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25「諸刃の剣」






 泥沼だった。



「おまえ、避けるなー! 卑怯者めえ!ピクルス屋の下男がお似合いなんだよ!! 男ならばっ! 正々堂々と、戦えッ!!」

「自ら弱体化したくせに泣き言をいうなーッ!!」

「オレは連戦してるんだよ!!ハンデをやったんだハンデを!!」


 腹から血塗れの剣を取り出したことで、あえなく急速に衰弱すいじゃくしていった敵は瀕死になった。おそらくはナノマシン欠乏症。自信満々に切り札をとりだして自ら弱体化する敵とかはじめて遭遇したので隠し玉があるかと思ったがとくにそんなことはなかった。


 だが、敵もさるもの。

 イモムシみたいな移動速度なのに、剣だけは振るってくる。とても往生際の悪いやつである。

敵の陣取る通路の先へ行こうとするが、攻撃圏に入ると苛烈な剣戟に襲われるので、拳銃をパンパン打ちまくっていたのが五分前のこと。


 物陰から狙ったりと、いろいろ工夫したがやはりだめ。剣で弾いたりくんっと動いて避けられ、弾は予備のワンマガジンを残して全滅し、膠着状態に陥ってしまった。


「ハッハー! 弱りに弱ったオレも倒せないなんて、仮にも機械狩りが恥ずかしくないのかぁ?」

「クソ! ……ア……アサルトライフルさえあればぁぁぁ!!」


 下手に玄人ぶった判断をしたせいで逆の目がでてしまった!

 馬鹿か僕は!? 持ってくるだけ持ってくればよかった!


「オイ! ほら、こいよ! かかってこいよ臆病者! オレは剣なんて捨てるぞ! へっぴり腰! ヘルニアでも持病なんだろ! 腰がはいってねえんだよ! 軟弱早漏ヤローがチュンチュン撃つ玉なんかどうせ当たらない! ほら、剣を捨てたぞ! 撃て! 弱虫の弾なんかオレに当たるもんかよ!! その銃で撃ってみろよ!!!」


 銃弾を消耗させたいんだろうがーーふざけるな!

 僕は弱虫なんかじゃない!!

 

 最後のマガジンを確認し、教本通りの射撃姿勢で撃ち込む!



パァン!



パン!



パンパン!



パァン!



パァン!



パン!!



パンパン!!




「なぜ当たらないんだーッ!!」


「ハッハー!素人の銃ほど避けやすいものはないね!このっあっ」


 パサッと帯がほつれ、長服がひらりと舞った。


「ッッ!!」


銃弾が奇跡的に帯を緩めたようだ。

とっさに折り曲げられた、白い膝が暗い通路に浮かび上がる。

上半身は龍刺繍の入った飾り布がジッパーでとどまるが、下半身はーー


 ギリギリのところで服を保持し、両膝を折り曲げ真っ赤な顔で慌てているが、僕も隙をつくことができず、じっと見つめてしまった。


 健康的な太さだが生白い足。しっかりと筋肉のついた太ももは、仄かに汗ばんで蒸れている。布が揺れると、鼠径部のラインまでーーイヤ凄い目で睨まれている!!



「シシッシッ死ねーっ!!」


 細長い棒がチャリンと鳴って、目の前に落ちた。

 うん? クナイ?いやこれーー軍のスティッキーグレネードだッッ!!


 半チャージしかできていないバリアフィードを急速展開し、地に伏せる!

 舌をレロレロ動かし、耳奥のナノマシン包へ血液を急速充てーー


 ーーーツィンンンン!!!ーーー


 な、なんとか音は防げた。視界を庇っていた腕を床に叩きおろして立ち上がり、もう片方の腕で斥力刀を引き抜く。定跡からすると銃撃が来るけれど、やつは武術タイプ()だ。脳筋戦闘者は飛び道具をつかわないがグレネードを使うなら邪道の武術タイプ()だし安心はーーザクぅ!!


「痛ェ!」

膝をつく。足、足、足がやられた。

蒼白な顔でニヤリと笑ってくる、瀕死の暗殺者を睨みつつ、左足のふくらはぎをおそるおそる撫でる……なんか刺さってる!


