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■34「紅蓮のヒード」

 〉夕焼け・ノエル


 空は。

 海と融合し、どこまでも広がっているかのようだ。


 かがやく雲へ彫刻じみた赤光しゃっこうの浮き彫りがきざまれ、かえって翳りを心に忍び込ませるのである。置き去りになった海へと夕日が滲み出し、寄せては返す波の泡粒へと赤い光をキラッキラッさせている。


「キレイ……なんていうの? マジパネェっていうか」


 僕はこの胸の想いを伝えようと、夕焼けを褒め称えた。

 ノエルはつまらなさそうに頷く。


「スペクトルだよね、あれは波長が長くてたまたま届いた生き残りの光にすぎないから拡散しているぶん利用可能なエネルギーは少ないよね……あかいザコめ」


 いくらなんでもおまえに人間的な情緒はないのか?

 そろそろ手を離そうとすると、ガシッと掴みかえされる。


「なんだ? ……ああ、ははっ。可愛いとこあるじゃないか。怖がって……そんな奴だったっけ、おま…………いや…………いや!? これナノマシンで感情を走査してるやつ特有のムーブじゃないか!? やってないよな!? なぜ目を逸らす! まさか、発汗とか体温とか脈拍とかで僕の感情を盗聴してないよな!? そんな人間として狂ったことやってないよな!?」


 ノエルはギギギと首を横にふり、ニ、ニコ……と口元のぎこちない笑みにて返答した。


 ……よかった。

 やってなかったようだ。笑顔がぎこちないのはもとから下手だったたけだから練習不足なだけだろう。ちゃんと、こまめに笑顔の練習をしないとな。


「よかった……おまえが人の内心にまでナノマシンで侵入してくるような最底辺のピーピング・クズでなくて本当に良かった……!」


「ーー。ーーーー。ーーーーーー。ゆ、夕焼けキレイ……」


 うん? 露骨に先ほどの意見と食い違っている気が……ああ、そうか。

 やはり年頃の娘、夕焼けをみてなんとなく高尚な切なさを感じた素振りをしたくなったようだ。

 ……そうだ、最初は嘘でいい……。だんだん夕焼けをみて「毎日あれくらい血が流れてるんだぜ」とかそこはかとなく含蓄のありそうな言葉が出てくるようになる……。

 そのうち本当の感情と演技が入り混じって何が本当で何が嘘なのかわからなくなったあげくすべてがごちゃまぜになったら人間として成長できるはずだ。その第一歩をノエルは踏みしめたのだ。僕が誘導し、ギャンブルを嗜む真の人間へと導かないと……。


「のえる、しってるか? 死神は赤い夕焼けが好きなんだぜ?」

「あれ、なに?」


 無視? 

 ノエルの指差すほうをみる。


 海の上空を、ヒードレーサーが鶴翼陣で飛んでいた。

 紅蓮の尾を引いて、ヒード機関の出力に任せた空中遊泳を楽しむように翼をふりまわし、陣形を次々と変えている。見事なので正規部隊の訓練と知れた、ギリっと歯を噛む。


「……知ってるだろ? どっかの部隊だ」

「……? あれ、なに? たまに飛んでいる……龍警報のあと……たまに飛んでいる……」


 マジかこいつ?

 ヒードレーサー知らないとか……いや……人に聞ける機会がなかったのか? あまり茶化さないようにしよう。


「……ヒードレーサーだ。聞いたことあるだろ? 龍刈りのヒードレーサーは人類の誇りだ。赤いヒードの尾を引く空泳ぎ、龍を刈り散っていくエリートども。翼あるエリート……嫌な響きだ」


「ひがみっぽい……あんなに綺麗なのに」


「ひがみ違う。違うからね?

