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■41「理論値Tuber」

〉変調




 ◯


「よし……」


 気合を入れて頬を叩き、いまやるべきことに集中する。

 ノエル救出パーティーの頼もしい面々を見回し、号令をかけた。


「行くぞ!みんな!」


「それよりこいつらどうすんだよ」


 忘れていた。

 コーツォが顎で示す先はカオスとなっている。僕はげんなりした。


 抉られた足を抑え呻く男と、その仲間たち。一人が介抱にまわり、四人は銃に手をかけてフードを警戒したままだ。機械狩り連盟の中で銃を抜くに抜けず、膠着状態に陥っていた。三日月のような口元を晒しながら僕の傍らに立つフードの女は、ぼけっと突っ立っているが、赤熱する刃が外套の中からチラチラ光っていた。おそらくテロリストだろう。


 バンムークは、ビールを胸にかき抱きながら目をキョロキョロさせ、脱出口を探している。

 脈絡のない荒事に皆が怯えているのだ。


 だが……僕は完全に落ち着いていた。

 どうせバーナードなど捨てる街だ、どうにでもなればいい。


「僕に良い提案がある!!」



 ◯


 なんやかんやあって、バンムークとコーツォを連れた僕は発電鉱山表層〈歓楽のコイル街〉を抜け、深部〈蒸気路〉への細い通路を走り抜けていた。ちなみに、看板に観光用の名前が書いてあった。とても親切な地区である。


「テメーらァ!俺をいざこざに巻き込みやがって!子どもを渡さなかったら承知しねーからな!!くそ、なぜこんなことに……!」


 バンムークときたら、落ち着いた中年男の仮面をかなぐり捨ててパワーアップしてくれた。とても頼もしい。


「……うるせぇ!耳鳴りにひびく……」


 歓楽街二戦目の飲み勝負でコーツォは疲労している。だが、その活躍はMVPだ。見事マンホールお抱えヴァルチャーチームに飲み勝負で勝利し、すべてをうやむやにしてくれた。お美事。とてもお美事。感謝してもしきれない。



『グォルル……!』

「落ち着けマイフレン。もうすぐだ……」


 ドグドッグときたらノエルのことが心配でたまらない様子。これは頼もしい。なんやかんやあって、ついにフード女のフードを取るというあの功績を上げ、逃げていく女に一吠えする姿など、あたかも神話の番犬ケルベロスのようだった。

 ……いや、なぜだ?ノエルに警戒しろという僕の命令がなぜ実行されていない?おかしっ……



「おい!止まれ、犬っころ!犬っころBも止まれ!C(シー)ィ!!なに逃げ道探してんだ二日酔いのあたしは抜くのが早いぜ!?」


 バンムークはスッと真顔になってテクテク近づいてきた。怖い。


 鋼鉄の壁とパイプは、青白い明かりを反射し、漏れ出した蒸気でくすぶっている。

 排熱を利用した蒸気暖房システムの真下にいる僕たちは汗だくで円陣を組んだ。……なぜ僕たちは出会ってしまったんだろう、仲間のはずだが、下手したら撃ち合いがはじまりかねないと思っているのは僕だけだろうか……こんな想いをするなら出会わなければよかった……なんて、バンムークなら言うだろうな。

 パーティーメンバー選びに大失敗した感じが半端ない。


「作戦の概要を説明する!」


 宣言と共に、いきなりブリーフィングを仕切りはじめたコーツォは、四つ折りのタブレットを広げ、手早く地図を表示した。これはーー!


「おっと、写真撮影は禁止だぜ?マンホールの裏辻マップだ、サービスだぞ?」

「はやく本題に入れ……」


 うわさの秘密の地図を前にして、なおバンムークは氷像のような顔と声をしている。荒削りの褐色、まるで鉄の仮面のような光を放っている。


 ……犬っころ呼ばわりからブチ切れたままだ。砂漠出身は亜人混じりの人間が多く、トラウマでも踏み抜いてしまったのだろう。むしろよかった。もうこいつは必ず裏切るので、機会があれば背中を撃つことにしよう。殺すのも寝覚めが悪い、できたら足を撃つことにしてやる。


「ジャーゴンのメールによると、デクトムは、マンホールの縄張り地下深くに、沈彗帝国からの外交官として着任しているそうだ! 外交官特権があるので、奴らは完全に武装している!真正面からの突撃は難しい!」


 なぜ外交官がマンホールの地下深くに着任しているのかはさっぱりわからないが、聞いても、どうせ外様には無意味としか思えないクソがクソを投げ合う組織力学の話が始まりそうなので、僕は歯を食いしばって黙ることにした。


 ……マンホールって単なる地下組織じゃなくて、バーナード市の地下に勝手に独立国家を建国しはじめてないか?これ大丈夫なの?


