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30‐外伝7「空飛ぶ訓練課程②〈水滴の喩え〉」

 ・この話は外伝です。合わなかったら飛ばしていただいても本編を読むのに支障はありません。


 ■■■


「こうだ。こう、こうだ。」


 右肩から飛び込むように、教官がシュッシュッと貫手で突いた。


「わかったか?」


 単なる四本貫手にしかみえないが、教官が無駄なことを言うはずもない。


 その技は、単なる突きだった。

 手のひらを伸ばした一点突き。

 一つ間違えれば指が折れ、たとえ相手がツワモノでなくとも、人体の要所を狙わねば効果のない突き。


 ーーだが。


「まずはーーこれからおまえに教えるのは、拳だ」


 教官が、囁くような、いつものかすれ声で言う。


「私はこの業を〈突き〉と呼んでいる」


 拳なのに?


「ああ、まずは手と神経の基礎を作るためだよ。

 武器のない状況に備えろ、常に最悪の想定は起こりうるんだからな。

 ……本来、人の拳は顔面を殴るのに向いていない。拳とは肉を痛めつけるためのもので、殺人のための道具ではない。顔面や、剥き出しの骨を殴ることは、石を殴るのと同じことだから、よほど鍛錬した者でも、そんな性能パフォーマンスの悪いことは行わない。例外は、拳を岩塊として鍛える格闘術だ。

 ーーそう、必ず、合理的な理由がなければ、理念がなければ、拳で骨を殴るよりも効率の良い方法がある。素人と違って戦闘者は効率と理念を重んずるものだ。だが、おまえは拳を学べ」


 ……

 どうやって?


「みろっ……岩を用意した」


 ……えっ?


 俺は先が読めてしまって、ジワジワと泣きたくなっていた。


 嘘だろ?


 と言ってみたが嘘ではなかった。

 テクテク付いていくと、赤茶けた岩石がドデンと地下訓練場に設置され、同輩たちが狂った声をあげて拳を血まみれにしている姿があった。まさに予想通り、狂気の沙汰である。俺の脳裏はフル回転して打開策を練った。


 ……教官。まずは木などを殴ってから、だんだん段階的に拳とか骨とかココロとかを鍛えて、ラストオーダーとして岩を殴るべきでは? ていうか、瓦割ってるやつはいても、自然の岩石を殴ってる格闘家とか、俺、見たことありませんし……。硬度の関係で物理的に不可能では?


「水滴は、岩をも穿つ! 人間ならば岩を砕けてようやく一人前というわけだ」


 岩にステゴロで挑む新手のドンキホーテみたいになりませんか?


「つべこべ言うな!殴ればわかる!」


「チョイヤァァァアア!!」


 赤い髪の女がボロボロ涙を流して岩と戦っている。

 その隣では、血走った阿修羅のような目つきの男が、穴の開いた虚無の表情で、淡々と岩を殴っては折れた拳をみつめ、岩を殴っては、拳からむき出しになった白い骨をみつめ、また殴っている。


 甲高い叫び声をあげ座り込んだ眼鏡の男がいたと思ったら、指導官の一人が歩み寄ってマジ蹴りをいれ、謎の圧力注射器を押し当て、岩の前に放り出した。

 彼はおもむろに立ち上がり、ニタニタ笑いながらフラフラと揺れた薬酔拳で岩を殴り始める。


 ……教官


「黙れ、時は過ぎてゆくのだぞ」


 ……あの


「ほら、グーだ。グーをつくれ……よしよし、よくできたな。簡単だろ? 

 ーーこれにて、教導を終了する!

 この訓練課程において、私から教えられることは以上だ!では、行け」


 …?

 話が、違う。

 突きは? まず、突きはどこいったんですか? は、話と違う!


「魚が泳ぎ方を習ったりするのか?