 奴らは龍刈り、だから人間様の死なんて気にもとめない。そのうえ政府直属だ。増殖龍を討滅するのに遠慮なんてしやしない……ヒードに焼かれた龍より人間のほうが多いんだ……。


 ……まあ、仕方ない面もあるがな。龍を見ればわかる。あれはもともと人なんかでは太刀打ちできない存在だ。なのに、ヒードレーサーは龍を刈る空泳ぎ。龍を刈る死神なんてーー龍よりも恐ろしい生き物が龍よりマシだとは思えない、それだけだ……。


 ……ヒードは、人間の手にしていい力ではな……いつ……天罰がくだ……人の理に反した力に手をそめ……アク……」


「……それ……機械の返り油あびた勇者さまを迫害してる一般市民みたいな言い分……ひっ、ばけもの!とか言って後ずさりしそう……」


 やめろ! この上なく的確な表現で僕の矮小さを見誤るな。

 震えながら勇者さまありがとうとかお礼のブローチ渡して、あのときは怖がってごめんなさい!とこれみよがしにツムジをみせつける素直さと計算高さくらいあるわ。


「隠語? ブローチって爆弾をしめす組織の暗号とか……?」


「僕の印象がおかしくなっているみたいだな。そのブローチは、昔大好きだったおばあちゃんから貰ったものなんだ。戦争に行って、帰ってこなかったおじいちゃんが渡してくれたもので、売るに売れなかったけれどおばあちゃんは孫のおまえになら渡してやれるとかなんとかそういう心暖まるエピソードがある、そういう品だ。そのブローチをお礼に渡すということの深い意味をだな……」


「へっ……? 実話?」

「ふへっ、んなわけないだろ。なんだよブローチって……いや、ほんとブローチってなんだっけ? ど忘れしたわ」


 やはり子供か。なんでも信じてしまうようだ。そしてブローチとはなんだったか、ペンダントの亜種みたいなイメージしかないわ。


「……詐欺とかやってた?」

「みろっ! ヒードレーサーがこんなに近くに飛んでいる! きれいだなぁ!」


 僕はごまかした。


 赤熱ヒードの毒は、直接受けなければ害はない。

 埠頭から眺めるヒードレーサーの訓練は、ちょっと非現実的なくらいにキラッキラッしていた。


「キレイ……ノエル、あんなふうに飛んだらどんな気持ちか、わからない……」


 曳航翼から四条の軌跡をえがき、空に赤い熱線を残すヒード装備。……詳細は知らないが、核の力とかじゃないか? 禁忌に手を出してるんじゃないか? 怪しい……。


「増殖龍は人類への警鐘かもしれないな……ヒードレーサーは、なんかこう、翼あるエリートだから、悪い勢力に関わっていて……実はマッチポンプなのかも……」


「オカルト。迷信。ひがみ。都合の悪いことは陰謀論。みみっいい。ミニマムな器。詐欺師のカッパ。人でなし、そんなことでいいのか」


「なんて言われようだ」


 辛辣すぎない?

 しかし……僕には翼がないというのに、空を自由に駆けるやつらが憎い、憎いぞ……。


 生き残るのが難しいから若者ばかりだ……その若さすらも憎い……。

 なにが天翔る騎士だ。なにが人類の守護者だ。最終的に増殖龍に取り込まれて(コロシテ…コロシテ…)とか言って恋人に殺されてしまえばいいんだ! 己の心臓を射抜く矢に手を添え、ありがとう…とかつぶやいてサラサラ砂になってしまえばよいのだー! 魔物になりさがった人類の面汚しにはお似合いの末路なのだーっ!


「イーリ……ヒードレーサーって……どうやったら、なれるの?」


 ノエルは釘付けになってしまったように、夕陽の空で飛ぶ赤い鳥たちをみつめていた。

 リンリンと翼を振って空で遊ぶ鳥たち……ヒードレーサーの平均寿命は短いので実はそんなに羨ましくもないが……


「空、とびたい……」


 こいつ、よりにもよって競争率と死亡率、ともにずば抜けて高いと評判のヒードレーサーなんぞに憧れたのか? きょ、矯正しないと……。我が計画に狂いが……。



「死ぬぞ? 龍は恐ろしく強い。死ぬぞ? ヒードレーサーの養成学校は倍率が高い。平均寿命は25を超えたことがない。意外なことなく、順当に死ぬぞ? 死んでもいいならやればいいが、とにかく死ぬぞ? ダークウェブで聞いてみ?」


「……ちょっとかんがえる……」


 それが利口というものよ。一時の夢にうつつを抜かし後で泣くよりも、小賢しい技術や生き抜くための大人のズルさを学ぶのだ……。

 大人になれ、ノエル……。

 姑息。それが僕の教えてやれるたった一つの……


「ヒード技術って、どこで学べるとおもう?」


 うん? 諦めが悪いな……。


「詳しく知らんが、一等の機密技術だからな……真剣にか? 真剣に言ってる? マジで?

