■38「始祖イェイレド」
地味にいろいろ編集してた。
「ジャーゴン!キサマの陰謀は見破っているんだぞ……!ほらっ!!イーリが息子を殺された怒りで拳銃をいまにも撃ちそうだ!!半分撃ってるぞ!」
「寝起きでこれか」
「パンパン撃つぞ!近づくな!撃つんだぞ!」
「テメーラは疫病神の化身か?」
僕は金で雇ったコーツォに交渉を任せ、こちらをみつめる警備隊を両手の拳銃で威嚇していた。
「事情を話せ、事情を」
コーツォがうわっと怒声でプッシュする。
「心当たりがあんだろうがー!!」
これぞ敵の身内を活用した、忍法・売国崩しである。
ジャーゴンの部屋まで、さも身内のようなツラで押し入ったコーツォは、戸口を超えた瞬間すみやかに殺人ロボへと変身し、なんと親族を相手に無慈悲に銃を突きつけている。僕は味方の頼もしさに震えながら、集ってきた自警団〈インペリアルガード〉たちに銃を向けていた。
「ハァ……導火線に火のついたような世界観、押し付けるのヤメテクンナィ?」
後顧の憂いなどいっさい考えない。どうせバーナード市から高飛びするしか道はなくなったのだ。『立つ鳥、じつはあとを濁す。』並の鳥ならばともかく、大きな鳥が羽ばたいて水を濁さないとか物理的に無理だろう。
「誘拐犯はどこだーっ!!」
「ゼンジェン心当たりないわ。ナンナノ……。……あっ。さ、さては安定剤を切らしてるな!?」
「今日は休肝日なんだよ!!」
「ーー恐怖の休肝日、か……!
すべてを理解した!
オイ、イーリ!ランネを止めてくれ!話は聞いてやるから……!」
さすがはコーツォ、仮にも一大組織の長であるジャーゴンの意気地を、休肝日というミステリアスなイベントだけでへし折ったようだ。
……。
いや、なぜだ?
休肝日?僕は味方に回った殺人ロボの得体のしれなさに打ち震えつつ、経緯を思い返していたーー
◯
ーーマンホールの警備隊〈インペリアルガード〉特有の十字陣形でノエルを拉致していった襲撃犯たち。
本来、〈マンホール〉にてジャーゴンと直接話すのは難しい。暗殺の危険が常にあることと、差し出せる金もメリットもないこと。ジャーゴンがヨシというとしても、立場のない僕は、ジャーゴンまで取り付いでもらうことそのものの難易度が高かった。
だが、百万ピエゾに釣られた今日のコーツォはひと味違っているようだった。
「みろよイーリ、大気が、流れている。空の風はいくら弱まろうとも、止まることがないらしい。人もああありたいものだ」
コーツォがなぜか詩人みたいになっていたのは誤算だったが、だからこそ使える手もあるはずだった。子供を拉致されたたと訴えかけ、百万ピエゾで雇うことに成功したのだ。
金髪ポニテを解いて背に流し、紫の深い目を細め、泰然自若と歩く姿はまるで凛とした武人。低い重心によって安定した体は手先まで精気に満ち、空を泳ぐ白鳥のようなしぐさで歩いている。……ヤクで小悟の一つでも開いたのだろう、驚いたら負けのような気がしたので、僕は、無言であとに続く。
やがて地下へと分け入り、マンホール中枢に近づくと、インペリアルガードがお揃いの盗電制服をピラピラさせて立ちはだかったがーー
「何用か!? ブラックリストナンバー009と172!」
一桁ナンバー!?