 おまえは、たとえるならばそう陸にあがった魚だ。

 魚が泳ぎ方を生まれたときから知っているように、本能が奥義をひらめき、教えてくれるだろう」


 こちとら、ひらめきシステムじゃねーんだよ!!

 俺は陸にあがった魚のようにパクパクして途方に暮れた。


「安心するがいい。

 数をこなせなかったら睡眠時間を削るだけだから、おまえは余計なことを考える余地などなく、完璧な能率で拳を学ぶことができる。なんせ握りが下手なままなら、岩を殴り続ける欠陥品の永久機関みたいになるしかないからな。

 ナノマシン補助剤はたっぷりあるんだ、監視役も手加減などしない。急速回復と損傷を繰り返すことで、拳や骨ではなく、神経から図太い鋼鉄のような兵士になれる。

 ねえ、よかったなぁ?

 そのうち気合で楽しくなってくるぞ、ほら、あの眼鏡なんて、すっごく笑ってる。……ちと、笑いすぎだな。あいつ頭大丈夫か?こほん。とにもかくにも、笑えるってのはいいことだよな……さあ、やれ」


 ドギツイ蛍光パープルの液体……がセットされた圧力注射器を取り出す教官。あろうことか、その液体は薄っすら発光していた。あれ悪の科学者のラボにあるやつだ! 暗いラボで! 光る試験管に入ってる、あの液体そのまんまじゃん!!


 教官は薄い笑みを浮かべ、氷の軋むような声でいう。


「ほら、ご同輩の皆々さまがたは、みな楽しんでおられる。ここはテーマパークで、やればやるだけ強くなる。なんてことだ、人生はゲームだったんだ……気づいたろう? ……ほら、やってみろ。おまえの血脈に秘められし、真のチカラを発揮するときが来たのだ」


 この心なき血統主義者が!!

 真のチカラとかあるわけねーだろ、俺は孤児出身なんだよ!!


「ほら、遊べよ遊べイーリアス。楽しい楽しいプレイなんだ。笑えるだろう? 笑って、楽しめよ……。わからんのか? 人生とは、楽しもうという意思を持てるかどうか、それがすべてなのだぞ?」


 アウシュビッツに叩き込まれて楽しめるやつとかいねーだろうが!!


「そんな話はしていない。現実の話をしているのだ。


 いま!ここで!おまえが楽しもうという意志を、その灼熱の魂を持てるかどうか、それですべてが決まるんだ! ほんとうにすべてがな。

 さあ、楽しめ……! 楽しもうではないか! 参考に、あの眼鏡をみろ!」


 狂った笑い声をあげながら岩を殴りつづける眼鏡を俺は凝視した。


「あれ」

「口で語るな、拳で語れ!!」


 臙脂色の軍服を揺らしてガッツだぜ!のポーズをとる教官。

 その軍服はいつも同じ臙脂色をしているのでちゃんと洗ってるのかたまに気になる。瑠麗な顔立ち……そして、蛍光パープルの光に、ゆらゆら揺れる教官の満面の微笑み。

 おぞましい気持ちでみつめ、みつめ、一瞬、思案した。


 ……こなくそ!


 一歩前へ!!


「ーーイーリアス!!行きまーす!!!」


 俺は行った。



 〉


 寝る前に、変な形でくっついた拳を切開され、タガネでカンカンされる毎日が10日を過ぎた頃、俺は突きに目覚めた。教官は正しかった。なんと、ひらめいたのだ。


 俺はコォォォーーと息を吐き、全身全霊の突きで岩を爆砕してみせる。


 ズガァァン!!


 土煙を振り払い、落ちこぼれ共に向き直った。


「こうだ!!! ナノマシンなどに頼るものではない!! 気の力を指先に集中し、空間をえぐり取るようにスピンをかけて差し込む!!! 順回転と反回転が拮抗するので、実際には回らないが回っている気持ちだけは得られるので虚空ジャイロの力が得られるぞ!!! 簡単なことだった、かんたんなことだったんだ!! 拳ではこのクソ固いアホ岩は割れないが、指先に気を込めれば、割れる!!!」


 俺はひらめきの才能がない無能な同輩たちに、慈悲の心で突きを伝授してやっていた。



「よくやった!! イーリアス、誇らしいぞ!!」


 教官が、褒めてくれている!