 じゃあ真剣に答えるけど、機械産の技術ってことは間違いない。理論屋はほどほどにして材料工学とかじゃない?


 おまえは幸い下地があるんだから、ギアジーとか弄るのを続けて政府筋のコネをつくれ。コネコネするんだ。

 バーナード市は一大都市だがしょせん外様だ。星光共和機構の本部で市民になれるようチャンスを伺いつつ、一芸を高めるしかないな……ヒードにこだわらない視点を持って希望を捨てないのがベストじゃないか? フォーラムなんかじゃヒードレーサーの話したら、黒服がいきなり「公共料金のお支払いについて」とかそれらしいだけのクソみたいな嘘をついてやってくるらしいから注意しろよ? けっして玄関のドアを開けてはならない、最悪殺されるらしい。


 ポラトリクネットのダークウェブで情報探るか、もう割り切ってこの国を裏切って帝国とかで研究してもいいんじゃないか? なんか手土産に機密とか盗んだら?よくわからないけど。

 正直、ノエル、おまえならどうとでもなるんじゃない?っておもうよ。やりたいなら応援するよ、うん……やらないほうがいいけどな!!」


「あ、ありがと……」


「お、おう……ジュース飲むか?」


 素直に礼を言われるとむずむずしてしまう。

 自販機でジュースを買って渡した。



「イーリは……むりっていわないの」

「この世に不可能などない。なにもかもどうとでもなる。僕を信じろ、ノエル。

 ……人が真に望むことは、ある個人の願いというよりも、宇宙の大いなる魂の発露なのだ。グレイトスピリチュアッ……そういう大きな力の通り道となる、それが人にできうる最上のことであってだな……人は脳改造をしてロボに……」


「無根拠な自信の塊……ロボ? イミフ……ちゃかすな……。

 なんだか宗教イーリズムみたいだ。イ、イーリズム……あやしい!」


「ちゃかしてないし僕は怪しくなんかないし人の名前を不当に印象操作するな。


 人間はみな実はロボットにあこがれている、これは宇宙の真理だ。


 ……〈豪運の機械〉とか売れるんじゃないか? そのうち高く売れるとか投資だ節税だお目が高いとか連呼すればいける気がする。〈強欲なる壺〉のような醜悪な魂をもったジジババに売れば……確率でアホは買うんじゃ……! この世にはアホがいる、百人に一人のバカがたくさんいる! 僕だってその一種かもしれないが、確率でアホが買うビジネスって儲かるんじゃ……!」

「あやしい……」


 そんな目で僕を見るな。


 言葉とは裏腹に、すっかり安心した表情で、ノエルは両腕を天へと伸ばし、ウンと背伸びしたあと、なぜかフッフッと小刻みに笑いながら僕の足をミドルキックしてきた。なんなん、なんなんよ。制御不能な子犬みたいだ。


 僕は、意味深な言葉を投げかけ思考回路を占領し優位に立つ、それらしいだけの言葉をひねり出して制御しようとする。


「ーーきっとすべてはよくなる。信じるだけでいいんだ」

「……宇宙はぜったい終わるよ?」


 そんなの嘘だ!

 なんて悲観的な言葉だ!

 騙されるものか!


 僕は信じないぞ!

 永遠はあるんだ!