「オレは自分のスネイクナイフには毒を塗らない。おまえ……もう逃げられないなあ? じわじわと嬲り殺しにしてくれるぞ」


僕はそれでも毒が怖かったので刺さった投げナイフを抜き取り、血をしぼってナノマシンに止血を命じた。舌に構築されたリングアム線網の反応をもとにマイクロマシンドックが命令を解し、速やかにナノマシンへ伝達物質を送る。


痛む足で立ち上がり、爛々と目を見開いて、懐の小さなリボルバーを取り出した。

ひょこひょこ歩きはじめた敵を睨みつける。


エレベーターから撤退しよう。殺せないなら逃げるしかない、マンホールが関与していないなら逃げ切れる可能性は充分ある。こいつは頭に銃弾を叩き込まないと死ななそうだ、そろそろーー


「ーーもう、歩けるんだろ?」


「ハッ……当たり前だろ! 虎の子のナノマシン包をーーいや、回復させてくれてありがとう!そしておめでとう!おめでとう!もう、オマエが死ぬかオレが死ぬかだ!これってたぶん愛なんだろうな! 気が合うんだ! わかりあって死ねる、こんなに嬉しいことはない!!宇宙の心は愛だったんだ!!」


意味不明だ。先ほど倒した介護ロボのほうがよほど人間味がある。あいつを介錯したときのアリガトウとこいつのありがとうを比べてしまった。


だが殺意はあっても敵意や悪意はかんじない。命のやり取りなど避けられるにこしたことはないのだ。


「なあ……休戦といかないか?後日、二人とも万全の状態で見届け人を選び、料亭で飯を食ったあと鯉とかにエサをやりつつ、しっかりと命のことをだな……」


「このっ……腰抜けがぁ!!」



腰抜け……腰抜けだと!?



ふざけるな!!



「僕をらむ『そこまでです』」


僕がちょっと溜めて解き放った、決死の決めゼリフはむなしくも中断されてしまった。



「二人とも動かないように。私の機械は融通が効きませんからねぇ。……カリブー……貴方はどうしていつもいつも余計なことをするのですか?」


敵の後ろ暗がりから、ジジジと白光に照らされ男の顔が浮かび上がった。

シュッとした線の男、長い茶髪をオールバックにして金縁眼鏡をかけている。

緑の瞳が優しげで、とても相容れない感じがした。


「その、そんな名前で呼ぶのはやめろって、デクトム。いっつもーー」


「ーーどうしたものですかねえ」


落ち着いた声が響く。

まるで、抗議の声など何もなかったかのように。


「お、おい……殺し屋の追加か? よ、容赦しないぞ?」


僕は強がった。


「およしなさい。モグリのヴァルチャーが私に勝てるはずがないでしょう?」


男の背後からニュっと機械従者が二体あらわれる。

それも二メートル半の類人猿型、いかにも高級品といった風情で、艶消しの黒と白の機体を晒して不気味に佇んでいた。


「カリブーの懸念はカリン嬢でしょう?彼女の安全は、ジャーゴンに確認できましたよ。貴方は、また無意味なことで一人で騒いでいたんですよ。わかりましたか?」

「う、うるさい! カリブーなんて呼ぶな! こ、こいつを殺してからーー」


「駄々っ子のまねごとはもうおよしなさい。『動くな』」


あれほど手ごわかった暗殺者が、全身を痙攣させるかのように止まった。


……スレイブの烙印か!胸糞悪い!


「まずは、治療をさせてください。こいつの身体は特別性でね、持ち主がいないと何にもできないのにすぐ調子に乗る。いやはや、ほんとうにご迷惑をおかけしました。詫びはのちほどーー」


金縁眼鏡の男は、優しげに微笑みながら、沈黙する敵の髪の毛を掴んで喉を上向かせた。


白い喉が震える。

青色巨星のような熱を宿していた瞳が、いまでは弱々しく怯え、唇を噛んで血を流しす敵ーーそう、敵だ。だが、好敵手のこんな姿はみたくなかったーー


「よし! 僕は去る! なにも見てないし聞かなかった、それでいいな!?」


「……っ!よくねーよMrペーパーバック!オレとの決着をーー」


「だまりなさい」


イジェクターを素早く首に打たれた敵は、目を潤ませたかと思うと、きつくきつく瞳を閉じた。長い睫毛に涙をにじませ、頬に朱が差し……健康的になっていく。


……普通に健康を取り戻し始めた。


「自分で生きられもしないのによくいう。壊れかけは自殺願望が強くて困るな。貴様を見逃してやっている恩を忘れるなよ。対価を払わんようなら、いままでのように優しくは扱わんぞ?わかるな?」