 なんてことだ! こんなことって、あるのか!?

 やったー! 努力は、報われるんだ!

 こんなに嬉しいことはない!



「さあ、やってみろ! ナンバー31、まずはおまえからだ!」


「えっ……」


 マイクロマシンが生命の危機を察知し、人間様のプリン系の脳など頼りにならないと見きったのか、俺の体内にいつのまにか演算回路や生体メモリを形成し、賢く機械学習したのだった。勝手に技をひらめいて、意識に直接技が焼き付いてきた。

 あとこのマイクロマシンのネットワークほんと怖いからなんとか自壊させたはいいものの、体の奥になにかしらの気配を感じて、夜とか怖い。


 前腕から手首にかけては薄く広がる固い瘤ができ、突きのための…鋼鉄?みたいなよくわからない謎の物質を溜め込むようになった。

 意思一つで、いつのまにか腕に張り巡らされていた専用の管を通じて、指先から肩までを一本の槍とする支柱を築き、地磁気とコリオリと太陽イオン風とアトミックパワーを味方につけて岩を抉る。大切なのは命の危機だ。原理は一切分からないが、俺はこの業をナノマシン発勁と名付けることにする。


「どうやるんだー!?」

「回転だ! 案ずるな……惑星の自転をうまく使えっ!」

「むりだろ!?」


 今では、教えを請いにくる同輩たちの人気者だった。俺は落ちこぼれのグズどもに優しい情けでコツを教えてやっている。


「はぁ……きみたちは、文句ばかり言うね……同期として情けないよ…………はぁ……うーん、グズが(ぼそっ」

「イーリアス、テメー!ぜったいぶっ殺してやるからな!!」

「ズルしやがって!! このペテン師がぁ!!」


「金玉抉るぞオラ!! 逃げるな!!」

「クソ教官の手先がぁ!! 魔術みたいな芸つかって……異端か!? くそ!に、逃げやがって……! な、仲間だと、仲間だと思ってたのにィ!!」


 すまないな。仲間だと思っていたのはおまえらだけのようだ。

 俺は自分の可能性に気づいてしまったんだ。馬鹿どもめ、俺は貴様らのような落ちこぼれとは違う。エリートなんだ。教官もよくやったと褒めてくれている。

 俺のような閃ける者こそ真の兵士であり、未来の士官様だ。貴様らのような、技をひらめくことすらできない下級兵士をアゴで使い、その勢いで、命まで使ってやって戦争を指揮する立場にのし上がる!

 これは差別ではない、区別だ! 人間社会という命の取捨選択! おまえらは、使い捨てなんだ! 一山いくらの人間なんだ!! だが、俺は違う!

 輝かしい未来や、自由にバカンスを楽しむ、人並みの生活というものがある!

 こんなところで終わっていい器ではないのだ!

 おまえらは、せめて俺が生き残るための糧となれえ!


「フ、フハ、フハハハ!」


 愉快な想像に、俺はおもわず忍び笑いを漏らした。


「なに笑ってやがんだら? おまえ、さてズルしてんじゃねーだろーな!?教官とねんごろだって噂あるぞ!?」


「!? そ、そそそそ、そんな恐ろしいことを言ったのはだれだ!? どいつだー!? バジルに付くしぶとい虫か!? この世に存在する価値のない、口から生まれたエテ公は、どこのどいつだ? なんて利己的なやつなんだ!」


 数人が目を背けた。

 真の敵は、味方にいるものだという……。


 キサマらなど……バッタと一緒に戦場でピョンピョン飛び跳ねるうちに、なんか虫みてーに足が取れたりして適当に死ぬ! それが……生まれ持った能力の違いというものよ!

