣や機械の影が揺らめいて動く。
──バーナード市は拡張を続けた都市だが、八十年は昔に拡張を停止している。
表層未探索区は都市をとり囲むように存在している。
拡張を続けたバーナード市が業禍機械や攻略できない生産ラインにぶつかるたび、いびつな円を描いて地下都市は形成された。
未探索区とはいまだ機械も亜人も掃討されていない領域であり、拡張時に攻略を諦めた原因がいまだ存在していることは疑う余地がない。
ーー第六番廃都〈茫漠のガジュラ〉の建築物屋上に、地下の隠し道は繋がっていたのだった。権力者の逃げ道か、あるいは道ならぬ目的の侵入路だったのかもしれない。
『キャンキャンキャキャンキャン!』
帰りが少し遅くなって心配したのか、興奮気味のドグドッグの頭を撫でつつ、細長い屋上路を歩く。
胸ほどの柵が取り囲んだ屋上庭園。
この建物の屋上では、目にみえないバリアでもあるのか、なぜか機械や亜人に襲われない。最初の一ヶ月くらいはビクビクしていたが、僕はもう最近は慣れてしまっていて、パラソルとデッキチェアを置いてパンツ一丁で寝転ぶくらいには順応している。たまに、いま襲われたら死ぬ気がしてしまうが、たぶん大丈夫だろう。
少し歩いて、物資倉庫にたどり着いた。この屋上そのものが僕のホームであり、他人に知られたら死ぬので誰にも教えていない。ドグドックの命令権を他人に与えるのと同じで、いま僕が生きているということはすべて幸運を独り占めしているからこそ成り立っている。命に関わることなのだ。
《キュー―――キュー――ー》
小型増殖龍の鳴き声に安心感を覚えつつ、床に荷物をおろし、ドグドックから水筒を受けとりモキュモキュ飲んだ。
「ぷはぁ……うまい。僕もあと一週間の命かぁ」
軽く生命を諦めかけているが、まだ死ぬつもりはない。
司祭さまから受け取った前金50万ピエゾを確認しつつ、これ持ち逃げしたらやばいよな〜と思案する。
最善はもちろん子供を守りきることだが、あまりにも金額が少ない。弾薬や子供の世話費やらを考えると、自分で経費を補填しつつ大商会の追手をくぐりぬけ爆炎をカーチェイスしたあとハッピーエンドにたどり着く必要がある。無理じゃないか?
50万ピエゾ……他の都市になんとか行ける額だ。僕の心の悪魔がしきりに逃走を囁いてくるが、他の都市に行けば薔薇色の人生がまっているという保証もとくにないので、いまは、とりあえず金策をしなければならなかった。
食料を買い込んでホームに子供を保護しつつ、ほとぼりを冷ましつつ今後を考える。これが今のベストだ。ベターかもしれない。
おもむろにビキニパンツ一丁になり、デッキチェアに寝転んでドグドッグが差し出すジュースをちゅーちゅー吸う。トロピカルな味だ。心のゆとりを大切にしすぎて若干パカンスみたいになっているが、爪を噛んで不眠に悩んでいた頃に比べればどれほどマシだろう。たとえば、いま空から竜が襲ってきたら一発で死ぬだろうが、追い詰められないためだから仕方ない。人間は追い詰められて悲観的になりさえしなければ、男一匹生きるなんてどうとでもなる。最悪死ぬだけの笑い話だからだ。
「マイフレン……ありがとね……ほんと、いてくれてありがと……」
《ヴァ、ヴァウ……》
寝そべりつつ、廃都をながめてボンヤリする。
トロンとしてしまって細めた目に、グリーンやレッドの光が反射し、催眠のように意識が遠のいてゆく。
副交感神経が働き、精神が分解されていく。崩落したビルの上に機械が数匹ポツンと立っているのがよくみえる。芋虫のような機体は体幹に眼を並べせている、この階層の支配的な機械種〈ギアジー・キャピア〉。
ゴーグルをかぶって拡大すると、どうやら鳥を数匹止まらせているせいで動くに動けないようだ。人間にはぜんぜん優しくないのに、歯車の精神〈ギアジー〉たちには微妙に人間味を感じさせる習性があって、それはとても嫌われている。
暗くなっていく空、やがて真っ暗な都市に仄かな灯りがぽつぽつ並ぶだけになり、毛布を持ってきたドグドッグを撫でつつ、うとうと眠る。
「明日はメンテして、また金稼ぎだ……また、三文仕事。また金稼ぎ。今回は、地図のない区域にいくぞぉおやすみぃ……」
《zzz……》
◯
依頼開始まであと六日。
あくびをしつつ端末を開くと、メル友からメールが届いていた。
◯手紙
《元気にしてた? 返事が遅い、こっちは待ちくたびれた。
〈ギアジー〉の話には部外秘が多いから誰にも話さないように。バーナード市近辺の機械種族はようやく網羅できていたね、彼らの特殊な歯車の機械精神は、まだまだ解明できていないこともたくさんある。安易に素人が手を出さないように心得ておくべきだ。必ず痛い目をみる。
こちらでは、ギアジーから大断絶の秘密が見つかるのではないかと仕事場で日夜解剖しているけれど、無量暗号回路を持つギアジーたちはむしろ手懐けたほうがよほど早いんじゃないかって睨んでる。モチベーションにもなるから成果を期待していてほしい、あと、返信はできるだけ早くするように。
強情だねぇ、イーリも。バーナード市は前線だから万一があるだろう、できるだけ早く北にきたほうがいいよ。歓迎するさ、当たり前だろ?
ピュタゴラスまで来てくれれば、あとはラボまで案内できる。オフ会は怖い?失望するのもされるのも怖がりそうな臆病者のイーリには朗報だけれど、ボクは地下にいるから会えるのはアバターだけだ。遠慮はしないように。《警戒は怠らないように》それも一つの手だろうけれど。
増殖龍についてはまだ許可が取れていない。昔からイーリは変なところで世事に疎いよね、もしもの時に死なれたら寝覚めが悪い。売れるデータはこっそり送れるはずだよ。借金にしてあげるから、お金に困ったら言うように。
あと、ドグドックの改造案をニ、三、添付しておいた。知り合いにしては……友達にしては、ボクは親切だと思わない? 友に報いるということを大切にするように。じゃあまた。そうそう、ドグドックの安否報告アプリはオフにするなよ。貧乏性のイーリは気にしているようだけれど、エナジーなんてそう食わない。これは忠告だ。たまに、自分は信頼されていないんじゃないかと涙を流してしまうことがある。ほんと、ほんとうだよ? ほんとうのこともわからなくなってしまったのか? 嘘かもしれないが。返信を待ってる》
メル友の圧がものすごい。
試行錯誤中。一話一万文字超えたりすると、お手軽感がなくなって読む気をなくす人がわりといる気がしてきた。横書きに最適化したい。