「…………。地獄に落ちやがれ、よ!」


ガン!ガン!掴まれた頭を床に叩きつけられ、敵は気絶した。

男はこちらに微笑む。機械を従えた男の笑みは鷹揚だ……強い立場ありきの鷹揚さ。

柔らかくて、知的な顔。

言動とそぐわない印象。僕はこういうやつがとても嫌いだった。薄っぺらい紙に高いペンでサインすれば、人間の命を扱えると考えているやつの顔だ。そういうのは目に出る。人を見下すことすらしていない目に。


「いや、お見苦しいところをお見せしてしまいましたね。この誓約奴隷はナノマシン代がとてもかかるんですよ。持ち主が面倒を見てやらねばならない。ピュタゴラスの最高級品を使わねば生きていけぬ不良品の分際で、人様に迷惑をかけるとはーー少ないですが、償いとして……50万ピエゾ?くらいが、このあたりの貨幣価値では妥当でしょうか。手打ちということで」


なんだ。いいやつか。

……いいやつか?

いや……。騙されるな。でもポンと50万も払うやつに悪いやつなんて……いや……ちがう、

これは罠だ。


僕は手早くキューブとキューブをこっつんこさせて金を受け取りながら、なぜかいきなり善人に見えてきてしまった男の、優しそうなイメージを必死で振り払った。イイヤツにみえてしかたがない。金欠時代が長すぎて、賄賂に弱くなりすぎている。これ……金目当てで怪しい仕事に手を出して早死にするやつの感覚だ。直さないと……。



「そういうことで」

「はい」


僕は長い茶髪を睨みつけながら握手する。よくみると耳にピアスをしていて、華美な紋様が刻まれている、いや、これ家紋か?

ピアスとか指輪に家紋を刻むのは帝国の貴族だ、本で読んだことある。

諦めよう。僕は男を敵にまわす選択肢を脳内から消した。


じょろろ……


ちょろ……


振り向くと、湯気がたっている。

かつての敵は気絶し、うつ伏せに倒れたまま、茶色い尿を漏らしていた。

ナノマシンを極端に活性化させたあと特有の排尿。不憫そのものだ、命を狙われたが、こいつは僕より大変そうだし、言動に狂気が垣間見えたので敵意を持ちにくい。


「さて……私は行きます。顔は覚えましたよ、イーリさん。ジャーゴンから聞いていたとおりの無鉄砲屋らしい、そのうち仕事を頼むかもしれません。あと、それを殺さないように……ああ、それは放っておけば目が覚めます。では」


……逃げるか。できることは何もなさそうだ。

僕は来た道を戻り、鉄砲玉(死体)のそばに立てかけていたアサルトライフルを拾う。これ売っぱらってホームに帰ろう。そろそろ不運も打ち止めだろ、間違いない。





鋼鉄の金網を蹴りつけてカンカン歩いていると、寝転んでいたはずの敵が壁を背にシンと俯いていた。


ジジ、ジ、ジーーと点滅する白光が、顔を影にしてしまって死体のようにみえる。


ホラーかな?怖いわ。

できるだけ起こさないようにブーツの爪先でそろそろ歩き……


「かえせよ……」


うん?なにか…


「かえせ……オレの槍をかえせよ!!!」


急にコマ送りのようなスピードで動いた敵に、ガシィと足首を捕まれ僕はおののいた。


「ヒョッ!! お、落ち着け?な?かえす、あの槍はかえすからーー」

「はやく」


ほのかな尿の匂いが大きな幼児と対面しているようで、よりホラーだ。僕は背嚢の飲み物ホルダーから パクっていた折り畳み槍を取り出し、あることに気づき中腰で静止した。


「もう……戦いは終わりだよな?」

「はやく」


明言されなかった。

だが、おそらくは槍を与えなければ戦いになる。

僕は賭けにでるか悩み、悩みーー


「ほらよ」


槍を手渡し、クマと遭遇した時のマニュアル通りに目線を逸らさず後ずさる。


「じゃ、じゃあーー」




「あ゛あああ!ああああ!ああ゛あああああああああ!!!!!」


くんっと立ち上がり、あろうことか槍を振り払いシャンッと伸ばした!