 悔しかったら、ひらめいてみせろ!! この下級戦闘員、虫けらどもが!! 俺は、おまえら人間の出来損ないを踏み台にして、栄光への階段を登るんだ!! エリートなんだ!!


 俺は……おまえらとは、違う!!!


 俺はむき出しのエリート意識をひた隠し、人心を懐柔することにした。


「能無しの馬鹿共、違った。仲間のみんな、怒らないで聞いてくれ。俺がコツをぜったい教え込んでやるから心して聞け。まずは意志の力を発揮して、手首に…金属…?みたいなものを貯めてみろ。ほら、あるでしょ、みてみろ。俺の腕にはなんかできてる。これを参考にしろ。まずは、それからだ……!」


「…いや意志の力でなんとかなることじゃねーだろうが!!」

「テメーは人間じゃねえ!!」

「なんなのよ、その変な板は!?新種の亜人…ミュータントなの!?」


「機械の手先に成り下がった人類の裏切りものがぁ!! 薄気味悪いバケモノめ!! 股間のツノは小せえくせしていっちょまえの口を叩きやがる!!」


「イーリアスも、あの教官どもの仲間入りだなぁ!? 人間に紛れ込んだ、悪意と混沌の産物め!! お前みたいなやつは教官と同じなんだ! 生きていてはいけないんだ!!」


 そんな……。

 そんなひどい悪口だけは、仲間に言っちゃいけないことだろうが……!


「目障りだ!」

「消えろ!!」


 あまりの物言いに、のそのそ涙目で布団をかぶって就寝する。

 ……布団の中でライトをつけ、メモ帳を開いた。

 怒りでカリカリカリィボキぃとペンが折れる。


 ……言ってはいけないことを言ったな!

 ならば、俺は嘘のコツを教えてこいつらの停滞を長引かせ、周りを蹴落とすことで己の成績を底上げする計画、その名も〈負荷競争の計〉に着手することにした。やつらは疑心暗鬼に陥って、そのうち身内争いをはじめることだろう。俺はそのあいだに一歩先をゆくのだ。

 ここは軍隊、ならば戦場でさえあるものだろう。

 相対的に成績をあげる、つまるこれは努力であり、アインシュタインを祖とした科学的な学習闘法だ。同僚というだけで油断した奴らが間抜けというものよ。そこまでやるのか、というところまでやって、はじめて、勝者は勝者で居続けることができるのだ……!


 ……レースってのはなぁ!! 仲良しこよしの裏で、ライバルを憎む競技なんだよぉ!! そこんとこ履き違えちゃ、負けちまうんだぜ……!?


「ヒャハ、ヒャッ」


 まずは色恋沙汰の噂を流して場を荒らそう。


 ◯


 精力的に身内争いや対立を煽っていたら、バレてズタボロにされたし配給のデザートをパクられるようになったが、まあヒフティヒフティということで納得した。

 なにより、本気で憎み合う余力が残るほど訓練は楽ではなかった。


 脱走計画は常に失敗に終わり、常習犯の一人がいきなり海に捨てられたことで下火になった。彼からの音沙汰は、まだ届いたことがない。南国に流れ着き、ヤシガニを食べたりして、現地人と仲良く暮らしているというーーそんな嘘を、車座になったみんなでよく語り合ったりもした。死んだなんて、誰も言いだすことはない。彼は、南国で褐色の少女とねんごろになり、イセエビをバナナの葉っぱで包んで焼いたりして、楽しくやっているのだ。俺たちにはもうそれだけで充分なんだ。


 ……この地獄は、いつまで続くのか。

 今日も俺たちは罵倒され殴られ憎み合い教官を殺そうとして脱走計画も練っている。

 時間の経過は、記憶にはもう残っていない。



■■■

わりと適応していた。


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