僕は隣のひとを凝視した。
「ミスター・ジャーゴンに聞きたいことがあると伝えろ!」
「ひっ!とらえいッ!!」
「いくらなんっー!」と叫ぼうとしたが、金の旋風が身を低くして警備隊を襲う。気がついたときには、四人一組の警備兵はみな倒れ、コーツォが残心を解いたところだった。
「ーーなんっで、も、はや……。嘘だろ?」
「話も聞かずに人を捕らえる輩にかける情けはない。仮にも警備を預かる者のやることではなかったな……おい、隊長はおまえだな。ジャーゴンへ連絡を入れろ。ランネとイーリがビジネスの話に来た。そう言えば通すはずだ、あたしが引かないことをジャーゴンは知っている。約束する。もう、手荒な真似はしない」
まるで武人みたいだ。格好いい……!
ーー回想終了ーー
だがダメだった。
「ジャーゴン、ネタは割れてんだ。吐け!オラ、吐くんだよォ!!」
「オレァなにも知らないんだが」
「知っていなくても吐くんだよォ!!」
「そんなァ……」
殺人ロボがいきなりジャーゴンを脅し始めたので、僕はヤケクソで銃を抜き警備に向けて威嚇していたのだ。
「ほんと、心当たりが一切ない」
完全な真顔でジャーゴン男は真摯に語りかけている。震える手で安定剤を取り出し、コーツォの前に置いた。
「とりあえず、な? ランネ、安定しろ……」
「まるであたしが安定していないかのような物言いを……!」
ヤクで濁った血族……DNAの負の業に囚われた狂った一族に任せていては話がすすまない。
僕はカニ歩きで忍びより、ヒソヒソと〈子供が誘拐された〉〈プクトゥ商会かデクトムが怪しい〉〈よりにもよって四人組が負のインペリアルクロスを形成して護送していた〉と事実を伝える。
「ちょっと自警団よびだすから待てよォ……ランネ、安定剤を飲めば金をやるぞ?」
「(ごくん)……ハッ。ここは……」
「コーツォさん金に弱すぎじゃない?」
◯
「名誉あるインペリアルガードがそのような犯罪を犯すはずがあるまい……」
盗電集団の長は堂々としていた。厳格な皺を顔に刻んだ50代の男で、見た目は立派だがどうせチンピラだろう。犯罪者は自らの正当性を無から作り出すため、侠客ナイズドされていく傾向がある。社会の寄生虫にかぎってなぜか自己正当化がめちゃくちゃうまいという謎の現象が、僕はとても嫌いだった。同族嫌悪かもしれない。
「一つ!電力はみなのもの!二つ!みなのものは社会そのもの!三つ!」
謎の雄叫びをあねはじめた男に近づき、ゆっくりと銃へ手をやって目線がそれた瞬間、道理や脈絡を無視して足を蹴り払う。静から動へ、筋組織へ張り巡らせたナノマシン網による瞬間的な動作は、警戒していても避けられるものではない。
腰を強打した痛みで顔を歪める男をロックオンした。僕は自分に逃げ場がないので、どうせならばと他人も巻き込みたいという気持ちでいっぱいだった。
「おまえらの有罪は確定している。あんな綺麗な十字架陣形お、まえら以外ありえねえんだよ!心当たりを話せ!膝の皿は二枚あるんだ抉りとられてーのか!?」
「ーーーー長? 」
気だるげな顔で重々しく頷いたジャーゴン。
やはり、心当たりが……。
「もしも……もしも、名誉あるインペリアルガードが関わっているというのならば、発電鉱山の客人が怪しい。長?どこまで?」
盗電崩れの破落度が名誉がどうのと片腹痛いが、この男は、なぜか立派な態度をしている。
「客人、私たちは拷問では吐かんぞ」
鷹のような目をしている。あたかも近衛兵のようだ。
「このテンリー! 発電鉱山にて一度は引き受けた客人を、なんの確証もなく引き渡すことなどありえんぞ!」
周りを大きく囲むインペリアルガードたちが頷く。
こいつらの脳内では、マンホールを守る騎士ということになっているのかもしれない。