 ◯


「イーリ、なぜノエルを助けたの?」


 金になるから……じゃだめな気がする。

 僕の鋭い直感は、幼児向けオブラートの必要性を感じ処方箋をカリカリつくり始めた。


「ハッ、子供を助けるのに理由なんてな」

「イーリには、いるよね?」


 知ったふうな口を……おまえに僕の何がわかる!とか叫んだら正解であることがバレるので、僕は瞬時に穏やかブッダなモードになって手を合わす。


「……おまえは、小さかった頃の僕なんだ……。

 僕の場合は、悲しいことに実験台になってズタボロにされうち捨てられたが、おまえはまだ取り返しがつく。

 心配するな。すべては僕の心の平穏のためだ。


 恩着せがましいことなんて言えやしないさ……だが、一応無理して言うなら。

 そのうち大きくなって僕を食客にしてくれ……。お小遣いは宿主の財産に合わせて妥協するから、いざというときは僕に衣食住を恵んでくれるだけでいい。金では買えないはずの忠誠心を金で買える、こんなに安いものはない。」


「……うむ……。……イーリがだめだめになってたら……養ってあげてもいい……かな?」


 やった! いや違う


「食客だ。養われるちがう。

 いいか、これだけはハッキリさせておく。僕はヒモになどなれないどこか一本気で情熱を心に秘めた不器用な人間だ。

 志ある食客としての扱いを望んでいる。ニュアンスを取り違えないでくれ。

 いざ戦乱が起きたら家臣になるけど平素は身を謹んでいるタイプの天下の義士だ。一芸に秀でておりそのような食客が多ければ多いほど金持ちは器があるとされ安心できるし有事への備えにもなる。


 お小遣いは……いや勉強料はそんなに多くなくていいんだ。ただ駆け込み寺の予約みたいなことをしたかっただけで、寄生虫になりたいわけじゃない。わかるな? これもエニシだ。人はエニシだ。すべては業と縁だ。つまりエニシだ。」


「……う、うん……? ノエルを主として認め、た……? ならいいかも……」


 それまた違う!


「あぐらをかくな。食客は養われながらも当主を冷徹に見定め、これはだめとなったら一瞬で出奔して敵サイドに情報を漏らす存在だ。安心しきらないでくれ。お小遣いが減りすぎれば家財を売る可能性もある……。人間、毎日昼はとんかつを食えるくらいのだな……」


「……メリットがない……メリットが……寄生虫よりタチが……」


 僕は憂いを込めた瞳をした。


「奇貨おくべし……だ。

 落ちぶれた僕は、幼き頃の友情に免じてとか連呼して取り入ってくるかもしれんが、なんだかんだ言って致命的な裏切りはしないと思う。こっそりと台所の調味料を売り払ったりはするかもしれないが、絶対に命を狙ってこない存在の貴重さを考えてみてくれないか。


 復讐以外で人を殺す度胸などない、信じてくれ。自慢じゃないが僕は無害だ。言ってみれば虫だ。置いとくだけで魔を祓う、いわば幸運の置物だ。もはや僕の能力はゼロと見積もってくれても構わない。マイナスかもしれないな。なんとなく気分の良くなる清めの塩だ、僕はマイナスイオンかもしれないな。


 おまえの夫に気に入られて夫婦の仲を取り持つキューピッドになれるかもしれない。羽が生えかけている妖精の代理人だ。善行に応じて幸運を運んでくる昔話みたいな……蛹から羽化しようとしている、つまり妖精の卵だ。どうか暖めてくれ」


「……は? 夫? ……。……食客はなしね……ごくつぶし、いらない……」


「クソ!!」


 妖精は無理があったか!

 もう自分でもなに言ってるか意味不明になったから勢いだけでゴリ押ししたのがまずかった。だが、チャンスはいくらでもある。これからも機会を伺いことあるごとにノエルの脳裏へ食客として僕を養うビジョンを植え付けておけば、いつか逃げ込めるはずだ。少なくとも、損にはならない……もちろん僕とノエル双方にとっての話である。


 そういう、慈悲の心があるというのは、悪いことではないんだ……

 僕はノエルの情操教育への意志と、いざというときの避難所を確保する意志を新たにした。



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[良い点] イーリの言語センスに憧れる あとノエルが可愛い
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