なぜかクマをなだめるような姿勢をしていた僕を、無視し、シュンと弧を描いた銀閃が彼の手首を傷つける。


「!?」


血滴が舞う。

達人技をもって槍へ滑らせるように手首を這わせ、血まみれになった槍でズィン!と電光灯を切り飛ばす。どうやら弱っていたというのは嘘ではなかったようだ、槍の長さより遠い標的を切り飛ばすわ動きがみえんわ、死ぬ予感がして仕方がない。


「あ゛あああ゛ああああ!!!」


ピシシと空気が鳴った。

槍を這い回る青白い稲光が薄暗い通路に影を踊らせた。


「チクショウッ!」


蒼い瞳を溢れんばかりの感情で潤ませ、槍を鉄壁にジジジジ!とプラズマ切断みたく切り裂きながら……走っていった!。


「どこいくの!?」


思わず後を追う。

三叉路があらわれ見失った、かと思ったが、爆発音がするほうに向かうと広大な空間にたどり着いた。


ボン!ガンガン!!


巨大なタンクが並んでいた。

その一角、薄汚れたホワイトのタンクを前に、青白い電気を纏わせた槍でガンガン叩く涙目のーーあっタンクにドクロマーク書いてある!類人猿なら絶対パッと見でわかる死の警告だ!ケミカルなやつだ!


「ヤメロォー!!そのタンクの中身しだいだがたぶん死ぬぞー!!」


ガン!ガンガン!


タンクはバチバチ電光をあげて切り裂かれるが、さいわいカラのようだ。八つ当たりで死にかけるアホと関わりたくない、せっかく回復したナノマシンを全力で浪費しているところを見ると先も長くないだろう、短命バカめ! おまえはしね、僕は生きる! 出口を探しーー


「カリブゥゥゥ!!だと?


我が……我が座名ざみょう蒼晶ツァキ


龍の神の血に連なりし、イヒタームの子であるッ!


デクトムの売国役人イヌヤローがぁ!!誓うぞ!おい!ちゃんと聞いとけよッ!?」


ブレて目の前に現れた、血走った目に睨まれ、僕は借りてきたネコ科になった。


「はい」


「201代目のイヒタームが此処に誓う!!

 我が血の兄弟を奴婢とした、あの、あの木みてーに無機質なのか有機質なのかわからないデク顔した眼鏡の変態役人をオレはぶっ殺す!!バラバラに引き裂いてやる!!おい、誓ったぞ!?記録をとったな!?」


「おもったりアンタ元気そうね。はい。では僕はこれで……」


「盃を受けろ!」


嫌だよ。




「オレはカリブなんて名前じゃないよ。カリブゥゥゥ!プッ!ペッ!なんて響きだ。帝国の床擦れジジイが血栓で腐りはじめた古代脳で考えたつもりになってるあだ名だよ。東大陸で呼びやすいようにってな。ツァキだ。こっちの人間にはわからないだろうが、蒼い晶って書いて蒼晶ツァキだ」


「西の漢字もどきね。練習したからわかります。はい。僕はこれで…」


「わかるのか!? 西の字が……なんてことだ……これはなんてことなんだ!無意味な知識を昆虫みたいに集める、変態の漢字オタクって実際にいるものなんだな!」


「なんて言い草だ」


「蒼の意味は?晶の意味はわかるか?」


「なんか、美しい空の色的な……?結晶の晶だから、蒼い結晶……水晶みたいなイメージか?」


「おっ……おっ……ぉまえはっ……トモダチだ!」


嫌だよ。全力で殺しに来たの忘れてないぞ。あと着替えろ。かすかに小便くさくてスラムの日常を思い出すんだよ。そして肩を叩くな。記念写真もとるな。肩パンして友情を確かめようとするな。僕はおまえのフレンズじゃない。



「試しに、試しに友達になってやるよ。どうだ?オレと友達になれて嬉しいだろ?敬えよ?金も払えよ?座るときは椅子を引くんだぞ、いいな?」


「それほぼ家来じゃない?」


何をどう考えても友達などできるわけがない言動だが、ポンコツすぎて人を優しい気持ちにさせてくるので油断ならない。


僕たちは歩きつつ、うまいラーメン屋を紹介しあい再開を約束し別れた。

服をクンクンして急に帰りたそうになったヤツに帰宅をうながし、なんとかアドレス交換もせず逃げきれたのだ。


もう二度と会うことはないだろう……断言できる。


ホームに近づくと、自然と身体が弾みだした。

喉をクンと鳴らして駆け出す。

身体が軽い……!


もうなにも──恐れなどない──



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