……なんてことだ。義務付けられた制服と、大仰な組織名に感化され、犯罪組織が騎士団にメタモルフォーゼしかけていることに気がついた僕は、盗電集団の長あらため騎士団長に手を貸し立ち上がらせた。
ひとかどの男と見た。
この世のすべての高貴なる血筋とは、もとをたどれば人殺しや金儲けがうまかっただけの山賊の末裔だ。だが、聖職者がワインを神の血とし、聖別によって神の体なる聖餅をつくりだすように、儀礼を積み上げると組織や血は神化していく。人とは血を流し切ることのできない生き物であるーー血は杯に。血の杯に。大切な伝統とて、ある程度までは前例の繰り返しを行うだけのことだ。噂によると、高貴な血は青くなるらしいから、こいつは赤と青のあいだ……いわば紫の血ともいえるだろう。
……紫の血?だんだん盗電集団のくせして矜持とか言ってるバケモノのような気がしてきて、僕は一歩下がった。
「……チィ!しゃらくせえ!!ちょいといくか、発電鉱山によ!!」
ジャーゴンが投げやりに指示を出す。こいつ指示力だけはあるから頼もしいわ。
◯発電鉱山
車両に押し込まれ、気まずい無言で地下のレールをゆくと、急に開けた広場へ出た。知らない歓楽街だ。水商売の女に、酔った男の集団。促され車から出ると、吐瀉物と欲望の匂い。ドギツイ色のネオンがテラテラしていた。
天井の低い大路、人の匂いの濃い地下街へと出たーー
「こっちだ」
CLUB〈発電鉱山〉
目を見開いて店名を凝視する。
ジャーゴン男は馴れ馴れしく肩を叩き、ウインクなどしたあと気取った所作で礼をくりだしてきた。
「ラッシャッセー」
「!?」
片手を胸の前に、もう片手を後ろに……ボウアンドスクレープ(※お辞儀の名)だと!?
「クラブ〈発電鉱山〉へようこそ、お二方」
宮廷道化師にしか見えねえ。
黒木造りの自動ドアをくぐると、タキシードに蝶ネクタイを付けた少年が番をしている。
「ボス!?」
店内はギラギラとした高級酒場で、広い店内には紳士たちが散りソファで盛り上がっている。
またたく間に、エロランジェリーを着たボインやらロリがワラワラとジャーゴン男に集ってきた。
「ボスぅ!浮気してないですよねぇ!」
「あのプラントの重役出禁にして!クスリつかってくる、サイテー!」
「ジャーゴン、たまにはまともな客を連れてきなよ……この頃の客は金払いがしぶいったらありゃしないんだ!」
「……ボス。やっぱボクにこの服は無理があるんじゃ……ボク男だし……」
ここーー違法クラブだ!!
ちょうど真ん中の円形舞台では、狡い顔をした男が空へと人差し指をつき立てる。
『おさわりターイム!!』
『『『フー! フワフワ!! ビンゴーッ!!』
しかもーーエロクラブだ!!!
僕は激怒した。
〈マンホール〉が、その過渡期にて脱法娼婦を囲っていたのは有名な話だ。昔の話だとばかり思っていたがーー発電鉱山に、隠してあったのか!!
いまわかった。すべてが北斗七星のように繋がった。
違法歓楽街で、金を発電するから、二重の意味で発電鉱山って呼ばれてるんだ!
盗電集団はそのため特権的地位にスカウトされたんだ。インペリアルガードとかいう格好良い名前をつけて目をごまかし、地下に違法歓楽街を隠していたのだ!
こんなやつら!
落盤して!
しんでしまえばいいんだーっ!!
僕は義憤に駆られたが、ジャーゴンはオーナーらしきマッチョ(執行部のマッチョの兄弟だった)とささやき声を交わしたままだ。
僕はモジモジと隣についた美少年の肩を抱き、フルーツを食べさせてもらって待っていたが……だんだん美少年と美少女の境目が脳内であやふやになり始めたころ、肩を叩かれる。
「デクトムとは、少しややこしい話になってる」
うん?