「この作戦にはチームワークがなによりも必要だぞ……!裏口から鍵を開けるんだ! 作戦名『黄泉への鍵キーオブザトワイライト』と以後は呼称する!」


「裏口?」


「ああ!奴らは警戒しているが、スキがあった!あそこにぶっとくて黒光りしてる、パイプがあるだろ!?」


「あるな」


「マンホールお手製の脱法パイプだ!黒光りしている……!

 都市の蒸気を掠め取って暖房なり発電に回すためのメーンパイプ!まずはあれを止める……!バンムーク!そのハンドルを回せ!」


「……。……わかった」


 グゴォォォとバンムークが吠えながら固そうなハンドルを回すうち、コーツォは僕をキラキラした瞳で見つめてくる。なぜ。なぜ、そんなきれいな瞳をしている……!


「イーリ。おまえが入るんだ」


「ふえっ?」


「よし、ドグドッグくん。そこらの鋼材をこの寸法に切断しろ。……こんなこともあろうかと点検用の分岐扉がある。そこからおまえは蒸気パイプに侵入し、ドグドッグくんの切り出したUFOに乗って空へとかっ飛ぶんだよ!!あとは空調パイプからウルトラムの断片入りアラネアを投下しろ!ミッションの成功はおまえ一人の肩にかかっている……!」


「ミッション・イ◯ポッシブルみたいじゃねーか!!」


 こいつマジか?

 僕は目玉が飛び出そうになりながらキョロキョロした。コーツォが汗を首元に光らせ良い笑顔をしている。ハンドルを回すバンムークの口元が、ほのかに微笑んだのが見える。ドグドッグが尻尾をふってプラズマ切断をはじめた青い火花が眩しい。フッと現実の重圧に視界が暗くなった。……ここはどこだ。僕は誰だ。このイカレ頭はなにを……。



「いや無理だわ。ふ、普通に死ぬだろ!?これっ……!ぜったい、思いつき先行型の作戦だろうが……! アイデアに気を取られて目的がおざなりになっている! 作戦の成功率クオリティよりもインパクトを重視してしまって肝心の中身クオリティがずさんになっている気がしてならない……!正面突破のほうが、いや態勢を立て直しまともなメンバーで……」


「こっちは止めたぞ!」

『ワオーン!』

「できたぞ!この、厚さ2インチのフリスビーがーーおまえの箱舟になるんだよ!!」


 こいつらっ僕を殺そうとっーーいや、やつらのニヤニヤ笑い、これは殺そうとすらしていない!ただ単に面白いからやってるだけだ!

 〈他人の命で博打を打って勝てばそれでよし〉ーーという顔をしている!

 〈負けてもそれはそれで花火になるからもっとよし〉ーーという顔をしている!


 僕は今更ながらに思い出した。機械狩り、ヴァルチャー、落穂拾い。生き残るヴァルチャーには二種類いる。片方は、機械と戦う正義のヒーローのように、たゆまぬ努力で強くなったまともな奴。

 もう片方の、ヴァルチャーは…………狂ってるから生き残ってるヴァルチャー!こいつらは闇から来たりしものだ!!暗黒と混沌の先触れだ!


 拳銃を抜こうとした片手が、分厚い手のひらに繋がれる。ちらっ。バンムークは虎の笑みをしていた。

 もう片方の肩は、金髪ポニテに肩を組まれた。こいつも回想の中の少女みたいな瞳で微笑んでいる。


「作戦の概要を説明するんだぞ。

 あたしらは現在、バーナード市の端に位置している。貧困街の建物を突き抜けて蒸気はドームの端っこに……でるはずだ……!設計図によると……」


「あんたこれ設計図だけで作戦立ててんのか!?」

「あたしじゃない、ジャーゴンお抱えのブレーンが突貫工事で立てた作戦だ。死んでも恨むなよ?」


 恨むよ。


「水だけはある街だ。都市を潤した蒸気の残りカスは回収されないが、上部には砂避けのフィルターが設置されている。このままだとおまえは死ぬ、そこで考えた」


「?」


『ランネェ!! 暖房が止まって苦情が来てる!はやく行っちまえ!!』


「出発だ!!」


「対策は!?ねぇ、対策は!?フィルターは!?ドームの上に出たあとは!?なぁっ……この作戦考え直さないか!?」



 ◯


 プシュッと無慈悲な減圧音が響き、黒光りするパイプはーーゆっくりと、横にズレていった。

 やがて、軽トラでも入れそうな広さの内部が姿を表す。何重もの年輪のようなーーあっ!あっ!あっ、年輪の内側にハシゴがある!あれだ!


「おい!ハシゴがある!あれを登れば」

「蒸気圧が限界になる。副圧室の点検路だぞ……緊急減圧で、蒸したチキンみたいになりてーのか?」

「なりたくないけどぉ……!」



 他に、何かもっと良い方法だってあったはずだろ!?