「インペリアルガードからの通告は丁寧に拒否されたそうだ、クロだな。だがーー侵入しないとどうにもならん」
「なんだそれ。あんた、リーダーなんだろ?」
「フッ、シロートだな。〈マンホール〉にも派閥があって、親帝国タカ的分派と蜜月をきずくデクトムには、オレも安易な手出しはできない。裏で話はできるが、正式な交渉窓口がないということになっているから、緊急時以外は歓楽街の顔役をやっている幹部に話を通す必要がある。しかし……下水アマゾネスたちの一派と利害関係があるから、まずはアマゾネスの機嫌を伺うべきかもしれん。恐るべき下水アマゾネスは産婆もかねているから医療品を手土産にするといいだろう。海と下水の離合地点にこそ海産物は育つ、オレにも牡蠣やらを養殖するアマゾネスは〜」
なんてややこしくて無意味な派閥闘争なんだ。
無意味すぎる派閥力学がありそうな気配に僕はゲンナリした。マンホールは一つの社会を築いているようだった。
「そこで話がある。荒事の覚悟はあるものとみた。 ちょうど……オレもよォ、タカ派に嫌がらせをしたかったところだ。幸運なことに、子供を攫ったって弱みは、つくべき大義になるから、こちらとしても渡りに船でもある。腕効きの傭兵を雇ってやるから、ちょっと突撃してこいよ。テメーらが突撃したらサポートしてやるよォ」
こいつ!なし崩し的に、僕を突撃兵にしようとしている!
コーツォへ目線を配ると、エロ服を着た美少年をガン見していた。
「よし……いま、機械狩り連盟に依頼をいれた。マンホールがいつも使ってる腕利きのヴァルチャーパーティーがいるから、すぐ迎えに行け。親帝国タカ派からの復讐はない。安心してデクトムを殺すなり子どもを助けるなりしてくれ、あとできれば火事かなんか騒動を起こしてくれれば完璧だな。おそらく金庫があるが、金庫の金は触るなよ。おまえはおまえの役割を果たせ」
トントン拍子に僕ら二人だけで矢面へ立たされようしているが、むしろ望むところでもある。
エロ服を着た美少年に未練を残すコーツォをむりやり引っ張り、無軌道機械のタクシーを捕まえ、機械狩り連盟へ向かった。
「また……来てくださいね、イーリさん」
必ず生きて帰ってくる。そう約束もした。
とりあえず、これでいい。
弱味につけこめば報復の帰ってくる裏社会に住まうゴミクズどもは、かえって余計な欲をかかないから落としどころがわかりやすい。裏切りは大仕事だ。ジャーゴンは中立とみなしていいだろう。ジャーゴン男の親族コーツォがいるうえ、僕とノエルを殺してプクトゥ商会へ売ることは裏切りとみられるから、あまり得にはなりようがない。
強襲計画の心配のみを考えるべきだ。ここからは、不安要素の管理が勝敗を分けるだろう……!
「イーリ、あたしに任せろ。機械狩りには顔が利くしーーカポエーラの実践練習をしたかった」
僕は不安因子1に頷いた。
◯
コーツォと二人で、高速移動機械に乗りこみ、あるときは車輪移動、あるときはモノレールのような鉄線を伝い、ものの二十分で目的地にたどり着いた。
地上の中央区は、夜でも昼間のように明るい。
大勢の人が行き交い、商業的に経済を回している光景。地下と地上は別の都市のようだ。
とある立体接続ビルの三階。
イェイレドの紋章が刻まれた看板を確認する。
ーー黒塗りの阿修羅のような絵図。
機械狩り連盟の紋章は、〈機械と融合した始まりの狩人イェイレド〉と相場が決まっていた。
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【始祖イェイレド】
機械狩りの始祖とされる。
ヒードレーサーの始祖と敵対していたが、龍と機械の混じった忌まわしい赤子を殺すために協力した伝説が知られる。その特異なナノマシン技術はパッケージ化され、弟子たちは世界に散らばった。存