 僕は、深夜のチャイニーズフード店で駆除業者と出くわしてしまった子ネズミのように素早く首を回し、出口を探しつづけた。


「意義あり!バンムークさんの体格のほうが安定します!バンムークさん、おい、バンムーク!テメーには心がないのか!?」

「グフフ、わがままを言うな……ホームレスのイーリと謳われたおまえにしかできないことがある。これは罰だ。自爆テロを企てた自分と向き合い、役割を果たすんだ」


 なんという悪意の滲んだ顔をしてやがる。

 年甲斐のないやつだ、無駄に老人になったクソ野郎め!若人のために命を散らしやがれ!!


 クソ……覚えておけ、ここがおまえの命の分水嶺だ。

 僕は背中から撃たれるバンムークを想像して悦にいった。

 足だ。足で済ませてやるさ……。バンムークのサバイバルパンツに目星をつける。

 もちろんやつが先に撃ってくる可能性は高いが、デクトムから子どもを奪還する混乱を狙っているのだろう。同じことを考えているのが、僕もバンムークもわかっている、ほぼ敵だが、いまは仲間でもあるというややこしさに参っているんだ。この世の複雑さにとても参ってしまっている。


 参る僕を放って、コーツォはそれらしい理由を列挙していた。


「ニュー・ソンシにも記される、由緒ただしい戦場数学にあてはめてみた。受賞モノの便利な公式があるんだ。結果だけいうと、イーリ、おまえがいくしかない。ソンシに逆らうのか?」


「それらしい話をする役人みたいな言い分を……!小銭のために製造された新書だ!どうせそのニュー・ソンシとやらは悪いタイプの新書なんだろうがー!!」


「古典だ。歴いぜんに書かれたのだから古典ということになる」


 こいつは役人になってもうまくやっていけるだろう。国家とは、山賊団がでかくなりすぎて略奪ではなく猿の牧畜をしている集団にすぎない。僕はぜったいに認めないぞ……!なにが権力だ、なにが権威だ。それらしいだけの奴らめ。この世のありとあらゆる人間集団に正当性を認めないぞ!断言する!すべての国家には存続する値打ちなど一切ない!極論……僕を神とあがめないやつらは敵なのだーっ!!我を崇めよーっっ!!朕は宇宙人だーっ!!!ローカル星人め銀河連盟の掟にしたがえーっ!!


 僕は気が狂いそうになっていた。


「デクトムの戦力分析を見ろ。

 確実なのは傭兵2チーム、機械従者2体。おまけに帝国の武官までいるらしい。これはもう賭けるしかないーー命を」

「僕の命を?」

「イーリ……テメーの仕事にあたしは付き合ってるんだぜ?わがまま言うなよな」

 これはわがままなのか?

 核戦争の花火でもみてから死にたいと願うお祭り男子としては一人では死ねないところだぞ?


「おまえの自爆根性はどうでもいい。のるかそるかだ。おまえはカードをシャッフルしないのか?」

「あなどるな!カードはいつだってシャッフ……いやごまかされんわ。この危険犯す必要ある?」

「他に手があるなら言ってくれ。言えないなら行ってくれ。レッツアンドゴーだ」


 ◯



『位置についたな?そのUFOは突貫工事なので安定性や気密性などない。……アトラクション映画にでてくるエレベーターシーンを想像しろ。ワイヤーを掴んで急上昇する、あれだ。下から爆発が迫っていると考えればわかりやすいだろう。タイミングがすべてだぞ』


「ポンポンいたくなってきた」


『蒸気圧に耐えるため、そのパイプは真円になっている……はずだ。おまえの乗る、そのフリスビーは回転して安定してくれる。酔いどめは飲んだな?ヤクと吐き気は切ってもきれない関係にある。電子ドラッグの親戚、アトラクション型のヤクだと思って心を落ち着かせろ』


「それで落ち着くのあんただけじゃないか」


『外に出たら横にスライドしろ。五点着地の要領でシュッと屋上に着地したら、あとは簡単だ』


 〈シュッと屋上に着地〉あたりに残酷な気配を感じる。


『軍の出だろ?ナノマシンを活用した20メートル自由落下訓練をやったはずだ』


 そういえばやったわ。入院したわ。


「タ、タイミングがズレたら?」


『上昇速度からして……理論上いける』


 理論上!?おまえ理論値を再現しろって言ってるのか!?


『ゲーム動画をみろ。このTASさんという偉人を見習え。あいつにできておまえにできないわけがない』


 ……なら……いけるか……?


 僕はコーツォが送信してきたTASさんのスーパープレイをみて心を落ち着かせた。


 ……あれ?この動画……


 〈スリーカウント!!! ツー!〉


 ちょっおまっ


 ◯


 ゴォォオオオオ


 ◯


 骨折を修復しつつ、僕は屋上から空を眺めた。

 まだ、まだ生きてる。







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